第5話 間章二

「マイヤロは死んだ」

 重苦しい顔でそう言った養父を、長身の男は睨んだ。

「もう一度言ってくれ、聞こえなかった」

 養父は少しの間眼を瞑り、蓄えた白鬚を一撫でして口を開く。

「お前の妹──マイヤロは死んだ」

 強烈な感情が、全身を貫いた。

 男は机を全力で殴る。それで、表面上の気は静まった。内面は激しく煮え滾っている。養父を見据えて、拳をゆっくり開いていく。

「……何故だ!」

「それは機密事項だ、答えられない」

 怒りが突き上げてくる。歯噛みして堪え、男は深く息を吐いた。

「あんたじゃなかったら、拷問してるところだ」

 堪えきれなくったように俯き、養父は唾を飲み込んだ。

「済まない。私にとっても管轄外のことなのだ」

 養父にも立場がある。そこまでが限界だったのだろう。攻めるつもりはない。行き場のない怒りが血流のように駆け巡っていく。

「恨んじゃいない。……情報はそれだけなのか」

「マイヤロはガシェーバの街で、早逝ながら幸せに死んだ。マイヤロの直属の上司だった男から聞いた」

「そうか」

 長身の男は、手で顔を覆った。

 マイヤロが死んだ。

 成人してから会うことは減ったが、それでも関係が変わることはない。躰の内にある怒りが皮膚を食い破らんと暴れ狂っている。

「マイヤロはお前の唯一の肉親だった。お前の悲しみは私には分からないが、養父としてその一端は理解できる。妙な気は起こすなよ」

 微かに、男は笑った。

「妙なこと?」

「復讐など、ゆめゆめ考えるなよ。お前が修羅の道に進むことを、マイヤロは良く思わないのは分かっている筈だ」

 男は手を下ろし、唇の端を歪めた。

「それは、三十手前の人間に言うことじゃないな。心配するな、俺は軍人だ。武器が勝手に人を殺すことはない。そうだろう?」

 養父は眼を瞠り、安堵したように微笑んだ。

「私が大昔に言ったことだな。覚えているとは思わなかったよ」

「育てられた恩はある。勿論、仇で返すような真似はしない。取り敢えず何か飲み物でも持ってこよう」

 それからしばらく養父をもてなした。その帰りを見届けると、長身の男は音も立てずに旅支度を始める。

「二つの世界の交わる街──ガシェーバか」

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