第34話 ちゃんと何度でも治してあげますから

ガニマール捕獲作戦当日。私達3人はセルビア邸の2階にある金庫のある部屋、コルファー氏の書斎に集まっていた。

さすが、富豪の書斎は広い。フィロちゃんがキラキラした目で部屋を歩き回る気持ちもわかる。

屋敷の廊下から両開きの扉を開けてすぐに広い空間があり、足元には赤い生地に金色の装飾が施された絨毯が敷かれている。部屋に入ってきた人と向き合う形になるよう、ニスでコーティングされた光沢のある茶色い机が置いてある。

壁は木でできており、両側の壁に3つずつ設置されたランプと部屋の中心のシャンデリアが少しオレンジがかった明かりをばら撒き、部屋をより鮮やかに彩る。

おそらくコルファー氏はあまり本を読ないのだろう、こんな立派な書斎があるのに本は多くない。私だったら朝から夜までこの部屋で読みふけりたいほどだ。

設置された机のすぐ後ろには1.5メートルほどの幅に、2.5メートルぐらいの本棚がある。しかし私の目線の高さに数冊の本が置いてあるだけで、そのほかには木彫りの鳥だったり、狼に似た魔物のはく製だったりが飾られている。

その本棚の両脇は中庭を覗き込める大きく四角い窓があり、そこから数名の兵士が中庭を巡回しているのが見えた。

この部屋にもお兄さん含めて10人もの兵士が待機している。険しい顔で中庭を見つめていたり、侵入に備えてか、まっすぐ入り口だけを見ていたり。

そんな屋敷中緊張感が絶えない中、ふぁぁぁっと、私だけ緊張感のない欠伸が漏れた。昨日はもっと早く眠ればよかった・・・今はまだ夜の23時を過ぎたころだけど、すでに少し眠い。

先ほど廊下から見た窓の外にも、多くの星に照された空と数人の兵士がうごめく中庭が見えた。どこもかしこも、私とは違い緊張感のある鋭い目をしている人ばかり。

私としては待ちに待ったこの時間である。空腹で満たされない日々に別れを告げ、自由に楽しく殺しができる嬉しい日。浮かれちゃうなぁ。


「それじゃあ俺たちの配置だけど、俺は金庫のあるこの部屋、フィロは正門、メアリーは裏門にしようと思う」

「どんとこい!正面は私が守る!」


フィロちゃんはやる気満々だけど、あまりしっかり目が開いていない。大丈夫だろうか。


「私は裏門、ですか?」

「そうだ。この屋敷は前後、北と南にしか入り口がないだろ?それならそれぞれの入口に配置するのが無難だと思って」


このセルビア邸は真ん中に妙に大きな中庭があるため、四角をくり抜いた四角、口の字になっている。

正面玄関から見て右手、東の廊下に入ると東棟、逆は西棟と呼ばれてる。

正面玄関から中庭を挟んだ反対側、つまり南には搬入口のような広い入口があり、大きな両開きの鉄門と暗くて広いガレージのような広い場所だった。車が存在しないので、ガレージとは言わないのだろうけど。

そんな土地の割に狭く感じるお屋敷は立派な擁壁で囲れている。見かけによらず庭園が好きなのか、外庭は幅25メートルぐらいの広さを確保して館の周囲を囲っており、その周囲をさらに3メートルほどの高さの壁が囲っている状態。そしてその壁には二箇所の入口がある。というより、これだけの面積がありながら北の正門と南の裏門の二箇所しか入り口がない。大きな屋敷なんて持ったことはないけど、そういうものなのかな?


「私が思うに、ガニマールは裏門には来ませんよ」

「その心は?」

「お兄さんの話を聞くかぎり、ガニマールの片割れ、クラフトは力を誇示したくてしょうがないイタイ人なんでしょう?」

「応用のきく使いやすい能力で魔法や武器は使わない好戦的なタイプと言っただけで、そこまで冷たい言い方はしてないけど」

「どっちでもいいですけど、彼らにとってここは能力使い放題のパーティ会場みたいなものです。むしろ警備が多いところを通りたいぐらいの気持ちでしょう。それならわざわざ狭い裏門側ではなく、広くて戦いやすい正面から向かってくるかと思います」


能力者であることを明るみにしないために、普段むやみに能力を振るえない分、欲求不満がたまっているはず。その気持ちはわからないでもない。

誰でも他より優れた力は見せびらかしたくなったり、無意味に使いたくなるものだろう。


「なるほどな。まぁクラフトは正門に来るかもしれないけど、もう片方は別行動を取る可能性もある。よってメアリーは裏で」


むむ、強情・・・用心深いのかそれともそれほど考えはないのか、真相はわからないけどどうしても私を裏門に行かせたいみたいだ。この死んだ魚のような目はいい意味でも悪い意味でも真意を読ませない、私はそんなお兄さんが気に入ってたりもするんだけど。


「昼間は俺が倒しに行くって言ったけど、お前らの力も少し試してみたい」

「じゃあ敵を見つけたら自由に動いてもいいですか?」

「もし見つけたらいいよ。ただ、死にそうになったらすぐ逃げろ。あと、殺すなよ、拠点を吐かせるのが目的だからな」

「了解リーダー」

「公認ですね、ありがたいです」


〜〜〜〜〜


言われた通り私は裏門で待機することにした。クラフトじゃないもう片方がこちら側から侵入してくれることを祈りつつ、空を見上げる。

宵闇は少し蒼く宝石をちりばめたかのようにキラキラと星々がきらめいている。

綺麗だなぁ。

私の故郷では夜であっても町中にもやがかかった空気が蔓延し、どんよりしていておいしくない。

夜にならないと目立とうとすらしない天の光達より、街を彩る人工の光の方が美しく見えるほど空も淀んでいた。いや、単純にただの街灯や照らされた時計塔を、本当は私が好きなだけだったのかもしれないけど。

この世界にも街灯ぐらいはある。ただそれは電気で動いているのではなく、ランタンのようなガラスの入れ物に光を生み出すだけの魔晶石が入っているだけのものだ。聞くところによると、設置した時点で魔力を十分に補充しており、切れると回収・充電(電気ではないけど)するらしい。こぶし大の魔晶石は大体2年も持つんだとか。

もしかしたらこの空に浮かぶ星も大きな魔晶石で、魔力が尽きれば光を失ったりして・・・そんなことを思っているとポケットに入れていた連絡用の魔晶石が少し熱を帯びた。


『了解。じゃあメアリー、聞こえるか』

「聞こえてますよー。裏門異常なしです。そろそろムラムラしてきたんですが、衛兵の一人や二人減ってもバレませんよね?」

『ばれるからじっとしてろ。もうすぐ0時だ、やつらが来るかもしれない。打ち合わせ通り、生け捕りだからな』

「じらしますねぇ、このもどかしさが空振りに終わったら、ちゃんと責任取ってくださいよ?」

『とらない。引き続きそこで待機』


素気ないなぁ、お兄さんも眠くてイラついてるんだろうか。

再び、空を見上げる。

私は特に何も言わなかったけど、大した根拠もないくせに夜攻めてくるなんてあたりをつけて夕方まで屋敷にすら近づかないなんて・・・杜撰というか大胆というか。まぁ現にこの時間まではガニマールが来なかったわけだからいいのだけども。

はぁ、ずっとこのまま星を見つめていたら夢の中に行ってしまいそう。

見上げた空は変わらず美しい。吸い込まれるようだ・・・

ん・・・?いや、さっきとなにかが違う。部分的に星が消えている?

ちがうな、何かが空から近づいてきている。いろんなものが群れをなすように墜ちていって、星が隠れてるんだ。

それらはまさに流星のような勢いで落ちてきた。


ドォォォォォォォン!


やっとお出ましですか。

惜しいなぁ、あと5分ぐらい遅れてたら日付変わって予告達成ならずだったのに。

赤い2つの影と一緒に落ちてきたのは沢山の長くて太い木、かな?それぞれ正門のほうへと落ちて行った。

一応周囲を確認してみるけど、裏門から侵入を考えているわけでもなさそう。ただの目視による確認だから根拠としては薄いが、今は確実にがある方に行くのがベスト。

周囲の兵士は激しい音がした正門側を呆然と見つめ対応に困っているようだ、こっちはこの案山子かかし達に任せとけばいいだろう。私一人いなくても何も変わらない。いいよね。いいはず。

私は逸る気持ちが抑えきれず、館に侵入し、すでにガレージを通過、廊下の窓を割って中庭に侵入していた。

近くにいた兵士がこちらを睨む中、背の高い木々とすれ違いながら、地上に顔を出した何かの根をスキップでかわしながら進む。

しかしこのまま正面玄関に行けば戦闘になる、か。音から察するに激闘必至、私は戦闘員ではないので、ここはいったん東棟に行って様子を見よう。

どんな風に弄ろうか、どんな方法でお迎えしてあげようか。これから出会うであろう人物を思い心が躍る。

たぶん今は正門にいるフィロちゃんたちが交戦しているんだろう。あらかた落ち着くまでは行っても無駄、弱った彼らでいかに楽しむかしっかり考えないと。

うきうきしながら適当な窓を割って東棟の部屋へ侵入。

中庭に降り注ぐ星々の光がうっすら照らすだけの部屋はただ広く、机が等間隔に設置されていた。

私から見てすぐ左手側にカウンターがあり、その奥には隣の部屋につながっているであろう、人一人通れる大きさの扉がある。正面に向かって長い机を4台超えた場所にある扉が本来の入り口だろう。その方向からは戦闘による破壊音が聞こえる。

いくら楽しみだとはいえ、直接戦闘に参加するのは本意じゃない。繰り返すようだが、そもそも戦うのは好きではない。

というわけでフィロちゃんがいい感じに弱らせたところを殺しに行きたいところだけど、どこか安全に、かつよく現場を見える場所はないだろうか。

私はカウンターの奥に向かい、隣の部屋に入ってみることにした。

大きな冷蔵庫や大きなシンク、重ねられた食器が丁寧に敷き詰められた戸棚。

私が意識を向けたのはそれらの奥、部屋の端の小窓。

覗いてみると予想通り、窓の向こうは廊下だった。さらに外庭を見渡すためであろう並べられた廊下の窓を通して、外庭の様子が見える。

見たところ、妙に派手な赤いマントの人物の周囲に木々や人が散乱している。フィロちゃんの姿が見えないけど、無事だろうか?まさかもうやられたんじゃ?


『リーダー聞こえる?クラフトは正門で私が倒す!もう一人はお願い!』

『了解、無理すんなよ』


ちょうど魔晶石から荒い息遣いと声。まだ元気そうだ。

私に伝えるつもりはなかったのかもしれないけど、いいことを聞いた。どうやら片割れは屋敷に入ってきたみたいだ。

やっぱり一回廊下に出て様子を見に行こう。屋敷内の状況を確認しに・・・でもばったり遭遇しないよう気を付けないと。

私は最初に侵入した広い方の部屋に戻り、廊下側の扉を解錠して廊下に出ようとした。

その時だった。


「いたぞ!」


扉の向こうの廊下にどうやら曲者がいるようだ。


「どいて!」


バタバタといくつか駆け足が部屋の前を走っていく。と思いきや、少ししてが聞こえて、静かになった。

こっちにきちゃったか・・・今出ていったら普通に戦う羽目になるな。

同じような動作を繰り返すことになるけど、隣の部屋に戻り窓から廊下の様子を確認しなければ。

私は再度隣の部屋へ戻ろうとカウンターの奥に行き、ドアノブに手をかけた。


ガチャ


・・・私はまだドアノブを回してはいない。

なんということだ、息を荒げた何者かがこの部屋に入ってきた。

まったくの予定外。よりによってこの部屋に来るなんて。

とりあえず慌ててはいけない。

私は侵入者にばれないようにその場にしゃがみ込み、魔晶石に少し魔力を込める。


「お兄さん聞こえますか。実はお願いがあるんですが。今からもう一人の侵入者を2階の部屋に誘導します。私が入ったのを確認したら、部屋の鍵を外から締めてください。それと・・・」


こっそりとお兄さんに連絡をとって、立ち上がる。

いいことを思いついた、じっくり楽しもう。


~~~~~


「焦ってますか?私を無害なカモだとでも思って安心してましたか?」


肩で息をしている白い仮面。自分が優位に立っていると勘違いしてる人間を陥れる快感はやはりたまらない。

仮面をしていてもわかる激しい動揺。でもおしかったなぁ、もう少し私に気づくのが遅かったらちゃんと切りこめたはずなのに。


「あんた何なのいったい・・・!」

「自己紹介はしましたよ。貴女のお名前はなんでしょうか?」

「答えるわけないでしょ!」


身長は少し高め、170もないぐらい。声は機械音っぽく変えているけど、口調とからして女性なのは間違いない。顔も隠れてるし肌もほとんど見えないから、残念ながら年齢までは割り出せない。

入口を背に身構えたまま、ガニマールはきょろきょろと周囲を警戒している。せっかく仮面をしているんだから視線だけ向ければいいのに。


「冷たいですね。これから長い付き合いになるかもしれないじゃないですか、仲良くしましょうよ。それに大丈夫ですよ、正体がわかっても言いふらしたりしませんから」

「貴女たちは私達怪盗を捕まえるためにここにいるんでしょ?そんな人にわざわざ正体を明かすぐらいだったら最初からこんなお面やなんかつけてないし」


ガニマールは少し落ち着きを取り戻したのか、言葉に余裕が垣間見える。

そして自分で言いながら、何の役に立つかわからない赤いマントを指で挟んでヒラヒラと振っている。本人もあまり好みではないようだ。


「最近はそんなファッションが王都の女性の間では流行っているんですか?田舎から来たので今の流行に疎いんです」

「馬鹿にしてるの?それに私が女とは限らないし」


言うや否や、ガニマールは右手を掲げる。


「うわわっ」


足元に水がじわりと湧いて、それはすさまじい勢いで体を持ち上げ、私は天井にはりつけにされてしまった。

痛い。それになによりこの攻撃、さっきもそうだけど、かなりびっくりする。

先程私にしたのと同じような攻撃だ。呪文も唱えない、瞬発的な発動を考えるとおそらくこの水を操る能力が彼女の特殊能力だろう。


「動けなくなれば、生きてても死んでても関係ないでしょ」

「ひどいですぅ・・・このまま乱暴する気ですか?」

「もう散々したけど効果がないからこうしてるの」

「私の言いたいことがいまいちうまく伝わらないですね。エアスライサー」


天井にはりつけ状態だけど、魔法は使える。6本のナイフが私の周囲に生まれ、ガニマールに向かって発射された。

少し驚いたように構え、すぐさま前方、つまり私の真下に飛び込むようにして避けた。


「ただのかわいい女の子だと思ったらちゃんと魔法も使えるのね。危ない危ない」

「すぐ安心するのは悪い癖ですよ。エアプレッシャー」


お兄さんと戦ったときと同じように、魔法を自分に向けて発動。天井に打ち付けられていた身体は風魔法の圧力によって急激に床に吸い寄せられる。

結果、私はガニマールに猛烈な勢いで覆いかぶさった。


「な、に・・・!?」


服装のせいで体の起伏はわかりにくかったけど、触ってみるとなかなか悪くない。胸は控えめだけど腰も細い。腰骨の位置で考えると、足も長い方だ。スタイルいいなぁ。


「これだけ密着してたら、さっきみたいに水で押しつぶしたりなんかできないでしょう?まぁ私としては、一緒に潰れるのもありですけどね」

「無し・・・よ!離れなさい!」


ガニマールは私を引きはがそうとじたばた暴れるが、背中まで回した両腕と体で抑え込み、しっかりと床に押さえつける。ここで離したらまた水圧でミンチにされちゃう。それに・・・ふふ、こんなかわいいオモチャ、離したくはない。

あぁ、焦ってる焦ってる・・・興奮してきた!


「んふふ、仮面とっちゃいましょうか」

「ちょっと!やめてッ!」


姿勢を変え、身体全体で左腕を、あいてる方の右手で右腕を押さえつける。

下半身をバタつかせながら振りほどこうとするが、私と一緒に滑りながら床の上を回転するだけで、効果は得られない。そうなるように抑えているんだから当然だけど。

無駄に暴れるだけのガニマールの顎あたりから仮面の下に中指を滑らせ、持ち上げる。


「いやっ!」

「あらぁ、美人じゃないですか。綺麗な肌してますねぇ」


気の強そうな少し吊目、唇はぷっくりとしててセクシー。色白ですべすべの肌は頬ずりしたくなる衝動を激しく駆りたてる。

大人っぽい顔立ちだが、今の動揺している様はむしろかわいらしさを前面に出してしまっている。たまらない。


「それにしても惜しかったですねぇ。ここの隣の部屋が金庫のある書斎だったんですよ。たまたま私がいた部屋にきてしまったのが運の尽きです」

「私をどうするつもり・・・?このまま捕まえて、軍に突き出して懸賞金でももらうの?」

「うふふ、軍とかお金とかどうでもいいんですよ!私がこうして貴女と対峙しているのは、もっと個人的な理由です。エアスライサー」


空中に浮かんだナイフは5本。内一本は私が押さえつけているガニマールの右の掌を床ごと貫く。


「うっあぁぁあ!」


またも足をばたつかせるが体勢は変わらない。

耳元で絶叫されると少しうるさいけど、これを待ってた、この哀れで心地よい歌声!


「お元気ですねぇ。さてさて、それではもう一度質問します。貴女のお名前は?」

「言わ・・・ない」


2本目のナイフが宙を翻り、そのまま勢いよく落下。左足の太ももの付け根から血が噴き出る。


「いぃぃ!」


歯を食いしばりすぎて美人な顔がよりなっていく。自分の中で膨れ上がる興奮にめまいすらしはじめた。

もう逃げられない。片足は重症、打ち付けられた右手も動かせば激痛。

こちらとしてもずっとこの体勢はきつい。なにより表情が見にくいのでもどかしい。

よいしょっと身体を起こすと、涙を溜めた双眸がいまいち定まらない照準をこちらに向ける。


「あう」


瞬間、視界が激しく揺らぐ。何かが、頭を貫いた。

こめかみ辺りを左から右へ貫通した何かは、勢いのまま部屋の壁に衝突すると3つ弾痕を残した。

おおかた水を弾丸のようにして放ったのだろう。身体を起こした隙きを狙うなんて、案外落ち着いてるのかな?


「苦し紛れに、ですか」


それにしても、この期に及んでまだ私に抵抗するなんて・・・

なんて最高のおもちゃなんだろう・・・!


私はすぐに頭の傷を再生すると、ポケットから小瓶を2つ取り出す。


「もうご存じかと思いますが、その程度じゃ私を殺すことも退かすこともできません。でも精一杯頑張った貴女には、チャンスをあげます!」

「チャン・・・ス?」

「この2つの小瓶、片方にはお薬が、もう片方には高濃度の硫酸が入っています。どちらか選んでください。ただし、5秒で選ばなければ硫酸を耳の中に流しますから」


さて硫酸は私が右手に持っている方なんですが。どちらを選びますかね?


「じゃあ5ぉ・・・」

「み、みぎぃ!」

「ん~?私から見て右ですか?貴女からみて右ですか?」

「左手の、ほう!」


なんだ、左手、ですか。


「うふふ、私が右手に持っているのが硫酸です。それならこの、貴女の選んだを太ももにかけてあげましょう・・・」


蓋をきゅっと開け、粘度の高いドロッとした透明な緑の液体を、太ももの傷口へ流し込む。


「あぁぁぁぁあ!!!!があぁぁあ!!」


ガニマールは飛び出そうなほど目を見開き、声と言うより咆哮に近いものを放った。


「いやぁ大当たりですね!貴女の選んだ左手のお薬は、感覚を敏感にするお薬です。そんな喜んでいただけるなんて、医者冥利に尽きますね!」


硫酸を選んでいれば、これに比べれば少し痛いぐらいで済んだものを。ツイてますねぇほんと。

ガニマールは口から泡を吹きながら身体を激しく痙攣させ始めた。それと血の匂いに混じってアンモニア臭が・・・


「ひっ・・・あっ・・・」


いけない、このままだと死んじゃう。

私は宙のナイフを手に取り、ガニマールの左手も貫き、床に固定する。そして骨がすこし露出した太ももに優しく触れた。

すぐさま太ももの傷はふさがり、絨毯に飛び散った血まで元通り綺麗になった。


「うぐ・・・ひっ、ひっ」

「親しみを持ちたいので、そろそろ名前ぐらい教えてくださいよ?」

「・・・ケイト・・・」


ゴホゴホと咳込みながら小動物のような眼を向けてくるケイトさん。だいぶ素直になってきましたねぇ、いい子です。


「それではケイトさん。申し訳ないけど、もうしばらく遊ばせてもらいますね?次はどこにしようかなぁ」

「え・・・!?いや、いや!いやだぁ!!やめてぇ!!!!」


両手を広げて床に固定されているこの姿勢、なんだかいかがわしい絵面だなぁ。余計に盛っちゃう・・・


「大丈夫ですよ、ちゃんと何度でも治してあげますから」


~~~~~


「あぁ・・・あぁ・・・」


もはやゾンビのような呻き声しかあげなくなってしまった。こうなってしまってはあまり面白くない。

そろそろ、かな。


「飽きたので、殺してあげましょう。どうしましょうかねぇ、臓器を口に詰めて窒息死とかどうでしょう?さっきを出した時が一番痛かったですか?それを詰めてあげます」

「あぁ・・・うあぁ・・・!」


先ほどから解体のために使っていたナイフの側面をペタペタとお腹や胸に当てていく。

どーれーにーしーよーうーかーな、なんて。


「よし、じゃあここにしましょう!」


私は両手で握ったナイフを、大きく振りかぶった。


「あぁぁぁあ・・・」


しかしケイトさんのうつろな瞳はちゃんとこの瞬間を逃さなかったようだ、タフな人。

地面から発生した斜めの水柱が、手に持っていたナイフを弾く。


「おっとっと、悪い子ですねぇ」


ガシャン、とどこか心地の良い破壊音。水柱に弾かれたナイフはそのまま部屋の入り口とは逆方向、私の後ろにある中庭側の窓ガラスを盛大に割った。


「おい!!今この部屋で何かが割れた音がしたぞ!」


廊下で、わざとらしい声が聞こえる。

激しい衝突音を奏でながら、鍵をかけた扉が一定間隔で揺れる。集まってきた外の衛兵がこの部屋に突入しようとしているのだろう。

そんな背後の扉の音にうっかり気を取られた刹那、体が浮き上がった。

身体を起こしすぎた。それはケイトさんの攻撃が私だけを狙えるぐらいに。

水流が私の身体を巻き上げ、入口がある方の壁にすさまじい勢いで打ち付ける。背骨がグキッと不気味な音を上げ、激痛が走った。

間を置かず、四方八方から発生した水柱の追撃が私を襲う・・・為す術もなくお手玉のように弾かれ、終いには中庭側の窓を突き破り部屋から投げ出され、空中で視界が少しばかり安定した時見たのは星空だった。

すぐに地面に叩きつけられ、背の低い草の中に大の字で倒れる。全身が痛い。

足元の方に目をやると、先ほどまでいた2階の部屋では次の騒ぎが起きているようだ。おそらく廊下の兵士が入ってきて交戦しているのだろう。彼女も両手に傷を負って大変だろうに、なかなかのしぶとさだと感心してしまう。

私という障害がなくなったからだろうか、すぐに隣の部屋にたどりついたようだ。さっそく書斎の窓を突き破って水があふれかえっている。

こちらからは見えないが、どうなったんだろうか。

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