第35話 超級魔法
セルビア邸から数キロ離れた暗い森の中。
外れとはいえ王都にあるこの森に危険な魔物はいないが、姿の見えない、鳥類のものと思われる鳴き声が時折響き渡る。
危険ではないが、好き好んで夜な夜なこの森に居座る者は少ないだろう。
「くそ、気味が悪い・・・」
夜更けに暗い森に一人待機させられた彼、ベイル・メイボルンが口に出した言葉を聞く者はいない。
眠そうに目を擦り焚き火に掌を向けると、返事をするようにパキッと、焚き火が弾けた。それに小さく身体を震わせるガタイのいい大男。このやり取りも何回目だろうか。
たかだか一時間だが、暗く代わり映えのしないこの森の中にいた彼にとっては何時間にも感じているのだろう。
いよいよしびれを切らしたのか、ベイルはポケットに手を突っ込み、緑色の透明度の低い石を取り出した。
「ベイルだ。クラフト、まだか?」
ベイルは通信用の魔晶石を通じて、仲間に問いかける。
・・・が、返事はないようだ。
「クラフト?まだお取り込み中か?」
引き続き返事はない。
しかしベイルは違和感を感じていた。クラフトにしてはあまりに遅いのだ。
「ケイト、聞こえるか!?」
ベイルは再び魔晶石に声をかける。
が、こちらも応答はない。
違和感はもはや確信に変わっていた。屋敷に侵入した2人の仲間は何らかの形で返事ができない状態なのだ。
交戦中、とは考えづらい。ここまで長期戦になったことなど今までないからだ。それどころかクラフトが苦戦することなんてヴィークでリーパーに遭遇した時ぐらいしか・・・
ベイルの頭を嫌な予感がよぎるが、すぐにその考えを捨て去った。まさか、リーパーがこんな王都の外れにたまたまいるはずがない。どんな確率だよ、とベイルは再び思考。浮き上がる四聖騎士の存在。
いや、まさか国の最大の暴力がたかだか泥棒を捕らえるためだけに動くはずがない。
答えのでない脳内会議は焦りだけを生み出し、ベイルは頭を抱えた。
そのときだった。
「・・・?」
何かが近づいてくる音がきこえる。
それは嵐の日に海辺で聞くような波の音。浜に打ち上げるような静かなものではなく、荒れ狂う激流のような音。
次第に大きくなる音の正体は、数々の木々を薙ぎ倒した後でその姿を現した。
「ケイトぉ!無事だったか!」
森に現れた洪水は鉄の立方体と仲間の女性、ケイト・フォーリエルを吐き出すと、そのまま地面に溶けこむように消えた。
倒れこんだケイトは辺りを数回見回すと、ベイルには目もくれずそのまま黙って足を抱え込むような姿勢で座り、
ベイルはただならぬ違和感を覚え、声をかけるのを躊躇った。
予定通り金庫を盗みだしこの合流地点に帰還したものの、様子が普通ではない。
両手の流血、身体中の血。氷山にいるかのように青ざめ、そしてこの震え。
これは明らかに普通じゃない。
「ケイト、何があった?クラフトはどうした?」
「・・・」
返事はない。
ただひたすらに身体を擦っている。
目も虚ろ、視線はどこに向かっているかわからない。
ベイルはそれ以上声をかけようとはせず、ズボンのポケットから魔晶石を再び取り出した。
「シード、緊急事態だ。合流地点に来てくれ」
『なにがあったの・・・?』
「クラフトが危ない。いいからはやくこい!」
返事の代わりに少しの風が吹く。
「悪いけど、早く要件を教えて。ここにずっといるのは、危ない」
一瞬の出来事だった。
いつの間にかベイルの隣に現れた、片目を隠すほど伸ばした黒髪の少女、シードはきょろきょろと周囲を警戒する。
おおよそ10代の半ば頃だろうか。不健康に感じるほど色白で華奢な体を猫のデザインが描かれたワンピースが包む。
「俺をセルビア邸に送ってくれ。そしてお前はとりあえず、ケイトと金庫を拠点に運べ」
「クラフト君は?」
「あいつは、まだ戻ってない。何があったかは分からないが、悪い状況なのは間違いない。それと拠点に戻ったらゼノにもこのことを知らせてくれ」
「・・・わかった」
シードはすこし遅れた返事をし、ケイトに触れる。
すると先ほどシードが現れた時と同じように、ケイトは
続けて金庫に触れ、同じように金庫を消した。
「じゃあ、いくよ・・・?」
シードはどこか迷うような表情を浮かべながらベイルに触れ、手品のように彼も一瞬で消した。
数秒の間に一人になってしまった少女は、周囲の不気味さにぶるっと身震いをした後、自身もその場から姿を消したのだった。
~~~~~
状況を整理しないと・・・!
私は先ほど金庫と津波を見送った方向を半ばパニックになりながら見つめていた。
ダメだ。どうしたらいいかわかんない!
おそらく、おそらくだけど、リーダーは負けたんだ。メアリーさんもどこで何をしているのかはわからないけど、あの人のことだからおそらく生きてはいるんだと思う。
「もう金庫はあきらめろ。今はこの男を縛り上げることだけを考えよう」
突如聞こえた老騎士の声にハッとなる。そうだ、今はとりあえずクラフトを・・・でもリーダーが死にかけてたら・・・
「ごめんおじさん!私行かないといけないところが!」
身体中を疲労感が蝕むが今はそんなこと言っている場合じゃない。二人の安否を確認しないと・・・!
「な、おい待て!おい!」
私は獣人化し、老騎士を置いて屋敷へと駆け出す。
・・・メアリーさんの匂いが中庭からする。とりあえずは歩く救急箱であるメアリーさんのところに行かないと。
正面玄関に入らず、跳躍して屋根に飛び乗る。屋根を走り、匂いの元である中庭へと飛び込む。
「メアリーさん!」
芝の上に大の字で倒れている人物を見つけるとすぐに、私はその人の名前を叫んだ。
周囲の数人の兵士もメアリーさんのもとに集まっているが、特に何をする様子もない。
「すいません!その人私の仲間なんです!」
匂いでわかるけど、死んでるわけじゃない。なのになんで倒れたままなんだろう?
疑問を抱えたままに、メアリーさんの隣に膝をつき体を起こす。
「メアリーさん!メアリーさん!!」
不謹慎だろうとは思うけど、ずっとこうやって静かにしていたら人形みたいに綺麗なのになぁ・・・
「ん・・・んん?」
「あ、おきた!?」
「あぁすいません、寝てましたか。なかなか心地の良い膝枕ですね」
メアリーさんはうっすらと目を開けると、私の太ももに頬ずりしながら寝返りを打った。
「・・・ちょっと!」
「なんですかぁ?問題は解決したんでしょ?眠いので少し寝かせてください」
「何も解決してないよ!リーダーも負けちゃって金庫も盗られたの!早く見つけて助けてあげないと!」
こうしてる間も、リーダーは死にかけてるかも・・・!
「お兄さんが・・・?そんなわけないでしょう。ちゃんと探したんですか?」
「探さなくったって、そもそも金庫が盗まれちゃってるんだって!」
「えぇ、ですから、お兄さんの匂いがどこかに近くにありますか?」
そんなの・・・あれ?
「リーダーが、いない・・・?」
「あとはお兄さんに任せておきましょう。私たちは帰って休みましょうかね」
「どういうこと?」
「ガニマールさんは持って帰っちゃったんですよ。パンドラの箱を」
~~~~~
目を開けると、そこはいつもの屋敷のエントランス。
私達レギオンの拠点の玄関。
入口から見てすぐ目の前に10段ほどしかない階段があり、右手に7メートルほど行くと廊下に通じる黒い扉。左手には縦長の窓が設置されており、真っ暗な庭園が見える。白い大理石の床の上には赤く横に広い絨毯が引かれており、階段の上まで伸びている。
階段の奥には広場があり、二階へ上る大きな階段と部屋全体を照らす巨大なシャンデリアが浮いている。それぞれの柱に備え付けてある魔晶石のランプは必要ないんじゃないだろうか。
さて、無事に帰ってこれたけど、これどうしよう・・・
真後ろのケイトさんは動かないし、金庫はどこに持っていけば・・・
「シード!」
誰かが私を呼んだ。
振り返ると、慌てた様子で階段の向こうから向かってくる男性の姿。
綺麗に前髪を横に流した金髪に鋭い目つき。バスローブに身を包んでいる180センチメートルほどの長身細身の男はスリッパで歩きにくそうに階段を駆け下りる。
「僕が少し席を外しているうちに外に行くなんて、なんて危険なことを!」
「メルエドがタイミング悪くお風呂に行くからでしょ」
メルエドは困ったというかのように額に手を当てて、そしてすぐ私の周囲の状態に気づいた。
「ケイト君と金庫・・・なるほど迎えに行っていたのか」
言いながら、異常な様子のケイトに気付き、駆け寄る。
「ケイト君!?どうしたんだいったい・・・すぐに医務室へ送ってあげてくれ!」
指示されるまま、私はケイトに触れ、医務室へとテレポートさせる。
「ベイル君も迎えに行ってるはずだ、それにクラフト君はどうした?」
「わからない」
「わからない?どういうことだい?」
「私もいろいろ突然で、わからないの。それよりはやくゼノさんにもこのこと伝えないと」
「え、ゼノ君ならついさっき出て行ったよ?」
「ど、どうして?」
「突然ボスが帰ってくるって連絡があってね・・・ほら、ゼノ君はボスが苦手だろ?」
こんなタイミングでくるなんて・・・!どうしようどうしよう。ベイルさんにはゼノさんに伝えろって言われたのに・・・どうしよう。
「どうしたんだ?なにか困ったことがあるなら僕に相談してごらん」
「クラフト君が危ないみたいで、ベイルさんが助けにいったの。それをゼノさんに伝えろって言われたんだけど、いなくて・・・だからどうしたらいいか、わかんなくて・・・」
自然と涙が出てくる。
このままじゃ怒られる。殴られる、殴られる殴られる。
「な、泣くんじゃないよシード。そういうことならすぐに言ってくれればよかったのに!僕ならそんなこと簡単さ!」
メルエドは目を閉じ、その場で考えるような仕草をした。
「やぁベイル君、今どんな状況かな?・・・まだ屋敷には入っていない?なるほど、気を付けてくれ。・・・そうか、クラフト君は頼んだよ。とりあえずゼノ君には僕から連絡をしておく」
周りからみると一人でおしゃべりしている危ない人だけど、そういう訳じゃない。
メルエドの能力はテレパシー。どんな場所にいても、意識した相手に話しかけることができる。
「あーゼノ君聞こえるかい?今クラフト君とベイル君が危ないらしい。・・・ん?いや詳しくはわからないんだが、シードがその情報を持って帰ってきてくれてね。ベイル君はまだ屋敷の外から様子をうかがっているそうだ。え?ケイト君?あぁ帰ってきたよ。ただそっちもあまりよろしくはない状況でね。・・・おやおや本当かい??じゃあすぐに頼むよ!」
メルエドはコキコキと首を回し、ふぅっとため息をついた。話は終わったようだ。
「ゼノ君が帰ってきてくれるそうだ、おそらくベイル君に加勢してくれるんだろう。これで大丈夫だよシード」
「う、うん」
肩に手をおきながら、メルエドは私の頭を撫でる。
申し訳ない、毎回こうして慰められて、情けない。私なんて、迷惑しかかけないんだ。
「こらこら、また何か暗いことを考えているな?悪い癖だ」
「うん、私は何もできないんだな、て。」
「何を言っているんだい。こうしてケイト君を助けてくれたじゃないか。君は立派だ。能力をみんなのために使える正しい人間だよ」
暑苦しく思うときもあるが、メルエドのこういったまっすぐな優しさが、私は好きだ。そしてレギオンの皆もそんなメルエドを様々な面で重宝している。
「おっとそうだった、金庫はフェルディさんに任せておこう、さぁお風呂にいくといい。僕は彼に連絡をしておくよ」
メルエドはそう言って私の背中をポンと押し、優雅な足取りで金庫の方へと歩いていった。
どんなに失敗しても、ハッキリしゃべれなくも怒らない。いつも笑顔で、リアクションはオーバーで、変な人。
「ね、ねぇメルエド」
エントランス奥の広場に向かう途中、私はメルエドの方を振り返る。
金庫の横に立ったメルエドも、私の声に振り返る。
「おや?どうしたんだいシー・・・」
振り返って、口から血を吐き出した。
「ガフ・・・!なん・・・だ!?」
メルエドはその場に崩れ落ち、両膝をついた。バスローブは赤く染まってしまっている。
「メルエド!!!!」
どうして?なんで!?
なにが起きているのか理解をするのにそれほど時間はかからなかった。金庫を突き破り、まっすぐ伸びた半透明の何かがメルエドを貫いていた。
侵入者・・・?いいやそれより、メルエドを助けないと!
「くるなぁ!!」
メルエドは私に向けて絶叫する。今まで聞いたことのない強い声、私はそれに、不思議と恐れを感じなかった。
半透明の何かが引き抜かれ、それが美しい両刃剣であることがわかる。
「みんな、エントランスに侵入者だ・・・!ガフっ、シードを守れ!」
メルエドは大声を上げる。私はここで動けないでいるのに、助けに行くこともできず、震えているのに・・・!メルエドは自分の命が危険なのにも関わらず、能力でみんなに助けを呼び掛けてくれた。
「ほー、ここがレギオンの拠点か。いいとこに住んでるんだな」
金庫をまるでパンのように手で引き裂きながら、男が姿を見せる。
短髪というには長いぐらいの黒髪、そして特徴的な黒い外套。
右手に握る純粋で透明の剣とはいまいち釣り合わない、黒を帯びた人物。
目を合わせたくなくなる死人のような無機質で印象の悪い目つきは悪人のそれだと考えて間違いないだろう。
メルエドを刺したことなんてまるでどうも思ってないという無の表情、人を殺めることに抵抗すら感じない冷酷さを感じさせる。
怖い・・・!
「はぁ気持ち悪。どんな運び方したらあんなに揺れるんだよ」
男は具合が悪そうに口元に手をやる。なにをぶつくさ言っているんだろうか。
「や、やぁ。ずいぶん行儀の悪い人だな・・・。人の家に入ったらお邪魔しますぐらい言えないのかい?」
「それは悪かった、ちゃんと挨拶はしないとな。じゃあさようなら」
男は剣を振り上げ、剣先の血が柄の方へと蛇行した線を描く。
「待って!!!」
怖いのに、声が、出ちゃった・・・
「なんだ?もう一人いたのか」
男は外套から手に収まるほどの大きさの魔具を取り出し、こちらに向けて使用した。
反射的に両腕で顔を覆うが・・・特に体に何かが起きた様子でもない。
「お前も転生者か。特殊能力・・・めんどくせ」
あからさまに不快そうな表情で、男はメルエドの方を向き直る。
またメルエドを狙う気だ!
「だめぇ!」
「だめじゃねぇよ。一度は死んだ命だろ、ちゃんと死んどけ」
言葉に気持ちが感じられない。冷たくて、物と話しているかのような感覚。おそらく興味がないのだろう。
「まず一人」
男がゆっくり剣を振りおろした、その時だった。
近距離で爆発が起きたかのように金庫が激しく吹き飛び、男ごと館の壁にめり込んだ。
「メルエド・・・!」
そして金庫があった場所には、革のジャンパーを着こんだ体格のいい白いオールバックヘアーの男が、肘打ちを放った構えのまま立っていた。
「フェルディさん!」
「シード、急いでメルエドと医務室へ。この男は転生者狩り、リーパーだ」
あれが・・・リーパー・・・!
「私ができる限り時間を稼ぐ。すぐに仲間が集まるだろうから、シードは隠れていろ」
フェルディさんは両足で踏ん張り、腰を低くした。
右手を強く握りしめ、その拳を力強く壁に埋まったリーパーへと向ける。
「早く行け!私一人では、お前を守れん!」
壊れた木の壁から男は這い出てきた。
私はすぐさまフェルディさんの隣で倒れているメルエドの元へ駆け込み、瞬きをした頃には医務室についていた。
~~〜~~
むち打ちになりそうだ。
防ぎはしたが、衝撃までは消せなかったようで、豪快に壁に突っ込むことになってしまった。
「やってくれたな」
具合は悪いわ、突然ぶっ飛ばされるわ、もう散々だ。
しかしメアリーもなかなかにいかれた方法を考えるもんだね。
『金庫に入って盗まれてください』
おかげさまで吐き気からなかなか立ち直れず出てくるタイミングが遅れた。
どんな運ばれ方をしたのか、想像もしたくないな。
「貴様がリーパーだな。私はフェルディナント・カストーン」
それにしてもなかなかの威力、金庫越しでなく直接攻撃されていたらそれなりのダメージになっていたかもしれない。
今の攻撃はこの50代ぐらいの渋いおっさんか。鍛え上げられたゴツゴツの肉体は服の上からでもその存在がわかる。
丸腰。攻撃は体術と魔法か?
「俺は・・・なんでもいいだろ」
「そうか」
瞬間、男が前に出した右足が大理石を砕き、深く沈む。
それは踏み込みだった。一瞬で目の前に現れた仏頂面に遅れ、体全体で起こした風圧がコートをすこし揺らす。
「フッ!」
キレよく突き出された正拳突きを逆手に持ったデュランダルの剣身で防ぐ。
まるでフルスイングのハンマーを受けたかのような衝撃が剣を伝い、衝撃で飛んだ体がまたも壁の中のにめり込む。
「ハァァァアッッ!」
間をおかずひたすらに降り注ぐ拳の連撃。
左手で剣身を支え一つずつ防いでいくが、みるみる体は壁から地面へと沈められる。
このおっさん、バカみたいに力が強い。レベルがかなり高いのか、そういう能力なのか。
「おい、しょっ!」
寝転がされた姿勢から、右足でみぞおちへ向かっての蹴撃。
「うぐふぁっ!」
男は壁を縦に破壊しながら垂直に上昇していく。
すぐさま立ち上がってデュランダルを順手に持ち直し、丁度上昇が止まった男目掛けて大きく振りかぶって投げる。
剣先をまっすぐ真上に向け目標に向かって発射されたデュランダルは男に直撃する・・・ことはなかった。
「まじか」
曲芸だ。
宙で体を捻り刃を避けただけでなく、向かってきたデュランダルの鍔に足をわずかに掛けて勢いを得て、縦方向に高速回転。
丸ノコのように荒れ狂う回転力で、男はかかと落としを仕掛けてきた。
「フォースフィールド!」
予想以上に早くおちてきた踵落としは魔導障壁と接触すると一瞬ピタリと止まった。
そして衝撃が障壁を通じて地面を揺らし、お互いの身体は弾けるように吹き飛ぶ。
飛ばされるギリギリで落ちてきたデュランダルを手に、俺は建物の外へ、相手はエントランスの反対側の壁へと突っ込んでいった。
時々低木にぶつかりながら、ゴロゴロと転げまわる。ここは、庭園か・・・?
体を起こしてみると、男はまだ復帰していない。
好機だ、今切りかかれば・・・
体勢を整え、デュランダルを突の構えにして館の中へと駆け出す。
エントランスの中心辺りに差し掛かったとき、デュランダルの切っ先が凄まじい勢いで90度真横に向けられた。
眼前には右手を大きく横凪ぎに振り切った姿から後ろ回し蹴りを放とうとしている男の姿。
放とうとしているというよりそれは放たれている途中であった。
なんだよ、ぴんぴんしてやがる・・・!
岩をも容易に破壊できそうな鋭い回し蹴りを屈んで避け、床に着いた右手を軸にし、顎をめがけて蹴りで反撃。
「うっ!」
くそ、ぜんぜん浅い・・・!
男は2メートルほど浮いたが、宙返りをして再び降り立つ。
「おっさん、マジに人間かよ」
「人のことは言えないだろう」
こいつ、強い。
魔法は一切使ってこないが、単純な戦闘能力が高い。
鋭い反射神経と判断力、毎回驚かされる瞬発力に、高い攻撃力。それに戦闘技術・・・こんな奴までいるのか。
「リーパーがまさかこんな若造だとは意外だ。筋もいい、驚いたぞ」
「俺もその年でそこまでアクティブなおっさんがいるなんて驚きだよ。ファイアーボール」
バスケットボール大の4つの火の玉を男目掛け同時に発動する。
「アースクエイク、それとアクアランス」
男はファイアーボールを身体を反らして避けるが、続けて放った地を揺らす魔法で体勢を崩し片膝をつく。
タイミングをずらして発射した二本のアクアランスが隙をつくように男の顔面を狙うが、男は片膝をついた姿勢から両腕を振り上げてアクアランスを同時に防いだ。
「ほっ!」
そしてガードががら空きになったところで飛び膝蹴りを顔面に放つ。
「うぐぁっ!」
鼻柱に膝蹴りが直撃し大きくのけぞった男の両腕を踏みつける。
「じゃあな」
デュランダルを両手で握り直し、乱れたオールバックヘアー目掛けて振り下ろす。
「ふん!」
「んな!?」
ほんとすげぇなこのおっさん。今まさに死ぬ瞬間だってのに、振り下ろされる剣を直撃寸前に頭突きで反らした。
しかしデュランダルは軌道は外れたものの、男の右肩を切り裂く。
「く・・・!」
苦悶の表情を浮かべ強気に睨みをきかせるが、気にせず男の左鎖骨を踏みつけて折る。そのまま左手で男の頭を掴み、息を整えた。
「これは避けれねぇよな。レイ・ボルツ」
左手を雷が包み、風圧がコートをバタバタと揺らし、激しい炸裂音を奏でた。
「・・・なに?」
しかしどういうわけか、雷は顔面を砕くことなく、それどころか男は小さな火傷程度の傷しか負っていない。
「うおっ!」
ほんのわずかに意識を乱した瞬間を見逃すことなく、男は無防備な背中に蹴りを放った。身体が急激に前方へと弾き飛ばされ、視界がぐるぐる回りながら男から遠ざかっていく。
そして大理石の床を転げまわる身体が、背中に当たる何かにぴたりと止められた。
「おやいらっしゃい。人の家で好き勝手しちゃだめじゃないですか」
澄んだ高めの声に、ぞわっと寒気が走る。
振り返らずにデュランダルを振り払い、飛び跳ねるように距離をとる。
そいつは黒い装束に身を包み、口元しかはっきり見えないフードをかぶってにこりと笑っていた。
若い女の声・・・しかもどこかで聞いたことある声。
「苦戦しているようですねフェルディ。相手が相手だから無理もないですが」
俺との距離は3メートルほど。特に動揺する様子もなく、女は淡々としていた。
独特の雰囲気を漂わせながら、どこか余裕そうに佇む真打。一瞬感じた鋭い殺気に警戒はしといたほうがいいだろうが、油断してる今、一瞬でカタをつけるべきかもしれない。
横目でみると、男の方はまだ立ち上がれてすらいない。今はこの女の相手をすべきだ。
デュランダルを背負い、前かがみの姿勢から一瞬脱力、そして踏み込み。近距離で放つ高速の剣撃を女へと放つ。
「ん!?」
振りが・・・遅い!?
身体中を駆け巡る不快感。夢の中でうまく動けないことがあるように、剣撃は勢いを欠きながら女へと流れる。
「ほいっ、と」
女は振り下ろしたデュランダルの鍔を握り、簡単に受け止めた。
「女性相手にはやさしい攻撃、ですか。ヒヒヒっ紳士だなぁ」
なんだ、身体がおかしい。力がうまく入らねぇ。
「能力か」
「そうですよ、どんな能力でしょうね?」
女は握っていた鍔を手放すと口角を吊り上げ怪しくにやけた。
力では振り払えず、デュランダルを掴む手を蹴り上げることで束縛を解く。
こいつの能力はよくわからんが、相手を弱体化させる能力か?
一先ず距離をとろう。そろそろあっちも攻撃してくるころだ。
切っ先を女に向けたまま3歩後退。案の定、視界の端に折れた鎖骨を押さえながら立ち上がる男の姿が映る。
「フェルディ、ここは私が引き受けます。貴方は医務室に行ってください」
「・・・わかった・・・」
ほほう、こいつ、自分一人で俺の相手ができると思ってんのか。
「随分なめられたもんだな」
「いいえ、部下の命が大事なだけです。それに貴方とは直接戦ってみたかったんですよねぇ、転生者狩りのリーパーさん?」
「やたらとここの連中は俺のことをご存知じゃねぇか。ファンクラブかよ」
「もしかしたらそうかもしれませんね。少なくとも私は貴方に興味津々ですよ」
「俺はこれっぽっちもお前に興味ないけどな」
「それは寂しいですね。私たちは協力でき」「フルフレイムバースト」
相手が言い終わる前に魔法を放つ。
周囲の床や壁が煮え立ち、そこから伸びた八本の火柱が女を貫いて、燃やす。
・・・駄目押しに直接斬っておいた方がいいな。
自身の放った魔法を避けながら、女の背後へと回り込み、おおよそ首元に斬りかかる。
「くっ、またか」
が、剣が敵を切り裂いた感覚はなく、それどころか先ほどの様に何かに受け止められているようだ。
「おら、よっ!」
しかし何度もいちいち驚いてなんかいられない。
刃が進まないデュランダルをすぐに手放し、その場で小さく跳躍、顔の高さに蹴りを放つ。今回は勢いが衰えることもなく確実に敵をとらえた。
「うぐっ」
呻き声が炎の中から聞こえはするが、やはりダメージを与えれている感覚がない。
まるでゼノと戦ってるときみたいだ。鬱陶しい・・・!
「不意打ちで大魔法を放ち、容赦ない猛攻・・・なるほど、魔王軍の傭兵も侮れませんね」
荒れ狂う火柱達が消え、目に映った衝撃的な光景。
なんと女は左腕だけで俺の蹴りを防御し、反撃もせず、またもニヤリと笑っていた。
女はステップで後退し、広間の方に降り立った。
「エントランスがボロボロ・・・弁償代は高くつきますよ」
女はフードを取り、ピンクの巻き髪が姿を現した。
そしてまだ若いその顔は色白ですこし垂れ目で、先程の凶悪な殺気を放った人間とは思えないほど、優しい女性という印象を受ける。
右耳に着いた星を象った2つのピアスからは強い魔力を感じる・・・魔具か?
それよりなにより気にするべきところはそこではない。俺は、こいつを遠目にみたことがある。どこかで聞いた声だと思った・・・!
「イヒヒッ、びっくりしましたか?」
「お前は・・・なんでここにいる!?王女のお前がレギオンとどういう関係だ!イニエス・ゴルトニード!!」
「ここでは私は魔王ソフィア・ガルティーノを殺すために結成した死に損ないの群れ、レギオンのリーダーです」
「そんな・・・ふざけんな!!」
こんな馬鹿げたことがあるか・・・!魔界中が平和協定を結ぼうと団結していたのに、こいつは、よりによって人間界の代表が、魔界の王を殺すために転生者を集めていただと!?
「ソフィアがどんな気持ちで和睦を願っているか、お前は、わかってんのか!!!」
「わかってますよ。あんな馬鹿正直に語られたら嫌でもわかります。都合がいいんで話を合わせてあげてるんですから」
なんだそれ・・・こいつは何をいってるんだ?
「安心してください、魔族の皆様にはちゃんと不可侵の領域をプレゼントしますよ。まぁ大多数には消えてもらいますが」
「させるわけねぇだろ、俺が今からお前を殺すんだからな」
「馬鹿ですねぇ、そんなことしていいと思っているんですか?魔王軍の一人が勝手に先走ってこの女王イニエスを殺したとなると、もう永遠に平和協定なんてあり得ないんですよ?それどころか魔界と人間界の戦争です」
自分自身を人質に考えてんのかこいつ・・・どんだけたちが悪いんだ。
「まぁそれ以前に、私が負けるとも、思えないですけど」
イニエスは先ほどとは全く別人のように凶悪な笑みを浮かべる。
威圧感が増していく・・・こいつ本当にあの女王なのか?
「早速ですが退場です。この世からの、ね」
酸素が薄くなったような錯覚に襲われる。息苦しく、若干空気に重さが増してのし掛かる。腹立たしいことだが、信じられないほどの威圧感に身体が緊張している。
「我は地を破る神託の一閃。聞け、戦神の雄叫びを、崩界の宴を」
詠唱を行うと、イニエスの足元には五重の魔法陣が描かれていく。
五重・・・超級魔法!?
屋敷ごと俺を消し去る気か!
「させ、るか!」
右手に意識を集中し、渇を入れる意味も含め膝を殴打。
数回全身を揺らすほど、鼓動が鳴る。
胸の中心から熱を帯びて、視界はうっすら赤に染まっていく。
「面白い身体をしてるんですね。魔族と人間、いやどちらでもないか。その角と翼、そして立派な尻尾まで。原初の魔族に酷似しているのがとても気になりますが」
イニエスはさほど動揺もせず、さらに魔力を高めていく。超級魔法をさらに高威力にしているのか。
「これを受けて生きてられるなんてことはないでしょう」
「おぉぉぁぁぁあ!!」
黒い爪を生やした両手に魔力をため、イニエスの立っている魔法陣の中心へと飛び込む。
「ヒヒッ!そうだ、やればできるじゃないですか!」
瞬間移動したといってもいいほど一瞬でイニエスの目の前に移動し、拳を叩き込む。
「うるぁぁあ!」
イニエスは回避せず、両腕を交差する格好で防御をした。
衝突と同時に、魔法陣が描かれていた床には木の根のように亀裂が走り、瞬時に粉砕。拳を受けたイニエス自身の足も膝までめり込み、衝撃波だけで周囲の壁や支柱に同様の亀裂を走らせた。
くそ、意識がぼんやりしてきた・・・無駄な破壊衝動と殺人衝動が頭のなかを暴れまわる。
殺すわけにはいかないが、ぐちゃぐちゃした感情が、殺意だけが心に訴えかける。
「信じられない力・・・!最初からこれぐらいやる気を出しなさい!」
なんか言ってるがもはやよくわからんし聞こえん。
足が地面にめり込んだイニエスの首をつかんで引きずり出し、そのまま持ち上げる。
「死ねぇ・・・ハイドロスロータァァ!」
首を締め上げる左手に球状の魔法陣が展開され、突き上げるように発生した激流の渦は屋敷の天井を豪快に突き破っていく。
しかし・・・手ごたえが、ねぇ。
「いやいや、これは驚いた。詠唱なしでこれほどの大魔法を扱うとは、伊達に魔王の護衛はしていませんね」
いつの間にかイニエスが数メートル背後からこちらに向け両手を突き出していた。足元には五重の魔法陣を展開しながら。
「あっけないですがこれにて終幕です。楽しかったですよ、リーパー君」
「く・・・!」
超級魔法ほどの規模、回避できるわけもない。
すぐさまデュランダルに魔力を込め、両手で支えて盾にする。
超級魔法発動を保留できるなんて、いったいどんな脳みそしてやがる・・・!?
「フォースフィールドッ!!!」
「イヒヒッ、力の前にひれ伏しなさい!インペリアルサンダー!」
視界がイニエスの放った光に包まれる。刺激の強い輝きに目を閉じそうになるが、ここで気を抜いたら、まずい!
目の前で雷が落ちたよな轟音が響き、地属性の下級魔法を超えるほど地が揺れた。
衝突後、ガラスが割れるような音と一緒に魔導障壁が消滅し、床を砕きながら進む雷を縦に構えた剣で直に受けとめ、支える身体が強引に後退させられていく。
「くっそがぁぁぁぁぁぁあ!!!」
魔力をさらに剣に込め、デュランダルに光が増す。
もう少し、もう少しだ!魔力がたまるのと相手の魔法の勢いがわずかでも衰えた瞬間をとらえれば・・・!
魔法を受け続けるわずか数秒が、たまらなく長く感じる・・・このままだとデュランダルより先に、俺の腕が壊れる・・・!
そう思った矢先、鳴りつづけていた轟音のトーンが少し落ちたような気がした。
「こ、こ、だぁ!」
剣を支えていた左手を離し、渾身の力を込めて刀身を拳で打ち抜く。
デュランダルは強制的に振りぬかれ、超級魔法を縦に半分に切り裂いた。
「ほう」
縦に切り裂かれた雷は光速ですれ違い、背後の入り口がある壁を豪快に崩壊させた。
「私の超級魔法を抜刀もしていない聖剣で切り裂くとは、本当に驚かしてくれますね・・・いやぁ感心しました」
イニエスは微笑みながら手をパンパンと叩いて賞賛している。
そうしながらも、体中から異様な魔力を放ちながら。
「・・・おい、なんだこれ」
詠唱もなしに、再び五重の魔法陣がイニエスの足元に現れた。
「ではでは、リハーサルは終わりです」
熟練の魔導師ですら一発放つこともままならない超級魔法を、インターバルも詠唱もなしで二発立て続けに発動できる人間なんて、いるはずがない。
「それも能力、か」
「そう、『数値』を改編する能力。簡単ですよ、発動を保留していた魔法を二つに増やしただけです」
まだ間に合う、今ならデュランダルの結界を・・・
「う、くっ!」
デュランダルの結界を張ろうとした刹那、激しい頭痛が襲い、めまいが視界を揺らす。副作用か・・・!
「こんな時に・・・!」
「さようなら」
揺れる視界を光が埋め尽くし、まるで世界そのものが終わりを告げているかのようだ。
ちくしょう・・・!
「インペリアルサンダー」
「うがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
全身が焼けるように熱く、皮を強引に剥ぎ取られるような痛みに全身が痙攣する。
腹に風穴を開けられた時とは別格の激痛が瞬時に隅々まで響き、立っていることもできない。
表面も、内側も、骨も、臓器も、すべてが熱い・・・!
「・・・」
うつ伏せに倒れ、肌に触れる床の破片すら痛みを助長する。
・・・意識が飛びそうだ・・・
「まだ生きている、か。そのコートに助けられたようですね。魔法の威力を半減、いやそれ以下には軽減できたってところですか」
近距離での爆音に耳が耐えられなかったのか、耳鳴り以外の音をうまく聞き取れない。
立ち上がらねぇと・・・このままだと、死ぬ・・・!
「聖剣と龍の革のコート・・・装備は優秀ですが戦い方が雑すぎる。相手が十代の若い女性だからって油断しすぎじゃないですか?」
顔をあげられないが気配は感じる。今俺の前には、あいつがいる。
こんなところで、こんなやつに殺されてたまるか・・・!
「イヒヒッ、苦しいでしょう?次で終わりにしますから、ゆっくりおやすみなさい」
今の姿勢では相手すら見えないが、感覚でわかる。
この魔力の波動・・・三発目がくる・・・!
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