花の咲く森
傭兵組合、という組織がある。
元は完全な民間団体であった傭兵団を一つに纏め上げた組織で、この組合に所属を認められた傭兵団は、組合に関する国際条約を批准した国家――帝国・聖国・森国・港国の四国において、その活動の自由が保証される。
発足当初はその利権や立場に侃々諤々の議論があったものの、現在の感覚では、『傭兵組合に所属している傭兵団はプロ。それ以外はアマチュアか違法組織』という認識が概ね一般的である。
旅程の護衛や、生活の害となる魔獣の討伐、研究素材・薬材・食材の採取等、それぞれの国で国軍の手が回らないような事態への頼り先として人々の生活に欠かせない存在になっており、政府組織に対する影響力も高い。
そんな傭兵組合の中で、ここ近年頭角を表しつつある、とある傭兵団がある。
『曙の貴妃』。
構成員8名が全員年若い女性であることと、デビュー当初から中堅クラスの実力を備えていたこと、そして、何故か活躍の場に恵まれるツキの良さ(たまたま通りかかった街で魔獣被害が出ている、一見危険性の低そうな護衛依頼の現場で悪名高い盗賊団に出くわす、採取依頼の最中で未発見の遺跡を見つける等等)で、見る見る知名度を上げていったパーティーである。
特にリーダーを勤めるセイカ・マミヤは、その秀麗な美貌と大の男にも引けをとらない剣技も相まって、一部の都市では熱狂的な支持を受けている。
そんな傭兵団の噂を聞きつけた、メリィ・ウィドウの新聞屋・アヤが、街の外の定期的な情報収集も兼ねて取材を申し込み、快諾され、特に本拠を構えないその旅路に同道することとなったのが、二週間程前。
そして、現在――。
「ええー、でもそんな街じゃ出会いも何もなくないですかぁ?」
「そりゃあ街の中にはないわよ。でも、今はあんまり恋愛したい気分でもなくって……」
「えええ、勿体ないですよぉ」
「アヤさん折角美人なのに」
「前に言ってた、曖昧屋さんはどうなんですかぁ?」
「それもよく言われるんだけどねぇ。それだけは絶対にないわ。断じてないわね」
「あ。これはホントになさそうですね」
「じゃあ、唯一年下の便利屋の子はどうです? 意外と年下ってのもいいですよ」
「うううん。あの子はなあ。なんていうかなぁ」
「お? これはナシじゃなさそうですね?」
「ええ?」
「いいじゃないですか。年下。いいじゃないですか」
「えええ。いやいやいや」
「脈ありじゃないですかー」
「きゃー」
メンバーの女子たちにすっかり懐かれてしまった上に、逆にアヤの方が質問攻めにあっている始末だった。
「ちょっとちょっと、みんな。アヤさんが困ってるでしょう」
「あ、リーダー。お帰りなさい」
「お疲れ様です」
夕暮れ時、街道脇の森に入って野営の支度を済ませ、火を焚いてそれを囲んで座る『曙の貴妃』のメンバーが、アヤの身の上話(というよりは強引な恋バナ)にかぶりつきで聞き入っていたところに、リーダーのセイカが戻ってきた。
背中まで伸びる銀髪をひとつに纏め、瞳は切れ長の青碧。腰には長刀を佩き、その身のこなしには一つ一つに隙がない。
「ごめんなさい。みんな、アヤさんのことすっかり気に入っちゃったみたいで」
「いえいえー。私も若い女の子とお話する機会なんてそうそうないですから」
にこやかに笑うアヤの手にはちゃっかり酒瓶が握られ、それを見たセイカが苦笑する。
「この先の平原を横切れば近道です。明日の昼には到着しますよ」
「いやー、すみませんね、こんなとこまで着いてきちゃって」
「いえ、こちらこそ。それに、アヤさんは護衛の必要がないので正直助かります」
「あはは」
焚き火を囲んでいた女子の一人が場所を開け、セイカがそこに座り込む。
「凄かったですよねえ、一昨日に街で、酔っ払いの男の人を裏拳一発で」
「カッコよかったです!」
「いやいや、セイカさんには負けるわよ」
「「「ウチのリーダーはちょっとおかしいですから」」」
「……こらこら」
苦笑するセイカにアヤも意地悪そうな顔で問いかける。
「聞きましたよ。パーティ創立以来、一度もメンバーに男っ気がなかったのは、リーダーがかっこよすぎて並みの男じゃ靡く気にもならなくなったからだ、って」
「ちょっと、あなたたち!」
「えええ。だってホントのことじゃないですかぁ」
「責任取って全員と結婚してください」
「ハーレムですよ。ハーレム」
「私は普通に男が好きなんだってば!」
「お?」
きらん、と、アヤの目が光った。
「スクープですねえ、セイカさん。それは誰か気になる殿方のいる人のセリフです」
「ええ!?」
銀髪を揺らしたセイカを見て、周りの女子たちが苦笑した。
「アヤさん。それはスクープでもなんでもないですよ」
「え?」
「だって。ねえ」
「ねえ」
「ち、ちょっと、みんな?」
顔を見合わせて悪い表情を作った少女たちを見て、セイカが目に見えて狼狽する。
「リーダーの思い人なんて、みんな知ってますよ。昔所属してた傭兵団で下働きしてた、年下の男の子です」
「やめて! 違うの。あの子とはそういうんじゃなくて!」
「いやいやいや。これだけの女の子の前であんだけノロケ話しておいて、それはないでしょ、リーダー」
「その子に褒めてもらったっていう髪留め、いまだに着けてますもんね」
「違うの。違うんだってば!」
「そりゃあ初恋が年下で頼りになるしっかり者の美少年じゃ、彼氏なんてできないですよねえ」
「やめてやめてやめて。アヤさんもメモ取らないでいいから!」
「あ、あのう……」
顔を真っ赤にしたセイカを周りがにやにやと見つめる中で、暗闇から遠慮がちな声が掛けられた。
「あ。ああ。アズミ。ごほん。哨戒ご苦労様」
慌てて居住まいを正したセイカの元に、いかにも気弱そうな表情の、小柄な少女が歩み寄った。
「どうだった?」
「それが……」
……。
…………。
「不審な荷馬車?」
隠匿魔法の使い手であるメンバーの一人が、野営の前の哨戒をしていると、ちょうど自分たちと同じ方向に向かうと思われる、別の方向から来たらしい荷馬車を見つけたのだという。
「何か、おかしな所が?」
「うう。はい……」
彼女の報告によると、近くにいたのは年若い男女二人だけで、馬に曳かせていた荷車には殆ど何も入っていなかった、とのこと。
行商でもなければ冒険者という雰囲気でもない。
そして、何より。
「聖騎士ですって?」
「そうなんです。遠目からでしたけど、確かに女性の方は聖騎士の格好をしていました……」
それを聞いたセイカの顔が険しくなった。
「何でこんな所に聖騎士が……。まさか、聖国にも救援依頼をしたというの? あの街の人たちがそんなことをするとは思えないけど」
「あの、何か問題が?」
首を傾げて問うアヤに、メンバーの女子がやはり顔を険しくして答える。
「私たち、あんまり聖騎士にいい印象ないんですよね」
「あああ」
「あの人たちが戦場に来ると、もう滅茶苦茶じゃないですか。こっちが苦労して相手してた魔獣はあっという間にやっつけちゃうし、こっちの魔法も魔道具も使えなくなるし」
「前も一回、たまたまその場に居合わせただけの聖騎士のおじさんに手柄全部持ってかれちゃって」
「偉そうな態度の人は多いし」
「そのくせお金にがめついしね」
次から次に不満を吐き出し始めた女子たちを、セイカが手で制す。
「陰口はみっともないわよ、あなたたち。それより、取り敢えず一度こちらから出向きましょう。目的地が同じで、万一依頼を受けているのだとしたら、こちらも立ち回りを考えなくてはならないわ」
「えええ。私、正直関わるのもヤなんですけど」
「大丈夫ですか?」
「何かいちゃもん付けられたりしないですかね」
ざわつく女子たちに、セイカが苦笑する。
「私だって出来れば関わりたくないわ。でもね、自分が好きな相手とだけ関われば生きていける世の中なんて、そうそうないのよ。隣人を愛せとまでは言わない。けど、分かり合えないなら分かり合えないなりの付き合い方をしなければならない時もあるのよ」
「……リーダーが、そう仰るなら」
渋々頷く女子の頭に、ぽん、と手を置き、セイカが立ち上がった。
「いい子ね。じゃあ、行ってくるわね。せめて目的ぐらいは聞けるといいのだけど。アズミ、案内をお願い」
「その必要はありませんよ」
「「「!?!?」」」
その時、不意に聞こえた低音の声に、全員が飛び上がった。
そこにいたのは、森の闇に同化しそうな程の深い黒髪をした、長身の少年であった。
それに比して病的に思える程の白い肌。血の気のない顔色。
旅装の上から、腰に二本のナイフを装備している。
突然の闖入者に色めき立ったパーティーメンバーがめいめい武器を構える。
その最前で長刀の柄に手を遣ったリーダーに、少年はにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、セイカさん」
「……え?」
その声と、焚き火の明かりに照らされた顔を見て。
セイカと、その隣で身構えたアヤが揃って目を丸くした。
「「ヨル君!?」」
……。
…………。
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