第6話 会談
頭巾付きの外套姿の男が二人、ペナン花の屋台の裏で地べたに座っていた。大柄の男は博奕に使う札を繰り、中肉中背の男は短剣の手入れをしている。
(全員男かよ、つまんね)
「お前ら、仲間の魔法使いだ」
ギブライドが言うと、二人の男は顔を上げた。
「クライトです。よろしくお願いします」
頬に裂傷のある大柄の男が、小指の欠けた右手を挙げた。
「俺はブソル。遊びの博奕は好きだが賭けごとの博奕は嫌いだ。仲良くしようや」
中肉中背の男の方は、わざわざ立ち上がって一礼した。
「ナーノ。金の掛からない博奕は嫌いだ、よろしく」
「おいおい、下手糞が良く言うぜ」
ブソルが笑った。ナーノは肩をすくめる。剣呑な雰囲気ではなかった。
この様子なら、打ち解けるのにそう時間は掛からないだろう。
「得意な武器とかは何ですか」
ブソルが鬱陶しそうに手を払った。
「そういうのは止めようぜ。訓練も無しじゃ真面な連携はできねえんだ。俺たちは普通の人間、お前さんは魔法使い。それが分かってれば十分だ」
ナーノも腰を下ろして頷いた。
「私たち傭兵が信じられるのは自分の力だけ。中途半端な信頼関係を築いても悪いことしかない。精々、酔って諍いを起こさないよう努めてくれれば、それで十分かな」
そういうものか。二人の間にあるのは打ち解けた仲間のものではなく、酒場で偶然知り合った後腐れのない気安い関係らしい。
「分かりました。それで俺は何をするんですか」
ギブライドに眼をやると、小さな鼻息が帰ってきた。
「今のところはねえな。基本的に昼まではここで待機。それで俺たちの撤収と同時に解散だ。何かあった時には俺の指示に従う。それだけだ、簡単だろ? じゃあ頑張ってくれ」
ギブライドは屋台の表に戻っていく。ブソルは視線を落として賭博札を繰っていた。ナーノも短剣の手入れを再開している。
以外と簡単な仕事なのかもしれない。クライトは隅に腰を下ろして時が経つのを待った。
通行人は見る間に減ってきた。
屋台を片付ける店も多くなってくる。ギブライドの店でも閑古鳥が鳴き始めた。イビは随分前に退屈を口にして動かなくなっている。
「ギブライドさん、今良いですか」
質の良い頭巾付きの外套を纏った男が、か細い声で言った。屋台の裏に下がって休憩していたギブライドは、愛想笑いを浮かべて立ち上がる。
「見ての通りの惨状ですよ、ブルタックさん。表じゃ何なんでこっちに来てください」
ブルタックと呼ばれた男が屋台の裏に回ると、ギブライドは商人らしい表情を浮かべた。
「例の件の進展があったんですか、ブルタックさん」
「ええ、話が纏まりました。向こうは早い内、できれば今日中が良いと言っていますがどうしますか」
「それなら今日中でお願いします」
疲れたように、ブルタックは息を吐いた。
「分かりました。時間になれば迎えに来ますので、ここで待機しておいてください」
ブルタックは小さい歩幅でとぼどぼ屋台を離れていく。ギブライドが短く笑い、獰猛に歯を剥いた。
「アストリートたちとの交渉の場が用意できた。ナーノ、クライト、付いて来てくれ」
ブソルが、博奕札を取り落としそうになった。
「俺はおいてけぼりってかよ」
「お前は威圧感がある。交渉には連れて行けねえ」
「へいへい、分かりましたよっと」
ブソルは賭博札を拾い、いじけたように繰っていく。騒ぎの予感にイビが躰を起こしたが、一声漏らしてまた倒れた。
しばらくして昼になり、ブソルは帰っていった。それからクライトたちは夕暮れまで時間を潰す。辺りは朝とは打って変わって閑散とし、その頃になってようやくブルタックが再び訪ねてきた。
「準備が出来ました。そちらの方は大丈夫ですか」
頭巾付きの外套を身綺麗に着たギブライドが、おもねるように頷いた。
「問題ありません」
ブルタックはクライトとナーノの外套姿を確認するように見やり、ゆるりと身を翻した。
「着いて来てください」
先導に従い、中央の大通りに面した豪勢な宿に入った。二階にある待合室のような一室に入ると、ブルタックが口を開く。
「注視事項ですが、この交渉の場で意見を述べて良いのはギブライドさんとアストリートさん、この二人だけです。荒事は勿論、威嚇のような行動も許されません」
ギブライドは部屋にある鏡を見ながら、頭巾付きの外套を整える。
「分かってますよ。わざわざ役人を間に立ててるんですから、馬鹿な真似はしません」
「お願いしますよ」
(ウチこういう堅苦しいの嫌ーい。ハゲも見えなくなったし)
イビが空中で手足をばたつかせる。ブルタックはアストリート側の様子を確認すると言って部屋を出ていった。
「私たちは何かすることがあるのかな」
ナーノが問う。ギブライドは部屋を見回しながら答えた。
「黙って大人しくしておけ。ただし、そうだな。ブソルと口にしたら、戦闘開始だ」
「了解」
ナーノの口角が、にぃっと吊り上がった。興奮したイビが笑いながら飛び起きる。
戦いになるのかもしれない。クライトは痛む鳩尾に力を入れた。
間もなく、ブルタックが戻ってきた。
「では、始めましょうか」
ブルタックが中央の扉を開けた。
交渉の場は、卓が置かれただけの殺風景な部屋だった。正面奥に見える扉も同じように開き、役人風の男が出てくる。続いて出てくる病人のような男は、頭巾の下でギブライドをじっと見つめていた。
ギブライドは涼しい顔で、病人のような男は気難しそうに卓に着く。クライトたちはギブライドの背後に控え、病人のような男の三人の護衛に向き合った。
病人のような男と同じく三人とも頭巾付きの外套を着ているが、その内の一人は女だった。どこか抜けた表情をしているが、顔の輪郭は引き締まっている。
(魔法使いだね、あれは)
(分かるのか)
(いや、分からんよ。でもこの場にいるってことは戦える人間なんだから、魔法使いしかいないでしょ。一番先にやるとしたらあいつだね。敢えて生かすのも面白いけど)
イビは口を押さえて笑った。ブルタックと役人らしき男が卓の左右に座る。
「私たちはあくまでも仲介人です。後は自由に話してください」
ギブライドと病人のような男は、口を開こうとしなかった。ギブライドは正面を見据え、病人のような男は卓の上に両手を組んでいる。
ブルタックが咳払いした。
「もう自由に話して構いませんよ」
「申し訳ない」ギブライドが穏やかに笑う。「同じぐらいの歳のようなので驚いていたんですよ。アストリートさんも四十手前ぐらいですよね」
「ああ、そのぐらいだ」
病人のような男は無表情に、頭巾を深く被り直した。
「やはりそうですか。共通点が見つかって嬉しいです。私はギブライド、半年ほど前からこの街でペナン花を卸させて頂いています」
病人のような男は鼻から小さく息を吐いた。
「アストリートだ。十数年前からこの地で商売をさせてもらっている」
「それはそれは。一から立ち上げたのか販路を受け継いだのかは分かりませんが、どちらにせよ長きに渡り商売を続けられるのはアストリート殿の手腕が卓越していたからでしょう。私もあやかりたいものです」
「そうかね?」
「はい」
会話が絶えた。役人らしき男の瞳が忙しなく両者の間を動き回る。それを、アストリートは眼の端で見ていた。
「時に、商売の調子はどうかな?」
「今月になって、ようやく軌道に乗ってきそうな気配がしてきたところです」
「随分安く売っているようだが、それで儲けが出るのかね」
「赤字寸前ですが、なんとか出せています。アストリート殿の地盤が強固ですからこちらも必死ですよ」
言って、ギブライドは朗らかに笑う。アストリートは手を組み変えた。
「ということは、いつまでもそのままの値段というわけではないのだろう」
「勿論、そのつもりです」
「いつだね」
アストリートの語気が強くなった。その表情に、一切の変化はない。
「まだ決めていません。アストリート殿はどう思われますか」
「今日だな」
「今日ですか……」呟き、ギブライドは息を吐いた。「私の足りない頭では拙速のように思うのですが。よろしければ解説して頂けませんか」
「理屈を言っているわけではない」
「と言いますと、死線を潜り抜けた者の勘ですか」
「今日で安売りを止めれば、商売自体は認めてやると言っているのだ」
ギブライドは顎を撫で、ブルタックに視線を向けた。
「ペナン花の販売に、特別な許可がいるのですか」
「いえ、現行の法律では必要ありません」
「だそうですが、アストリート殿の発言にはどういう意味が含まれているのですか」
アストリートの眉が動いた。
「ここで手を引けば、役人の顔を立てて矛を納めてやると言っているのだ」
「矛とは、武力という意味でしょうか」
「商人の、矛だよ」
「商人の矛。つまり、競争しようということですか」
「どう受け取るかは自分で決めると良い」
「……そうですか。しかし困りました。私とアストリート殿では力が違い過ぎます。まともにぶつかれば私は呆気なく潰されてしまうでしょう」
「では、いつまでに安売りを止める」
ギブライドは唸り声を漏らした。
「難しいですね。現状、赤字にはなっていないわけですから続けようと思えばいつまでも続けられる。それに、そうしなければアストリート殿の地盤はびくともしない。しかしそれを続けていると、アストリート殿に正面から勝負を挑まれてしまう。やはり簡単に答えが出るものではありません。参考までにどこまで待って頂けますか」
「半月だな。それだけあれば関係者を説得できるだろう?」
「短いですね。一年にはなりませんか」
アストリートの眼が見開かれた。
「本気で言っているのか」
「本気ですとも。本音を言えば一年ですが、半年で妥協しましょう。どうですか、私も半年分妥協したのでアストリート殿も一声」
ギブライドが立ち上がり、手を差し出す。アストリートも席を立ったが、両手は後ろに回した。
「互いの希望に開きがあり過ぎる。今日はこれ以上話しても無駄だろう」
ギブライドは手を下ろした。
「そのようですね。また後日、話し合うということにしましょう」
「異存はない」
アストリートは身を翻した。護衛に囲まれて部屋を出て行く。最後に役人らしき男が続き、待合室の扉が閉まった。
クライトたちも自分たちの待合室に下がった。
イビが何度も大欠伸をする。しばらくしてブルタックから許可が下ると、クライトたちは宿を後にした。辺りは暗くなり始めていたが、大通りは相も変わらず盛況だった。
「これからどうするつもり?」
ナーノが問う。ギブライドは乱暴に外套を脱いだ。
「あれは役人に見せつけただけだ、俺たちは争いませんってな」
ナーノが感嘆の息を漏らす。伏せっていたイビが顔を上げた。
「やる?」
「いや、まだだ。矛には抜きどころってものがある。たがいつでも戦えるように準備しておけ。俺も俺で準備を進めておく」
「楽しみに待っているよ」
静かに笑い、ブソルは懐に手を入れる。クライトの耳元では、イビが忍び笑っていた。
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