第23話 首

「囮が騒ぎ始めました」

 外から男の声がした。ギブライドが立ち上がると、傭兵たちも腰を上げる。

「作戦は一つだ。アストリートの隠れ家を急襲する、それだけだ。細かい部分は各自で対応しろ。敵の数は少ない。建物は包囲するから好きなように戦え。分かったな」

 抑えた返事が上がる。

 ギブライドは長屋を出た。後に続いて傭兵たちも外に出る。

 目的地は、民家を二回り大きくした平屋だった。地味だが堅牢そうな造りをしている。

「退いていろ」

 ギュラスが先頭に躍り出る。右手から岩石が現れた。民家に向かって転がっていく。クライトたちは走り始めた。イビが歓声を上げて喜んでいる。

 轟音が起こった。

 岩石が扉を吹き飛ばす。クライトたちは民家に飛び込んでいく。岩石は家の奥深くで止まっていた。軌跡に二つの死体が転がっている。

 手近な右の部屋に入った。体格の良い男が三人、椅子から立ち上がって呆然としている。

 一人が傭兵たちに気付いた。その首を、クライトは魔法で撥ねる。

「襲撃だ!」

 叫び、残りの二人が腰の剣に手を伸ばす。ナーノが短剣を投げた。ギブライドとブソルが突っ込んでいく。

 短剣が、男たちの腕に刺さった。男たちの動きが止まる。ギブライドとブソルが二人を一閃した。

 奥が騒がしくなっていた。ギュラスとナーノは左の部屋に進んでいく。

 しかし、奥から敵は出てこない。ギブライドがクライトに目配せした。クライトは呪文を呟き、扉の横の壁に手を当てた。

 ギブライドが、生首を奥に投げ入れた。動揺する気配。クライトは壁を魔法でくり貫いた。そこに、ブソルが突進する。

 断末魔が上がった。ギブライドが奥の部屋に入る。クライトも呪文を呟きながら続いた。

 既に一人が死んでいた。

 残りは三人。クライトはブソルの背後にいる敵を魔法で切り伏せた。

 ブソルが笑う。正面の敵に切り掛かった。鍔迫り合い。強引に前進する。敵を壁に追い詰めた。勢いのまま、剣を押し込んでいく。

「やれ!」

 呪文は唱えていた。敵の喉を掻き切る。ブソルの顔に返り血が掛かった。傍らで、もう一人の敵が倒れるのが見えた。

「このまま一気に行くぞ!」

 ギブライドが叫んだ。その足元で、倒れた敵の手が動く。

 迷った。助けるべきか。クライトは迷いながら呪文を呟く。ギブライドが倒れた敵の動きに気付いた。敵は倒れたまま剣を振るう。

 寸前でギブライドは跳び退った。空振り。それで、敵を生かす意味はなくなった。クライトは魔法を発動する。

 敵は動かなくなった。ギブライドは深く息を吐き、歯を剥いて笑った。

「助かったぜ」

 左手から、戦闘音が聞こえていた。

「敵は精々あと数人だ。俺たちはこのまま行くぞ!」

 注意を払い、素早く奥に進んでいく。そして、通路の最奥に頑丈そうな扉を見つけた。

「何の用だね」

 扉の向こうから、アストリートの声がした。抑えてはいるが、怒りが滲み出ている。

「殺しに来たんだよ、アストリート」言って、ギブライドはブソルに囁いた。「他の部屋の様子も見て来い」

 ブソルは足音を殺して離れていく。クライトは呪文を呟き始めた。

「そちらの望みは何だね」

「お前の死だ」

 陶器が割れたような音がした。

「貴様! 状況を分かっているのか!」

「それはお前だろ」

「分からないなら教えてやる! ここガシェーバは、貴様の思っているような甘っちょろい街ではないのだ! かつて、お前の他にも私に敵対する者は何人もいた。その者たちは血の気が多く、直ぐに暴力に頼った。対して私は穏便に済ませようとした。その結果、その者たちだけが死んだ。何故だと思う?」

 ギブライドは溜息を吐いた。

「下らないご高説は結構だ」

「違う! その者たちは全員殺されたのだ。ある時は街の治安部隊によって、ある時は謎の襲撃を受けて死んだ。そしてある時は忽然と消えていた。生き残ったのは精々、下っ端ぐらいのものだった」

 戦闘音が止んだ。敵はもういない、ナーノが大声で言った。

「それをやったのは役人たちだ! 私たちは全員、役人たちの手の上で踊らされているに過ぎん! これ以上の騒ぎを起こせば、どちらが生き残ろうが誅殺されるのは眼に見えている。もはや生き残る術は一つだけだ。私たちの争いはここで手討ちにして、多数の人質を役人に差し出す。これ以外に方法はない!」

「その部屋にはまだ数人護衛がいるだろ。そいつらを殺して大人しく出て来いよ」

 また、陶器の割れるよう音がする。ブソルが巨体を揺らして戻ってきた。

「この通路は変だぜ。多分、奥の部屋に通路が突っ込む形になってる」

 ギブライドの顔色が曇る。その時、背後で小気味良い音が鳴った。

 男が、壁をくり貫いて通路に入ってきていた。

 男が両手を構える。通路を塞ぐ岩石が現れた。轟音を立てて、通路の壁を擦りながら転がってくる。

 ブソルが前に出た。ギブライドが奥の部屋に走る。イビが岩石を指差した。

(発射せよ!)

 呪文は呟き続けていた。クライトは魔法を発動する。

 一度だけ、ぴし、という音が鳴った。次の瞬間には、岩石は細切れになっていた。

 隙間に、無数の肉片となっていく男の姿が見える。大量の小石が岩石だった頃の勢いそのままに、ブソルに襲い掛かっていく。

 やがて、全ての小石は止まった。ブソルは唸り、血を吐き捨てた。

「ああ、痛え。助かったぜ、クライト」

「何があった?」

 廊下に顔を出したナーノが問うた。その眼は山を成した肉片を見ている。ギブライドが、クライトとブソルの脇を通り抜けた。

「ギュラスとブソルでここで待機だ。クライトとナーノは俺と来い」

「なら、私が先に行こう」

 言って、ナーノが廊下に開いた穴に入った。ギブライドが続いてクライトもくぐる。

 通路は、大部屋の深くまで伸びていた。ほとんど仕切りのようになっている。その向こうに行くと、アストリートが卓に着いていた。血の気のない顔を苦痛に歪ませて、裂傷の走る肩を押さえている。

「どうだ、上手く包囲してただろ」

「良いか、これが最後だ」アストリートは卓の上に散らばる陶器の破片を払い落とした。「ここで手打ちにして役人に事態の収束を報告する。そして、言われるがままに人質を差し出す。それ以外に互いの生き残る道はない」

「何言ってやがる。どう転ぼうとお前は死ぬんだよ、アストリート。爺さんじゃねえんだ、遺言残してどうするよ」

 アストリートが舌打ちした。

「まだ分からないのか! 私たちは役人に生かされているに過ぎんのだぞ! 奴らが本気になれば、あの時のようにあっさり殺される」

 ギブライドは蠅を払うように手を振った。

「ああ良い良い、そう言うのは良い、必要ねえ。俺が聞きたいのは一つだ。グルピアリスの工作員は役人とべったりなのか」

「……知らん。この街に来たのは最近の筈だ」

「そうか」

 アストリートの首から、血が噴き上がった。ギブライドは鼻で笑って剣を払う。

「ブソル、その首はまだ使い道がある。持ってこい」

「了解」

 ブソルはアストリートの首を切り落とした。無造作に髪を掴み、ギブライドに見せる。

「グルピアリスが来ました!」

 外から男が叫んだ。ギブライドが窓を蹴り破る。

「良し、逃げるぞ!」

 窓から飛び出した。外には、見覚えのあるギブライドの部下や傭兵たちが立っていた。

「ここで防戦は不利だ! これからアストリートの店を奪い、そこでグルピアリスと戦う。分かったな!」

 一斉に返事が上がった。

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