第33話 犬なんですけど

「にげろぉ!!!潰されるぞぉぉぉお!!」


景観のために植えられていたであろう大量の大木がそれぞれひとりでに宙に浮かんでは降り注ぎ、兵士たちは大騒ぎしている。

落ちてくる場所が風の流れでだいたいわかるから私は避けられるけど、他の人はそうもいかないはずだ。


「そこの小娘何してる!死ぬぞ!!」


そんな思いが伝わるわけもなく、額に傷を負った老騎士がわが身を顧みず私のところにやってきてしまった。


「おじさん危ない!!逃げてていいのに!」


慌てて獣人化し、タックルをするように両腕で老騎士を掴み、その場から飛び出す。

このやり方のどこが怪盗なんだろう・・・?

正門から少し離れた安全なところに老騎士を寝かせ、木々が散らばる広場を見やると、人影が二つ降り立つ。

真っ白のお面に赤いマント。二人とも同じような恰好だ。


「ここで寝てて、私があの二人を倒すから」

「こら待て!あの異常な魔法を見ただろ!近づくべきじゃない!」


あれは魔法じゃないんだよねぇ・・・っと今はそれどころじゃない。

急がないと、金庫にはいかせない!


「待ちなさい!」


獣人化した身体ですぐさま数十メートル離れていたガニマールの前に回り込む。


「ん?魔族・・・か?」


身長の高いほうが、無機質な声でしゃべった。多分リーダーの持ってたやつと同じでボイスチェンジャーがついてるんだ。


「邪魔だな」


そのまま私に手を向けると、身体が浮き始める。掴まれているような感覚は特になく、不思議な浮遊感。


「どけ。戦うことは目的じゃない」


磁石同士がはじけるように瞬間的に激しくふきとばされ、館の壁に身体を打ち付けられた。


「うぐぅ!」


障害物を退かしただけだといわんばかりに、あっさりとした様子で二人はそのまま館に侵入しようと歩を進める。


「させ・・・ない!」


すぐさま身体を起こし、攻撃をしてきたほうの『男』にとびかかる。


「うお!?」


後ろから首を両手でつかみ、壊された正門の方へと投げ飛ばす。が、5メートルほど飛んだところで不自然にその勢いは失われた。


「ん・・・と。危ないな。そこまで相手してほしいならしょうがない」


男は地面に足をつけると、ふわふわと周囲のものが浮き始める。


「お前は先に行け!俺はこの猫ちゃんと遊んでいく」

「猫じゃなくて犬なんですけど」


表情こそ見えないが、きっと私のことを下に見ているに違いない。確かに私のほうが弱かもしれない・・・でもこの人は、私が倒す!

ポケットに入れていた連絡用の魔晶石を取り出し、魔力を込める。


「リーダー聞こえる?は正門で私が倒す!もう一人はお願い!」

『了解、無理すんなよ』


魔晶石はこもった声をぶっきらぼうに返し、それ以上は何も語らなかった。


「へぇ・・・お前、俺のことがわかるのか?」

「あなたがどんな人かはあんまり知らないけど、どんな能力かは知ってる!物を好きなように動かせるんでしょ」

「これはこれは、まさか能力で正体がばれるなんてな。でもわかったからどうだって話だけど」


走り去るもう一人の怪盗の背後を守るように、散らばっていたはずの木々が浮かびあがる。私に後を追わせないためだろう。


「心配しなくても、私はあの人は追わないよ。でも、もっとひどい目に合うかもだけど・・・」


メアリーさんと出会ってしまったら、間違いなく殺されるだろうなぁ。この日をすごく楽しみにしてたし・・・


「どっちでもいい。邪魔するなら殺して後を追うけど、いい?」

「貴方も平気で人を殺せるんだね・・・でもそう簡単にこの命は奪わせないよ」


この人は無力化して、リーダーのところに連れて行く。私は絶対、人を殺さない。


~~~~~


「ハァ、ハァ・・・!」


正体を隠すためとはいえ、仮面が呼吸を余計にきつくする。

広々とした正面玄関にはたくさんの兵が待機しており、当然のごとく四方八方からの襲撃を相手することになった。

当たり前だ、こんなに堂々と真正面から向かってくる泥棒がどこにいるというのだろう。ここにいるわけだけど。

それらはなんとかしのぎ、とりあえず入った、明るく照らされた1階の東館を駆け抜ける。

後ろはクラフトに任せたけど、普通に屋敷内にもたくさん兵がいるんだよねぇ・・・!


「いたぞ!!」


次々と襲ってくるなぁ・・・外のほうが楽だったんじゃないの?

心の中で少しの後悔を抱いていると、突き当りの廊下の曲がり角から、槍を持った鎧の兵3人が迫りくる。


「どいて!」


右手を右から左に振り、動きに合わせるように出現した水が迫りくる兵士達を壁に打ち付ける。


「ふぅ・・・急がないと」


もう何回も作業の様にこうして兵士を倒してるんだけど、いったいどこに金庫があるんだろう?

少し疲れてきたし、適当に部屋に侵入して隠れながら考えよう。

思うや否や、近くにあった扉を開き、中へと逃げ込む。

うす暗くて広い部屋・・・何の部屋だろう?

いくつかの長机と点灯されていないシャンデリア、何かを受け渡すようなカウンターがある。食堂みたいなところ?幸い誰もいないみたいだけど・・・

廊下をバタバタと兵士たちが走り回っている音がきこえる。ここがどこかはおいといて、今出ていくのはまずいな。


「まだ近くにいるはずだ!部屋はすべて施錠してあるからどこかの廊下にいるはずだ、必ず見つけ出せ!」


バカな人達。ここに隠れてるとも知らずに廊下を走り回っちゃって・・・あれ?今なんて言った?


「だれか、いるんですかー?」


疑問も吹き飛ぶサプライズ・・・誰かいる!

先ほど部屋を見回した時は全く気付かなかったが、少し震えるようなか弱い声は、部屋の奥、カウンターのさらに奥から聞こえた。

どうしようこの格好はまずい、間違いなく捕まる・・・!そう思って身構えたものの、よくよく考えるとその心配はなさそうだ。

あの弱弱しい声は兵士のものではなく、おそらく使用人とかだろう。明日の下準備でもしていたのだろうか、いずれにせよ脅威ではない。

声の主は部屋の灯りをつけ、その姿を現した。

廊下を駆け回る兵士とは違う軽装、武器の所持も見られない。

目の大きく学生ぐらいの歳の、背の低い銀髪の女の子だ。私より少し若いってところかな。

同じ女だけど、かわいい・・・警戒して損した。


「あなたがガニマール、ですか・・・?」


怯えているかのように後ずさる女の子は、口元を手で覆いながらこちらを凝視している。

好都合。かわいそうだけどこの子を人質にして金庫まで案内してもらおう。そこまでたどり着けば私の能力でどうとでもなるだろう。


「ちょっと悪いけど手伝ってもらうから」


女の子に向かって正面から飛び込み、口元に当てられた手を上から抑え込む。急に叫び声上げられちゃたまらないからね。

背後に回り抑え込む私をなんとか振りほどこうと抵抗してくるけど、まったく大したことない力だ。


「あまり暴れると、殺すよ?もちろん大声なんて出したらすぐに首を折るから」


正直そこまでする気は一切ない。しかし私の言葉はちゃんと届いてくれたみたいで、女の子はビクッと震えると抵抗をやめた。

そのまま後退し、入口の鍵を閉める。これで外からの侵入を気にせず話ができる。


「さて・・・君には人質になってもらう。コルファーとはどういう関係?」


口元の手をゆっくり離し、できる限り話しやすくなるよう、優しく問いかける。


「私は・・・ご主人様のお世話をさせていただいています・・・その、あの・・・」


女の子はそう言うと、表情を暗くしてうつむく。あまり喋りたいことじゃないことのようだ。つまり、そういうお世話なのだろう。

こんな成人してもいないような女の子に・・・ゲスね。


「そう。もうそれ以上は話さなくていいわ」


なんだかやりにくい。まぁでもこの子の命をどうこうしようってつもりじゃないし気にすることはないか。


「私をどうしたらいいんですか?どうしたら助けてもらえます?」


震える声で必死に問いかける姿に少なからず同情してしまう。なんか可愛そうになってきた・・・

でもここは心を鬼にしなくちゃ。


「金庫の在り処、知らない?コルファーがなにか言っていなかったかな?」

「金庫なら・・・わかります・・・」

「嘘だったらすぐに死ぬことになるよ」

「本当です!!本当に知ってるんです!」


本気、みたいね。嘘ついてるかどうかなんてわかんないけど、こんなに必死に言われたら信じるしかない。

とりあえずこの子を盾にしながら金庫まで向かって、金庫ごと私の能力で目標地点まで持っていけばいい。簡単だ。


「なら君には金庫まで案内してもらう。人質兼案内役ってことで」

「でも私なんかを人質にしたって・・・」

「人質として役に立たなかったら、兵士の皆さんにはみんな大けがしてもらうだけよ。無駄話はここまで。盾としてしっかり働きなさい」


これ以上は話すだけ無駄。妙に情が移っちゃいそうだし早いところ仕事をおわらせないと。


「ほらこっち来なさい。さっさと案内して」


腰に装備した短剣を抜き人質の首元にあてながら、ゆっくりと扉を開ける。

兵士たちは別のところに行ってしまったのか、廊下には誰もいなかった。


「2階です」


聞くまでもなく女の子は案内を始めてくれた。体はいまだに少し震えているが、妙に体温が高いような気がする。気のせいだろうか?

階段を上がり2階にたどり着くと、待ち受けていた二人の兵がこちらに気づいた。


「はいこんばんは。これみえるよね?」

「人質か・・・汚い真似を!」


盾としての効果は十分なようだ。一瞬戦闘の意思を見せたが行動には移してこない。こうなってしまっては、動かない的を『水で押しつぶす』だけの簡単な作業。


「ぐあぁぁあ!!」


廊下をひたすら進み、同じような出来事が5度ほど繰り返されたところで、案内人の足がぴたりと止まる。目的地にたどり着いたようだ。

それは2階の少し派手な装飾の部屋だった。


「この部屋です」


光沢のある緑の金属で縁を飾られた両開きの扉を、ゆっくりと開ける。


「・・・?」


中には・・・誰もいない?

ただの広い部屋だ。見たところ金庫のようなものもなければ兵士は一人もいない。


「ちょっとこれどういう」



カチャ



「え!?」


背後の扉の鍵が突然閉められた・・・それに中からも開かない!


「どういうこと!?」


周囲の罠を警戒しあたりを見回すが、特にこれといった変化はない・・・

そう、『周囲に』変化はなかった。


「こーいうこと」


甘えるような、生暖かい声がすぐ顔の近くで聞こえた。


「な・・・!」


やられた・・・!この部屋が罠なんじゃない、ずっと罠にはかかってたんだ!

異変に気付いたのが早かったのか遅かったのか。すぐさま私は人質を解放した。

脇腹からうっすらと血が流れる。服が張り付くような感覚が気持ち悪い。


「すごいですねぇ。今のがかする程度で済むなんて」


気を抜いた瞬間に、人質にしていたはずの女の子はいつから持っていたのかわからないナイフを私の腹部に突き刺そうとした。

気付いて突き飛ばさなかったらこんな傷では済まなかっただろうと思うとゾッとする。


「ちゃんと抱きしめてくれてないとダメじゃないですか。せっかくの人質ですよ?」

「最初からこのつもりだったのね・・・でも今ので殺せなかったのは残念。つぶれなさい!」


女の子は見かけによらないものね・・・

私は右手を人質だったものに向けると、天井から大量の水が滝のように襲う。

こちらをまっすぐみたまま、なんの抵抗もなく女の子は水の塊に飲みこまれた。

今回はできる限り人を殺さないようにしようと思ってたんだけどな。


「・・・あっけないわね」


水が引くと、そこには首が真横に、背骨はぽっきり曲がって背中同士がくっついた変死体が落ちていた。

気味が悪い死体だが、私の水を操る能力で死んだ相手は水圧でこんな風になることが多い。外の兵士は加減をしてるから気を失うぐらいで済んでるけど。

さて、イレギュラーは取り除いたし、とりあえず何とかここを脱出しないと。

窓も簡単には開きそうにない。扉はノブすら回らない・・・無理やり壊すしかないかな。


パキパキ


でもここで無理やり部屋を破壊すれば、きっと兵士が集まってくるはず。なんとか静かに脱出しないと。そうなると少しずつ水圧を加えて・・・


パキッポキッ


さっきから何の音・・・え?

背後を振り返った私は目を疑った。


「ふと、東洋の方の『ヨガ』というものを思い出しましたよ。身体が真っ直ぐに折り畳まれてびっくり」


グキグキと不気味な音を奏でながら、壊れた機械人形のように、死体は立ち上がる。

なんなのこの子、見かけに反して気持ち悪い。アンデットにはぜんぜん見えなかったけど・・・!


「浄化せよ、シャイニングランス!」


でも余裕を見せすぎね、弱点がわかればアンデットなんて


「あいた」


あいたって、嘘でしょ・・・!?

光の槍は胸部をしっかり貫いている・・・はず。どうなってるの?

なんでまだ動けるの!?


「あ、貴女何者・・・?人じゃない、よね?」

「失礼ですね、ちゃんと人間ですよ?あなたと同じ・・・ね?」


先程可愛いと思った大きな瞳には得体の知れない闇が垣間見える。

狂気。

もしかしたらこの子、とんでもない相手なのかもしれない。


「自己紹介がまだでしたね。わたくしはメアリーと申します。


~~~~~


最初にすべきことはなんだろう。

周囲には気絶した人や、一応はまだ戦う意志のある人もいる。でもこんな能力の相手に、普通の人達が勝てるわけがない。


「怪我人を逃して!あの人はみんな殺してでも進む気だよ!」


今は安全が優先。あんな能力が暴れまわったら次々に死人が出てしまう。


「ほらほら、どんどんペース上げてくよ!」


まるで嵐の中にいるかのように周囲の物が浮きあがり、飛び回る。

そんな災害の中でも、クラフトだけはただゆっくりと私の背後を、正面玄関に続く扉をめざして歩いてくる

一人の人間が相手であるにもかかわらず、その威圧感は大軍を相手にしているかのような勢いすら感じる。


「止まって」

「止まらない。それにお前らには用はない。金目のものだけくれればすぐに帰るから、そこどいてね」


低く加工された声は軽く放たれた。すでに多くの怪我人を出しているにもかかわらず、軽く。

ここで得たお金をどう使うつもりかは知らない。人からお金を盗ることは悪いと思うけど、それは私たちには関係ない。

でも・・・ここで止めなきゃ。このままだと、この先どれだけ被害を出すのか見当もつかない。


「私もどかない」

「いいからどけって。女の子を相手にするのは好きじゃないんだよね」


クラフトはが右手をこちらに向けると、目に見えない何かが石畳を吹き飛ばしながらこちらへ向かってくる。

すぐに右に跳躍。見えない波動のような攻撃によって私がいた場所はガッポリとえぐられており、もし避けなかったらただじゃすまなかっただろう。

念動力・・・触れずに物を動かす単純な能力。それゆえに対策の練り方がわからない。自由度が高すぎる。


「そうそう、言えばわかるじゃん」


クラフトは先ほどと同じ調子で淡々と歩を進めていく。

行かせてたまるか!

なんとか止めないとと、私はそばに倒れていた大木を持ち上げる。


「いよっと!!」


正面玄関とクラフトを分けるようにして、私が投げた大木が壁に突き刺さった。


「おっと驚いた、見かけより力があるんだね」

「それ以上は行かせない。あんたはここで捕まえる」

「捕まえる?馬鹿言うなよ、まさか俺に勝てるつもりでいるの?」


うわ、またいろいろ飛ばす気だ。周囲の木や瓦礫、それとなぜ置いてあるのかわからない動物の石像まで浮き始める。


「邪魔するなら、死ね」


浮き上がった物が私を目掛けてすさまじい勢いで飛来する。まるで意思を持っているかのように、律儀に順番を守って次々と。


「えぇぇぇぇい!!」


気合を込めて手足を振るい、飛んでくるものを殴って蹴ってすべて壊していく。

物質を能力で飛ばしているはずだから、壊れながらでも飛んでくると思ったけど、そういうわけでもないのか。壊れたものはその場にぼろぼろと落ちていく。


「アクティブな猫ちゃんだ。そういう女性は結構タイプだよ」

「残念だけど、そうやってすぐ物を投げる男の人は好きになれないです」


遠くだと敵の思うツボだ。なんとか近づかないと・・・

男のほうへと駆け出す。夜風が体中にまとわりつき、少し肌寒い。


「うわ速っ」


このままやれるかと思ったが、しかしそうはいかなかった。

近づいていたはずのクラフトの身体がぴたりと止まる。いや、止まっているのは私の方だけど・・・!


「いやぁビックリした。でも俺の力の前ではまるで無力だね」


身体が動かない・・・それも空中で固定されてる。

首から上や指は辛うじて動くけど、他は全く動かない。それどころかゆっくりと姿勢を変えられて、はりつけにされているように腕を開いた状態で固定されてしまった。


「あはは、無防備~」


そう楽しそうに言って、クラフトは動かない私の太ももに手を触れる。


「ちょっと!なにすんの!?」


いやだ、抵抗できない・・・!気持ち悪い!何考えてるのこの人!


「いいねぇこのまま好き勝手しちゃいたいな。よくよく見てみると綺麗な顔立ちだよね。君のことも盗んで帰ろうか」

「気色悪い!やめて、触らないで!」


足からゆっくりと上半身に向かって不快な感覚が上ってくる。

こんな外で、それも人がたくさんいる前で何考えてるの!?


「よし、そろそろ脱いじゃおうか」


絶望的なセリフがマスクの奥から聞こえたところで、私はクラフトの背後にうごめく何かを見た。光をまとった何かが近づいてきてる。


「うおわぁっ!?」


クラフトに激突し弾けた巨大な火の塊の熱に、私は顔をしかめる。もろに直撃を受けたクラフトは勢いよく庭の外につながる正門の方へと吹き飛ばされ、同時に私の身体は自由を取り戻し、その場に自由落下した。


「大丈夫か小娘!」


あわただしい様子で駆け寄ってきたのは先ほどの老騎士。そっか、今の魔法もこの人が・・・


「ありがとう。助かった」

「無事ならよかった、早いとこアイツを捕まえちまうぞ。お前ら!戦える奴らは立ち上がれ!相手は今ダメージを追ってるはずだ!!」


老騎士は大声をあげて喝を入れ、武器の短剣を掲げた。


「「「おおおおおおおお!!!」」」


ケガをして待機していた者も、踏み出せなかった者も、一斉に各々の獲物を掲げ、クラフトの吹き飛んだ方へと走り始める。

表現は悪いが、それは瀕死の餌を狙っているハイエナのようで、ある者は腕を押さえながら、そしてある者は足を引きずりながら、私の隣を通り過ぎて行った。

しかしなんだろう、嫌な予感がする・・・というより、地響きのような、肌をなぞる振動のようなものを感じる。

そしてその予感はずばり的中していた。


「う、うわぁぁあぁ!」

「なんだこれ!?どうなってる!?」


突如としてそれは起きた。その光景は何か巨大な見えない怪物が暴れまわっているかのよう。


「は、離れろぉ!!」


誰かの叫びが庭中に響いたころにはすでに遅い。

物が、人が、地面が、壁が。すべてが何かに振り回され、お互いでぶつかり合い、傷つけあう。奇跡的に私のいるこの場所までは能力が届いていない、が、散った物は降り注ぐ。


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


宙高く舞い上がった数々の物、または者は、次々に地面へと再会を果たし、生ける者はこの世と離別していく。

あまりに凄惨な状況だ・・・潰れ、潰され、砕けていく・・・


「う、うぇぇ!」


周囲に散った死体と、ひどい生臭さが鼻孔を襲い、食べたものが次々に胃から溢れる。

完全に甘く見ていた。自分も強くなったし、うまくやれば勝てるなんて、変な自信がついてた。

こんな化物、どうしろっていうの・・・?

すこしして嵐が去った後、ゆらゆらと男が立ち上がる。マントは半分燃え落ち、身体中からは血を、右腕はだらりとぶら下がっているだけに見える。


「くそが・・・!せっかく手首が治ったってのに・・・!」


クラフトはうつろな目つきで正面玄関を見据えている。どうやら私に気づいていないようだ。

そんなクラフトのすぐ足元で、何かが動いた。


「どらぁ!」


老騎士だ。まだ生きていたんだ!

男の右足を狙って短剣を振るう。傷だらけの老騎士の不意打ちは見事に決まったかに思われた、が、そうはならなかった。


「死に損ないが・・・!」


クラフトは足元のピタリと止まった短剣へ顔を向ける。

まずい、行かないと・・・!

そうは思っても体が動かない。腕も足も震えて、とても力が入らない。

強い相手なら、ずっと毎日見てたのに。なんで?どうして身体が言うことを聞かないの・・・?

老騎士は宙に吊り上げられ、首元をしきりに触りながら苦悶の表情を浮かべている。


「死ね」


そのまま左手を老騎士に向けた。能力を使う気だ。

このままじゃ、殺される・・・! 

老騎士はとっさに、左手に装備された丸い鉄の盾をクラフトに向けた。

しかしその抵抗もむなしく、盾はアルミホイルを丸めるようにグシャリと丸まってしまう。


「悪あがきを」


男は苛立った様子で老騎士をさらに高く持ち上げていく。5mほどは上がったであろうところで上昇はぴたりと止まった。

考えないと、まだあの人は助けられる。

今クラフトは瀕死、私にも気付いていない、でも見つかったらすぐに手も足も出せないまま殺されるだろう。

何かヒントは・・・あぁもう時間がないのに!どうしたらいいのよあんな攻撃防ぎようもないのに!

・・・防ぐ?

そういえばさっき、なんで老騎士の頭ではなく盾がつぶれたんだろ?

そもそもずっと気になってはいたんだけど、なんであんな能力がありながらわざわざ館内に入る必要があるんだろう?それって能力を使って外から金庫を奪えないからじゃないかな?壁を貫通できない能力で、使う対象との間に物があったらうまくいかないんじゃ・・・?

もしそうなら!いやもうこれしかない!


「待てぇ!」


私はすぐ近くに落ちていた、折れた大木を一本抱えて、駆け出す。

呆気にとられたクラフトは予想通りすぐには反応できていないようだ。


「・・・無駄だ!」


しかし腕を向けるだけで能力が発動できるこの男は、すぐに反応できる必要などない。一瞬あれば、気付いてからでもすぐに攻撃ができるのだから。

案の定こちらに向けて手をかざした。


「るぁあ!!!」


それに合わせて大木を投げつけると、先の方からぐしゃぐしゃと崩壊しながらクラフトに届く前に果てる。でもそれでいい。

ここしかない、今しかない。


「んな!?」


ここまでくれば完全に攻撃の範囲内、次の行動になんて移らせない!


「はぁ!!!」


視界から消えるためにクラフトの脇を抜け背後に屈み、足払いで転ばせ、背中が地面に着く前に首根っこをつかみ、思い切り身体を持ち上げると一本背負いのように地面にたたきつける。


「ぐあッ!」


・・・


人を地面にたたきつけることに音など存在しない。あえて擬音をつけるなら、グシャっというところだろうか。

クラフトは大の字で地面にうつぶせに倒れたまま、ピクリとも動かなくなり、体中からの出血が地面に広がっていく・・・


「うわ・・・こ、これもしかしてやっちゃったかも」


馬車に轢かれたカエルのようなクラフトに少しの罪悪感を抱えつつ、しかしどうすることもできない。

倒した・・・私、勝てたんだ!!


「いやったぁぁあ!!」


安心と高揚感が先ほど抱いていた負の感情をいとも簡単に吹き飛ばす。


「なぁ小娘よ・・・そっちはいいから生き残りを助けてやってくんねぇか・・・」


実は私が大木を盾にクラフトの後ろに回り込んだあたりで、老騎士は地面に叩きつけられていた。視界の端でその状況を見ていたのだけど、とても助けに回るような余裕はなかった。生きてたんだ、よかった・・・


「全身がいてぇ・・・年だなぁ・・・」


何はともあれ、こっちは一件落着かな。

さて、向こうはどうなっただろうか・・・そんなことを思いながら屋敷の二階に目をやった時だった。


ドン!!バッシャアァァ!!


壁の破壊音とアトラクションのような水の吹き出す音。水中の潜水艦の壁に穴をあけたかのように、大量の水が屋敷の二階の廊下の壁を突き破り、外に流れ出す。

さらに、中へ入っていったガニマールの片割れと四角い鉄の塊のような金庫がまるまるそのまま激流に乗って出てきた。乗る、というより押し流されているかのように見える。でもこんなことが起きてるってことは・・・!?


「そんな!リーダー達が負けたの!?」


ガニマールと金庫は、周囲に激流をまき散らしながら、屋敷中を洗い流すかのような津波とともに屋敷を離れていく。


「だめだ、近づくな!ただじゃすまんぞ!」


老騎士が手を握り、追いかけようとするのを制し、私は去り行く津波を茫然と見送ることしかできなかった。

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