第43話 3食鎖付き
宿のベッドの上で、自然と目が覚めた。
腕の中には小動物が小さい寝息を立て、スヤスヤと眠っている。昨日はあんなに嫌がっていたのに、なんだかんだで落ち着いてしまったようだ。そういうところは見かけどおり子供らしくて、可愛く思える。
「んん~」
ルカちゃんはむしろ心地よさそうに、私の胸に顔をうずめた。本当に、子供みたいだ。
日はとうに昇っているのに、目覚める気配がまったくない。朝が弱いんだろうな。
このまま愛でていたいけど、そうもいかない。
「ルカちゃん、朝ですよ?」
布団の中で抱きしめたまま、体を揺らす。
「ん~」
返事するように唸るだけで、起きようとはしない。それどころか、布団の深みへ潜ろうとしている。
「起きなさい。このまま窒息させますよー?」
抱きしめる力を少し強めると、流石にきつかったのか、モゾモゾともがき始めた。
少しくすぐったい。
水中から出るように、真っ赤になった顔が胸元を脱出し、ぜぇはぁと慌ただしく空気を取り入れた。
「も、もう!なにすんの!死んじゃうでしょ!」
「あまりに可愛くてつい~」
「ついで殺されたらたまんないよ!」
ムスッとそのまま反対側に寝返りをうって、動かなくなってしまった。
離れようとしないのは、案外嫌われていない証拠なのかな・・・?そう思うと、さらに可愛く見えてしまう。
しかし、そうまったりもしていられないのだ。
「ルカちゃん、今日はレギオンの拠点に向かいたいんですが」
「レギオンの拠点は知らない」
こちらに背中を向けたまま、ルカちゃんは冷たく、そして素早くそう答えた。即答である。私がかぶっていた毛布まで引き込みながら。
「・・・知らないんじゃ困るんですが」
「ある場所に行けば連れて行ってくれるらしい。私はそれだけしか聞いてない」
「どうして?レギオンの一員ではないんですか?」
「彼らの中にも悪人はいる。特に仕切ってる人は、顔も見えなかったけど、あの人は人間じゃない・・・一緒になんかいられない」
「人間じゃない?転生者なのでしょう?」
「中身がとても人間とは思えないってこと。常人の考え方じゃないのよ」
「話したんですか?」
ルカちゃんは体を捻り、再びこちらを向く。目は薄くしか開いていないが、もう意識ははっきりしているようだ。
「話さなくても、私にはわかる。この眼は考えてることも読めるから」
「素晴らしい能力ですね。抉って私に取り付けたいぐらいです」
「今本気でそう思ってることも、私にはわかってるんだけど・・・」
「なるほど・・・では・・・はい。私が、今なにを考えているかもわかるんですよね」
「・・・そうだけど」
「じゃあお返事は?」
こちらを上目遣いで一瞥し、すぐにまた視線を外す。
「断ります。馬鹿でしょあなた」
「医師免許は馬鹿には取れないんですよ?ほーらー、はーやーくーお返事ウグッ」
ゼロ距離から、腹部に拳がめり込む。小さな子どもの手とはいえ、思わず呻いてしまった。
『そのままハグしてください』
想いは届いてるのに・・・最近の子は、冷たい。
「余計なことにこの目を使わせないで」
「試したかったんですよ。いいじゃないですか少しぐらい、減るもんじゃないんでしょ?あ、そうだ。私の能力も試しましょうか」
「それ私を傷つける前提でしょ絶対、嫌にきまってるじゃない」
「だって・・・そうでもしないと能力を試せませんからね、泣く泣くです」
「心が読めるって言ってるでしょ。なにが泣く泣くよ、ヤル気満々のくせに。くだらない、もう起きる」
芋虫のようにズルズルと布団から這い出ると、そのままふらふらと洗面所へ向かっていった。顔を洗って、フラフラと戻ってきて備え付けのテーブルにつき、どうするの?と言わんばかりにこちらに視線を流す。
昨日のあの言い方だとルカちゃんもレギオンの一員ぐらいだと思ったのに・・・まぁいい。遅からずレギオンには辿り着けそうだ。
フィロちゃんの方も何かしら動きがあるだろうけど、いつ戻ってくるかもわからないからそれぞれで動くしかない。
とりあえず、私はこの子を使ってレギオンの中に入る。それが終わったら、ルカちゃんもレギオンも、美味しくいただこう。
「だから、心が読めるんだって・・・!」
「てへっわざとです」
~~~~~
「すごーく、長いですね」
「あぁ、長いな。気長に待とう」
ヘルセリオさんと私は、リーダーの時同様、転移魔法で王都へと向かった。
が、例のごとく、王都を囲う壁の前に転移し、そしてガッカリした。
なぜ私が王都へ行くたびに、大量の人間が押し寄せているんだろうか。
そしてそれに巻き込まれるんだろうか。
「前もって文を出させてある。私も一応軍団長だから、容易に王都に出入りするわけにもいかないのでな」
「いくら和平が進んでるとはいえ、魔王軍の幹部ですもんね。でも、リーダーは警戒さえされてなかったですよ」
「それはそうだろう、彼に魔王軍内で地位はないからな。人間国から警戒されるような人物ではない。それに姿形も人だ。ただ、姿は人間そのものでも、わかる者には彼が特別な存在であることには気付くだろうがな」
「特別な者?転生者であることですか?」
「それとは別にしても、彼の強者としての空気は、わかるものにはわかる。何度か会ったことがあるが、彼の強さを感じると、どうしても手合わせしてみたくなる」
「ヘルセリオさんって意外と好戦的なんですね。クールなイメージなのに意外です」
「私は自分をクールなどとは思わない。だからホットだな」
これはギャグなのだろうか。またなんか変なこと言ってる。
「あぁ、確かに体温はクールだったな。嘘を言ってしまった、謝罪しよう」
「ぷふふ、謝罪とかいいですから、そのブラックジョークみたいなのやめてください」
「ブラックでもジョークでもないが?悪いが笑わせるのは得意じゃないんだ」
「そ、そうですか・・・」
ふむぅ、と顎に手を当て、ヘルセリオさんは考え込む。そんな顔で考えるようなことは何もないはずだけど・・・
察しがいいのに、変なこと言っているのは気づかないのだろうか。
「ところでフィロ君、それは私が持とう。異様な邪悪を感じる。君には良くない」
ヘルセリオさんは私が背負っている黒刀を指さす。
ディンに借りたヴァンプロード。私は何も感じないけど、やっぱ邪悪なのこれ。
「ディンも言っていましたけど、これってそんなにいわく付きなんですか?」
「あぁ。私も全く詳細は知らないが、あまり気軽に持ち歩くものじゃない感じがする。具合は悪くないか?」
「今のところ、そんなことはないですが。でもそういうのであれば・・・ってそれなら、ヘルセリオさんにとっても良くないでしょう」
「俺はアンデッドだから大丈夫だ。いくらか」
「逆にいくらかダメなんですね!?」
渋っている私を無視して、袈裟懸けにかけた紐を掴み、持ち上げる。
「あ、ちょ」
「案外重いな。こういう武器は軽いほうが扱いやすいんだが、コウセツもディーノも物好きだな」
言いながら、ヘルセリオさんは私がしていたように、紐を斜めに体にかけ、刀を背負う。
高身長なので、刀自体は小さく見えるがとても画になる。
「刀、似合いますね」
「気のせいだろう。なぜなら俺は、生粋の魔法使いだからだ」
魔法使いという割には、そういった装備は羽織っているローブ以外に見当たらない。
魔法使いといえば、杖だったりタリスマンだったり、魔法石のついた指輪や腕輪だったりしているもんだと思ってたけど、違うのかな。
そう思いながら今並んでいる列を見てみると、やはり胡散臭いとんがり帽子をかぶった者や、殴っても十分威力がありそうな、グネグネまがった木の杖を持つ者もいる。
それに比べて、この長身イケメンはローブの下に紳士的な服を着こんでいて、魔法使いどころか良いお家の貴族のようだ。まぁ確かに、戦う気はないとは言っていたから、こういう格好でいいのかもしれないけれど。
「王都まで入るのにまだ少しかかりそうだ。しりとりでもするか?」
「ぶふぅ!」
また妙ちくりんなことを・・・遠足の道中じゃないんだから・・・
はやく王都に入りたいが、この人と話すのは意外と飽きなそうだ。
~~~~~
「あの・・・そろそろ場所を教えてくれませんか?貴方のガイドでもう3回も同じ道に戻ってきているんですが」
「う、うるさい!今度はちゃんと行けるんだから!黙ってついてきて!」
ルカちゃんは壊滅的な方向音痴なようだ。
宿を出たあと、私はルカちゃんに連れられて王都の東側へと向かった。王都の中でも、中心街の次に栄えており、人はもちろん、お店や施設も多く存在している。
そんな王都の東にある混み入った住宅街の、同じ交差点を通過するのも4回目、もうおそらく、このまま私がここから動かなくても、またルカちゃんに出会うことになるだろう。何かの魔法がかけられているかのように同じ場所に戻ってくるからだ。
ちなみに、もちろん魔法などではなく、彼女の壊滅的なセンスによるものだろう。
「おかしいなぁ、なんで同じところに戻ってくるの・・・?」
「いいからあきらめて私に教えて下さい。時間と体力の無駄ですよ」
「もう1回だけ!それでだめだったら、お願いする、と思う」
「はぁ、あと1回だけですよ?」
結局、それから2回同じ場所に戻ってきた後、ルカちゃんは諦めてその場所を教えてくれた。
ヴァ・ルベルティーナ、という店らしい。
いつも、右に曲がっていたところを左に曲がり、狭苦しい道を右に左に。時には人に聞きながら、私達はその店の前にたどり着いた。
路地を挟んで並ぶ店の一つであり、その中でも少し目立つデザイン。店の出入り口、その上には大きな赤いリボンの看板とアーチ状に飾られた店舗名。
壁面はショーケースのようになっており、オシャレな服を着たマネキンが立ち並んでいる。
「服屋さん、ですか」
「そうみたいね。それじゃ私はこれで」
ルカちゃんは素早く回れ右をすると、足早にその場を去ろうとした。
が、させるわけがない。
「待って。貴方がいなければ、誰が私を紹介するんですか?」
「気持ち悪い自己紹介は得意でしょ?腕でもちぎって見せつけたらいいんじゃないの、その能力を」
「それこそ貴方の出番じゃないですか」
「冗談でしょ?冗談よね?」
「冗談です、そんな顔しないでください」
そうだった、心が読めるんだった。
うっかり。
「一言、レギオンに推薦したいーとか、役に立ちそうーとか言ってくれたらいいんですよ。私だって一度はスカウトされてるし、そこまで後押ししてくればそれだけでいいです」
「ちょっとまって、一回勧誘されてるならどうしてその時にレギオンに入らなかったのよ?」
「・・・ちょっと揉めまして」
「・・・うそ、メンバーを半殺しにしたの・・・?」
「こういう時ばかり心を読まないでください悪い子ですね」
心を読まれるのは、あまり快いものではない。
言いたいことも言いたくないことも言う必要のないものも筒抜け。会話とは駆け引きなのに、それが全く役に立たない。
この子が大人になれば、もっとタチの悪い者になるなるだろうなぁ。
「もしかしてだけど、私のこと今殺そうと思ってる?」
「読めるんでしょ?聞かないでいいじゃないですか」
「・・・勝手に心を読んだのは謝るよ。紹介もちゃんとするから」
「そうですか、それはよかったですー」
心が読めるというのも不便なのかもしれない。殺気なんて発しなくても、殺意を直に受け取ってくれる。
まぁ今回は、冗談でも策略でもなく、本気で殺そうと思ったんだけども。
悪い芽は摘む。邪魔になる可能性は、早くに潰す。
昔からそうだったし、今もそう、これからもそう。相手が老人でも女性でも子供でも例外はない。
「私を殺したら、レギオンには入れないよ」
「そんなに怖がらないでください。殺したりしませんよ」
今はね。
微笑みかける。ルカちゃんは、顔がひきつる。
言葉にしなくても、声が聞こえているのだろう。でも本当に、今は殺さない。
「じゃ、行きましょうか」
「そう、ね。入ってみましょう」
すりガラスを木材で囲った扉を開けると、カランカランと澄んだ音が迎える。
店内は彩り豊かで、陳列された服もそうだが、装飾も店を明るくしていた。
レディースが多い。メンズもあるが、店内入ってすぐ左の一角に配置されてる分だけで、他はすべてレディースだ。
「いらっしゃい。ん?姉妹、かな?」
カウンターで雑誌を読んでいた男性が、すっと立ち上がりこちらを見据える。
サラサラの金髪をきれいに整えて、爽やかなイメージを与える穏やかな笑顔。しかし目付きは少し鋭い。スラッとした体格にフィットした明るい緑色のスキニーとコメディアンのような黄色いシャツ、黒のジャケット。
ネックレスには十字架がが使われているが、聖職者だろうか。いや、この世界にその文化はないか。
「勧誘を受けてきたんだけど」
ルカちゃんは口にしている本題より、陳列された服たちに目がいってしまっている。おしゃれに目覚めた歳なのかな?
確かに、私好みの服も多い。あ、このスカートかわいい・・・
「えーっと、勧誘って言うと、なんの勧誘かな?アルバイトは募集してないけど?」
ひぇ?っと情けない奇声を上げて、顔を真っ赤にしたルカちゃんはうつむく。あてが外れて心底恥ずかしいのだろう。
「あぁごめんね、僕はこの店の店長のメルエド。好きに見て、試着して、買って行ってくれたらうれしいな」
彼はそういうと、再びカウンターの席に腰かけ、雑誌を開く。少しへたくそな鼻歌を奏でながら、パラパラとページをめくっていく。
「ルカちゃん、これ見てください。よく似合いそうですよ、着てみませんか?」
「あ、ほんとだ、かわいい。でも少し、私には大きくないかな?」
「ワンサイズ小さいのもあるんじゃないですかね?メルエドさん、ちょっといいですか?」
「どうかしたかな?」
「これの一つ小さいサイズが欲しいんですが」
「そうか、どれ、よっこいしょ・・・」
少しばかり笑顔に陰りを作って、メルエドさんは立ちあがる。ノソノソとこちらへ向かうと、私達が見ていたハンガーラックに目を通す。
「む?隣にあるじゃないか」
「あらほんと、すいません。いえ、実はわかってましたがただこちらに来てほしくて。ところでなんですが、メルエドさんは腰を痛めているんですか?」
「え?あ、あぁ、そうだよ。この前グッときてね」
「立つとき辛そうでしたもんね」
「わかっていて、こんないたずらしたのかい?意地悪だなぁ」
「意地悪は貴方ですよ」
「なんのことかな?」
「これは私の故郷ならではかもしれませんが、服屋の店員は、客が少ない時はその人に狙いを絞って近づいてきたものです。そうして聞く売り込みは割と嫌いじゃないんですよね。・・・ではなくて。対して貴方は妙に私たちに関心が薄いですよね?それに腰が痛いのは嘘でしょう。入店したときに、腰じゃなくて脇腹おさえてたのを見てましたから」
ルカちゃんは私を見つめ、そして顔をしかめる。
そういう能力を私ではなく最初からメルエドさんに使ってほしいものだけど。
「それは・・・なにか問題だったかな?」
「問題は、内容ではなく、嘘をついているってことです。なぜわざわざそんな嘘を言ったんですかね。まぁ別に、このまま貴方のジョークに乗って普通に買い物して帰ってもいいんですが、なんだか私たちをわざと避けてるような気がして、意地悪しちゃいました。私たちがアルバイトに応募したら何か問題でもあるんですか?」
メルエドさんは諦めたようにため息をついて、やっちまった、と笑う。
「はは・・・よく見てるなぁ。すまない、メアリー君とルカ君だね?メアリー君の方が来たのがかなり意外だったけど、二人のことは見た時から気付いていたよ」
「もっと歓迎してくれても良かったのでは?」
「単純に、君を警戒してた。ルカ君だけならまだしも、君はその、問題児だから・・・」
「調べはついてるってとこですか。まぁ私は一度スカウトされましたからね。さてさて、それでは店長さん、私達をレギオンに連れて行ってくださいな」
「待った待った、あんなことしておいて、どうして連れて行くと思うんだい?」
「アイドル枠が必要かと」
「十分足りてる」
「冗談です。心を入れ変えたんですよ。魔王を倒すためには、私一人ではどうしようもない」
「信用できない。それになぜいまさら?ヴィークの時に大人しくついてくればよかったんだ」
「あの時私は仕事一筋だったんで」
「魔導都市ヴィークには殺人鬼という職があるのかい?」
「セントラルの職員だったんです。知ってていってますよね?」
「とにかく、あの時傷つけられた仲間は、君を受け入れられない。もちろん僕もだ」
「あの時は、誘い方が下手な男が恥をかいただけでしょう。慣れてない人にはよくあることです」
「女性もいたと思うけど・・・それはいい。言いたいのは、君が何かを狙っているんじゃないかってことさ」
「もちろん、色々考えていますよ?レギオンの活動内容や福利厚生はどうなっているかとか」
「ふざけていないで正直に話してくれないか」
「場合によっては仲間に入れてもらえないとか?」
「もちろん・・・って本当は言いたいけど、実はそうもいかない。なぜなら君は、うちのボスにえらく気に入られてるんだ」
「会ったこともないですが光栄です」
「君の情報だけで、ボスはかなり期待している。でも僕たちは、そんなにすぐ受け入れられない」
話が長い。
しかし、どういうわけかレギオン自体は私を受け入れる気満々のようだ。それは非常にありがたいことだけど・・・
メルエドさんの言う通り、二人ほど重症を負わせ、一人完全に殺そうとしたわけですから、警戒こそされても、期待されてるなんて気持ち悪い。
「貴方の仰るとおり、私は集団行動は向いていないかもしれません」
「そうだと思う」
「ルカちゃんは少し静かにしててください。・・・しかしですよ、私みたいなのが自由に動き回るよりは、手中にとりあえず収めていたほうが良くないですか?能力も便利ですし、悪い話ではないと思いますが」
「3食鎖付きの生活でいいなら僕は喜んで歓迎するよ」
「そんなに私を仲間に入れたくないですか?」
「あぁ、嫌だね。僕はもう仲間が傷つくのを見たくない。この前だって、ケイト君が・・・」
ケイト?聞いた名前・・・どこでだったか・・・
そうか、セルビア邸に現れたガニマールの片割れか。まだちゃんと生きているのか、それはよかった。
「そんなにひどい状態なんですか?その、ケイトさんとやらは」
「あぁ、リーパーと戦いひどい状態だ」
よかった、お兄さんがやった事になっているのか。
「それはかわいそうに、でも私なら簡単に治してあげられますよ」
「君の能力は、心まで、治せないだろう」
憎しみに震える声。同時に悔しさや、悲しみがこもっていた。
メルエドさんはセルビア邸に来ていなかっただろう。自分のせいでケイトさんがそうなったわけでもないのに、まるで全責任が自分にあるよう・・・きっと、仲間思いのいい人間なのだろう。
「くっ・・・」
力んだせいか、メルエドさんは腹部を押さえ、カウンターにより掛かる。
「ほら、私がいればそんな傷で苦しむことも無いんです」
そっと手を握ると、メルエドさんは警戒して目を細くしたが、すぐにその目は見開かれた。
慌てて服をめくり腹部を確認するが、もちろん傷はなく、血のついた包帯だけが巻かれていた。
「そのケイトさんという方は大変残念でしたが、私がいれば、仲間が傷つくことはあってもすぐに治せます。それに私を警戒しているようですが、レギオンの方々は強いのでしょう?それなら、私に遅れを取る人なんて、この前出会った念動力の人ぐらいでしょう」
「君がとても優秀で、その能力がチームのためになることもわかる。だけど君は、君の中には、もっと恐ろしい何かを感じる」
「うんうん」
「ルカちゃん、めっ」
「だから僕は君を信じることはできない。けど、魔王を倒すのに必要な存在だとも感じている」
「つまり・・・?」
「君たちをレギオンに連れて行くよ。まぁ残念ながら、最初から決まっていたことだけどね」
諦めたような口調でメルエドは小さく笑った。
人間性は認められなくても、能力は認めてもらえたようだ。
「いや、私は別に・・・この人に連れて行くよう言われただけだから」
「ルカ君もぜひと、ボスは言っていたよ。どうかな?」
「ほら、私もいますし、ね?仲の良い同期がいると過ごしやすいですよ?」
「むしろそこが嫌なポイントでもあるけど・・・」
以前は勧誘を断ったって言っていたけど、かなり揺れている様子だ。
それもきっと、この男が醸し出す独特な優しさのようなものにあてられているんだろう。
いい人間というのは、話をしているだけで心地よくなる。この男も、そうだ。
自然と嫌いになれない、固有の空気がある。
「まぁ私の力も、協力してこそ戦えるようなものだしね。いいよ、私もレギオンに入る」
「よかった。それじゃあ早速だけど、ボスに紹介するから、拠点へ向かおうか」
朗らかな笑顔を浮かべるなり、メルエドさんはパンっと手を叩く。
そして目を閉じて、
「シード、お客さんだ。・・・え?いやそれはいい、既に許可はとってる。・・・あぁ、頼む」
誰かと話しているような独り言を言うと、目を開く。
そして、私とルカちゃんの間を歩いていくと、店の入口にある看板をひっくり返し、Closeを外に向けた。
「うぇ・・・この人、例の・・・」
突如背後から聞こえた、ルカちゃんより幼い声。あまりに気配も音もなく、背筋にゾッと寒気が走った。
「うびゃぁぁぁぁぁ!?」
一方ルカちゃんはその場で飛び上がるなり、尻もちをついて、床を這うように2メートルほど離れた。
「驚きすぎ・・・すこしショック」
「シード、わざわざ背後に出てくることはないだろう。ルカ君をショック死させる気かい」
「私も十分驚きましたけど。突然の心肺停止は私の能力でも治せないかもしれませんので、今後気をつけてくださいね」
いまだにドキドキしている。ルカちゃんほどではないけど、心臓が口から出てくるかと思った。
「ごめんなさい・・・役たたずでごめんなさい」
「そうは言っていないだろう?それに今から僕たちと拠点に帰る大役があるんだ。君は立派さ」
「そうかな?」
「そうだとも。それじゃあ頼むよ」
「わかった」
勝手に話が進んでいるけど一体何を
「え?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
瞬きをしていないのに、一瞬で景色が変わり、服屋はどこかの立派なお屋敷のエントランスに変わったからだ。
まるで、本当は店自体が幻覚で、今夢が覚めたかのようだ。
「到着。ボスも今はいるよ」
「ありがとうシード。あとは僕が連れて行く」
ルカちゃんはというと、呆然としていて、尻もちついたまま気絶しているようにすら見える。瞬きもしない。
「ようこそ、我らの拠点、ベルガルドへ。あまり歓迎してないけどよろしく」
「きれいなお屋敷ですね・・・おーい、ルカちゃん?」
「すごい、これが転移魔法ってやつ・・・?」
「いえ、転移魔法はもっと吐き気がしますよ」
「いや、ルカ君は大方間違ってはいない。シードの能力は瞬間移動で、転移に限っては、シードの能力でしかここには来れないようになってるのさ」
なるほど、そういう能力・・・神様からのギフトでは、吐き気が抑えられてるというわけか。
魔力も使わない、制限がないのであれば便利そうだなぁ。
しかし引っかかることがある・・・
「先程の、シードちゃんしか、だめなんですか?」
「だめ・・・というと?」
「瞬間移動ですよ。他にできる人はいないんですか?」
「転移魔法を使える人もいるけど、それじゃここには来れない。だからシードの転移能力でしか転移による進入はできないよ。転移以外でも出入りはできるけど、それには特別な許可証が必要なのさ」
どういうことかな?シードちゃんしか瞬間移動はできない?それじゃあ、お兄さんのお友達、チヒロちゃんの能力は瞬間移動ではない・・・まぁそれも、レギオンにいる本人に聞けばいいことか。
「それじゃあついてきてくれ。たまたまボスもいるらしいし、会いに行こう」
エントランスから二階へ向かう階段を登る。
レギオンのボスとは何者なのか、そしてお兄さんは本当にここにいるのか・・・
たくさんのワクワクが、私を待っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます