二人の吸血鬼の独白

 あ~あ。

 全く、やってらんねえって。


 俺はよ、元々ケチな盗人だったんだよ。

 ちょいと小金を貯めてそうなお宅にお邪魔して、ちぃっとばかしの金子と食料を掠め取って生きてきたんだ。

 俺は生まれも育ちも溝塗れだ、別に大金なんかなくったって生きていけるからな。

 月に一、二回ちんけな仕事を働きゃ、とりあえずは生きていけたさ。


 けどなぁ、ちょいと前にしくじっちまった。

 だってよ、信じられるか?

 たまたまお邪魔したお宅に吸血鬼がいたなんてよ。


 俺はもちろんどったまげたが、それは向こうも同じみたいだった。

 そいつは咄嗟に俺に向かってきて、俺が何言う暇もなく首筋に噛みついてきた。


 女の吸血鬼でな。随分若かったから、正直、吸われてる間も悪い気はしなかったね、ここだけの話。

 そしたらそいつがペコペコ謝ってきてよ。

 

「ごめんなさい。貴方を襲うつもりはなかったの。直ぐに聖水を飲めば助かるから……」


 俺は首を横に振った。


 丁度いいやと思ったんだ。

 いつまでもこんな生活が続けられるわけじゃねえ。

 だったらいっそ、化け物にでもなって面白かしく生きてみたっていいじゃねえか。

 実際、人様の暮らしに迷惑かけてるってことじゃあ、今と大して変わらんねえ。

 

 そう思っちまった。

 それが、でっけえ間違いだったんだなぁ。


 その女吸血鬼は言ったね。


「私は第五世代の吸血鬼です。私の眷属になれば、あなたは第六になる。それでもいいですか?」


 ってよ。

 いや、今から思えば大分親切だったんだと思うぜ?

 でもよぉ、こちとら吸血鬼に会うのだって初めてなんだ。第五だ第六だなんて言われたってなんのことだか分かりゃしねえ。

 まあ、要は下っ端になるがいいかしらん、くらいのもんだと思ったんだよ。

 そのくらいは構やしねえ。どうせ今でも泥の底に這いつくばって生きてるようなもんだ。今更だろ?


 結局俺はほとんど頼み込むみたいにしてその女の眷属にしてもらった。

 そしたら、上司に紹介するからついてきて、なんて言われてよ。


 上司?

 首を傾げた俺に、そいつは第二世代の吸血鬼を紹介してくれたんだ。


 ちびるかと思ったね。

 その男が怖えのなんのってもう。

 俺もその時にゃ、魔力を感じ取れるくらいにはなってたからな。

 そいつが正真正銘の化け物だ、ってのはすぐ分かった。


 けど、ホントに恐ろしかったのはそれからさ。


 そいつは部下に命じて俺にあれやこれやと仕事を教えてきやがったんだ。


 なんだかバカにデカいお屋敷に物資を搬入する仕事だったんだけどよ。挨拶の仕方だの帳面の書き方だの検品のやり方だのなんだのと。

 他にも清掃業務やら工場での送り先ごとへの仕分けやら挙句引っ越しの手伝いやら色々とやらされたね。

 休みは週に一回。昇給賞与あり。有給あり。残業手当あり。


 ……真面目か!!


 嘘だろ、勘弁してくれ。

 心底そう思ったよ。

 聖都の日雇い連中なんかよりよっぽど待遇がいいじゃねえか。

 因みに休みの日には血を吸いに行ってもいいが、必ずどこどこの誰それの血を吸いに行くってのを報告する必要があって、当然相手によっちゃ待ったがかかる。加えて俺は第六世代だから、それ以上眷属を増やすのは禁止なんだそうだ。

 どの道俺が吸った魔力なんざ、ほとんど上の連中に持ってかれちまうからな。


 俺はがっくりきちまった。

 なんかもう、色んなもんが台無しになった気分だった。

 俺の血を吸ってくれた第五世代の女は、因みに第二世代の上司(ギムリって名前さ。これがまたガワだけみりゃイケメンなんだ。畜生)の熱烈なファンだったね。


 あ~あ。

 やってらんねえ。


 ……なんてな。

 考えて見りゃ、俺はそれまで吸血鬼のなんたるかなんざ知りもしなかった。

 そんな俺の勝手な想像を押し付けられたって向こうも迷惑だろうさ。

 とにかく、これで生きるに困ることはなくなった。下手に野心を持たなきゃ、人間と同じ寿命で死ねるんだそうだ。いい意味でも悪い意味でもな。


 俺は生まれて初めて労働をしたよ。

 最初は気分が悪かったが、まあ慣れちまえば、どうってこともねえやな。

 友達も出来たしよ。


 こんな暮らしも、これはこれで悪くねえや。

 そう思い始めた矢先のことさ。

 連中が現れたのは。


 ありゃ一体なんだったんだろうな。

 俺には分かんねえや。

 まだ宵の口でよ。

 湖畔にギムリの眷属たちが集まってたところを狙われたんだ。


 ギムリは咄嗟に下の連中を転移で逃がしてくれようとしたが、俺はいきなりのことで動転してそこから漏れちまったんだ。

 あっという間だった。


 ぐちゃっ、とか、づどん、とか色んな音と一緒に目が眩むような光が辺り一面を覆ってよう。

 俺は直ぐに気を失っちまって、気づいた時には石牢にぶちこまれてたのさ。


 全く、ついてねえぜ。

 俺を捕まえたのは頭のネジが飛んだ貴族の男だった。

 俺の首にはいつの間にか黒い革の枷がつけられてた。

 何でも『帰順の消印』とかいうご禁制の魔道具だそうで、俺はこの男にたま握られちまった。

 どうしてすぐ殺さねえのか分からなかったが、まあ、なんかしらに利用するつもりなんだろうなぁ。


 そうしたら案の定、ある日お呼びがかかった。


「貴様を自由にしてやろう」


 はいはい。

 その代わりに、何をすればいいんで?


 俺はその時にはもう魔力不足で意識が朦朧としてた。

 腹も減ってたしな。


 取り合えず言われたとおりに、けったいな恰好した見るからにヤバげな連中の影に潜り込んで、(ありゃあ、具合悪くしてら。悪いね、俺だって命令されてんだ)何とかいう田舎町に忍び込んだ。


 そこで予めあっちとこっちの家に忍び込んで血ぃ吸ってこいなんて言われてたもんだから、仕方なく言う通りにしてやったさ。

 申し訳ねえとは思ったよ。

 けど、そうしなきゃ俺の首が飛んじまう。文字通りな。

 まあいくらか薹が立っちゃあいたが、美人が多かったのは役得だったね。

 つっても俺だって吸血鬼としちゃ下っ端も下っ端で、吸える量だって限界がある。


 血だけならともかく、やたらと魔力量の多い奴らもいたせいで、しまいにゃ俺は魔力過多でふらふらになっちまった。

 それでも何とか指示されてた最後の一人まで吸い切って(いや、嘘だ。吸い切れなかった。多分、あの女から俺のやったことはばれる)、俺は這う這うの体で街から逃げ出した。


 これも指定されてた場所で俺が休んでいると、迎えの連中が来た。

 陽はとっくに昇ってる。

 今頃街はパニックになってるだろうな。でも、こっちの貴族が聖水くらい用意してんだろ。じゃなきゃ交渉にならねえからな。


 はあ。

 やっと終わった。


 さ、約束通り首枷を外してもらおう。

 しかし、ここから魔国までどうやって帰ろうか。

 ギムリさんは大丈夫かねぇ。

 あの女は、少しは俺のこと心配してくれてるだろうか。


 まるでこちらに無関心な顔をした男が俺のそばに歩み寄った。


 そうそう。


 優しくな。

 俺だって男に首筋晒したくはねえけどよ。


 男の指が首枷にかかる。


 …………あれ?


 ちょっと待てよ。

 この首枷、かけた奴じゃねえと外せないんじゃなかったっけ?


「あ」


 ぶつん。


 最期に。

 そんな音が、聞こえた気がした。


 ……。

 …………。


 初めに言い訳させてもらうとね。

 君たちに言ったこと、別に嘘ってわけじゃないんだ。


 僕は元々傭兵団の一員だったんだけど、魔力探知の技術を買われてその貴族家に雇われたんだ。

 最初は嬉しかったよ。

 憧れだった聖騎士の仕事を手伝えるんだからね。


 でも、実際に集められて、提示された金額を見てさ。

 一緒にきた連中のうちの半分くらいはその法外な額に心底喜んでいたけど、残りの半分の人たちは僕と同じ顔をしてた。


 ああ、これ絶対ヤバいやつだ、ってね。


 案の定、僕らが手伝わされた仕事は、それを明るみにすれば自分たちの命がなくなるのが十分に分かる危険な代物だった。

 人造の勇者だなんて。

 とんでもない。

 僕には只の、人殺しの傀儡人形にしか見えなかったよ。


 それに気づいた時には、僕らはとっくに逃げ出せない程泥沼に嵌まっていた。

 逃げ出そうとした奴もいたけど、昨日まで笑い合ってた仲間に密告されて捕まったよ。『解雇』した、なんて説明されたけど、信じるもんか。

 僕はもう殆ど諦めながら、言われた通りに実験の記録を取り続けたんだ。


 そして、あの日がやってきた。


 恐ろしかったよ。

 昨日倒したヘビの魔獣相手に僕が立ち向かえたのはね、もっと恐ろしい怪物を知ってたからさ。

 何が何だか分からなかった。

 ぐちゅっ、とか、ごしゃっ、とか天変地異みたいな音と、そのまま死後の世界に通じてるんじゃないかってほど恐ろしい闇が押し寄せてね。


 とても観測どころの話じゃない。

 僕は早々に気を失って、気づいたら古びた屋敷のベッドの上だった。


「おぅ。目ぇ覚ましたかぃ」


 そんな声が聞こえてね。

 目の前に魔族の男が立って、僕を見下ろしてた。

 真っ赤な目をして。


 震えあがったよ。

 僕の唯一の取り得は魔力の探知だ。

 その男が、さっき見た敵方の吸血鬼にも引けを取らない化け物だってのは直ぐに分かった。

 まあ今思えば、わざと分かるように魔力を垂れ流してたんだろうけどさ。


 もう駄目だと思った。

 

 そうしたら、こんなことを言われたんだ。


「こっちは六人死んだ。お前さん一人じゃ到底釣り合いがとれねぇんだ。だから、選ばせてやる」


 ここで死ぬか、自分たちの眷属になって己の罪を償うか。


 僕に選べと言ってきたんだ。


 ああ、そうだ。

 僕は死にたくなかった。


 僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、必死に首を縦に振った。


 僕はそうして、その吸血鬼の傍に控えてた第五世代の女の眷属になったんだ。

 第六世代なんてのは、吸血鬼の中じゃ一番の下っ端でね。

 自分の意思で血を吸うことだって出来やしないし、吸った所で魔力は殆ど上の人たちに持ってかれてしまう。


 こんな所でも、僕は使いっ走りの下っ端なんだ。


 情けなくて、悔しくて、それだけで死にそうだった。

 死ねなかったけどね。


 そう。

 君たちに言った、行方不明になった観測班の男っていうのは、僕のことだ。


 僕に最初に与えられた命令は、先の戦闘でこっちからも行方不明になった別の第六世代の眷属の捜索だった。

 その男の話によると、もしかしたら意図的に逃げてる可能性もあるっていうじゃないか。

 幸い傭兵時代の経験で、聖国の地理は頭に入ってる。

 僕は地図の隅っこをつつくみたいにして、鬼が隠れてても簡単には見つからなさそうな田舎町を調べることになった。


 カムフラージュに持たされた魔石を馬車に積んでね。

 そこで、君たちに出会った。


 ねえ、ヒカリさん。

 僕は今、どんな顔をしてる?


 鬼の顔かい?

 獣の顔かい?


 分かるだろ。

 

 血が飲みたいんだ。

 腹が減って、腹が減って、もう死にそうなんだ。

 もう限界なんだよ。

 今、僕が必死に理性にしがみついてるのが分かるかい?


 限界なんだ。

 僕はきっと、今に暴走して人を襲いだす。

 そして、あっけなく殺されてしまうだろう。なんてったって、最弱の第六世代だから。


 だから。


 頼むよ、ヒカリさん。

 そうなる前にさ。

 君の手で。


 この邪悪な吸血鬼を、討伐してくれ。


「イヤです」


 ………………え?


 ……。

 …………。


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