第45話 いにえす、ごるとにーど?
服屋から転移したあと、メルエドさんの引率で大きな屋敷を案内された。
想像していたよりもレギオンの拠点は広いが、人は多くは住んでいないようだ。
廊下に並ぶ窓からは外の夕日が差し込み、メルエドさんの影が、壁まで伸びている。黄昏時、というやつだ。
「悪くない景色だろう?」
鮮やかな夕日が眼下に広がる庭園を染め、木々の影がこちらへと向かって延びる。
花は咲いていないが、低木が道を作るように並び、ちょっとした迷路のようだ。その中心には噴水のある広場が見える。これだけの庭園を楽しむほど、人がこの屋敷にいるかわからないけど。
メルエドさんは、夕日に目を細め、心地よさそうに微笑む。きちんと固めた金色の髪も同調するように美しく輝いていた。
「美しいですね。ここは王都ですか?」
「王都であって王都ではない、らしい」
「らしい?」
「実はここのことを僕もよくは知らないんだ。誰かの能力ってことは聞いたけどね」
「能力で空間まで操れるということですか・・・」
空間を作っているのか、物を作っているのか、はたまたこういう幻覚を見せているのか。
そのどれであっても、世界そのものを作る能力なんて、それはもう神そのものではないんだろうか。
どれほどのことができるのか気になるけど、それは追々確認しよう。
「と言っても僕も知らない人だけどね」
「仲間のことなのによく知らないんだ、それでも組織なの?」
口を開けば辛辣な言葉を発する子だな、どん教育を受けたんだか。
「ははは、そう言われるとまぁ、恥ずかしいけどね。うちはボスがいて、その下に幹部がいてその人たちが僕らを繋いでいるだけだから、直接話したことのない人もいるんだよ」
メルエドさんはバツが悪そうに笑う。
「レギオンってそんなに大規模な組織なんですか?」
「全貌はわからないけど、規模がでかいわけじゃないと思う。レギオンの創始者のボスと幹部に僕らは後から着いてきたに過ぎなくてね、手下Aの僕は、他のみんなのことをそこまで完璧には知らないのさ」
「でも貴方は連絡役では?」
「主にチームで出歩いている前衛のメンバーとしか連絡は取らないんだ。他でちらほら暗躍してる人は、僕も知らない」
部署みたいに、それぞれやることが分かれているのかな?
ガニマールはメルエドさんの言う前衛ってことだろうか。そうなれば、ヴィークに現れた人達もそうなんだろう。
「君達が誰の元で動くかはボスから指示があると思うけど、正直メアリーの上司になる人には同情するよ・・・」
「たのしみですねぇ。しっかりご奉仕しますよ」
「・・・今からボスに会うけど妙な真似しないでくれよ?」
「それは約束できません。相手のビジュアル次第では、何かしちゃうかもですね」
もちろん私は戦闘しにきたわけじゃない、しかしもしも可愛い女性だったら・・・わからない。
あれ、そういえばここにレギオンのボスがいて、騒ぎも起きていないってことは、もしかしてお兄さんは負けたのかな?それともそもそもここに来てない・・・?
「本当に問題を起こすのだけは勘弁してくれよ・・・とは言っても、もう着いてしまったんだけど」
とある部屋の前でメルエドさんは立ち止まった。
ここがそうなんだろう。扉の向こうから異様な気配、力の波動を感じる・・・なんてことはない。妙に扉の装飾が煌びやかってぐらいだ。
メルエドさんは3回扉をノックをする。
「メルエドです、先ほど報告した二人を通します」
「どうぞ」
開かれた扉の向こうは広く、高級感があった。というより、なんか眩しい。光り物が多い。クローゼットも机も、それぞれ家具の金縁が夕陽を反射している。
そして声の綺麗な部屋の主は、逆光でよく見えない。
「ようこそレギオンヘ、歓迎します。私はイニエス・ゴルトニードと申します」
ん?なんて?いにえす、ごるとにーど?
冗談かと思ったが、すぐに否定する。歩み寄るその顔がハッキリと見えたからだ。
特徴的なピンクの髪、おっとりした目つきと高級な装い。
どこかで聞いたような声だと思ったら、そういうこと。
「これは驚きましたね・・・転生者の頭目が、この国の王様だとは」
「兼業というやつですね。まぁ国の運営は家臣が頑張ってくれているので問題はないんです。メルエド、二人と話しますので外にいてください」
メルエドさんは少し頭を下げると、黙って部屋から出た。
気のせいか、なんだか物言いが冷たく感じる。
「それは、変身魔法ですか?」
「おや、信じてらっしゃらない?隣の子に見てもらえばわかると思いますが」
ルカちゃんのほうを見ると、首を横に振った。
「少なくとも魔法は使われてないよ、本物だと、思う」
「だと思う?」
「この人、中がわからない。ちゃんと見えないの。こんなこと今までなかったのに・・・」
ルカちゃんの目からどう映っているのかわからないが、小さいものを見るように目を細めたりしている様子を見ると、言う通り何もわからないのだろう。
信じるしかないか・・・
「えーっと確認ですが、殿下は魔族との和平を望んでいるのでは?なぜ魔王を狙うような真似を?」
「魔界との和平は世界が望んでいるだけで、私個人は望んでいません。魔族はいない方が我々人間には都合がいい。単純に考えてあんな危険な生き物と共存なんてありえない」
「弁護するわけではないですが、彼らにも同じように知性がありますよ?」
「えぇもちろん。加えて、爪も牙もたくさんの魔力も持っていますよね。今は協定を結ぼうとしていますが、それが破られた時、私達はひとたまりもありません」
「魔族に対抗するための組織が、レギオンというわけですか。たしかに理に適っていますね」
「魔族への対抗策としては、四聖騎士は確かに優秀です。一人一人が一騎当千、個性も豊かですしね。ですがそれだけでは足りない。魔王軍には4人の軍団長だけでなく、持て余してはいるものの、何やら大きな力もありますからね。そもそも魔族というだけでも人より強力ですから」
ハッキリとあまり表に出てこない転生者を集め、魔王軍と戦う戦力として保持することで和平が崩れた時の対抗策とし、水面下では危険分子である魔族達を、転生者を使って消そうとしている、ということか。
そうすればセルドラ・ゴルトニードが魔王城と衝突したわけではなく、転生者たちが勝手に魔王城を落とすことで、実質人類側の勝ちになり、魔王を倒した転生者も願い事が叶ってウィンウィン、と。
「都合のいい駒、ですね」
「えぇ。異世界人はこの上なく都合のいい存在です。そして、大切な仲間」
「大切な仲間なんて、取ってつけたようですよ。仲間だと思ってるようには感じませんが」
「思っていますとも。志を同じくする、仲間です」
「貴方は転生者ではない。志は別でしょう」
「どうですかねー、ルカ?」
「その口ぶりだと、まるで異世界人だと言っているように聞こえますが?」
「いや、そのまさかだよ。その人は転生者みたい・・・」
ルカちゃんは静かに、つぶやくように言った。
心を読める少女は、ポツリと口にしたのだ。だけどもそれはおそらく、嘘でも冗談でもない。とてもそんな様子ではない。
「そんな馬鹿な・・・だってこの国の王様ですよ?どういうことですか?」
「どういうことかはわからない。でも、メアリーと同じ色をしてる・・・それは異世界人の証」
色・・・?初めからルカちゃんは気づいていたのか。
しかしどういうことだろう?王でありながら、転生者なんて、いったいどうなってるんだろう?肝心なところがわからない、もどかしい。
「その通り、私は転生者です。語ってもいないことが簡単にわかってしまうなんて・・・あぁルカ、なんて素晴らしい能力でしょう」
イニエス殿下はうっとりとルカちゃんを見つめる。自分の傘下に入ることを喜んでいるのか、また別の狙いがあるのかはわからないけど、深く興味を持っているのは間違いないようだ。
「私の眼には貴方の心や隠した力、他にもいろんなことがわかる・・・はずなのに、なぜか考えてることがぼんやりわかるぐらいで完全には見えない。どうして?」
「それは面白い、どうしてでしょうかねぇ?ちなみに今私が何を考えているか分かりますか?」
ルカちゃんは遠いものを見るように、目を細めてイニエス殿下を見つめる。
そして少しの間があって、目をそらした。
「私とメアリーを、仲間に引き入れることができて嬉しい。それだけしかわからない」
「なるほど上出来です。それだけしかなんて言わないで、それだけ分かるのはすごいことなのですよ?」
「貴方の真意が全く読めない。今までこんなことなかったのに、貴方に対してだけこうなる。何をしたの」
わざとらしく首をかしげ、ルカちゃんを嘲笑うかのようにニヤリと口角を吊り上げる。
答えがわからないことを面白がっている。そして、やはり何か細工をしているのだろう。
神か天使か、明確にはわからないが、超越した存在が与えた力が通じないなんてことはあるのだろうか?それこそ、同じような力を使わないと不可能だろう。
「ルカちゃんの能力を妨げる力を、貴方も使っているのでしょう?ネタばらしぐらいしてくれてもいいのではないですか?仲間、なんでしょう」
「そうしたいところですが、私の能力はレギオンの誰にも教えていませんし、貴方達も例外ではありません。が、仰る通り、私の能力が邪魔してるのは間違いありませんよ」
口元を手で隠し、余裕綽々で見下すように笑う様を見る限り、教える気も全くなさそうだ。興味はあるけど、これ以上は聞いても何も答えてくれないだろう。
まぁいい、私がやりたいことはこの人を殺すことじゃない。適当に仲良くやって、最終的に 魔王様を殺すこと。その道中でお兄さんも殺れれば、もう言うことはないのだから。
「冷たい人ですねぇ・・・まぁいいです、馴れ合いたい訳ではないですしね。ところで話は変わりますが、最近このお屋敷に侵入者が現れませんでしたか?」
お兄さんはこの屋敷にいるはず。恐らく殺されてはいないだろう。だからといって簡単に抑え込めるような人でもないけど、一体今どこで何をしているのか、それが気になった。
「侵入者ですか、いましたよ。あなた方のお友達でしょう?おそらく、ここに来たのは彼を助けにる為に乗り込んだというところ・・・いや違いますね。貴方はそんな人ではないか」
「その口ぶり、彼はまだ生きているんですね」
「生きていますよ、8割ほど死んでいますが」
捕まっている、ということか。
お兄さんをそこまでボロボロに出来るほどの人物がレギオンにはいる・・・あるいは、この人の仕業か。
「どこにいますか?」
「これはまた、ストレートに聞きますね。一応ですが、この屋敷を出るのはあまり楽では無いですよ」
「あぁご心配なく、助けるつもりはありません。とりあえずその様を見に行きます」
「犬猫を見にいくような言い方ですね、面白い。彼は地下牢にいますよ。メルエドに案内してもらうといいでしょう」
「ありがとうございます。フフ、楽しみですねぇ」
「私から話すことはもうありません。まぁもともとそこまで話すつもりはありませんでしたが・・・。これからのことはゼノに任せます。彼も今、例の侵入者のところにいるんじゃないですかね」
「ゼノさん、ですか。わかりました」
イニエス殿下は、かけていた椅子に戻り、ふぅ、と息を吐いて、頬に手を添えた。
これ以上話すこともない。あとの必要なことこそメルエドさんに聞けばいい。
「ところで、あなた方の名前を、まだ聞いてませんよ」
「おっと失礼しました・・・私はメアリーです。不躾ですが、名乗らずとも知っているでしょ?」
「そろそろレギオンでチームTシャツを作るかもしれないですからね、フルネームを聞いているんです」
「ルカ・ルウォルツ」
「・・・メアリー・ベネットです。一応聞きますが、Tシャツは冗談ですよね?」
これはジョークなのか、何か裏があるのか。
それとルカちゃん、なかなか変わった名前してるんだなぁ。
「よろしくお願いします、ルカ。メアリーは、いつか本当の名前を教えてくださいね」
フフっと鼻で笑い、唇を指でなぞる。
適当な名前を言ったのがバレた・・・?これも能力?それともカマをかけられているのか。
「せっかく自らレギオンに来てくれたんですから、すぐに出て行ったりしないで下さね?勝手に出ていくと、寂しいですから」
ゾワッ
にっこり笑った顔に、寒気が走る。背中を、耳の裏を、心臓を、威圧感がなぞる。
「もっと仲良くなれたら、いろいろ教えてあげますよ。私のことも他にもいろいろと、ね」
「それも、楽しみにしておきます」
ルカちゃんの手を引き部屋を出ると、壁に寄りかかる形でメルエドさんが待っていた。
扉が閉じられると、背後から大きなため息が漏れる。
「なんだか緊張したぁ・・・いろいろ視える私としては居心地悪くて辛かったわ」
「そうですか、で、なにかわかったことはありますか?」
「何も。常に心の中ははっきり見えなかった。ただ、色んな感情が溢れてて、気味が悪かったかな」
「色んな感情、ですか。どのように?」
「喜びが多かったかな。特に最後、名前を聞いたとき。大きな喜びと、少しの悲しみが見えた」
「悲しみ?」
「それはわからない。何を考えてるのか、何を企んでいるのかさっぱり。なんだかあなたとそっくりだね、しゃべり方も掴めない感じも」
「私の考えはシンプルですから、彼女とは違います。控えめでおしとやかが売りのメアリーですから」
「よく言うよ。それにメアリーってのも嘘なんでしょ?」
「いえいえ、メアリーってのは本名ですよ。ベネットは母の姓ですから、あながち嘘でもないんですけどね」
「そうなの?なんで嘘ついたのよ」
「あんな聞き方してくると、なんだか裏がありそうで。でもまぁルカちゃんの名前も知れてよかったです、親密度アップですね」
「ルウォルツの名を聞いても誰も動じないってのは、ちょっと寂しいけどね・・・あと親密度は上がらなくていい」
話を遮るように私とルカちゃんの間に、待っていたメルエドさんが立ちはだかる。
「君たち、なんかその、のん気だな」
「のん気などではないですよ、緊張しています。ピリピリです」
「君にそんな概念あるのかい」
「皆さんそろいもそろって失礼ですね。そんなことより、この前現れたという侵入者のもとに連れて行ってください」
「図々しいな・・・でもゼノさんも多分そこにいるって言うし、しょうがないか」
「中の話聞いてたんですか?」
「テレパシーって便利だろう?」
『君にもこうして話しかけれる』
口は動いてないが、何かを通したような、すこしぼやけた声だけが耳に届く。
「なんだか気持ち悪いですね。必要以上にしないでください」
「きも・・・そうか、すまない」
眉をハの字にし、あからさまな落胆をみせたメルエドさんのことは無視する。するともの言いたげにルカちゃんはこちらを見上げ、目があった。
怖がっているのだろうか。警戒してるように見える。
「心配はいりません、大丈夫ですよ。今から見に行く人は、幼女に興味を持つような危険な人では・・・」
いや、私と出会ったときは幼女と同棲していたような・・・
「まぁ、檻の中ですから大丈夫ですよ」
「なに今の間!怖いのだけど!!幼女と同棲してたってどんな人よ!?」
「うーん、変な人ですけどそういう方向性で危険はないですから」
「彼は危険そのものだよ。僕も危うく殺されるところだったからね」
「おや、その脇腹の痛みは彼が原因ですか。私は何度か殺されましたよ、貴方、運がよかったですね」
「生きてるだけで幸運ととらえるべきなのか・・・?まぁ今はほかのメンバー能力で鎮静化しているから大丈夫だろうけどね。じゃ行こうか」
夕日が、頬を染める。じんわり暖かくてやっぱりどこかセンチメンタル。
そのせいだろうか、少し迷いもある。
彼を助ける?そんな必要はない。
問題は、頭の中にそんな選択肢が、可能性が浮かぶことだ。
私の中に、彼を助けるという選択肢が生まれつつある。けど理由はわからない。
「どういうことでしょうかね?」
少し後ろを歩くルカちゃんに語り掛けるが、
「え、なにが?」
「いえ、なにも」
なにを馬鹿な、こんな子供相手に。便利だからついつい使ってしまうとはいえ・・・
「なになに、なんのこと?ぼーっとしてて聞いてなかった」
「何でもないですって。気が向いたら、また話しますから。それに人の心を常に覗くのは良くないことですから、いいんですよそのままで」
彼に会えば、いろいろはっきりするでしょう。
無様な姿を見せてくださいね、お兄さん。
奥へ奥へと屋敷を進み、陽が山に隠れようとする中、私達も地下への道へと下って行った。
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