手探りの少女たち

 パチパチと、火の粉の爆ぜる音がする。

 あたりはすっかり暗くなり、森の闇の中に赤々と燃える光は、木々の合間を抜けて時折吹く風に、その炎を揺らしている。

 煙が、斜めに流れて昇っていく。


「え、ええと、その。お、お久しぶりね、ヨル君」

「ええ。俺が『酒樽』を抜けて以来ですからね」

「大きく、なったわね」

「もう6年くらい経ちますかね。セイカさんも、随分カッコよくなりましたね」

「そう、かしら……。私、その、あれから、色々頑張って……」

「はい。傭兵団を立ち上げたって、便りを貰った時は驚きましたけど」

「ええ。……ふふ。私も、似合わないって思うわ。今じゃリーダーなんて、みんなに呼ばれて」

「ついて来てくれる人がいるなら、それはセイカさんの力だと思いますよ」

「そう、だといいのだけど……」


 体の前で組んだ指をもぞもぞと動かしながら、躊躇い混じりに話す『曙の貴妃』のリーダー・セイカと、突如森に現れ、何故か親しげに彼女と会話する長身の少年の様子を、パーティーメンバーの少女たちは離れた位置で肩を寄せ合いながら見守っていた。

 その横には、新聞屋・アヤと、所在なさげに立ち尽くす聖騎士の少女・ヒカリの姿がある。


「うーん。聖騎士の女の子と二人連れっていうから、まさかとは思ったけど、ホントにヨル君とヒカリちゃんだったとはねぇ。流石に驚いたわ」

「私もびっくりです。もう寝る支度してたのに、急にヨル君が『誰かに付けられた』とか言い出して飛び出してって。慌てて着いてったらアヤさんがいるし。あの格好良い剣士さんとは知り合いみたいだし……。ただ、その……」

 ヒカリがアヤの腕を掴んだまま、傭兵団の少女たちを横目で見る。


(あれがリーダーの思い人?)

(何か、聞いてたのと違う……)

(いや、そりゃ5・6年前の話だし)

(まあ、顔立ちは整ってるかしらね)

(えええ。顔色悪くない?)

(美少年って感じじゃないよねぇ)

(でも見なよ、リーダー)

(照れっ照れだね)

(うう。あんな表情見たことないよぉ)

(許せない)

(許せないわね)


(それに……)

(そうね)

(どうする?)

(リーダー、あんなだし)

(私たちがやるしかないわね)

(誰が行く?)

(((………)))

(……私が行くわ)

(いいの?)

(大丈夫?)

(気を付けてね)

(無理しないでね)


 ひそひそと小声で囁き合っていた少女の内の一人が、意を決した表情でこちらに向き直ったのを見て、その控えめに言っても好意的とは言えない表情に、ヒカリが萎縮する。


「ちょっと、よろしいかしら。ええっと、聖騎士の方、ですよね?」

「あう。あの、はい。申し遅れました。聖王教会第5支部所属、ヒカリ・コノエです」

 ぴょこんと栗毛を揺らして深くお辞儀をしたヒカリに、黒髪のショートボブで、小弓を背に負った少女が少し面食らったような顔をした。


「そ、そう。私は傭兵団『曙の貴妃』の、ミドリ・アイラといいます」

「あ、あの! 聞いたことあります。全員女性だけのパーティーで、魔獣の群れから街を守ったり、盗賊団を捕まえたりって……」

「え? え、ええ。ありがとうございます。……じゃなくて。えと、……そう。目的! コノエさん。あなた、この先にはどんなご用事があって?」

「あ、それは、夏みか……じゃなくて。あの、私の派遣先の街に、ええっと、ハタタタ……ハ、ハタ……」

「ハタガミ?」

「あう。そうです。ハタガミの里からの荷が届かなくて、ちょっと様子を見てきてほしいって言われて……」


 お互いしどろもどろな答弁の中で、ヒカリのセリフに少女たちの顔色が変わる。

「あの、何か……?」

「それは、教会からの任務で、ということでしょうか?」

「? いえ、街の代表の方から頼まれて……」

「? ですから、街の代表の方から、教会に依頼が出されたのではなくて?」


「?? ……あ、そっか。違うんです。私、今、街で便利屋をやってて、その、あの男の人は同じ便利屋の、……ええと、先輩で」

「?? つ、つまり、私用でここまで来ている、ということですか? 教会は、あなたがここにいることを把握していない、と」


「??? いえ、仕事なんです。教会とは関係ないですけど、一応出る前に報告だけはしてますし……」

「ええ??? う。ううん。で、では、コノエさんは今ハタガミの里で何が起きているのかをご存知なのですか?」


「???? いえ。ですからそれを調べに来たんです。あの、皆様もハタガミに向かってるんです、よね。なにか、知ってるんですか?」

「うぐ」


 ミドリが言葉に詰まった。

 ヒカリが不安げな顔でそれを見つめる。

「それは、その……」

 ミドリからすればヒカリの行動原理がよく分からない以上、迂闊に余計な情報は漏らせない。ヒカリからすれば何故ミドリが自分をそこまで警戒するのかが分からないので、なんと言って説明すればいいかも分からない。

 お互い緊張感に耐えられず、ヒカリがアヤを振り返り、ミドリが仲間たちを振り返った。


 目をうるうるさせるヒカリを、アヤはにっこり笑って見返し、両手を握ったファイティングポーズを作る。

 つまり、自分で何とかしろ、と。

 対してミドリが振り返った仲間たちは、彼女の劣勢を感じ取り、すぐさま隣に駆け寄った。


「だ、騙されちゃ駄目です。ミドリさん!」

 ミドリの隣に立った金髪巻き毛の少女が、ヒカリを睨みつける。

「ふえ!?」

 ヒカリが後ずさる。

「この人、聖騎士なんですよ!? そんな、教会の意向もなしにこんな辺境に来るはずないじゃないですか! 何ですか、便利屋って。適当なこと言ったって誤魔化されないんですから!」

「ええ!? そ、そんな。私、ホントに……」

「どうせ上手いことこっちから情報だけ引き出して、また手柄を横取りする気に決まってます!」

 他の少女たちも寄り合って、ヒカリを威嚇するように強く見据えている。

「ううぅ。違うんですうぅ」

 ヒカリの目に大粒の涙が溜まった時だった。


「ちょっと、あなた達、どうしたの?」

 一触即発といった雰囲気の少女たちに、セイカが駆け寄った。

 ヒカリの隣に、さり気なくヨルが立つ。

 助けが来た安堵と、それが頼りにしたくない相手であったことから生まれた何とも言えない感情に、ヒカリがヨルの肩を無言でぽかぽかと殴りつける。


「リーダー。それが……」

 その向かいで、ミドリが事情を説明する。

 それを聞いたセイカの表情が険しく尖がり、青碧の眼がすう、っと細められた。

「ヨル君と、二人きりで、馬車の旅を………?」

「いや、リーダー。今そういう話じゃなくて」

「ごほん。わ、分かっているわ。分かってます。あなたたち、一度下がりなさい。大人数で一人を取り囲んで、恥ずかしいわよ」

「す、すみません……」


 おずおずと引き下がった少女たちに代わり、セイカがヒカリに向き合う。

「ウチの子たちが失礼を致しまして、すみませんでした、コノエさん」

「いえ、そんな、全然……」

「単刀直入に言いましょう。私たちは今、ハタガミの里からの救援依頼を受けて行動しています」

「え!?」

 後ろで少女たちがざわつく。


「いいのよ。あなたたち。ただし、こちらから誠意に依って開示できる情報は以上です。こちらとしては、あなた個人に意趣おもうところはない…………………ないのだけど」

(溜めた)

(溜めたね)

(溜めたわね)

(リーダー、やっぱり彼のこと……)

「……ないのだけど! ごほん。それでも、あなたと信頼関係を作るには、私たちも聖騎士の方々とは過去に色々あるものですから……」


 それを聞いたヒカリがはっとした表情で顔を上げ、すぐにまた俯いた。

「セイカさん。こいつは――」

「いいの!」

 何かを言いかけたヨルを、ヒカリが遮る。


「いいんです。あの、済みませんでした。私、さっきミドリさんが何を言いたいのか、分かんなくて……」

 後ろに下がったミドリが気まずそうに下を向く。

「確かに、その、聖騎士にも、……ええと、色んな人がいます。他の国であんまり評判が良くないのも、……知って、ます」

「……ヒカリ」

 ヨルの声掛けを、手のひらを向けて遮って、ヒカリは続けた。


「あの、セイカさん。『曙の貴妃』の皆さんも。私、今回は教会の任務で来てるわけじゃありません。皆さんの仕事を、邪魔するつもりもありません。ただ、私たちは便利屋ですから、何かお手伝いすることがあれば言ってください。なければ、その……私のことは気にしないでください」


 最後にぺこりとお辞儀をしたヒカリを、パーティー一同が呆気に取られて見つめる。


「そ、そんなこと言って、どうせ、また……」

「はあい、そこまで!」

 めげずに何か言おうとした少女の声を、今度はアヤが遮った。


「ア、アヤさん……」

 アヤは気まずそうにするセイカとヒカリの間に立つと、懐から手のひらに収まるほどの大きさの、四角い小箱を取り出した。

「何を……」

 真っ黒い鉱物のような、無機質の素材で出来たそれには、小さな突起が二つ付いており、アヤはそのウチの一つをぽちりと押す。すると――


『あの、セイカさん。『曙の貴妃』の皆さんも。私、今回は教会の任務で来てるわけじゃありません。皆さんの仕事を、邪魔するつもりもありません。ただ、私たちは便利屋ですから……』


 少し掠れた、ヒカリの声が聞こえた。

「「「!!??」」」

 一同が仰天する。

「……今のは、一体??」


 もう一度その箱を操作し音声を止めたアヤが、再びそれを懐にしまって、悪戯っぽい笑みで『貴妃』の面々を見渡した。

「記音の魔道具よ。さっきのヒカリちゃんの発言、しっかり記録したわ。これで言質は取れたから、もしこの先ヒカリちゃんが貴女たちの仕事に関わっても、それは教会とは無関係。つまり報酬のいざこざも発生しない、ってこと」

「そんなものが……」

「速記の出来ない場所で取材するには便利なのよ。ま、帝都の最新モデルだから、あんまり出回ってないけどね」

「そ、それってボイスレコむぎゅ」

 前世の知識を漏らしかけたヒカリの口をヨルが塞ぐ。

 そのまま、眉根を下げて柔らかな笑みを浮かべた。


「セイカさん。今日はここまでにしましょう。俺たちは自分たちの馬車に戻ります。目的地は同じみたいですから、明日、里でまた会いましょう」

「そう……ね。そうさせてもらいましょう。あなたも、今はメリィ・ウィドウの便利屋、なんだものね」

「ええ。『己の分を弁えよ』、ですね」

「分かったわ。分かってる。私も今は、この子達を預かる身だもの」

「久しぶりに会えてよかったです。では、お休みなさい」

「私もよ。お休み」


 ……。

 …………。


 そうして、自分は今回この人たちと同道だから、と言ったアヤを残し、ヨルとヒカリは先程通って来た道を戻った。道中、二人は無言だった。

 荷車にランタンを引っ掛け、寝る支度を始める。


「悪かったな」

「え?」

 荷から毛布を解きながら、唐突に発されたヨルの言葉に、ヒカリが首を傾げる。

「……その。ほったらかしにして……」

 そのぶっきらぼうな声に、ヒカリは苦笑した。

「いえ。……私の問題ですから」

「お前以外の聖騎士の問題だろ」

「つまり、私の問題です」

「そうかよ」


「ミツキさんから聞いてました。聖騎士の力は、魔獣や魔法使いに対して強力に過ぎる。中には、聖気の強さを自分の権威だと考えて、……その、驕る人もいる、って」

「俺もウルから聞いてた。実際、傭兵時代にもそれは思い知ったよ。けど、前にメリィ・ウィドウにいた聖騎士のゲンジさんは、いい人だったよ。格好良いじいさんだった」

「あの、変な日記の人ですか?」

「あの街で業務報告が必要になる事態なんて滅多にないんだ。それは仕方ないだろ」

「ふふ。そうですね」

「あああ、いや。だから……何だ。聖騎士にも、色んな人がいる」

「さっき私もそう言ったじゃないですか。……ふふ。大丈夫です。他の人がどうでも、私がやることは変わらないですから」

「……そうかよ」


 それきり黙り込んだヨルを見て、ヒカリが不意に何かを思いついたように、にやりと笑って問いかけた。

「それよりヨル君。ヨル君は、ああいう女の人がタイプなんですか?」

「ああ?」

「セイカさんですよ。メリィ・ウィドウにはいないタイプの美人さんでしたねえ」

「……まあな」

「何ですか何ですか。ヨル君は昔っから年上ハンターだったんですか。久しぶりに再会した二人の間に、忘れかけていた思いが燃え上がる展開ですか」

「うっぜえ」

「照れないでくださいよー」

「あの人とはそういうんじゃない。それに、正直ちょっと苦手だ」

「えええ。何でですか。そうやってまたクールぶって。良くないですよ」

「だから違えって。俺は…………」

「ヨル君?」


 そこで、毛布にくるまりかけていたヨルが、不意に起き上がった。

「『這蕨はいわらび』」

 ヒカリが驚いて振り返ると、自分の正に消そうとしていた明かりで出来たヨルの影が、うねうねと動いて暗がりに伸びていくのが見えた。

「ちょ、ちょっと……」


「きゃあっ」


 ヒカリが問い質すより早く、その先から小さく悲鳴が聞こえる。

「え?」

「……俺は、あなたみたいな人の方が好みですよ」


 ヨルの影に足を取られて膝を付いた少女が、怯えた目でヨルとヒカリを見上げていた。

『曙の貴妃』のメンバーの一人、先程哨戒を任されていた気弱そうな少女に、ぞっとする程底冷えのする声でヨルが声をかけた。


 ……。

 …………。

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