第18話 決意
遠くからギブライドの声がした。傭兵たちが色めき立つ。
(あーあ、来ちゃったね)
イビが笑っている。ギブライドが部屋に入ってきた。そして、フォニーも入ってきた。
眩暈がした。
何故、フォニーがここにいる。ウショウと戦って取り戻したのか、取引したのか。頭に疑問が渦を巻く。
「ギュラス、ご苦労だった。下がって良いぞ」
「気を付けろよ」
ギュラスが部屋を後にする。ギブライドがフォニーの肩を叩いた。
「言え、クライトはどういう風にアストリートに通じていた」
フォニーと眼があった。疲れのある顔に、嘲るような笑みが浮かぶ。
「こいつは私の持ってる情報を欲しがってた。ソーウィンとかいう奴にペナン花を渡した女を探してるらしいんだけど、それをアストリートのところのウショウに見つかって、私を人質にして交渉が行われた。私もその場にいたから話の中身も大体は覚えてる。なんならここで言おうか」
「いや良い。クライトの罪は分かった」
「そう。それで、私の身の安全は保障されたんだよね」
「そうだ。これから何があろうと、俺たちはお前に手を出さない。アストリートの薬を買おうが俺たちのを買おうが、好きにしてくれ」
フォニーの口角が上がる。それからクライトに憐れむような眼を向けて身を翻した。イビが上気した声で囁いてくる。
(さあ、クライト。もう分かってるよね。ハゲを殺して、ついでに糞女も殺す。それ以外にクライトが生き延びる方法はないよ)
ギブライドを殺す。シアルが涙を流して逃げていく。
殺しは、絶対にできない。
フォニーが曲がり角に消えようとしていく。クライトは我に返った。
「待ってくれ!」
フォニーが足を止めた。ギブライドは冷たい眼で佇んでいる。
「せめて教えてくれ。お前にペナン花を届けるように言ったのは誰なんだ!」
ふっ、とフォニーが笑った。徐々に笑い声が大きくなる。勢い良く振り返った。
「全部嘘だよ!」
頭が白くなった。イビが腹を抱えて笑っている。
「あんたが使えそうだったからあのデブを脅しただけだよ。ソーウィンにペナン花を渡した女? 知るわけないでしょうが」
空になった頭が、怒りに埋め尽くされていく。
「ふざけるなよ!」
躰が勝手に動く。視界にはフォニーしか映らなかった。殺せ、イビが叫び笑っている。
腹に衝撃。ギブライドに蹴られた。材木の壁に叩きつけられる。
「何の根拠もなしに信じたあんたが、馬鹿みたいに間抜けなんでしょうが!」
また、フォニーは笑った。ギブライドが下がれと手を振る。
「もうこれで終わり。私は街を出るから付いてこないでよ」
フォニーが材木の壁の向こうに消えていく。クライトは追おうとしたが、躰が微動だにしなかった。
フォニーを信じていたわけではない。レスダムールに繋がる手掛かりが途絶えたわけではない。レスダムールの名を出した謎の男がいる。
しかし、残ったのはギブライドを裏切ったという咎だけだ。
躰から力が抜けていく。イビの笑い声が滑らかに耳に入ってくる。ギブライドが眼の前に腰を下ろした。
「騙されたのは気の毒だが、俺を裏切ったのは事実だ。許すわけにはいかねえ」
怖気が走った。
「だが、魔法使いを失うのは惜しい。しかもアストリートに肩入れする理由も無くなってる。そこでだ、クライト。もう一度俺の下で働かないか」
闇に光が射した。クライトは面を上げる。
「……やります。戦わせてください」
無言で、ギブライドは剣を抜いた。無造作にクライトの首に刃を当てる。
「嘘じゃねえだろうな」
首が痛んだ。背筋を冷たいものが駆け抜ける。全身が恐怖に染まった。
「……本当です」
ギブライドは剣を下ろした。首の圧迫感が消える。クライトの口から息が漏れた。
「お咎めなしにお前を迎え入れるわけにはいかねえ。とは言え、痛めつけて引き入れるんじゃ意味がねえ、戦えなくなるからな。となれば何かしらの禊が必要になる」
「何をすれば良いんですか」
「そうだな。お前にはこれから最前線で戦ってもらう。それが禊だ。たがそれには、絶対に必要なことがある」
「何ですか」
声が震えていた。予感があった。ギブライドが笑みを浮かべる。
「殺しだよ」
眼の前が真っ暗になった。
「今まで俺が見る限り、お前は誰一人殺していない。だからあの裏切り者の馬鹿を殺せ。それでお前が前線で戦えることを証明しろ。無理なら、死ぬのはお前だ」
イビが笑っている。シアルの名を口にして飛び回っている。
ギブライドに腕を掴まれて立たされた。背中を押される。足は動かなかった。
腕に痛みが走る。ギブライドに軽く刺された。暖かいものが皮膚を伝う。血の気が引いていく。
「どこに、行けば良いんですか」
背中を押されるがままに歩いていく。直ぐに、そこに着いた。
童顔の男が床に寝かされていた。外套から露出した腕や足は黒や紫に変色し、顔は元の形が分からない程膨れ上がっている。
両手の縛りが解かれた。
「お前は魔法使いだ。殺すなら魔法で殺せ。まあ、肉や骨を断つ感触を味わいたいんなら、剣を貸してやっても良いぞ」
「いりません」
クライトは右手を前に出した。殺すのは簡単だ。魔法で首を殴る。それだけで、今の死に掛けた童顔の男の息の根は止まる。血を流す必要はない。
(ああ……。ついに、ついにクライトが眼の前の人間を殺すんだね。シアルは間違いなく悲しむだろうけど、ウチは応援するよ。さあ、そのおっちゃんの首を撥ねよう)
イビが笑っている。シアルが怯えながら涙を流している。血に染まった自分から、シアルが逃げていく。
クライトは笑った。躰は震えていた。
シアルが逃げていく。
衰弱していたシアルが、以前のように元気になって、逃げていく。
問題は、何もない。どうせレスダムールは殺す。既に人を殺している同然だ。既に自分は血に塗れている。
シアルは救う。シアルを元に戻す。頭にあるのはそれだけで良い。
呪文を呟いた。右手を振り上げる。童顔の男の首から血が飛び散った。
痙攣する躰。広がる血溜まり。逃げていくシアル。イビの笑い声。やがて、何もかもが止まった。
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