第42話 その時はちゃんと

「おじさん、おじさん!?」


ルカと名乗った少女は、意識を失ったディレックさんを心配そうに揺する。

強面のディレックさんは、意外ではあるが、いくらか少女にモテるようだ。


「大丈夫ですよ。そんなに取り乱さなくても、ディレックさんは寝ているだけです。それより早くここを離れましょう、ディレックさんが呼んだお友達に誤解されそうですし」


顔を上げたルカちゃんは私の顔を見て一瞬固まったが、手を引くと、よろけながら立ち上がり、ふらふらとついてきた。

小さなひんやりした手。モチモチしていて、触り心地がいい。


「ね、ねぇ?どうしてそんなに、笑っているの?」

「え?私、笑っていましたか?」


そんなつもりはなかったけど、そうらしい。

不安や恐怖に曇ったルカちゃんの宝石のような瞳から、明確な嫌悪がにじみ出る。


「ディレックさんは助かり、貴方を助け、悪者はやっつけた・・・ハッピーエンドですもん、笑顔にもなりますよ」

「違うんじゃない?貴方のソレは、安心の笑顔とかじゃないよ。もっと暗くて気味の悪いものに感じる」

「随分と辛辣なものいいですね。お姉さん辛くて泣いちゃいそうです」

「冗談やめて。貴方はさっきのフィルベルトって男よりも嫌な感じがする。一体なんなの・・・?」


ルカちゃんは握った手を離そうとしたが、逃さない。

強く握り返し、身体を引っ張り、抱きしめる。

私も身長は低いほうだけど、顔がちょうど胸のあたりに収まるほど、ルカちゃんは小さい。


「やめて!離して!」

「びっくりするぐらい毛嫌いしますねぇ?それも、その眼の力ですか?」

「私の眼にそんな力はない・・・単純に、本能的に、生理的に貴方を拒否しているの!」

「力とは別に勘も鋭いんですか、まぁいいです。貴方も転生者ですね?」

「そう・・・だけど」

「ではお伺いしますが、レギオン、という名を知っていますね?」

「知ってはいるけど・・・なんで?」

「やはりそうですか。危険な組織にやり取りされる転生者なんてどうせレギオン関係者ですもんね。どうしてネガジオに捕まっていたのかは知りませんし興味もありませんが、貴方に手伝ってもらえば、私もレギオンに入れそうですか?」

「レギオンに加わって、どうするの?」

「転生者が手を組む理由なんて聞くまでもないでしょう。魔王を倒す為、そうでしょう?」


嘘は何も言っていない。

魔王様を殺したいことも、レギオンに近付きたいことも本当。疑われるいわれもない。


「なんだか怪しい。なにか企んでない?」

「この際、怪しくてもいいじゃないですか。私達は魔王の命を狙う同志です、役には立ちそうでしょ?」

「それはそうだけど。でも・・・」

「でも、じゃないです。私の力は知っているのでしょう?レギオンのリーダーさんなら、間違いなく欲しがると思いますよ」


あからさまに困り顔で黙り込んでしまった。まだ判断に困っているのだろう。しかしながら、ルカちゃんはそれなりに幼いはずなのに、時折、随分大人じみた顔をする。この子は、なにか普通ではない感じがする。

だけど、とりあえず今ソレは置いておいたほうがよさそうだ。そんなことより私は今、抑えようがないほど昂ぶっていて、頭が回らないから。

・・・お兄さんは、犯罪者以外の殺人を禁じた。従う必要はなにもないが、そう自分を縛るのは割と悪くない試みだった。我慢に我慢を重ね、今日、そこに落ちているフィルベルトを殺すチャンスがやっと回ってきたというのに、残念ながら気を失ってしまっている。

それじゃつまらない。興醒めもいいところだ。

生きていて、感情があって、声を上げるからこそ殺しは堪らない快楽なのだ。

それなのに。こんな動かない肉塊なんて・・・ゴミ袋と変わらない。

そう思っていたのに、どうだろう。何ということだろう。

少し好みとは違うが、きれいな顔した女の子は、転生者だというではないか。

思わず笑みがこぼれてしまっていたようだが、このチャンスは逃すわけにはいかない。本音を言うと、今すぐにでも、この子をバラバラにしたい。この昂り、抑えつけるには骨が折れる。

しかし、それでも私はクールだった。だからこそ、もっと先のご馳走に気付いた。

それはレギオンの存在。姿を消したお兄さんがもしもレギオンの拠点に無事たどり着いたのであれば。そしてそこから逃げれないでいるのであれば。無様に醜くくたばりかけているお兄さんも見られるというわけだ。その光景だけで一斤は食パンを食べられる。

だから今は、冷静に、落ち着いて、ルカちゃんを説得しなければ。なんとかレギオンにたどり着かねばならないというわけだ。


「たしかに、貴方の言う通りかも。ただし、案内はするけど・・・変なことしないでよ?」

「変なこととは?」

「後ろから刺したり・・・」

「そんな野蛮な姿見せたことないですよね?私をなんだと思っているんですか?」

「なんか怖い人」

「抽象的ですね。大丈夫。私は貴方の味方です」

「嘘くさいんだよなぁ・・・」

「本当ですよ。それよりほら、早くここを離れましょう。夜も遅いんで、一旦私の宿に行きましょうか」

「え、やだ」

「やだ、ではないです。ほら行きますよ」

「うそうそ、本気!?絶対無理!無理無理!!やだぁ!」


嫌がるルカちゃんの手を引き、半壊の教会と二人の男を放置して、その場を後にした。

これ以上この場に残ると、ディレックさんが呼んだ応援に、私が連行されかねない・・・


~~~~~


「あまりに早すぎではありませんか。もう彼を見失ったと?」

「は・・・はい・・・」

「そうですか」


魔王城、謁見の間にて。

カーテンは不自然に揺らめき、窓がガタガタと震え、嵐の中のよう。

実際は快晴で、外はむしろ風はあまり吹いていない方ではあるけど。


「はぁ・・・」


こ、こわい・・・!

表情にはそれほど出ていないけど、明らかな怒りが部屋中に満ちている。

凄まじい魔王感・・・いや魔王感ってなんだろうと思うかもしれないが、これはそう表現せざるを得ない。

魔王様の『気』による居心地の悪さ。ソフィア様って、やっぱり魔族の王なんだ・・・!


「現状、彼の行動、居場所、生死すらもわからない、と。まぁまぁまぁどうしましょうかねぇこれ・・・!」

「あの・・・本当にすいません!!」

「あぁ、ごめんなさい。フィロはよくやってくれていると思います。むしろ報告の仕事もこなしてありがたいぐらいです。私が怒っているには、彼についてです。まっっっっったく反省していないんでしょうね。なぁんで何回言ってもそういう危ないことするんでしょうね?私の声は届かないのかな?」


めちゃくちゃ早口じゃん・・・!それにやっぱり怒ってた!

でもなんというか、思ってた取り乱し方とは違う気がする。もっと慌てて、部屋壊すぐらいするのかと思ったけどそうではないようだ。


「お言葉ですが、意外と落ち着いているんですね」

「はははぁ、私が落ち着いているように見えますか?それはそれは嬉しいことですが」

「あわわ・・・そ、そうじゃなくてですね!リーダーが危ないかもしれないのに、慌ててないなぁ、って・・・」


魔王様はキョトンとした。え?なにが?って顔だ。


「それはまぁ、そうですね。あの人は死んでいませんから」

「言いにくいですけど、それはどうかわからないですよ・・・私も戦いましたけど、レギオンの強さは異常です。そんな敵の居城に一人で行くなんて・・・」

「いえ、それでも生きています」

「どうしてそう思うんですか?」

「だって、ちゃんと帰るように命じましたから。無事とまではいかないまでも、ちゃんと帰ってきます。・・・そのつもりで、敵の拠点に向かったのでしょうしね」


え、そんなこと?そんな、言葉だけで信じているの?

だって敵はあのレギオン、特殊な能力者達・・・クラフトみたいなのが何人もいる場所でしょ?

それなのに・・・


「不思議、でしょう?顔を見ればわかります。実は私も不思議なんです。なぜだか、今回はそこまで心配にならない。今までと違って、彼は必ず約束を守ってくれる気がするんです」


別のことは心配ですが、と魔王様は頬を赤らめた。

信頼、だろうか。慌てて帰ってきた私が少し恥ずかしい。


「とはいえ、手を打たないわけにはいきません。一刻も早く彼を見つけなければ、先日話したように、敵の能力で寝返る可能性も0ではないし、言う通り、命の危機も十分ありうる・・・」


魔王様は大きな瞳をゆっくり閉じ、何かを考えているのか、そのまま動かない。

長く感じたが5秒ぐらいだろうか。魔王様はフゥゥっと息を吐いた。


「おまたせしました、魔王様。ヘルセリオ・ディクスナート、参上致しました」

「ひぇ!?」


急に隣に現れた影。すこし怖い釣目の下に、まるで絵の具を塗ったようなクマをした男性だった。なんだか不健康そうだが、中性的で、とても顔立ちが整っている。女性のように手入れの行き渡った黒髪は肩まで伸びていて、真っ白な肌と合わせると、神秘的だ。

金の装飾と刺繍がされた白いシャツにを着込み、黒いロングコートにシュッとした黒いパンツ、外して胸に当てられたハットも印象的だ。

高貴な存在。

そう思わせる雰囲気が彼にはあった。


「よく来てくれました、ヘルセリオ。例の作戦においてコウセツさんが消息を絶ちました。先日話していたとおり、貴方には隣りにいるフィロとともに捜索に向かっていただきたいんです」

「なるほど、承知いたしました。その間西方軍は副団長に管理させましょう」

「えぇ、よろしくお願いいたします」


事前に打ち合わせしたようで、すんなりと話は進む。元々こうなるこうなることも想定はされていたのかな?


「では、君。外で打合せを行おうか」

「は、はいっ」


まっすぐと見つめられた瞳は澄んだ青色。無感情で、冷たく感じる。

少し怖いし、あまり私とは合わないタイプかも・・・


「どうした?私の顔に何か?」

「い、いや!行きましょう!それでは魔王様、失礼しました!」


私は魔王様にお辞儀をすると、その場からバタバタと謁見の間を後にした。


~~~~~


「さて、それではどうしたものか。コウセツ・・・だったか、彼を捜さなければならないんだったな。何か手がかりはあるのか?」

「それが、全くわかりません・・・」

「最後に見たのは?」

「王都の東端に位置するセルビア邸で一緒に戦ったのが最後です。ガニマールっていう怪盗がセルビア邸にきて、彼らも能力者集団レギオンのメンバーでした。そして金庫と一緒に盗まれていって、それっきりです」

「ふむ、なるほど」


ディクスナートさんは考えるような仕草で、目を閉じる。


・・・


「そうだ、申し遅れた。私はヘルセリオ・ディクスナート、魔王軍の西方軍団長を務めている。戦闘においては魔法をメインとしている」


え、今自己紹介?

虚を突かれてしまった。いや別にいいんだけど。


「あ、私はフィロ・アルベールです。ディンと倉庫番をしていたんですけど、今回はリーダー・・・コウセツと転生者のメアリーさんの3人でレギオン討伐に行ってました。戦闘は、これです」


握った拳を、まっすぐ突き出す。


「ほう、ガッツで戦うのか。悪くない」

「いや、格闘、です・・・まぁあながち間違いではないですけど」


無表情で話すものだから、少し抜けた発言に吹き出しそうになってしまう・・・!

もしかしてこの人、すこし天然なのかな?


「そうか。なら我々は相性が良さそうだ」


突き出した拳を、ひんやりした手が包む。


「前衛後衛が揃うと、戦闘はぐっと楽になる」


肌のはずなのに、物のようにひんやりしている・・・これも魔族ならではなのかな?一見して人に見えるけど。


「すまない、冷たいだろう?血が通ってないものでな・・・しかし、君のは戦闘に特化した手ではないな、きれいな女性らしい手だ。まだそこまで戦闘に慣れているわけではないだろう?」

「まぁそうですかも、ですね・・・」


ひんやりしているが、男性のしっかりした指。手のひらの皮は厚く、頼りになる手だった。一切暖かくはないのに、なんだかホッとする・・・しかしそれはするりと離れてしまった。


「戦闘に行くわけではないから問題はない。ただ、もしもの時のために聞いただけだ。さて・・・つまるところ、彼を捜す手がかりは殆どないのだな」

「そうですね・・・すいません」

「謝ることじゃない。向き、不向きは誰にでもある・・・もっとも、今回のは私に向いている仕事だが」

「ディクスナートさんは」

「ヘルセリオでいい」

「でも・・・」

「別にかまわない。立場など、さほど重要ではないからな」

「じゃあ、ヘルセリオさんは、特別な魔法が使えるんですか?」

「いや、捜索や索敵は人並み以上を自負しているが、あくまで専門の者には劣る」

「ならどうして・・・?」


ヘルセリオさんは無表情のまま、自分の頭を人差し指でコンコンとつついてみせた。


「私はな、勘がいいんだ」


ぶふぅ!!!っと思わず吹き出してしまった。

え、嘘でしょ?そんな、全くと言っていいほど根拠がない人選・・・?リーダーの捜索ってそんなに重要視されてないのではないか、と不安になってしまうほどだ。

いや、そんなはずはない。そうであれば、魔王軍の軍団長がわざわざ選ばれるわけがない。

これってどういう・・・


「なにかおかしかったか?」

「そりゃおかしいですよ。ヘルセリオさんも冗談を言うんですね」

「冗談を言ったつもりはないが・・・まぁいい、ひとまず王都へ向かわねば。準備をして、明日にでも出発する」


不安は残るが、ヘルセリオさんの言葉は妙に頼りになる貫禄がある。

本人曰く、冗談でもないみたいだし。


「いえ、私はすぐにでも出れます」

「・・・私が休みたいんだ。たったの一日だが、君も十分休んでくれ」


そう言うと、私をおいて一人で廊下を歩き出す。

ヘルセリオさんは軍団長。魔王城でも10本の指に入る重要役職のはずだ。今からもとの業務や引き継ぎをするだけで、休んだりなんかできないだろう。

私のことを気遣ってくれているんだ。

表情に感情がまるで乗ってこないが、優しい人なんだろう。人じゃないけど。


「・・・ところで、城下街のハルガードコーヒーには行ったことはあるか?あそこの紅茶はいい。シンプルだが、落ち着く香りと味がいいぞ」


数歩ばかし歩いたあと、こちらを振り向き、言う。


「え・・・はい・・・」

「休むということはな、重要なんだ。心も休息を取らなければ、物と同じく壊れる。休むということを軽視してはいけない。いいか、君の今日の仕事は精一杯休むこと。以上だ」


コートを翻し、コッコッと音を奏でながら再び廊下を進んでいく。


「あ、ありがとうございます・・・」


顔を上げたころには、そこにはもう、ヘルセリオさんはいなかった。


~~~~~


次の日のことだ。

私は随分久しく感じたが、魔王城から旅立ちこうして戻ってくるまで、一月も経っていないことに驚きながら、自室で爆睡し、そして目覚めた。

鏡を見ると、寝癖も顔もひどい。

正直、ここ最近はあまりよく眠れていなかった気がする。


「はぁ・・・」


ため息もとまらない。ずーっとこんな調子で鏡の前にいて、支度は進まない。

外はまだ暗いく、時計の針は5時を示していた。


「目も冴えちゃったし、散歩でもしようかな」


髪だけ櫛でといて、部屋着の上に魔王様からもらった厚手のコートを羽織る。

よし、早朝の魔王城を散策しよう。

扉を開け、明るさが抑えられた魔石の照明にうっすら照らされた廊下が伸びている。

誰もいない、静かな廊下・・・まるで私だけしかいないかのようだ。

そーっとしないと・・・寝ている人達も起こしてしまう。

できる限り足音をたてないように、慎重に廊下を歩いていく。

一階から最上階まで上がることができる魔王城の中央広場までやってくると、そこでは甲冑に身を包む衛兵が数人、見回りをしていた。


「お疲れ様ですー」


声を小さくしてお辞儀をすると、衛兵さん達は丁寧に、胸の前で右手の拳を握り敬礼をする。

一応私の顔ってちゃんと魔王城に周知されているんだな・・・もしかしたら怪しまれて捕まったりするかと思ったけど、そんなことはなかった。よかった。

そのまま一階の廊下を進み、お気に入りの場所へとたどり着く。

アーチ状に組まれたレンガでできた出入口が、魔王城の外と廊下の境に連続で8箇所設けられており、そこからは魔王城の庭園が一望できるようになっている。

以前ここで、庭園の管理をしているおじいさんと話したことがあった。初めてこの城に来た時に、良くしてくれたおじいさんだ。

曰く、この庭園はどんな季節でも美しく映えるように手入れされているらしい。それぞれの季節に合わせた木や花が入り乱れ、細心の注意を払わなければあっという間にお互いを侵し始めるのだとか。

ほかにも、メイドの人が休憩で一緒になることもあった。みんな気さくで、話しやすい。

私も一応転生者だし、警戒されてもおかしくないと思うけど、魔王城の人(?)達はすんなり私を受け入れてくれた。そのおじいさんもメイドのみんなもそうだ。

特に、みんなは驚いていたけど、ディンも良くしてくれた。何回か解体されそうになったけど、ちゃんと鍛えてくれたし、様々なことを教えてくれた。

この世界のことも、人と魔族のことも、リーダーのことも。最後のはほとんど愚痴みたいなものだったけど。

魔族のみんなは見かけが怖いことも多いけど、中身まで怖くはないことが多いなぁ。

昨日のヘルセリオさんだってそう、なんだか優しくて・・・これは魔族と人間の差なのかな?

思い返せば、レギオンのクラフトも、メアリーさんも、リーダーだって人間性に少し難ありだと思うんだよね。転生者って実はろくな人がいない・・・?

もしそうだとしたら、とんでもないことに気づいてしまった・・・転生者に選ばれる条件は、人として欠陥がある人・・・!?

あれ、その定義だと私も・・・


「随分と早起きだね?」


夜空の下の庭園を眺めていると、少し離れたところから声が聞こえた。

久々に聞くと、なぜか少し嬉しくなる。いつもは鼻についていたのに。


「目が覚めちゃってさ。今日からまた、王都に行かないといけないし。ディンはこんな時間にここで何してるの?あの部屋から出てくるなんて珍しいじゃん」

「別に、たまたまさ。気分転換。ずっと倉庫にいるのは退屈で窮屈だ。僕のスケールにあっていない」


暗い中でも目立つ白いスーツに夜に溶ける黒色の髪。あんな暗くてストレス溜りそうな場所にずっといて、なぜここまで綺麗な肌や髪が保てるんだろうか。女子的に憎い。


「元気してた?そんなに時間は経ってないけど」

「僕は新たに現れた転生者の相手をしろとのことでね。まぁ刺激には事欠かない日々だよ」

「そっか。ちゃんと死なないで帰ってきてるんだね」

「死にかけたことはあるけどね。僕の本業は倉庫番、簡単に死ぬわけにはいかないのさ」

「倉庫番っていってもほとんど何もしてないじゃん。私がいた時だって、たまに誰かが来るの対応しただけだったでしょ?」

「だがその時間を使って君の面倒も見れたわけだ。それに僕があそこにいるのは厄介払いされているだけさ、わざわざ言わせないでくれ」


珍しくしおらしい表情を浮かべ、空を仰ぐ。早朝だと少し調子でないのかな?

黒色が風に揺れてさらさらと踊る。綺麗な髪が、羨ましい。


「ごめんって。面倒見てくれたことについては感謝してる」

「まぁ感謝してほしいってわけじゃないけどね。たかが暇つぶしだったから」

「あれ?ということは・・・私がいないと暇なんだ?」

「そんなことは言っていないだろう。ハハハ、馬鹿だな君は、さすがワンコロだ」

「あー、またすぐそうやって人狼馬鹿にする!」

「人狼は品もないし知性も低いからね。おまけに乱暴だ、美しさのかけらもない」

「なにそれ!吸血鬼こそ鉄分ばかりでカルシウム取れてないからすぐイラつくんじゃないの?」

「血しか吸わない吸血鬼なんかいるものか。他は食べ残すなんて、獣じゃあるまいし」

「それはそれでこわいんだけど!」


私達の会話だけが、この場に音を作っていた。

それ以外は静かで、物音ひとつない。だから、会話が途切れれば、そこには無だけがあった。


「・・・フフっ」

「どうしたんだい、気持ち悪い」

「いちいちひどいなぁ・・・ほんの少し前だけど、倉庫にいるときはいつもこんなだったなぁって、少し可笑しくなっちゃった」

「・・・そうか。まぁ・・・そうかもしれないな」


フフっと、ディンも小さく漏らす。


「いま、ちゃんと笑った!?」

「なんだいその言い方は。いつもちゃんと笑っているだろう」

「ちがうちがう全然ちがう!いつもの、ハッハッハー!とかハハハ!はなんかこう、ちがうもん!いつもはもっとバカっぽい!」

「何も違わないさ、変な言いがかりはやめてくれ気持ち悪い。あと失礼だな」

「気持ち悪いって何度もいうなー!とにかく、ちがうもん!ディンがわからなくても、私がわかるからいいんですー!」


いつも上っ面で、怒ってるように見えてもどこか嘘くさいディンが、本当に笑ったところを、私は初めて見た。

なんだ、ちょっとだけ、かわいいじゃん・・・


「いいもの見れたなー」


ディンはというと、頭を掻きながらめんどくさそうな顔をして、こちらを見ようともしない。

これは本当にめんどくさいときの顔だ。


「でもさ、ありがとう。本当はたまたまなんかじゃなくて、声掛けに来てくれたんでしょ?」

「そんなわけないだろう。僕が他人の君にそこまでしてあげる義理がない。たまたまさ」


変わらず、こちらは向かない。


「そっか。まぁそうだったとしても、なんとなく元気出た。ありがと」


空が明るくなってきた。城の中も少しずつ活動が始まっている気配がする。

私も準備をしなくてはいけない時間が近づいてる。


「それはよかった、それならば感謝しつくすがいい」


いつも通り、偉そうで傲慢な瞳が見下すようににやける。

いつものディン。むかつく顔の吸血鬼。


「じゃ、そろそろ行くから。大人しく倉庫と魔王城守ってなさいよ」

「誰に向かってモノを言っている。君こそちゃんと魔王様に貢献するんだぞ、犬らしくな」

「わかってますー!帰ってきたらもっと強くなってるんだから、犬なんて言わせないからね!」


素直に優しく送り出せないのかなぁこの吸血鬼は。それがディンらしいといえばディンらしいけど。


「じゃあ、またね」


隣を通り抜け、渡り廊下を戻ろうとするが、


「待て」

「え?なに?」


突然手首を掴まれて、振り向く。

まっすぐに見つめ、無言のままディンは動かない。


「・・・これを、持っていくといい」


しぶしぶ差し出したのは、真っ黒の、剣?

鞘に入っていて詳しくはわからないが、すこし曲線がかった剣だった。

どこかで見た気がする・・・


「これはヴァンプロードという剣だ。ヤツを探すのに役に立つだろう」


あぁ、初めて会ったとき、リーダーに刺さってたやつだ!!

というより刺したやつだ・・・


「調整諸々しておいた。しばらくは君が持ち歩いても問題ない」

「これって持ち歩いたら問題あったの?」

「あのバカは知らないだけで、この剣の使用には様々なルールがあるんだ。それも知らないで振り回しているから困ったものだよ・・・それにこれは本来僕のものだから、返すように」

「前もそんなことで喧嘩してたよね。どっちでもいいじゃん、貸し借りすればいいんじゃないの?」

「文房具じゃないんだぞ」

「ごめんってば。こだわりみたいなのがあるの?」

「この剣は使用者を選ぶ。剣に選ばれなければ、使えずに剣に殺されるのさ。僕は使えるが、あの男にも特別に資格がある・・・心底不愉快だが」


ディンは本当にリーダーのことが嫌いらしい。

以前何かあったらしいけど、その内容までは聞いてはいない。聞こうとすると負のオーラを撒き散らすし、そこまでしか聞こうとも思わない。

ただなんとなく、この剣にまつわることなんだろうと、直感した。


「とにかく、これは役に立つ。もちろん使おうなんて思うんじゃないぞ」

「お、もしかして心配してくれてる?」

「どっかで野垂れ死んで回収できなかったら困るからね。それともう一つ。獣人化の約束は守っているだろうね?」

「もちろん、100%の獣人化はしてないよ。セーブしてるから大丈夫だって」

「それならいい。そのまま中途半端な力でうまく立ち回るといいさ」

「言い方!」

「しょうがないだろ、完全に獣人化すれば君自身が苦しむことになるだけだ。僕の知ったところじゃないが、周りに迷惑をかけ、ひいては魔王城に迷惑がかかる」


とは言っているけど、これは彼なりの心配だと思う。

最初はもっと、に無関心だった。ワーウルフであることにしか、興味を持っていなかったから。

こんなふうに、他人のことに気を回すなんてありえなかったのに・・・少し丸くなったんだろう。それとも少なからず友情?みたいなものを感じ始めているのかも?


「私達ってさ、何?」

「何って?」

「友達とか、知り合いとか、仲間・・・とか」

「どれも違う」

「じゃあなんだろうね」

「・・・同僚かな」

「少し距離を感じるなー、いいけど」

「当たり前さ、僕と特別親しい者はいない。・・・突然なんなんだ気持ち悪い」

「また気持ち悪いって言った・・・はぁ、ディンはもう少し優しくしたらいいのにねー!」

「優しいじゃないか?君のことだって食わずに置いていただろう」

「それって最低限守るべきことでしょ・・・もういい」


この男はこういうやつだ。平和がとか正義がとか言うくせに、どこかずれていて、普通とは違う方向に真っ直ぐ。だから他と馴染めないのもうなずけるが、その自信に満ちた生き方は、わりと嫌いじゃない。


「じゃ、行こうかな」


日が登り始め、庭園を明るく照らし出す。多くの花たちが、その美しい顔を上げていくようだ。

きれいだなぁ・・・戦いなんて考えなくてもいい、そんな場所。


「よし、ではこうしようか」


ディンは、私と同じように庭園に向けていた視線を、私のと交わらせた。お互いの顔が向き合い、両手が頬を固定する。

・・・近・・・!


「無事に帰れば、その時はちゃんと美味しく頂いてやろう」


ニヤリと笑う口元からは、吸血鬼の象徴の一つ、鋭い牙が見える。

金色の瞳はずっと見上げていた星のように、遠くて・・・綺麗だなんて思ってしまった。


「だからちゃんと戻るように。僕がこうして転生者の相手をしている間、倉庫番の仕事が疎かになる時があるからね」


何事もなかったかのようにサッと両手が離れ、そのまま前髪をかきあげる。

キザな仕草に偉そうな顔。ほんと、なんかムカつく。


「わ、わかってるし!じゃあもういくから!」

「適度に応援しているよ」


ヴァンプロードを抱きかかえ、逃げるように走る。自室に向かって、バタバタと駆ける。

なんなのあいつなんなのあいつ!というか、なんであんなやつにドキドキしてんの私もなんなの!?

いやちがう、これはアレだ、恐怖だ。

あんな至近距離で眼を見られながら牙を見せられたら、いくらあのディンとはいえ、怖くもなる。

きっと本能的に死を予感して、心臓がバクバクしてるだけだ。私は冷静至ってクール落ち着きすぎているぐらいだ。

でもまぁ・・・顔だけは綺麗なんだよねー、なんて思ったりしなくもない。

けど性格は乱暴で一方通行だし、しゃべると残念型のイケメンであることに間違いはない。なのでナシ!

ナシだから!


「きゃっ!」


自室の近く、廊下の曲がり角で何者かにぶつかったが、そのまま倒れず支えられた。


「廊下はあまり走るものじゃない。随分と早いな、健康的でいいことだが」

「あ・・・す、すいません!ヘルセリオさん!」


ぶつかった大きな影はヘルセリオさんだった。なぜここに?


「あぁ、そろそろここに来る頃だと、そんな気がしてな。諸々準備ができたので様子を見に来たんだ」

「どうして、わかったんですか?」

「言っただろう、そんな気がしただけだ。まさか突進をされるとは思っていなかったが・・・それは?」

「これは、ディンから渡されたんです。リーダーを捜す手がかりになるって」

「そうか・・・ディーノも、変わったな」

「変わったんですか?」

「あぁ。彼は・・・まぁそこからは本人と話すといい。君になら、彼も心を開くだろう」

「そんなこと、ないですよ。アイツいわく、私のことは同僚としか思ってないらしいですから」

「そうか。昔だったら誰に対しても、『お前は何者でもない』と答えていただろう。その辺りは、私が話すことではないがな」


ヘルセリオさんはディンと仲がいいんだろうか?少し意外だな・・・


「さて、そろそろ向かおう。早く探し出さなければ、魔王様が心配される」

「そうですね・・・行きましょうか」


私は並んで、謁見の間へと向かった。

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