第46話 うん、そう。

「気配も魔力も感じない・・・なんなんだ?どこにいる?」


硬いベッドに横たったままあたりを見渡すが、牢屋の中にはもちろん、前に伸びている廊下にも何もいない。

ただ、声だけが聞こえた。気のせい、ではないよな・・・?


「私は神様です」


やっぱりなんかいる。神様だって?

女性の声なのは分かるけど、どこから聞こえるかは分からない。


「ふざけてんのか」

「ふざけてるんじゃなくて本当なんだなぁ。私はプシュケーといいます、よろしくね」

「プシュケー?変な名前だな。で、何?」

「いやいや神様に話しかけられたらもう少し驚かない?驚いてよ」

「大袈裟に驚いてやるほど身体の調子が良くなくてね。見てわかんないかもしれないけど、瀕死なんだよ」


包帯グルグル巻きの元気な身体は重く、首を動かし周囲を見渡すのがやっとだ。

姿の見えない相手というのは気味が悪い。敵意は感じないが、心地よくはない。


「神様でも幽霊でもなんでもいいけど、わざわざこんな所まで死にかけの俺を笑いに来たのか?いや違うか、とうとうお迎えか」

「瀕死にしてはよく喋るじゃん。勘違いしてるみたいだけど、何も今話し始めたわけじゃないんだよねぇ。結構長いこと声はかけてたのよ」

「結構長いことって、いつから?」

「アルマって子と融合したあの時から、たまーに見に来ては声かけてたんだから」

「アルマ・・・ね。どうして今さら聞こえ始めたんだ?」

「私への信仰心が強くなったってわけはないだろうし、なんでだろうね」

「なんでだろうねって・・・勘弁してくれ、これ以上ややこしい奴に会いたくない、悩みを増やすな」


死んだはずの仲間に記憶にない友人、さらに実は黒幕だった女王様から、見えないストーカーの神様。もういっぱいいっぱいだ。やってられん。

ちっとも状況が整理できない。ひっきりなしに登場人物が増えるとこうも疲れるのか。


「ややこしいなんて失礼な。私は由緒正しき神様の一柱。生まれが生まれだから若いほうだけど、神様に違いはないし、偉いんだから」

「そうですか、じゃあ手を合わせてやるから傷を治してくれ」

「そういう類のは無理。心の傷なら治せるけど」

「その辺は問題ない、自分でできる」

「お得意の能力で?」

「そのことも知ってんのか。本当に何もんなんだよ」

「何度も言わせないでよね、神様なんだって。何でも知ってるってわけじゃないけど、自分の力ぐらいは知ってるってのー」

「自分の力だって・・・?」

「辛いことを忘れ、挫けた心を立ち直らせる・・・知能ある生き物のもつ、心を守るカラクリ。それらを好きに操ることができるのがこの精神の神プシュケーさんの力。貴方が我が物顔で扱ってるまがい物の力の正体は、私の力の一部でしかないってわけ」

「・・・満身創痍でも唯一無事に近い脳へ多量の情報で攻撃をするな、本当に勘弁してくれもう寝る」

「私のこと信じてくれてるってことだよね、その反応」

「もう疑うのすら疲れたんだよ。とりあえずは受け入れる」


もはや考える気にもなってなかったが、俺の能力は、神の力?転生者の持つ能力は、すべてどこぞの神の力ってことか?

突然聞こえてきた幻聴かもしれないもんが言ってることだ、信憑性はない。

でももう、それならそれでいい。どうでもいい。

今はそんなことより、この牢を出ないといけない。神だとか能力だとか、今は気にしたくもない。

とはいえ、全身の傷は完治とはとても言えないし、各部位を貫く謎の針のせいで、うまく力も入らない。武器もなければ、なぜか魔族化もできない。


「わけのわからん力の話よりさ、ここを出る方法はない?」

「んーできるかもだけど、出てどうするの?」

「そりゃお前・・・」


出て、どうすりゃいいんだろう・・・

屋敷内は敵だらけ、体はボロボロ。


「何もできないでしょ。少なくと、今はその特殊な体で自然回復を待ったほうがいい。それまでは、私とお話ししようよ。暇だし」

「こっちは暇じゃないけど、でもまぁ、一理あるかもな」

「素直でよろしい。それじゃあちょこっと魔力をもらうから」


急激な虚脱感、吐き気、めまい、眠気。

寝ている姿勢なのに、世界が揺れて、回って見える。

なんだこれ、なんだこれ!?


「お・おえぁ・・・」

「え、ちょっと?大丈夫!?」


視界の端か、おそらく人の顔がのぞき込む。ぼやけててよくわからないが。

頭痛までしてきた。そして寒気が・・・


「もしもーし!コウセツ!」


鮮やかな薄緑色の髪が頬に当たって、少しくすぐったい。痒いが指は動かないのでもどかしい。

視界がはっきりしだすと、少し吊り上がった緑の瞳と目が合う。

童顔、というか、子供の顔だ。血色の良くない色白の十歳ぐらいの少女。


「誰だ・・・お前・・・」

「意識が混濁してるのかな?私だよ、プシュケー。さっき言ったばかりなのに」


呼吸が落ち着いてきた。意識もはっきりしてきた。

一体何が起きたんだ・・・


「ごめんねぇ、魔力をすこーしもらおうと思ったんだけど、思った以上にボロボロなんだね、あんた」

「さっきからそう、言ってんじゃねぇか・・・」

「ギリギリで止めたからいいでしょ?それより、こんな貧相な体・・・まぁいいわ。ほら起きて」

「起きれねぇんだって・・・この針抜いてくれ」

「それは無理。薄い魔力体の私に物は触れないから」

「じゃあどうやって地面に立ってんだよ・・・」

「浮いてるんだなぁ」

「くそ・・・使えない・・・」

「使えないなんて言うなら、能力使えなくしちゃうよー」

「そんなことはできるのかよ、損しかない・・・驚いたわ・・・」


結局状況は変わらず、話し相手ができただけか。一向に好転しない・・・


「ちょいとお隣座るよ。よいしょ」

「もう好きにしてくれ」

「やっと喋れるようになったんだから、とりあえずお話をしよう。神様と話せる素晴らしい機会だ、有効に使ってくれたまえ」


プシュケーは誇らしげに笑い、俺の頬を人差し指でつつく。触れるんじゃん・・・

ようやく、なんとか体調も落ち着いてきた、魔力切れ起こして意識がまた飛ぶかと思った。


「有効に使いたいけど、何から聞いたもんかな。まず、本当に神?」

「証明のしようがないから何とも言いづらいけど、神様だって。それしつこくない?」


腕を組み、呆れたようにため息を漏らす。そしてなぜか身体を横に揺らしている。

メトロノームかな?


「悪かった、じゃあほかの質問にしよう。俺の能力ってどういうものなんだ?」

「心を操作する私の力、その一部。壊すことだけにしか使えないようになってるけど」

「なんでそんな使いづらく・・・」

「あんたがそれ言うの?自分でそういう指定をしたんでしょうが」

「そうだけど・・・」

「まぁでもよかったのかも。どちらにせよ、私達の力は中途半端にしか人には与えられない」

「そうなのか?なんで?」


プシュケーは俺の顔の前に指を三本立てた。


「ひとつ、人間なんかに力を与えたらろくなことはない。ふたつ、祝福すらされてない人間には扱うことすらできない。みっつ、そもそも神自体からしか与えることはできない。だから中途半端な劣化版しか与えられないのよ」


指折り、残念な知らせを告げていく。

確かに、俺の能力は限定的で使いどころも限られすぎてる。今更それはどうも思わないが。


「他の能力者も、あれで劣化版なのか・・・?」

「えぇもちろん。まぁもしかしたら今の私とあんたみたいにうまくシンクロできた異世界人もいるかもしれないけど」

「その口ぶりだと、うまくシンクロできると、能力はまだ強化できるのか?」

「あんたはまだできない。他の人は知らないけど」

「どうやったらできるんだ?できれば昔みたいに魔族化しなくても使えるようにしてほしいだけど」

「真面目な話をすると、私への信仰がない、私が貴方とちゃんと繋がれてない、その他もろもろの理由で無理」


ざっくりした説明だが、無理らしい。

しかし能力がいまより先に進めば、心を操れる、か。非道さが増しそうだ。

信仰は当分無理だとしても、繋がるってなんだ??


「それにね、能力を開放する以前に、能力を一部でも与えること自体が異常なのよ。うまく調整して劣化版にしてるからまだ安定してるけど、バランスが崩れれば、身体も心も壊れる。あんたがいつかそうならないかずっと心配だったんだから」

「ずっと、ね・・・そりゃいつのことだか」

「ゼノやアルマと別れたあと、あんたひどかったからねぇ・・・自暴自棄で魔族も人もたくさん殺して、殺されかけて。正直見てられなかったよ」


少女は悲しげに、そして露骨に機嫌の悪そうな顔をした。眉がハの字になり、目付きも悪い。


「・・・それでも、ずっと見ててくれたのか」

「だって、見捨てらんないじゃん。私の力を選んでくれた子なんだよ?なんだか変にかわいくてさ」


風呂上がりの様に白い布をまとっているだけの自称神の少女は、暖かくほほ笑む。慈愛、とかはよくわからないが、そういったものを感じる笑顔だった。やさしく、子を想う親が向けるような。


「やめろやめろ、そんな幼女の姿で言われても複雑だよ。だいたいなんでそんな恰好なんだ、もともとそういう姿なのか?」

「さっき話そうと思ったけど、あんたの魔力が少なすぎてこんなへんてこな格好なのよ。本当はもっとナイスバディなんだから!」


こいつと話してるとヴィークで会ったトルルを思い出す。単に少女だからか、それとも態度の大きさか。


「悪かったな、中途半端な恰好にしちゃって。俺にくれた能力も中途半端だからお互いさまということで」

「失礼しちゃう。私神様なのに」


ふん、とそっぽを向く。本当にナイスバディのグッドレディなのか?仕草をみる限り、見かけ通り幼い中身じゃないのかと疑ってしまう。


「そんなことよりさっきの話の続き!今じゃあんたに仲間や、なんと婚約者までいて、とても安心してるよ。だけど、あんま無理するもんじゃないよ?あんただって死ぬときは死ぬんだから」

「わかってるよ。でもそんくらい必死になんなきゃ転生者には勝てないんだからしょうがないだろ?」

「しょうがなくない。前もそんなこと言って怒られてたでしょ。もっと協力して、効率よくやんないと。効率の悪さを無茶でカバーするのがかっこいいなんて思ってんじゃないでしょうね?」

「かっこいいなんて思ってねぇけど・・・」

「あらそう?いつも一人でなんでもやればいいって思ってるでしょ。それで今回もこんな目にあってるんだから。いい加減限界を知りなさい」


なんだかすげぇ怒られてるんですけど。そばで見てきたからこそ、なんだろうか・・・


「ソフィアみたいなこと言うなよ・・・最近いろんなとこから怒られてばかりなんですけど」

「それだけ周りに心配と迷惑をかけてるってことでしょー。感謝と反省をしなさい」


プシュケーはそういうと、身体をひねってこちらを向き、動けない俺の頭を優しくなでる。一回りも小さい子にワシワシと撫でられるなんて、なんと情けない絵面だろうか。


「それだけ、大事に想われてるってこと。それだけみんながあんたを見てるってことだよ?」

「・・・あぁ、そう」

「うん、そう。ちゃんとわかってね」

「いだだ・・・やめろ」


こちらが動けないことをいいことに、頬をつままれ左右に引っ張られる。


「さてと、身体もだいぶ良くなってきたんじゃない?すごい回復力だねほんと。アルマに感謝しないとだよ」

「あぁ、そういえば体の痛みもだいぶ引いた気がする・・・けどさ、身体中のこの針がな・・・」


何なのかわからんが、体の自由を奪うこのそこそこ長さのある針。30センチぐらいあるんだけど、痛みはない。


「それは私にもどうにもできないからなぁ、お祈りして待つしかないかな」

「お前がそんな調子なら、まったく何に祈れってんだよ・・・」


状況は好転してない。あえて言うなら、傷は少し癒え、話し相手ができたってところか。

あとまぁ、気は楽になってきた。


「さーてと、どうするかな。プシュケーの言う通り、誰かを頼るかな」

「遅いよバカちん。こうなる前にそうしなさいっての。とりあえず叫んでみたら?」

「はぁ?なんて?助けてくださーいってか?」

「そうそう、案外届くかもよ?地面に向かって、魔王城のみなさーんって」

「体が動かねーんだって」

「じゃあほら、そのままの姿勢でいいからさ、とりあえずやれることからやればいい」

「馬鹿馬鹿しい、誰か聞いてたら恥ずかしいだろ」

「恥ずかしくても誰かが聞いてたらお得じゃん?ほらやってみよ!すぐやってみよ!」

「お前絶対楽しんでるだろ」


しかしプシュケーの言うことも一理ある。

とりあえずできることもないし・・・っていう考えは、だいぶ頭をやられてるのかな?

どうせ誰も聞いてないとはいうが、プシュケーが聞いてるしな。


「もうなんでもいいから叫びなさいよ、焦れったいなー」

「なんでもって、なんだよ!?」

「思いのたけを!伝えなさい!!はやく!!」

「じゃあ、イニエスのくそったれぇー!!!!アホぉ!!!!!」


反響はあまりよくないが、俺の悲痛な叫びは廊下に続く闇に消えるように吸い込まれた。


「・・・アホぉ、かぁ」

「「うわぁぁあ!?!?」」


おもわず叫びをあげてベッドから飛び落ちるプシュケー、そして動くこともできないおれ。

その声は、牢屋のすぐ外から聞こえた。鉄の格子のすぐそばに、いつの間にか、何者かが立っていた。


「あぁごめんごめん、なんや一人でぶつくさ言いよるから、なんやろかぁおもうてな」

「誰だよお前、まぁレギオンのメンバーだろうけど」

「あーうちはレギオンちゃいますよ?完全に無関係のかわいこちゃんですわ」


鉄格子の間から鼻先がでるぐらい顔を近づけてわかった。

ハスキーボイスな長身の女性、歳は同じぐらい、20代前半に見える。スラッとした体型に合う、長袖の黒いカッターシャツに、ダメージジーンズ、腕を通さずにジャケットを羽織っている。


「なんや君ぃ、一人でしゃべってはったでしょ?聞いてましたよぉ、しっかりと!」

「ひとりじゃね・・・」


いない。

少し目線を外したすきに、プシュケーはきれいさっぱりいなくなったいた。

他の人間に見られないようにしてんのか?


「ええんですよ、わかってますから」

「わかってるってなにが?つーかお前誰なんだよ」

「うちはキース、はじめましてぇよろしゅーおねがいします。そんで今は君の味方・・・なんかな」

「味方ぁ?ここにいてそれはねぇだろ。レギオンでもないやつが何でここにいる」

「質問多いですよぉ、今はうちが話したいときや。サイレント」


縫い付けられたかのように、口が開かなくなった。

サイレント・・・魔法を使う相手に有効な、相手を黙らせる魔法だ。


「そんでえーーっと?君はあれでしょ?ここから逃げ出したいんでしょ?」


うなづく。


「出したげますよ。うちがドーンと出してあげましょう!よかったですねぇうちが現れて」


どう考えても怪しい。

かといって、レギオンだったとしてもメリットが思い当たらない。

だいたい何者なのかもわからん、とはいえ、選択の余地もない。さらに言うなら選択の手段もないけど。


「まずその針どうにかせなあかん。ちょっとちくっとしますよー」


キースは自分の顔の横で人差し指をたて、クルクルと回した。

回したのまでは見えたが、すぐ視界が上下左右回転して、


「んっ!」


壁に叩きつけられた。


「あら、失敗やん。もーうしわけない、もう一回いきますよぉ」


それから4回にわたり壁に叩きつけられ、理解した。

カラン、とそれが落ち、手足の鎖が壁ごともげたからだ。


「やっと抜けたわぁ、ごめんなさいねぇ壁に何度も叩きつけて。しょうがないねん、うち風起こすだけの能力なもんで。不器用なんですわ」


壁に叩きつけられるうちに、右腕に刺さっていた針が、抜けた。

それにより右腕だけいくらか自由に動かせるようになったようだけど、他はやはりほぼ動かない。

なので、今は地面に伏している。


「ぶつけのたのは、結果的にいい。けどいい加減目的ぐらい話せ。なんで俺を助ける?」

「そんなもんあれですよ、嫌がらせや。あのイニエスとかいうガキンチョに一杯食わせたいんですわ。君もそうなんやろ?敵の敵は味方っちゅーことですよ」

「よくわからんけど、イニエスの敵なんだな」

「そーゆーこと!!あれ普通の転生者やないさかい、はよ潰したいんやけど手が付けられへん・・・するといいところに君がおってん!!」

「お前も、転生者・・・でいいんだよな?」

「転生者っちゅーか、召喚者っちゅーか・・・とりあえずこことは違う世界から来てますよぉ。もう10年ぐらい経つけどー」

「そうか、助けてもらって悪いけど、俺はお前らみたいなのはみんな殺すことにしてるんだ」

「あかんあかん、そんなんダメです。もっとこう仲良くなろうとせんと!若いうちにそんなことばっか言っとると将来恥ずかしくなりまっせ?」


なんで関西弁なんだ・・・顔立ちは全然日本製じゃないのに。

それに、


「なぜ、お前は魔王を殺そうとしないんだ?10年も何してたんだ」

「唐突やねぇ、そんな使命もう忘れましたわ。おもろないし、願いなんて叶わんでもいいし、それに」


話す途中で、キースはにんやりと笑った。


「なんや魔王だのおっかけてるより、こーゆー自由な生活の方が楽しいんですわ。わかるでしょ?」


そんな理由で魔王を狙わないなんてあるのか?そんなの、普通の人間と変わらないんじゃ・・・?

動くようになった右手で、体の針を抜きながら考える・・・こいつは普通の転生者じゃない。

何か使える情報を持っているのかもしれない。


「ほらムチーっとムズかしい顔しとらんと、出所ですよ~。まさか、出るのまで手伝だったらなあかんの?」

「いやあんたのことで気になることが多すぎるんだよ、なんで」「あーもうあかんあかん!君アレやわ、ちょいめんどいですわ。せっかく出れるんやからさっさと暴れてこんかい」


全身の針が抜き終わっていくらか動けるようになった矢先、体が持ち上げられるように宙に浮く。

そして体は上下左右反転しながら、天井にぶつけられ、


「良い旅をーあっはっは」


そのまま天井2枚分破壊しながら上へ上へ持ち上げられていき、もう一枚ぶつかってめり込んだところで、ようやく勢いは止まった。


「殺す気かよこのバケモンが・・・」


体が埋まった天井が崩れると、少し広く、明るい廊下に落ちた。とりあえず、牢からは出れたらしい。

自然回復により、体力は30%ほど回復できているが、まだいくらか体はしびれている。

しかし運の悪いことに、すぐ近くに人の気配・・・十中八九敵だろう。

すぐさま立ち上がり、敵と少し距離をとった。


「あららぁ?お兄さん?」


敵だと認識していた3人、一人は長身の男、もう一人は少女。あと見覚えのある変態女。

なんでメアリーがここにいるんだ?


「くそ、最悪だ!なんでリーパーが逃げてる!?」


苦い顔をした長身の男は後ずさり、右手で自分の耳を抑えた。

こいつは、ここに来た時に刺した男だ。つまり、殺す対象だな。


「全員聞いてくれ、リーパーが牢屋から脱出した!2階の西の廊下にいる、誰か来てくれ!」


男は誰かにそう叫ぶ。が、関係ない。

片足を引いて踏ん張り、飛び込む。狙いは長身の男、その首にラリアット。

首から上が分離し、血が噴き出る。そう思っていたが、


「おいコラちびっ子、余計な事してんじゃねぇぞ」


そうはならず、派手に通りすぎただけだった。

隣にいた少女が男の腕を引っ張り、たまたまなのか、男はギリギリかがんで避けられた。

次で仕留める・・・と思った瞬間、目の前に突如、おそらく人の胴体と思われるものが現れた。


「おいたが過ぎますねぇ」


そう聞こえたときにはすでに、数メートルと距離を離された。すさまじい速さで蹴飛ばされたのはなんとか理解できる。いてぇ・・・


「こうも簡単に出てくるとは・・・マクベスの針はどうしたんですか」

「はえぇなぁイニエス様よぉ・・・」


最速で大ボス登場かよ・・・!さっきの男が呼んだのか・・・

まだ万全じゃないし、武器もない。

これはさすがに予想外だ、かなりまずい。

でも俺を殺さず幽閉していたなら、まだ生かす価値があるはず・・・何とか隙をついて・・・

隙をついて、どうする?殺すか、逃げるか、どちらも現実的ではない。

おそらくさらに敵も集まってくる、何を考えてるかもわからん顔のメアリーにも期待はできなさそうだし、いきなり万事休すか。


「くそ・・・」


何とか時間を稼いで少しでも回復を・・・そう思った時。

俺が出てきた床の穴を中心に、はじけるような暴風が巻き起こった。カーテンを破り窓を粉砕し、イニエスや俺を含め全員が吹き飛ばされ、廊下を転げまわる。


「あっはっは、君もツイとらんなぁ。脱獄すぐにこないな相手に見つかるなんて、一周回ってむしろラッキーなんちゃう?」


穴からふわっと出てきては、軽やかに着地し、キースは悪びれもなくにやつく。

一方そこにいる者は何かの力で押し付けられ、地面に這いつくばることしかできない。おそらくキースの力だろう。

その中でいち早く立ち上がったイニエスは、俺から視線を外し、すぐにキースへと向き直る。


「何でここにいるんですか?キース・カーマイン」

「なんで?なんでってなんで?いたらあかんかった?」


大袈裟に、手を口に当てて驚いたような仕草。バカにしているとしか思えない。


「質問に質問で答えないでください。話が先に進まないでしょう。あなたがこの男を脱走させたんですね」

「まぁそうなりますねぇ。かわいそうやん、あんな寒いとこに寝かしとったら」

「かわいそうって言うなら、いま這いつくばっている私の仲間もそうですけどねぇ。でもよかった、わざわざ来てくれたのは助かりました。わりと目障りでしたので、ついでに片づけましょうかね」

「うわこーわ。かわいい見た目に反してトゲトゲですやん。ま、うちはやる気はないですよーっと」


キースがこちらにウィンクすると、俺を押さえつける力が解除された。

前にいたイニエスもそれに気づき、睨むように振り返る。


「まさかこの状態で戦おうなんておもってへんよな?さっさと逃げんと死ぬだけですよ?他のは知らんけど、イニエスは止められへんで」

「そう・・・だな。じゃあ俺は失礼するわ」

「端っこの部屋に君の武器があると思う。はよ行きー、うちそろそろ限界やねん」


余裕そうにしてるが、よく見れば奥歯食いしばってるし冷や汗も出てる。

キースに言われるまま、とにかく走り出し、その場を離れた。


~~~~~


魔力をフルに使い、身体を強化しつつ走り回る。

体力の回復も行いつつ、駆け回る。


「端っこってどこだよ・・・!」


ざっくりした案内とデュランダルの魔力を頼りに、とにかく廊下を走り回る。

いやぁ広い・・・そのせいもあって、いまだに誰にも会わないのが幸いだ。

体もだいぶ治ってきたし、しびれもなくなってきた。あとデュランダルさえ取り戻せば・・・


「・・・いや、勝てないな。無理だ」


自分の力量は理解しないとな、またいろんな奴にどやされる。

今はここから逃げる。

メアリーのことやキースのこと、プシュケーのこととかなぞは残るけど、今はいい。

とにかく走る。とにかく急ぐ。

そうしてやっと、ある部屋にたどり着いた。


「ここだ」


扉を蹴り破ると、中は薄暗く、様々な道具が棚に並べられていた。魔王城の倉庫と似ている。

何に使うかよくわからないマジックアイテムや、明らかに生き物のの一部、爪や牙などもある。その中、部屋の端にはうっすら光を放つ、布にくるまれた棒状の物、そこから感じる魔力。

布を取っ払い、それを握る。


「よし」


デュランダルの刀身を2度軽くこぶしで小突くと、一瞬光を放ち、鞘に包まれた。

いつも通りソレを背負い、息を整えるために、軽く深呼吸。

そして部屋から出ると、いや部屋から出ようとした瞬間。

部屋の前を何かが高速で横切り、それは部屋のすぐ横の廊下の壁に大きなくぼみを作った。


「お~、よかったやん・・・見つかったんや、な、おたくの相棒」

「キース!?大丈夫か!?」

「見ての通り現在進行形で大丈夫やない。でもナイスタイミングや、逃げるで」


頭部からの激しい流血、焼けただれたシャツに、明後日の方向を向いた右腕。

そんなキースが飛んできた方向からは、後ろで手を組んでいるイニエスがゆっくりとこちらへ向かってきていた。無表情なのが気味が悪い。


「ちょいびっくりするやろうけど、いきまっせ」


満身創痍の状態で、キースは胸ポケットから飴玉サイズの緑の玉を左手で取り出し、口に入れた。

それを見て何かに気づいたように、イニエスも走り出す。反射的にデュランダルを鞘から抜いた。

一瞬、まさに一瞬で50mほどの距離を詰められ、そして放たれる拳。赤い電を纏った、暴力の塊。

咄嗟にデュランダル両手で支え盾にし、押し戻すように拳に合わせる。


「くっ!」


珍しく苦い顔を見せたイニエスはのけぞり、そして景色は一瞬で屋敷の廊下ではなく、見知らぬ街の路地に変わった。


「はぁ、はぁ・・・二度とせぇへんわ・・・」

「あ、あぁ。助かった、ありがとう」


何とか逃げ切ったらしい。


「でも・・・ここはどこだ?」

「アルクーラ、や。東のド田舎の町ですわ・・・悪いけど、一時的にうちと友達になりません?そんでよければ、ちょっと助けてもらえないやろか・・・」

「さすがに今殺す気はねぇよ。ほら行くぞ、痛むだろうが我慢しろ」


キースを抱え、回復魔法をキースにかけて、路地を歩き出す。


「はは、うちお姫様やぁ、ええやろー」

「黙ってろ、しゃべる度に血が出てんぞ」

「もうグショグショですぅ、がぼっ」


ヘラヘラしてるけどこれはなかなかまずい。

知らない町で、知らないやつをかかえながら、駆け出す。

恩ぐらいは、返さないとな。

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