第13話 新たな男
陽が沈み、月明かりが際立ってきた。
「そろそろ動こう。向こうも少しは落ち着いた筈だ」
ナーノが言い、クライトたちは立ち上がった。何故か来た道を戻っていく。クライトは隣を肩で風切っていくブソルに尋ねた。
「どこに行くんですか」
「街の統治がどうこう、ナーノが言ったよな。だからそれを利用してだな」
前方が、急に明るくなった。
火の玉が飛んでくる。
クライトたちが一斉に道を開けた。横道から足音が駆け寄ってくる。金属音。夜に火花が散った。敵の剣を受け止めたナーノが叫ぶ。
「敵が多い、後退だ!」
敵は正面に二人、横道から四人。外套で判然としないが、体格は女のものだった。
(魔法使いだ! 殺戮劇の始まりだぜえ!)
クライトは二人の敵を魔法で足止めして走り出した。先頭を走る傭兵に着いていく。直ぐに敵との目測が分からなくなり、固定の魔法が自然に解けた。
頻繁に道を変えていく。僅かに追っ手の足音が離れていく。
「逃げる方が危険だ!」
誰かが怒鳴った。前方に十字路が見えてくる。
「あそこで戦おう!」
ナーノの声。先頭の傭兵が右に行く。クライトは左に曲がった。即座に反転して腕を構える。もう一人の傭兵が右に、ナーノが左に曲がった。遅れて、ブソルが右に跳び込んだ。
傭兵たちの吐息が、荒く繰り返される。
角の向こうに明りが点った。近づいてくる。
火の玉が飛び込んできた。それを、クライトは魔法で掴んだ。正体は燃える岩。十字路が赤々と照らされる。
「どうしますか」
「投げ返すんだ、こっちが丸見えだ」
ナーノが声を押さえて言った。クライトは火の玉を投げ返す。明りは遠くなっていき、間もなく消えた。
路地の住人が騒めいている。追っ手の気配は消えていた。傭兵たちが素早く目配せする。
「クライト、ブソルたちが突っ込む。魔法で出来るだけ援護してやれ」
言うなり、ナーノが脇道に走っていく。ブソルたちは角を飛び出した。クライトも角を出ていく。
呻き声が聞こえた。女の声だ。戦闘音が聞こえてくる。薄闇に戦う人の姿が見えた。ナーノにしては早すぎる。
「構えわねえ、やれ!」
ブソルが怒鳴る。傭兵たちは無言で足を速める。イビが笑声を発していた。
敵は誰かと戦っている。そこにブソルたちが飛び込んだ。クライトは敵の妨害に徹する。敵が二人倒れところで、ブソルが脇道から現れた。
そして、戦いは終わった。
半数を倒したのは、得体の知れない男だった。片手に剣を持ち、もう片方の手は背中に隠す。その構えは、明らかに魔法使いのものだ。
得体の知れない男が、倒れた女の魔法使いの胸倉を掴み上げた。
「お前たちは何者だ!」
色気のある声だった。どこかで耳にしたことがある。
「とぼけても無駄だぞ! その印を結ぶ手は確かに」
「とっくに死んでんぜ」
ブソルが言うと、男は舌打ちして手を離した。
「お前たちはこいつらの敵か」
頭巾付きの外套で顔は分からないが、背の高い男だった。鍛えられた躰をしているが、それでも太さを感じさせない。
顔を強張らせたまま、ナーノが構えを解いた。
「そっちこそどちらさまで? こいつらの正体を知っている?」
「それを知りたいのは俺だ。それで、お前たちはこいつらの敵で良いのか」
「見ての通り。一度撒いたのに襲ってきたところを見ると、かなり嫌われているらしい」
「そうか」男は剣に付いた血を払って鞘に納めた。頭巾付きの外套を整えて一礼する。「俺の名はギュラス。訳あって芸人に身をやつしていたところ、お前たちを追うこいつらを見て戦いに加わった」
(おっ、こいつあの時の歌芸人か。意外とでかいな)
それで思い出した。フォニーと出会う少し前に、人だかりを作っていた色気のある低音の歌声を聴いた。あれは、この男の歌声だったのか。
ギュラスは足元の女を一瞥した。
「俺はこいつらに用があり、お前たちはこいつらに敵対視されている。そこでだ、俺をお前たちの仲間に入れてくれないか」
ナーノは傭兵たちに視線で意見を求めるが、帰ってきたのは任せるという仕草だった。
「訳あっての訳を話してくれ」
「個人的なものだ、答えるつもりはない」
「それだと受け入れることはできないかな」
「見たところ、お前たちは傭兵だろう。俺は魔法使いで、強さも眼の前で証明した。お前たちの目的は分からないがどんな仕事だろうとしっかりこなす。どうだ?」
ややあって、ブソルは諦めたような息を吐いた。
「分かった。でもここにいる奴は全員雇われだ。雇い主に紹介はするけどそこからの交渉は自分でしてくれ」
「それで十分だ、ありがたい」
ナーノは傭兵たちに向き直った。
「早くここから離れよう、こっちでも追われるのは面倒だ」
ナーノを先頭に歩みを再開する。今の戦いで負傷した者はいなかった。それにしてもどこに行こうとしているのか。クライトは先程の質問をブソルにぶつけた。
「大将が天側に作った、新しい拠点だ」
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