第24話 三つ巴

 街の中央を通る大通りの裏に、アストリートの薬屋はあった。

 店先に体格の良い男が十人近く集まっている。それぞれが手に武器を持ち、剣呑な雰囲気を漂わせていた。

「アストリートは俺たちが殺した!」

 誰かが叫んだ。男たちが怒鳴りながら武器を構える。ギブライドたちも武器を構えて突っ込んだ。

 瞬く間に、男たちは蹴散らされた。ギブライドたちは二十人を優に超えている。そのままアストリートの店に押し入った。

「見ろ! これがアストリートの首だ!」

 ブソルがアストリートの首を投げた。悲鳴が起こる。ギブライドが大声を響かせた。

「逃げたい奴は勝手に逃げろ! 店に残れば皆殺しだ!」

 客たちが逃げていく。店の人間が襲い掛かってくる。ギブライドたちが、全てを蹴散らしていく。

 細身の男がクライトに迫ってきた。イビが拳を掲げて振り回す。

(良ぉし! いつものように血の雨を浴びようぜ!)

 呪文を呟く。右手を素早く振った。男の喉から鮮血が迸る。

 焼き印が、疼いた。

(おろ、何この感じ?)

 痛くはない。剣山に撫でられたような感覚だ。イビが困惑したように辺りを見ている。

(何かあったのか)

(分かんない)

 焼き印が疼いたのは、背中に焼き印が刻まれた時以来だ。

 これは、何を示しているのか。

(最初の時とは違うのか)

(全然違う。そもそも、あれはウチがクライトの躰に馴染もうとしてたのが原因。今は前と変わらず住み心地が良いから違うと思う)

(なら今のは何だ)

 イビは首を傾げた。

(なんて言ったら良いのかなー。こう、変わったって感じ? 何がって言われると困るんだけど、何かが変わった感じがする)

(俺の躰がか)

(いや、クライトは変わってない、それは確か。でも間違いなく何かが変わった。うーん、なんだろ?)

 イビを問い詰めても答えは出そうにない。喉の小骨が刺さったような気分だが、散っていたギブライドたちが戻ってきている。悠長に考えている暇はない。

「店内は制圧した! 直ぐにグルピアリスが来る、急いで準備を整えろ!」

 店頭が備品で固められていく。奥から武器が運び出されてきた。剣や槍、弓矢、投石具まで揃っている。

「どうした、クライト」

 ギブライドに肩を叩かれた。クライトは咄嗟に距離を取る。

「……何でもないです。少し変な感じがしただけです」

「ほう、そうか。お前の本番は戦闘だ。それまでは休んでて良いぞ」

 ずっと張り詰めていては身が持たない。防衛準備を邪魔しないよう、クライトは店の隅に座った。間もなく、焼き印の疼きも収まった。

 躰の調子は悪くない。隠れ家を攻める前に冷えていた躰も、今は火照っている。

「来たぞ!」

 誰かが叫ぶ。クライトは腹に力を入れた。呪文を呟き店頭に走っていく。

 岩石が転がってきた。

 店頭に固めた備品が呆気なく弾き飛ばされていく。傭兵たちは急いで店の端に退避した。

「祝杯の準備は整えてある! あとほんの少しだ! 死に物狂いで押し返せえ!」

 ギブライドが叫んでいる。いくつもの岩石が転がってくる。店頭の障害物が見るも無残に破壊されていく。

 誰もが店の端で固まっていた。岩石は店の奥まで壊していく。

「ギュラス! どうにかできないのか」

「無理だ、あれは重過ぎる」

 ギブライドたちが浮足立っている。堪らず、一人の傭兵が飛び出していった。鈍い音。簡単に吹き飛ばされた。次々に岩石に轢かれて動かなくなる。

 岩石は、九人のグルピアリスの工作員が入れ替わりに放っていた。その前には遮蔽物が置かれ、それぞれに護衛らしき者が付いている。

 ギュラスが冷静に声を発した。

「クライト、俺が斜めに壁を出す。お前はそれに重ねて壁を出せ。岩一つ分の大きさで良い。ギブライド、指示を出すのはお前だ。精鋭を突っ込ませろ」

 クライトは呪文を呟く。ギブライドが素早く指示を出していく。

「やれ!」

 店先に岩壁が現れた。クライトも魔法で岩壁を作る。

 重く、高い音が鳴った。

「行くぞ!」

 ギブライドたちが走った。岩壁と店の壁の間を通り抜けていく。クライトも走りだそうとして、ギュラスに肩を掴まれた。

「俺たちは待機だ。精鋭が攻めに行った分、裏から攻撃を受ければ止められる奴がいない」

 イビが不満を叫ぶ。率先して身を危険に晒すことはない。クライトは一息入れて頷いた。

「分かりました」

 岩石が止んだ。店先で戦闘が始まっている。クライトは呪文を呟きながら待った。

 不意に、警笛が鳴り響いた。

 グルピアリスの工作員たちが後退していく。ギブライドの笑い声が聞こえてきた。

「お前ら! 今の内の表を固めろ! それが出来たら裏だ、裏は完全に塞げ!」

 ギブライドたちが戻ってきた。部下が指示に従って動き出す。

「何があった?」

 ギュラスが問うと、ギブライドはしてやったりと言わんばかりに笑った。

「天側の代官が、無理やり乗り込んできたんだよ。大方、地側だけで俺たちは押さえられねえと見て乗り込んできたんだろうな。だが、相手は地側の役人じゃなくグルピアリスの工作員だ。戦闘にならないにしても話は滅茶苦茶拗れるぜ。その間に、俺たちは逃げさせてもらうじゃねえか」

「どうやって逃げるつもりだ」

「あの寝返ってきた二人から隠し通路の存在を聞いたんだよ。街の外まで繋がってる奴で、もう見つけてある。今は外の様子を探らせてるところだ。それで、どっちか遠くの会話を盗み聞きする魔法は使えるか」

「俺は使えません」

「なら、俺が聞こう。代官と工作員の会話を聞けば良いんだな」

「そうだ。逐一俺に報告しろ。いつ状況が急変するとも限らねえからな。クライトは護衛として着いて来い。ギュラス、盗み聞きは目視できねえと使えねえで合ってるよな?」

「その通りだ、行こう」

 クライトたちは薬屋を出て、大通りを視界に入れる。

 人だかりが出来ていた。中央では二人の男が向かい合い、ブルタックが間に入っている。

「地側で起きていた争いに関与するつもりはないが、天側に波及すれば話は別だ。地側だけで制圧できないようなら力を貸そう。天側の代官はそう言っている」

 ギブライドは忍び笑った。

「予想通りだな。工作員の方は」

「地側の代官に直接命令を受けて鎮圧に当たっている。いくら同じ街とは言え、他国の問題に口を出すなら代官を通してからにするべきだ、だそうだ」

「良いぞ、ここまでは完璧だ」

(あり?)

 ふと、イビが素っ頓狂な声を漏らした。

(どうした)

(あの天側の代官、どっかで見たことがあるような気がするんだけど、どこだっけ?)

 クライトは天側の代官を注視する。

 歳は四十手前だろう。脂肪は年相応に付いているが、服の上からでも鍛えられた筋肉が分かる。一線を引いた戦士のような男だ。

(あっ、分かった。クライトを尋問したあの男だ)

 背筋が粟立った。

 天側の代官が、あの女の魔法使いの集団に繋がっていた。

 女たちの頭なのか、雇い主なのかは分からない。しかし、多数の女の魔法使いを秘密裏に動かしてまで、自分を求めていた。

 とてつもなく大きな進展だった。目的は不明だが、代官がレスダムールに関係しているのは間違いない。問題は、代官が敵か味方か。

 遠くから音が聞こえた。

 甲高い音が鳴っている。金属がぶつかり合う戦闘音だ。大通りの様子が慌ただしくなる。

「今の音はなんだ、そう言い争っている」

「一つは、グルピアリスの工作員だな」ギブライドは愉快そうに笑っていた。「表で問答をしている間に、裏から俺たちを制圧しようとしたんだろう。相手は、同じことを考えた代官の手勢か。それともあの女共か。どちらにしろ、好都合な状況になってきたな」

 戦っているのは、間違いなく女の魔法使いの集団だ。

 自分を求めている代官と敵対するグルピアリスの工作員。グルピアリスの工作員の目的も、やはり自分なのか。

 微かに、ギュラスが眼を細めた。

「天側の代官の名は、モレット・スローマン、だったか」

「そうだ。何か気になることでもあったか」

「いや、ただの気まぐれだ」

 ガシェーバに行けと言ったレスダムール。レスダムールを知り、自分を求める天側の代官モレット。モレットとぶつかり、おそらく自分を求めているグルピアリスの工作員。そもそも、レスダムールの狙いはどこにあるのか。モレットは何故自分を求めるのか。グルピアリスの工作員の目的は何なのか。

 分からないことだらけだった。

 レスダムールを殺せば、シアルに掛かった呪いの魔法は解ける。レスダムールが掛けたものならそれは確かだ。

 だが、本当にレスダムールが掛けた魔法なのか。それさえも分からくなってきた。

 イビが口を両手で押さえて眼の前にやってきた。

(やっぱりあの爺さんは、クライトを誘い出してその間にシアルと遊ぶのが目的だったんじゃないの?)

(それはない。代官も工作員も俺を求めている。レスダムールの目的も似たようなものだろ。だから、俺をこの街に行かせた)

(何の根拠があるの? というか、クライトにそんな価値があるの?)

 自分が人と違うこと。思い当たるのは、天の世界の人間でありながら、地の世界の魔法である地法を使うことだろう。それに、特別な意味があるのか。

「雲行きが怪しくなってきたぞ」

 ギュラスが言った。ギブライドの口角が下がる。

「天側の代官が工作員を丸め込み始めた。地側の役人も押され気味だな」

 ギブライドの顔色が微かに悪くなる。足音が、後方から近づいてきた。

「隠し通路の安全確認が終わりました。問題ありません」

 ギブライドの部下だった。イビがつまらなそうに頭を振る。

「良し、逃げるぞ」

 アストリートの薬屋に戻った。既に傭兵たちの半数が姿を消している。店の奥に行き、地下の貯蔵庫に下りた。隅の板が外されて、下り階段が露わになっている。

 その先は、細い地下道が続いていた。先頭のギブライドが燭台を手に進んでいく。地下道はどこまでも直線に伸びていた。

「階段が見えた。足元に気を付けろ」

 ギブライドが言った。遠くに陽光が射し込んでいる。

 出た先は、どこかの林だった。ギブライドの部下や傭兵たちが喝采を上げている。


 男たちの騒ぎ声が、山に響いていた。

 篝火が激しく燃えている。男たちは酒杯を片手に騒ぎ立て、肩を組み合い歌っていた。

「お前も飲めよ」

 顔を赤くしたギブライドから、クライトは酒杯を受け取った。

「ありがとうございます」

「お前は良くやった。疲れはあろうだろうが楽しんでくれ」

 ギブライドが離れていく。クライトは酒杯の水面に眼を落とした。

 殺した人間の姿が、次々に現れる。

 丁度十人。半分は顔も分からなった。想像で補った顔が、現れては消えていく。

 十人殺して、ようやくそれらしい手掛かりを掴んだ。ギブライドとの関係も今日で終わりだ。後は天側の代官モレットか、グルピアリスの工作員と接触するだけだ。

 問題は、どちらも敵の可能性が高いことだ。一人では難しい。協力者が必要だ。

 クライトは、篝火の近くにいるギュラスに歩み寄った。

「これからどうするんですか」

「俺の目的は変わらない」

 ギュラスは酒杯を傾けた。

「女の魔法使いの集団を追っているんですよね。正体は分かったんですか」

「ああ、分かった」

「天側の代官──モレット・スローマンですか」

 ギュラスの口の端に笑みが浮かんだ。

「良く分かったな」

「捕まった時に尋問を受けたんで。それで相談なんですけど、ギュラスさんに協力させてくれませんか」

 ギュラスの鋭い眼光が、クライトに向いた。

「何が目的だ」

「邪魔をするつもりはありません。あいつらは、間違いなく俺を捕まえようとしていた。その理由が知りたいんです。実戦経験は乏しいですけど、力にはなれますよ」

 ギュラスは酒杯に口を付けて止まった。

「良いだろう。ただし、俺の邪魔をすれば殺す。それだけは忘れるな」

「分かりました」

「動くのは明日だ。今日の内に戦いの疲れを取っておけ」

 クライトは料理の置かれた卓に着いた。腹は減っていない。気分の高揚もなかった。手にした酒を呷っていく。

 自分は血溜まりにいた。

 全身は血に塗れている。上から血の滝が降り注ごうとしている。

 イビが笑っている。何かを語りかけている。内容は分からない。

 シアルの背中は遠くなっていた。走っているのか、歩いているのかも分からない。

 朦朧とした意識のまま、クライトは目覚めた。

 酒を飲み過ぎたのか。頭は重いが、二日酔いにはなっていない。立ち上がり、固まった躰を解していく。

 意識が次第にはっきりしてきた。そこで、状況に気付く。

 人が、ほとんど消えていた。

 三十人近くいた人間が、五人以下にまで減っている。ギブライドの姿はなかった。ブソルやナーノもいない。

 辺りを見回した。宴の為に森を開いた広場には、朝日が柔らかく射している。静かな鼾がまばらに上がっていた。

 ギュラスを見つけた。幹の背を預けて座っている。

「何があったんですか」

「用が済んだから街に戻ったんだろう。俺が起きたらこの状態だった。だが、どうでも良い。俺たちも街に戻るぞ」

 ギュラスが立ち上がる。その時、葉擦れの音が聞こえた。

 森から、大勢の人影が現れた。

 それは、グルピアリスの工作員たちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る