第36話 それより前のことだよ

メアリーさんを背負い、舗装された夜道をとぼとぼと歩く。

結局、金庫に入ってたお金は別の場所に移していたらしく、盗まれたのは金庫そのものだけで済んだのだった。

それどころか、代わりにリーダーを詰めた金庫を持ち帰ったせいでガニマールは失敗だけでなく大打撃を受けているはず。私たちとしてはうまくいきすぎてるといってもいい成果だとおもう。

一方のコルファー氏もガニマールを撃退できて大満足・・・とはならなかった。

最後の津波のせいで東棟の北側は崩壊。正門付近は荒れ地と化してしまったため、結局守った財産を盛大に散らす羽目になったのだ。保険とか入ってなかったのかな?保険の適用がきくかもわからないけども。

ともかくおかげさまで、財産を守れたにもかかわらず、雇われた私達は散々お叱りを受けた挙げ句、わずかな報酬を渡されて各々帰路につくことになった。

中には報酬の少なさに文句を言ってもめている兵士もいたけど、私たちはそもそも報酬なんてもらうつもりもなかったし、特に気にすることも無く帰ることにした。なにより疲れた。

メアリーさんはというと、こちらも眠気が限界とのことで背中ですやすやと眠っている。肩に乗っかるもちもちの頬が寝息に合わせ上下に動いていて、ちょっとかわいい。

ほんと、ずっと寝てればいいのに・・・

そういえば庭に甚大な被害を及ぼしたクラフト本人は気絶した状態で拘束され、ゴルトニード兵に引き渡された。

あの能力をどのようにして押さえ込むつもりなのかはわからないが、この国には四聖騎士とかいうのもいるから大丈夫って、連れて行ったゴルトニード兵のゴツイおじさんも言ってたし大丈夫でしょう。

本当はとどめを刺すべきなんだろうけど、今の私にはまだ・・・


「んんー、ふふにゅ」


耳元で時折聞こえる謎の寝言に少し癒されながら、私はやっと中心街に戻ってこれた。

さすがに夜中の2時を過ぎるとなると、この王都もすこしは静かになっていて、とても居心地のいい夜がそこにはあった。

ぼんやりと街に明かりを漂わせる魔晶石はロマンチックな情景を演出し、ふと見かけた石畳の上を歩くカップルもこの宵に酔いしれている、そんな気がした。

いいなぁ、私もこんな街で恋人と遅くまで遊んで、同じ家に帰ってゆっくりと朝を迎えたい。おはようって言って、また同じように日々を繰り返す・・・

そんな誰でも見そうな夢を心に抱きながらしばらく夜の王都を進み、見えてくる宿。

そういえばリーダーはどうしてるかな、もしかしてもう帰ってきてたりするのかな?リーダーは転移魔法も使えるし、すぐに帰ってこれるしなぁ。

誰もいない受付を素通りし部屋に帰るも、リーダーの姿はない。


「まだ帰ってない、か。ちょっと心配だな。ほらメアリーさん、宿についたよ。シャワー浴びてきたら?」

「んむぅ?」


身体を揺らしてみるが、目をこするばかりでちゃんと起きる気配がない。仕方がないのでそのままベッドに寝かせた。


「ん・・・おや?あぁ到着ですか。すいませんありがとう、ござい、ま・・・」


感謝の言葉がフェードアウトしていく。相当眠いんだろうな。

心地良さそうに小さく寝息をたてて眠る姿はまるで子供のようだ。この人が殺人鬼だなんて世界中どれだけの人が信じるだろうか?

気がつくと私はメアリーさんの見るからに柔らかい頬を人差し指でつつていた。

・・・ぷにぷにだ。

手足を見ても太っているわけではないのに、やわらかそうですべすべしている。

なんだか胸の奥で不思議な感情が渦巻く。

母性、なのかな。無性に抱きしめたくなってきた。

いやいやだめでしょ!いくら相手も女の子だからって、寝込みを襲うような真似・・・!だいたいそんなの、メアリーさんじゃないんだから!

わずかにではあるが血迷った考えを拭い去り、メアリーさんから距離をとる。

・・・シャワー浴びて寝よう。私はきっと疲れているんだ。

明日になればきっとリーダーも帰ってくるだろう。

心配ではあるけど、リーダーを追うすべもない。一応は津波が荒らした跡を追ってはみたが、津波が消えたであろう森の中は不自然に木が倒れているだけで、匂いも手掛かりもきれいに消えていた。

そういう訳で私達にはこうして帰ってくることしかできなかったのだ。

とにかく今は何もできない。心配だけしても不安になるだけだし、早く寝よう。

明日、12時を回ってるから今日だけど、ネガジオに連れていかれたあの子を助けるために例の教会にも行かないといけないから、休息をしっかりとらないとね。

泥や汗で汚れた服を脱ぎ、シャワールームに向かう。

・・・窓の外の鉄柵は折れたままだ・・・


~~~~~


シャワーを浴びて出てくると、メアリーさんはベッドに座って手帳を見ていた。


「起きたの?」

「えぇ、少し休んだので私もシャワーを浴びてちゃんと寝ようかと。ここまで運んでくれてありがとうございます」

「だいぶ疲れてたんだね、お互いお疲れ様!・・・ところでそれは?」


メアリーさんの持つ手帳を指さして言う。


「これは、ただの日記です。いろいろと忘れてしまうと寂しいでしょう?」


ゆっくりとした動作でページを捲っていく。1ページずつ丁寧に、ぼんやりと。


「メアリーさん、その・・・昔の話って聞いていい?」


思い浮かんだことが簡単に口を衝いて出てしまった。

以前メアリーさんの家で見た写真。本人にとって触れてほしくなさそうな話ではあったけど、私にはどうしても気になることがあって。なんとなくだけど、メアリーさんは今もきっとその人のことを考えてるんじゃないかって。


「またその話ですか?どうしてそこまで聞きたがるんです」


今回はメスが飛んでくることはなかったが、ほんの若干、メアリーさんの表情が影を帯びた気がした。


「あの写真に写るメアリーさんはとても穏やかな顔をしてた。車椅子に乗ってた相手は患者さん、かな?失礼だけど今のメアリーさんの姿からはどうしても想像できなくて」


当時は人を助ける仕事をちゃんとしていたんじゃないか?どうしてもそう思ってしまう。まぁ単純に恋の匂いがするから気になるってのもあるけど。


「・・・はぁ。しつこいですねぇもう。まぁでも深夜テンションってことで少しだけお話ししましょうか。別に面白い話でも何でもないですけどね」


え、話してくれるんだ!もしかして昔は善良な人間だったりして!


「あの人は私の患者でした。終わり」

「へぇ、ってえぇ!?それだけ!?恋人とか、そういうんじゃないの!?」

「恋人なわけないじゃないですか。私にそんな人がいたら一晩と待たずに殺してますよ」


うわ、やっぱそうなるんだ。


「でも患者でしたって、退院したってこと?」


メアリーさんはこちらを向かずに首を横に振る。


「亡くなりました。あぁ、私じゃないですよ?神様の判断です」


メアリーさんは手帳を閉じベッドに置くと、すっと立ち上がり、テトテトとこちらへ歩いてくる。


「うぇ!?」


メアリーさんの小さい身体は胸の中に納まった。抱きしめられて、背中に手が回される。申し訳ないけど、いまだに少し警戒してしまう・・・

そのまま背伸びして、耳元でつぶやいた。


「・・・あの人だけは、私が殺したかった。病気なんていう下らないものに奪われる悔しさ・・・私は前の世界でもこっちの世界でも味わったことのない怒りにしばらく打ちのめされましたよ」


抑揚のない声、でもすこしだけ抱擁は強くなった。


「どうしてそんなに彼を殺したかったの?」

「・・・わかりません。さぁそろそろシャワー浴びさせてください。殺されかけたし疲れたんで、もう寝ましょう?」


メアリーさんは体から離れ、眠そうに眼をこすりながらシャワール-ムへと消えていった。

なんだか調子が狂うというか、妙に不安になるというか。

メアリーさん、彼のことを好きだったんじゃないかなんて、私の思いすごしかな。

よりによって彼女にそんな感情があるわけがない、とも言い切れない。そもそも彼女にそういう感情が残ってると信じて私も質問した。結果、答えは見えなかったけど。

大事な話は聞きだせなかったけど、疲れも手伝ってか彼女の人間らしさが見れて少しだけ嬉しい私がいた。

今日はメアリーさん落ち着いてるし、シャワーから出てきたらもう少し話してみようかな。


・・・この後シャワールームから出てきたメアリーさんに滅茶苦茶いたずらされた。


~~~~~


目が覚めた。

二度と開くことはないと思っていた眼が、暗く冷たいカビか苔が生えたレンガ造りの天井を映す。

いや、片目は見えてないな。包帯か。

そうだ、俺は負けたんだよな。でも死んだわけではないのか・・・ならここはどこなんだ?


「気が付いた?」


女の声?誰だ?

ベッドの上で首の向きだけを横に向けると、誰かが近づいてくる。

よく見えない、だれだ??


「焦点があってない・・・よく見えてないのかな?私、千尋だよ」


チヒロ・・・あの、あれか。あのときの、あいつだよな。

なにもはっきりしないけど、あいつだ。

ガチャガチャと鍵を開けるような音がして、すぐ隣にその人物はやってきた。


「わからない・・・かな?」


やっと焦点があってきた。そいつは俺の目の前に屈んで、心配そうに眉をへの字に曲げて顔をのぞき込んでいる。


「わかるよ。久しぶりだな、はは」


答えを聞くなりチヒロは安堵の表情を浮かべ、胸をなでおろしている。


「なんでお前が安心してんだよ、んぐ!?」


胸に痛みが走る。話している途中でチヒロの頭突きを受け止めたからだ。


「おいやめろ、いてぇ!」

「だって、だって光雪君死んじゃったんじゃないかと思ったんだもん・・・!昨日の夜中からピクリとも動かないし、誰がどうみても致命傷だし!」


胸元に顔を擦り付ける動作が、着実に俺にダメージを与えていることにこいつは気づいていないのだろうか・・・!包帯越しに、皮が剥がれた肉に火傷のような痛みが続く。


「わかった、わかったから離れろ・・・!」


腕そのものを持ち上げるほどしか力が出せないが、それでもチヒロに退くよう促すには十分だった。


「あ、ごめん」

「いいよ別に。なにもしなくてもいてぇのは変わらん」


手厚い目覚めのあいさつも手伝って、少しずつ意識がはっきりしてきてわかった。手足は鎖で繋がれている。服は拘束具の類いだろう、どう集中しても魔力が練られない。よくできてるな・・・

さらに体の数か所に長めの針がささっている。これが力が入りにくい原因か?

魔力は練られないが、能力は使えるようで助かった。

振るえる右手を掲げ意識を集中すると身体全体が熱を帯びていく。


「や、やめて!」


チヒロはのけ反り、手をついた。


「心配すんな、お前に使う訳じゃねぇよ」


自分の頭に触れ、内包された忌々しい感情を破壊する。破壊するまではその忌々しさすら感じないのが腹立たしいのだけど。

どんなに意識がはっきりしていても、無意識的に魔王を求める心。それは愛情でも、もちろん友情でもなく、殺意。求めるのは命そのものだ。

目が覚めてすぐに浮かぶレギオン討伐への疑い。そして自分に能力を使うことに対する抵抗。

時間が経てば経つほど、これらの感情はすさまじい勢いで膨れ上がる。

毎日壊している俺だからこそ、初期段階では自分に疑いや抵抗を感じるだけだが、ほかの転生者は無論そんなものでは済まない。魔王を殺したい感情を自身が認知すらできないほどに、天使の制約は強力だ。

魔族化をしなければ能力すら使えないが、魔族化も長時間はできない。というのも、すぐにでも解除しなければ、天使の制約とは関係なく、理由のない殺意が生き物すべてに矛先を向け始める。

俺の体に取り込んだ原初の魔族・・・その本能が、先陣を切って人格の主導権を奪いに来る。便利の悪い身体になったもんだ。


「今なにをしたの?」

「天使の制約・・・お前は自覚がないからわからないんだろうけど、打倒魔王の意思を打倒した。俺も所詮は転生者であることから逃れられないってとこだな」


この体質さえなければ、毎日リスクを犯してまで意識を壊す必要ないのに。テュポーンとの戦いで命をつなぐためだったとはいえ、本当にうっとうしい限りだ。


「それってどうしても必要なこと?」

「当たり前だろ。そうしなきゃお前らみたいに、ソフィアを殺そうとするんだから」

「・・・光雪君は、どうしてそこまで魔王を守ろうとするの?」

「約束したからだ。それ以上のことはなにもないし、あっても話す気はない」


沈黙。

気のせいかもしれないが、チヒロはどこか悲しそうに押し黙ってしまった。


「そんなことより、今どういう状況?」

「一昨日の夜のこと、憶えてないの?」


・・・すこし考えると、少しずつ頭の中の霧が晴れてきた気がする・・・


〜〜〜〜〜


二発目の超級魔法を真っ向から受け、飛びそうな意識を無理やり引き戻す。


「イヒヒッ、苦しいでしょう?次で終わりにしますから、ゆっくりおやすみなさい」


再び展開された魔法陣にどうにか対抗しなければ・・・思うばかりで体はもはや動かない。

こちらの気持ちなど歯牙にもかけず、イニエスは無慈悲にも三度目の魔法を放とうとしている。

2度目の超級魔法を受けた時と同じだとすると、瞬時に発せられた光を視認することはその身に雷を受けるのと同じだ。それほどまでに、この魔法は迅い。

光速高威力広範囲。今の俺にはどうすることもできない・・・!


「さようなら」


そして屋敷は光に満ち、轟音が響き渡る。




・・・が、まだ、俺は死んでいない。


「こいつは俺が対処すると、話はつけたはずだ。そんな約束さえ守れないのか!」


ほんのわずかに回復し、首を動かすことが可能になった時見たのは、銀髪の男の背中だった。

その男は俺を瀕死に追いやった凶悪な暴力を、右手一つで消し去った。いや、自らの身の内に吸収したんだろう。


「あらまぁ、おかえりなさい。ゼノ、それと千尋」


いつの間にそこにいたのか、二人は俺に背を向ける形でイニエスと対峙していた。


「どういうつもりだイニエス!答え次第では貴様とはここまでだ!」


珍しくゼノは怒りを露わにしてまくしたてる。本当に仲間なのか疑いたくなるほど険悪な雰囲気の中で、チヒロは強い視線でイニエスを睨んでいる。だがその視線はどこか恐れを抱いているようだった。


「光雪君、もう大丈夫だからね・・・!」


急激な眠気と寒気に襲われて、俺は意識を手放した。


~~~~~


「そうか、俺はお前らに助けられたんだったな」


思い出すと、なんとも複雑な気持ちになる。惨敗を喫したことへの悔しさ、殺すべき敵に助けられた情けなさ。無力感と、羞恥。


「勝手なことだったらごめん、あの時はゼノさんも私も必死で・・・」


チヒロの方も複雑な思いのようで、先をはねさせたショートの髪の毛を人差し指でクルクル回しながら、目を伏せる。


「いや、いい。その・・・ありがとう。おかげで殺されずに済んだ」

「いやいや!それならゼノさんに言ってあげてよ。ゼノさん、光雪君見つけた瞬間眼の色変えてさ。本当に大事なんだなぁってちょっと嬉しくなっちゃったよ。私なんてちょっと手伝いできたぐらいだし」

「そうだとしても、だよ」


悔しいけど、こんな牢屋で、おれは少しホッとしている。

生きていることに、ゼノとチヒロが俺を助けてくれたことに。


「それで結局、俺は今どういう状況なんだ?」

「ここは屋敷の地下。光雪君はしばらくここにいてもらわないといけないの。でも死ぬことはない、と思うから安心して?」

「つまり俺は捕虜ってことか。でも俺に捕虜としての価値なんてないぞ」

「魔王の婚約者なのに?」

「え、なんで知ってんの」

「この前本人から聞いたもん・・・」

「ヴィークの時か」

「・・・はぁ、ため息しか出ないよね。なんでそんなことになってるんだか」

「いろいろあったんだよ」

「・・・あの、さ。本当に、私のこと覚えてないの?」

「覚えてるさ。俺から逃げ切った唯一の転生者だからな、嫌でも忘れられん」

「あのときは私も思い出せてなかったんだけど、そうじゃなくて・・・それより前のことだよ」

「それより前?覚えてるもなにも、会ったことねぇだろ」

「私、光雪君のこと5歳のときから知ってるんだけど」


・・・


「・・・は?」

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