第40話 魔王を倒した勇者

手紙を書き終わってすぐ、私達はゴルトニアに戻ってきた。

つい数時間前、フィロちゃんと尋問されていた場所だが、今回はディレックさんがいるから問題はないだろう。


「それではディレック二位捜査官、先に話したように、ペリノール氏とは20分のみの面会となりますので時間を厳守していただくようお願い致します」

「了解した。ほらいくぞ」


受付を通り、私たちは強化ガラスに囲まれたエレベーターにのり、ゴルトニアの深部、最上階へと向かう。

高く上がれば上がるほど壮大な街が眼下に広がっていき、吸い込まれるような錯覚を覚えた。


「奇跡的にこの時間だけ予定が空いてるようでよかったな」

「えぇ、短い時間とはいえ、20分もあれば十分です。なんとか聞いてもらえるといいですが」


異常なほど人がいいと噂の男だ、きっときいてくれるだろう。

ここまで来ればなんの問題もないはず。これで、魔王軍がお兄さんを助けに来てくれる・・・作戦をうまく果たせなかった捕虜わたしはどうなるかわからないけど。


「うわぁ、すごい高い!ねぇねぇほらメアリーさん、あの辺が私たちが泊まってた宿じゃない?!」


珍しい景色を見て、フィロちゃんもかなりご機嫌。この子を見ていると時折気が紛れる。何も考えてなさそうで、毎日楽しそうだ。

私もそこまで普段から頭を悩ませているわけではないが、今回の件は少し深刻な問題ゆえに、ストレスだった。

無事に任務を達成すれば、あのおやさしい魔王様は私を解放する・・・そう睨んだ私は、まっとうに働こうと思った。

しかし功を焦ってしまった。

お兄さんなら万が一のことがあっても転移魔法で逃げれると思い、敵の拠点に単身送り込むように仕向けたのは間違いだった。

何があったかはわからないけど、魔晶石に連絡もないということは、ハプニングが起きていることは間違いないだろう。

しかし、そもそもお兄さんは本当に負けたんだろうか。いくら敵が転生者の群れだとして、彼が簡単に負けることなんて想像ができない。

まったく容赦などなく、いかなる攻撃にも確実に対応し、いまだ底が知れない。

戦闘の心得があるわけでもないただの犯罪者である私に対して本気で戦っていたとは思えないし、何より彼は魔王の近衛兵といってもいい存在。

そんな彼が仮に負けたとして、そんな相手に、私たちや魔王城からの応援だけで太刀打ちできるんだろうか。


「どーしたのメアリーさん、難かしい顔になってるよ?・・・もしかして高いところ苦手?」


ガラスに手をついたまま、心配そうにフィロちゃんがこちらを振り向く。


「・・・そう、ですね。高いところはあまり好きじゃないです」

「意外だなぁ、そういう人並みの弱点があったんだ」

「フィロちゃんは時たま失礼というか、誤解しているというか・・・まぁいいですけど」


考えていてもしょうがないか。今はやれることをやるしかない。

なんなら、レギオンに寝返るのも手かな・・・?なんてね。


「おぉ・・・風が吹いたら倒れそう・・・高い」


再生能力を持っている私ですら恐怖を感じるほどの高さに達した時、エレベーターは上昇をやめた。あまりの高さに、フィロちゃんも固唾をのんでいる。

最上階。

多くを見下すこの高さに、英雄がいる。

エレベーターが開くと、そこには部屋が広がっていた。

真っ正面には机に向かう男。背後は一面ガラス張りだが、こうして見てみると、同じ高さの建物はゴルトニード城だけのようだ。

人が一人働く。それだけにしては妙に広い。ルームランナーやダンベル、バーベルにサンドバック。


「あー、とりあえず入ってくれ!そしてもうちょっと待っててくれ」


机の上で書類をめくりながら、男は言う。


「・・・フフ、よしよし、またせたな!有名作家さんの卵からお便りが来ていてな。これがなかなかによく描けてる」


数枚の紙をめくり終えると、顔を上げて朗らかな笑顔を見せた。

輝く金の髪をアシンメトリーに左側だけ前髪をおろし、左目はあまり見えない。対して右側はバックに編み込んであり、精悍な顔立ちがはっきりと見える。

翡翠色の眼は透き通っており、優しさが灯る。

町中の銅像で見た顔だが、実物はもっと・・・かっこいい。

40代だと聞いていたが、とてもそうは見えない。30代・・・いや、20代後半ぐらいでは・・・?


「お!!ディレックさんじゃねぇか!久しいな!」

「さん付けはやめてくれ。立場はあんたのほうがかなり上だろうがよ」

「立場なんて大した意味はない。見ろよ、こんな高いところに一人でいて、まるで囚われの姫だろ?」


ため息まじりに城下町を見下ろす。まるでこの場所が居心地悪いかのように。


「それはいいとして、だ。なにか俺に話したいことがあるんだってね?・・・えーっと、娘さんはまだ9つぐらいじゃなかったか?」


私とフィロちゃんに視線を向け、苦笑いを浮かべる。


「おいおい冗談じゃねぇよ、この二人は俺の知り合いと、その友人。そもそも俺はそこまで老けちゃいねぇよ」


ディレックさんは親指で雑に私達を示し、不満そうな顔をした。


「はじめまして、メアリーです。お会いできて光栄です」

「は、はじめまして!同じく光栄です!」

「・・・こちらはフィロです」


緊張しているのかな、フィロちゃん変なこと言ってる・・・目が光ってるし・・・


「よろしく、メアリーにフィロ!俺はペリノール・グレイゴルだ。若い二人に囲まれて、幸せだなぁディレックさんよ!」


ペリノール氏の大きな手と握手を交わし、またも快晴の笑顔を見せる。

爽やか、豪快、元気、いろんなものが入り交じって、人に好かれやすい人なのだろうなぁ、とそんなことを思った。

正直なところ、あまり得意なタイプじゃない。この手の人間は、裏が読めない。


「バカ言ってんじゃねぇよ。ほらお前ら、さっさと用事済ませろ」


私は懐から便箋を取り出し、そのまま渡す。


「ん?君たちも俺に手紙か?」


首をかしげ、便箋の裏をみた。宛名などは書いていないが。


「いいえ、申し訳ありませんが、そうではありません。これを魔王城に送ってもらいたいんです」


ありのまま、包み隠さず告げる。

彼にはウソをつくべきでないと本能的に思えた。そうでなくても、ごまかす気はなかったが。

一瞬ペリノール氏は表情が固まったが、何かを懐かしむようにため息をつき、頭をかく。


「魔王城、かぁ。俺にわざわざ頼まなくても良かっただろうに・・・なにか理由があるんだろう?」

「えぇ少し事情があって詳しくは話せないんです。ただ、人間界に対して不利になったり、面倒が起きるような内容ではありません。今日あったばかりの人に信じてくれとは言いません、ただただお願いするばかりです」


ペリノール氏は手紙ではなく、私の顔をじっと見つめ、その次にフィロちゃんの方を見た。

対してフィロちゃんは、何故か対抗するかのように強い視線で返している。

この子も、時折意図の読めない行動をとるなぁ・・・多分意味ないんだろうけど。


「・・・わかった。しかし魔王城って言っても、広いぜ?」

「魔王城の入り口でいいです。この子ごと送ってください」


そっとフィロちゃんの手を握ると、ビクリと体が揺れた。


「え!?なにそれ、聞いてないよ!」

「もちろん、言ってませんもん」

「またそれ!?そろそろ事前打ち合わせをお願いしたい!だいたいこの前も・・・」


ペリノール氏の前にも関わらず、半分パニック状態でとにかく色々と文句を投げつけられる。

この子ってスイッチが入ると、周りが一切見えなくなってしまうよなぁ。今後が心配だなぁ。


「ちょっと聞いてる!?メアリーさん少しは反省してほしいんだけど!」

「まぁまぁ、そう大声出さないでください。だってしょうがないじゃないですか。誰が送ったかも証明できない手紙一つをペロッと送って、魔王様が信じると思いますか?私やフィロちゃんの名前だけで信じられるほど、ゆるい常識はおそらく通じませんよ」

「でもだからといってここに来て突然言わなくても良くない!?エレベーターでチラッと話してくれれば済む話じゃん!」

「言ってたらまた文句言うでしょう?そういうやり取りだけで時間を無駄にするんです。最悪あなたの場合は考え直したりしそうで、めんどくさいんですよ」

「またそんなことばかり言って!私いつも振り回されるの気も知らないんで・・・!だいたい・・・」


あーあー、きーこえーませーん。

耳を塞いだふりをするが彼女は止まらない。


「おいお前ら、ニコニコ聞いてくれてるが、彼もそろそろ次の予定があるんだ。さっさとしろ」


部屋のモニュメントと化していた呆れ顔の中年が口を開く。


「貴重な時間を使わせてしまって大変申し訳ありません。とりあえずこの子ごと送ってください」

「待ってまだ納得いかない!」

「あーもう!あとでちゃんと謝るから今は言うとおりにしなさい!」


・・・


フィロちゃんはギョっとした顔で目を見開き、そのまま固まってしまった。


「時間がないことは、フィロちゃんもわかっているでしょ?今はとにかく急ぐべきなんです。わかってくれますね?わかりなさい」

「・・・うん」


あまり納得はしていないようにフィロちゃんは頷く。最初からそうしてくれればいいんだけども。


「・・・いいんだな?」

「はい、お願いします。フィロちゃんも頼みましたよ」

「うん、わかった」


ペリノール氏は右手をフィロちゃんに向けると、音もなく一瞬でフィロちゃんを消した。


「すごいですね。こんなに簡単にされると解決してしまうと、なんとも言えない気持ちになります」

「本人は今頃慌てふためいてるかもしれないけどな。ところでメアリー、君個人に少し聞きたいことがあるんだが、いいかな?」


ペリノール氏は先ほどと同じような口調でそう言うが、どこか威圧感があった。

翡翠色の目は、やはり私の何かを見ているようで、そして見透かしているようで薄気味悪い。


「なんでしょうか」

「君は、なんの仕事をしているのかな?」

「厳密に言うと、今は仕事はしていません。もともとは医者をしていて、その後は事務員をしていました」

「医者、か。そんな若さで命を預かるのは、大変な仕事だったよな」


違うな、世間話をしてるんじゃなくて、この人は気づいている。

私の癖を、習性を、感じとっている。

殺人衝動に感づいているのか、それとも、いままで殺した人の気配を感じているのかはわからないが、明らかにそういう眼を向けている。


「えぇ、沢山の人と別れてきました。それに対して、事務員は平和なものでしたよ」

「そっか。俺も今では似たようなもんだ。たまに街をパトロールしていたら珍獣みたいな扱いをうけるけどな」

「人気者は大変ですね」

「あぁ。でもそんな俺の存在が街の犯罪の抑止力になる・・・そう思っているんだがな。どう思う?」

「私もそう思いますよ。先先代魔王を倒した勇者・・・そんな方の前で悪さなんてできっこありません」

「そう、信じてるぜ?」

「・・・」


達人の勘だかなんだか知らないが、鋭い。

でも甘いな。自分で言うのも何だけど、確信しているなら、この場で捕まえたほうがいいと思うけど。


「もしも、パトロール中に悪い人を見つけたら、どうしますか?」


私の問にペリノール氏は、ニッと白い歯を見せた。


「そんときはとっ捕まえて小一時間説教、だな!」


何がおかしいのか声高らかに笑い、やさしく私の頭に手を触れる。


「いいか、犯罪者だって考えて行動してんだ。それなら、話せば誤解もとける。『間違い』ってもんは誤解を信じるから生じているのさ」


誤解を信じる・・・か。


「優しいんですね。勇者たるもの、悪人は何人たりとも許さないものかと思っていました」

「それは違う。そもそも優しいんじゃなくて甘いんだよ俺は!でもその甘い俺を、俺自身が信じてる。それでうまくやっていけてると信じてるし、この生き方が間違っていないと証明しているつもりだ。人の可能性を信じて、悪を塗り替える!」


子供みたいな笑顔で、そう語る。

だが実際に、彼はこうして英雄になった。いつも前向きに、まっすぐに生きてきたんだろう。その意地と信念こそが彼の本当の力なんだ。

私にはそんなものはない。無論羨ましくもない。憧れもしない。

けど、少し尊敬はする、かもしれない。


「楽しそうに語っているところ悪いが、そろそろ時間がまずいんじゃねぇのか?」

「なんだディレックさん、いたのか」

「あらディレックさん、いらっしゃったのですね」

「お前ら・・・俺の扱いひどくねぇか」

「冗談だ。確かに言う通り、そろそろ時間だな。悪いが続きはまた今度話すとしよう」


ペリノール氏はくるりと振り返り、デスクへと戻った。


「もっとも、街中で君にお説教しないことを祈っているけどね!」

「・・・手紙の件、ありがとうございました。感謝しています」

「困ったらまたくるといい。話くらいならできる」


私は黙って頭を下げた。


「じゃあ、失礼した」


私達はそのまま、ペリノール氏の部屋を後にした。


~~~~~


さて・・・魔王軍に報告もしたし、あとは待つだけ。

ここから先は何もせず、待つべきだ。

下手な動きそすれば、悪目立ちしてしまうし、特にこれと言ってやることなんて無い。

わざわざ知らない子供を助ける義理も無いし、必要もない。私のような一般人が、ネガジオなんていうマフィアのような怖い人達に一人で太刀打ちできるわけがない。

だから、なにもする必要はない。なにもできないから。


「なんだよ、複雑な顔して。なんだかんだ言いながら、あのフィロってヤツのこと心配なのか?」

「・・・は?なにを言っているんですか?」


私が、誰かのためにモノを考えて、悩むなんて、そんな無駄な事するわけない。

だいたいフィロちゃんのことなんて考えてないし。


「そ、そんなに怒るなよ。いいことじゃねぇか、仲間思いで」

「仲間、ではありますが、基本的にどうでもいいです」

「そんなこと言って、なんだかんだ気にかけてんだろ?見れば分かんだよ、オジサンってのはな」

「さすがオジサン、この世に生きる動物の中で最も鬱陶しいと言われているだけありますね。噂に違わず鬱陶しいです」

「おめぇ世界中のオジサンに謝れや・・・」

「なにをおっしゃっているんですか?世間には主におじ様しかいません。ディレックさんはオジサンかもしれませんが・・・そうやってさり気なく他人様を巻き込むような言い方は良くないですよ?」

「お前さんかわいくねぇよなぁ、ホント。それより、これからどうすんのよ」


これから、か。

なにもしないとはいえ、流石に悶々とするし、また狩りにでもいくかな・・・この前ゴルトニアで手に入れた犯罪者リストから選んで、適当に消して行けばお兄さんも許してくれるし。

それならまぁ、確実に獲物がいる場所が、いい。


「たまには慈善活動でもしたらどうだよ。ゴミ拾ったり、人助けしたりよ」

の方をしようかな、とは思います」

「なんだか含みがある気がするんだが、妙なこと考えてないだろうな」

「とりあえず、またディレックさんちに行きましょうか」

「なんでそうなる。もう要件は終わりだろうが」

「いえいえ、まだもう少し続きます。安心してください、ディレックさんにとっても悪い話じゃないですから」

「お前さんがうちに来ること自体がすでに悪い話なんだが?」

「またまたそんなに照れてしまって・・・だいたいディレックさんは今私に文句を言える立場ではないですよね。言うことを聞いてくれないならエミリちゃん・・・」

「チッ・・・わかったよ・・・これで最後にしろ」

「そうですね。お世話になります」


私達は再び、ディレックさんの家へと向かった。


~~~~~


「メアリー先生おかえり!パパもおかえり!」

「ただいまエミリちゃん!いい子にしてたかな?」

「うん!エミリいい子にしてたよ!メアリー先生が帰ってくるまで、ちゃんと箱も開けなかった!」


えっへんと胸を張り、リビングの机の上に置かれた箱を指差す。

肌身離してはいるけど、開けたりした様子はない。よしよしいい子だ。


「おいおい、この扱いはなんだか少しばかり俺ぁ寂しいぞ」

「いいじゃないですか、お父さん。パパなんて言って優しく接してくれるのなんて、今のうちかも知れませんよ?」

「お前がお父さんとか言うな気持ちわるい。さぁエミリ、また少し大事な話をするから、2階にいてくれ」

「えー、メアリー先生と遊びたいぃ」


上目遣いで父を見るエミリちゃんは、父親の弱点をよく知る女の子の顔だった。

こう言えば父親は強く言えなくなる・・・そう知っているんだろう。この幼さで既に立派な女優だ。


「ごめんねエミリちゃん、用事が済んだらたくさん遊んであげるから、今はお父さんの言うことを聞いてくれないかな?」

「本当?」

「もちろん!」

「ほんとにほんと??」

「ほんとにほんと!私がエミリちゃんに嘘なんかついたことないでしょ?」

「うん!わかった、エミリ二階にいるね!」

「いい子だねぇ。こんないい子は連れて帰っちゃおうかな!」

「行くー!!!」


無邪気な笑顔が心を浄化してくれる。やっぱりいいなぁ、女の子は。

汚れにまみれた中年の遺伝子が少しでも含まれているなんて、まるで想像もできない。


「はいはいわかったから、はやく二階にいかねぇか」


私の袖を掴むエミリちゃんを無慈悲にも引き剥がし、そのまま階段に連れて行く。

あぁ、私の手からエミリちゃんが離れていく・・・

リビングに戻り扉を閉めると、ディレックさんは意外にも丁寧に、飲み物を持ってきて机の上に置いてくれた。


「で、なんなんだ?もう本当にこれっきりにしてくれよ」


腕を組んでゆったりと椅子に腰掛け、心から嫌そうな顔をする。

そんな彼の反対の席につき、いただきます、とお茶を一口。・・・う、苦い。


「なんだよ変な顔して、妙なもんはいれてねぇぞ」

「いえお気になさらず・・・」

「体にいいやつだぞ。なんとかって草が8種類入ってるやつだ」

「普通そういう薬みたいなものを来客で出しますかねぇ」

「普通じゃない相手だからかまわないだろ」

「・・・まぁいいです。ところで本題ですが、実は今回、お願いではありません」

「あん?なにかしてほしいんじゃねぇのか?」

「いえ、あなたがんです」


何いってんだ?と彼はお茶を飲む。

表情一つ変えない・・・このお茶で・・・


「私は今日、人を殺します。夜の10時にコルスタ教会で、沢山の人を殺します」

「なんだと・・・?」

「私が言いたいのはそれだけです」


今は夕方の4時。季節柄まだ外は明るいが、そろそろ動き出さないと。

もはや薬と呼んでも良さそうな液体を一気にあおり、ごちそうさまでした、と席を立つ。


「おい待て、どうしてそんなことをわざわざ俺に言う?」

「・・・さぁ。今までの行いに、さすがに負い目を感じ始めたのかも知れません」


何も頼まない。要求はしない。


「馬鹿な・・・それならすぐに自首するべきだろ。今までのこと全部吐いて、人生を使ってあがなえ」

「嫌ですよ。最後なんですから、やりたいことやらせてください」

「俺が許すと思うのか?」

「許さないでしょうね。わかっていますよそんなこと・・・そこまで私は馬鹿じゃありません」

「・・・お前はどうしてほしいんだ」

「わかってください。私は、相手に察してほしいタイプのめんどくさい女なんです」


ドアノブに手をかける。

もう一度だけ、エミリちゃんとイチャイチャしたかったなぁ。でもそれじゃあ迷いができてしまう。

ディレックさんを巻き込むことを、ためらってしまう。

このまま、お別れすべきだ。


「じゃあもう一つ聞かせてくれ」

「なんですかもう、いい感じに別れられそうなのに」

「どうしてうちに来た。こんな話、ここでしなくてもいいだろ」

「・・・エミリちゃんがちゃんと元気になったところを見たかったんですよ。アフターサービスもできる医者なので」

「・・・そうかい。わかった、じゃあエミリにあげた、この忌々しいびっくり箱をさっさと回収してくれ」


結局机の上に置いたままにしていたエミリちゃんへのプレゼントを、ディレックさんはいかにも危険物と言わんばかりに人差し指でつつく。

そうだった、それのこと忘れてた。

私はディレックさんからそれを受け取り、箱の紐を解く。


「お、おい!これ開けたらまずいんじゃ・・・!?」


慌てるディレックさんを無視して、蓋を開ける。


「・・・?なんだ、これ」


箱の中にはところどころ七色に輝く、小さな髪飾りが入っていた。まぁ用意した私は当然知っていたが。


「どういうことだ?」

「これはヴィークから持ってきた、エミリちゃんへのプレゼントです」

「は?遠隔で爆破できる魔晶石ってのは・・・?」

「嘘ですよ?もちろんこの髪飾りも、爆破できるようにはなっていません」


・・・


沈黙。


「俺は騙されてタダ働きしてたのか」

「そうです。相変わらずエミリちゃんのことになると判断力が鈍りますねぇ」

「はぁ・・・驚かすなよ・・・!」

「ご自身で言っていたじゃないですか。びっくり箱、ですよ。びっくりしてくれたみたいで何よりです。それ、エミリちゃんに渡しといてください。退院おめでとう、と」

「自分で渡せよ。このまま会わなかったらあいつが寂しがる」

「おやおや。あんなに合わせたくなさそうだったのに、最後は自分で渡せ、ですか」


ディレックさんは心底安心した様子で机に突っ伏す。

まぁ当然だろう。自分の娘が人質に取られていたと勘違いしていたんだから、ずっと気持ちが張り詰めていたのだろう。気さくな風を装っていたなんて思うと、彼もなかなかの役者ということだ。

まぁ別に悪いことをしたとは微塵も思わないが、エミリちゃんが中身を見て喜んでくれる顔が見れないのは少しだけもったいないかな。


「あのもっさりした父親で、エミリちゃんは大丈夫かな・・・」


エミリちゃんを見ていると、妹ではなく、娘を見ているような気持ちになる。

はは、私が母親なんてありえないけど、でも、それも少しだけいいかもしれない。

彼女を見ていると、胸の奥がムズムズして、頬ずりしたり、抱きしめたくなる。

自分に娘ができるなんて珍妙なこと・・・ありえない。あるはずがない。

フッと思わず鼻で笑ってしまった。笑える冗談だ。

さてさて、ここでのやることも終わったし、次の場所に行かないと。

私は黙って扉を開け、玄関へと向かう。

最後に一言だけ。


「・・・で、どうでした?ディレックさんにとっても、悪い話じゃなかったでしょう?」


突っ伏したままのディレックさんは、そうだな、と片手を上げて返事した。

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