第31話 裁くんじゃない、殺すだけだ
翌朝。
八時に目が覚めたころには、すでにメアリーが洗面所で髪を整えていた。
フィロの方はというと、まるで自宅のベッドで寝るかのように心地よさそうな顔で爆睡している。
「あらおはようございますお兄さん、いい朝ですよ」
「あぁおはよう。・・・今はどんな感じ?」
どんな感じ、というのは殺人衝動について。
きいてみたものの、見たところ今は昨晩の異常さは見受けられない。
「日中はどちらかというと落ち着いているんですよ。なのでお気になさらず。お兄さんも起きたことですし、フィロちゃんも起こしましょうか」
メアリーは洗面所から出てくると、そのままフィロの寝ているベッドへ向かう。
「フィロちゃん・・・起きてください」
そしてフィロの布団に潜り込んでいく・・・
「んん?メアリーさん?ちょ、何して・・・」
ナニをしているのかわからないが、なにやらフィロの色っぽい声が漏れ聞こえてくる。男性の本能に何やら小さな衝撃を与えかねないので、それ以上は見ていない。
あーあー。何も聞こえません。何も聞こえない。
~~~~~
ソフィアとメリルも実はあんな感じだったりするんだろうか。
思えば最近妙に色っぽい時があったような気が・・・アレはもしかして、ああいうなんていうか、予習みたいなのの賜物だったのか?
「ぼーっとしてどうしたんですか?パスタ冷めますよ?チーズ固まってるじゃないですか・・・このやわらかいぺルポチーズがおいしいのに」
「あ、いや。ちょっと魔王城のこと考えてただけで・・・」
パスタをくるくると回し、少し冷えたパスタを頬張る。
喫茶店のテラスで俺達3人は朝食を食べていた。
見渡すといたるところで店が開かれている。八百屋にアクセサリーショップに鮮魚店、干物だけ売ってる店もあるな。
店員はやはり人間が多い。だが人寄りな亜人も多くいるな。耳だけ獣であったり、翼だけ生えていたり、人間ベースである場合が多いようだ。
「魔王様のこと考えてたの?へぇ、無関心なわけじゃないんだ。普段そういう態度が見えないから心配してたんだよねぇ魔王カップル」
甲殻類の鋏がはみ出たグラタンにフィロはがつがつとスプーンを突き刺し、口に運ぶ。
「余計なお世話だし、そもそもソフィアのことを考えてるとは言ってねぇ。それに俺だって無関心なわけじゃないしな」
誤魔化したけど、まぁ考えていたのは確かにソフィアのことだ。
フィロは女子らしく、こういう話題には敏感だから少し鬱陶しいな。
「今日はどうしますか?」
「そうだな・・・まず情報が必要だ。酒場に行く」
「お兄さんヴィークの時もそんな無駄なことしていたらしいですね。もっと効率いい方法あるんじゃないですか?」
さりげなく毒を吐くなこいつ・・・
「た、例えば?」
「情報があるかどうかもわからないところにいてもしょうがないでしょう。国の機関に行くべきです。ほら、ヴィークでもセントラルで必死にやってたじゃないですか。犯人目の前にいるのに、必死に聞き込みしてたじゃないですか」
ニヤニヤと嫌味っぽく笑う童顔にいら立ちを覚えなくはないが今は堪えよう・・・
「そういうわけで、ゴルトニアに行きましょう。ゴルトニードの主要機関でなら何かしら情報があるはずです。ただ、ゴルトニードの中心ともなると、反魔王派の人たちもいます、行動や言動には気を付けないとですね」
「行動や言動に気をつけろとかメアリーさんに言われると、なんかショックだな・・・」
「ひどい言われようですね」
「もし何者かと怪しまれたら、駆け出しの冒険者を装っていこう」
「オッケーリーダー」
「了解です。その装備で駆け出しには見えませんが」
~~~~~
街の中心に聳える巨大でいかつい城、ゴルトニードの象徴にして女王の住まう王城。見上げると城のあちらこちらに衛兵がうろついている。
直接会ったことはないけど、遠目に見たことがあるゴルトニード国王は18歳の女性だ。先代ゴルトニード王は病気で数年前この世を去ったそうで、国はバタバタしながら一人娘のイニエス・ゴルトニードを女王に据えたとか。魔界も人間界も若い女王によって動いてると思うと笑えるな。
そんな女王の住まう立派な城の隣には、分厚いレンガの壁を隔ててゴルトニアという施設がある。そこはゴルトニード軍の総本山がある場所だ。
平和協定を結ぶというのに未だ反魔王などという言葉を掲げる国の問題児たち、反魔王派の武闘派の連中もここに拠点をおいている。つまり四聖騎士もここにいるってことだ。
ゴルトニードとしては魔界との交流に打撃を与えかねないめんどくさい存在だが、だからと言って追放などした日には軍事力に影響が出る。
事実、反魔王派のトップである、四聖騎士がいなくなるだけでゴルトニード軍の力は半減するそうだ。それほどの戦力が魔王軍への対抗勢力と考えるとうんざりする。
それはそうと今回はそんな解説じみたことをするためにわざわざこのゴルトニアに足を運んだわけではない。
「・・・多くない?」
フィロは目の前に広がる大量の張り紙に目を回す。
「殺人やら野生の魔族による被害・・・物騒な世の中ですねぇこわいこわい」
俺達はゴルトニアの入り口にある一般対応窓口に来ていた。
別に通報したいことがあるわけでも相談したいことがあるわけでもなく、さらにいうと窓口というよりその隣にある掲示板に用があったんだけども。
・デスワーム大量出現につき、ディルデルト坑道使用禁止
・グレイポール通りで5人の遺体発見。凶器は刃物、魔力による争いの痕跡あり、周辺警戒。魔族による犯行の可能性あり。
・獣王種消失。魔王軍による討伐作戦が行われた模様。ゴルトニード軍、被害最小限に留める。
掲示板には様々な張り紙がある。
それぞれ事件やニュース等々、幅5mほどの掲示板をぎっしり埋めてそれはそれはものすごい量。こんなの本当にここの職員は見てんのかと疑ってしまうほどだ。
「転生者の情報、あるかなぁ?」
「転生者ってのは世間的にもともとあまり知られてるわけじゃない。特殊な魔法を使えるやつだと思われてたり手品を扱う奇術師だと思われる時だってあるしな。まぁだからこそ、それらしき情報の元は転生者である可能性があるけどな。なんでもいいから探してみろ」
フィロはじっと端から端まで視線を走らせている。
「どんな情報でも使えるはずですから、しっかり頭に入れておきましょう」
メアリーも大きな目を細めてまじまじとみている。
俺の方も張り紙を見まわしてみる。懐かしいなぁ、今だからこそ簡単に頭に入ってくるが、『こっち』に来たばかりの時は文字すら読めなかったからな。
しかしさすが王都、犯罪もそうだが、近隣の魔物退治依頼なども数多くみられるな。こういうのはギルドに張るものじゃないのか。
そんなことを思いながら真ん中あたりを見ると、ほかのとは少し毛色の違う内容の張り紙を見つける。
・・・これは・・・
俺は貼ってある紙に手を伸ばした。
「おや、なにか見つけましたか?」
怪盗ガニマールより犯行予告あり。風月の43日、セルビア邸厳重警備。
「怪盗?あまり関係なさそうだけど・・・?」
「予告状でも届いたんでしょうかね?セルビア邸・・・どこかの大富豪でしょうか」
フィロとメアリーはきょとんとしている。それはそうだろう、これに気付けるのは俺だけだろうし。
しかしあまりにうまくいくな、これは・・・
「これは、レギオンだ。間違いなく」
メアリーが目を見開く。
「根拠が聞きたいですね。この怪盗ガニマールが、レギオンなんですか?」
小首をかしげまじまじと張り紙を見つめる。
「そうだ。その、なんていうか・・・ガニマールってのは、俺が命名したというか・・・」
「え、どういうこと?よくわかんない。リーダーがガニマールなの?レギオンもガニマール??」
フィロは考え込むように難しい顔をしている。
「ちょっと二人とも、周囲の視線も気にしてください。言動が目立ちますので一回ここ出ましょう」
堂々と話す内容でもないので、俺たちはゴルトニアから出ることにした。
~~~~~
「で?どういうわけなんですか。なんとなく想像はできますが」
「いや私わかんないだけど!」
本当は俺の黒歴史だからあまり話したくないんだけど・・・
まぁ誰にでもある、憧れみたいなもんで、その、ね。思春期の戯言というか。
「俺とゼノが一緒に行動してた時にすこーしの間使ってたコンビ名みたいなもんだ。それだけ」
多くは語らず。人には話したくない過去の一つや二つ、あるもんだ。
「つまりは二人で魔王討伐の旅に出ていたけど、資金調達に困って怪盗ごっこしてたのでしょう?なるほど、昨日私とお兄さんが装備してたヘンテコな魔具はその時の物とみました」
「ちょ、は!?なんで!?なんでそんなことわかるの!?まだなにも言ってないだろ・・・怖いんだけどお前・・・!」
「しかもガニマールって・・・まぁいいです。理由はわかりました。それではこの、フフッ、ガニマールを捕まえればいいですね」
くそ・・・なんだこの屈辱的な気持ちは・・・
なんか妙に頭が回るよなメアリーって。今回だけはすげぇやめてほしかったけど。
「なんとなくわかった!さっきの予告した奴がレギオンなんだね!それもゼノって人の可能性が高い、と!・・・でも風月の43日って、明日だよね・・・」
「あぁ、なんの準備もできないってことだ。俺たちにできることは、セルビア邸の場所を調べるぐらいか」
「元ガニマールのお兄さんなら敵のやり口も分かるんじゃないですか?どんな方法で盗むんです?」
「・・・」
「ちょっとリーダー?なんの沈黙?」
「・・・ない」
「ん?なんです?」
「ない。特別なやり方なんてない。できる限りばれにくそうな所から侵入して、どうせ警備員とぶつかるからそいつらを無力化して、強引に対象を盗む。それだけ」
「・・・美学もくそもないですね。とんだバ怪盗じゃないですか。予告状を出し、針の穴に糸を通していくかのように美しく警備の目を盗み、華麗にお宝を盗む。その芸術ができて初めて怪盗です。それなのに意味もなく予告状なんて出して強奪しに行くだけなんて・・・盗賊と同じです。予告するだけ愚かさが増すだけですね」
なんか滅茶苦茶呆れらてるんですけど・・・まさかここまでボロクソに言われるとは。
「いやいや待て、予告状にもちゃんと意味があってだな!」
「いいえ聞きたくはありません、どうせろくな物じゃないでしょ」
まぁ確かに誇れる理由ではないけど。
しかしゼノもゼノだ、未だにそんな名前使ってんじゃねぇよ!おかげで恥かいたわ!
「まぁまぁもういいじゃん、そこまでわかってるなら明日に備えて対策練ろうよ。とりあえずセルビア邸だね!下見にでも行かない?」
「フィロちゃんの言う通りです、ガニマールが狙うぐらいなら地図にも載ってるような大きなところかもしれません。ちょろっと調べて現場を見に行きましょう」
とても残念な形ではあるが行先は決まった。
打倒ガニマール。セルビア邸へ向かうために俺たちはゴルトニアを離れる。
~~~~~
王都だって端から端まで建物で満たされているわけではない。
今いる場所は王都の北の端。田畑が広がり、はるか遠く小さな林を挟んだ向こう側に、栄えた中心街が見える。
しかしさすがというべきか、これだけ離れても王城はその半身を見せていた。
これといって魔具がそこら中を彩る中心街とは違い、野鳥が舞い、のどかで静かなこの場所に、写真を張り付けたような景観壊しの大豪邸。
おとぎ話に出てきそうな、真っ赤な屋根に真っ白の壁。3メートルほどの高いレンガの壁に囲まれ、少し離れたこの丘からは、中が見えにくい。
「ショートケーキみたいなカラーリングのお屋敷ですね。外壁のせいで上半分しか見えませんが」
「何人ぐらい住んでるんだろ?かなり広いよね!!住んでみたいなぁ」
そしてやはりというべきか、壁の外、入口に大量の衛兵が配置されているのが見える。犯行予告は明日だってのにまるで当日のような緊張感だ。
「ちょろっとセルビアさんとやらに話でも聞いてみるか。家の地図ぐらいわかってたら楽だろうし、ついでに俺達も警備隊に入れてもらおう。ガニマールのやり方が変わってないなら、なんだかんだ真っ向勝負になる。それならあとは簡単だ」
とは言ったものの、ゼノ相手に簡単とは言い難いな。メアリーとフィロがどれほどの戦力になるかはわからないけど。
しかしゼノの性格上、セルビア邸で前回のヴィークでのような大胆な暴れ方はしないだろう。
アイツは無駄な被害を出したがらないはずだ・・・
「それではお邪魔しましょうか。お兄さん、お願いしますね」
「おう、いくぞ」
~~~~~
「なんだ貴様等は!今ここがどういう状況かわかっているのか!」
衛兵にエスコートされてたどり着いた先の書斎で、服を着た品のないハゲ豚が唾と怒号を飛ばす。
「コルファー・セルビア様、このような大変な時期に許可も頂かずに突然お訪ねしてしまった無礼、心より謝罪いたします。申し遅れましたが、私はメアリー、この二人はただの付き人です。この度参上しましたのは、我々もガニマールを追っているからです。そこで不躾ではありますが、ぜひ我々を警備に加えてもらえないものかと」
メアリーは輝かしい営業スマイルを浮かべながら丁寧にお辞儀をする。
「警備は何をしている!!こいつらこそ怪しいだろうが!!すぐに捕まえろ、今すぐにだ!」
よく騒ぐ奴だなぁ・・・しかし正論だ。こんなタイミングでいきなり現れた怪しい人間を疑わない者はいないだろう。
「まぁまぁそう言わないでくださいよ、衛兵の皆さんも握手すれば仲良しってね。ほらあんたも落ち着いて、な?」
近づく俺に後ずさるコルファーの肩に手を添えると、その目から怒りと警戒の色は消える。
う・・・きもちわる・・・眩暈がする。
頻繁に使っていい能力じゃないが、今は滞っている場合じゃない。
「申し訳ございません、言葉が足りませんでした。我々は魔道都市ヴィークから来た四聖騎士団所属の魔道師です。王都でのガニマールのお話を耳に入れまして、討伐のため参上しました。お力になれないでしょうか?」
コルファーはメアリーに視線を移すと、深く椅子に腰かける。
「ふむぅそういうことなら、かまわん。せいぜい役に立て。そうであれば、そうだなぁ・・・そっちの黙ってる女は私の寝室の警備を頼もうかなぁ?」
「え、私?なんで寝室?お金って寝室に隠してるの??」
「そうじゃねぇよ馬鹿。失礼コルファーさんよ、この世間知らずは実は美形なだけで男でして」
「え、今美形って」
「そういうわけです。それより少し、この美しいお屋敷の見回りをさせていただいてもよろしいでしょうか?侵入ルートの予想を立てたいので」
メアリーは淡々と話しを進めていく。そしてフィロはなぜかニヤニヤしている。気持ちが悪い。
「ぐふふ、熱心だな。かまわんぞ、許可する。好きなだけ見て回るがいい。ただ物には触るなよ、汚い手で触れると価値が下がる」
「ありがとうございます。少しばかり、拝見させていただきます」
メアリーはお辞儀をすると、そのまま後退し扉を開ける。
「それでは失礼します」
~~~~~
「広すぎだ」
思わずそう漏らさずに入られなかった。
結果から言うと、侵入し放題なほど入口が多い。ベランダが多いんだよそもそも。
しかし現時点ですべての入り口に警備員が数人立っている。
「どこかに絞るしかないですかね。金庫自体は寝室の下の階にあるシェルターにあるようですけど、どのルートからでも向えますし・・・」
困ったもんだ、こういう時どうすべきだ?名探偵の一人でもいてほしいもんだ。
「金庫前で待ち伏せるのが一番じゃない?来る場所がわかるなら簡単じゃん」
「そうですね、正直それしか方法が思いつきません。あとはフィロちゃんに任せましょう」
「なんで?あの人の夜の相手とか嫌だよ!?」
「そっちじゃありません。・・・それはそれで見てみたいものですが」
ひぃっと小さな声をあげてフィロは身震いをする。教えるまでさっきは意味すら理解してなかったくせに。
「フィロの獣人化で奴らの侵入を探知する。同時に攻められると逃げられかねないから、どこから来るか分かった時点で俺が潰しに行くわ。その間メアリーとフィロは金庫前に留まってもらう。どうせここにも警備が来るだろうが、ただの衛兵だからあまりあてにすんな」
とはいえさすが王都の警備、どこぞの軍人、冒険者を集めたのか、平均レベルは75となかなかに高い。屋敷内をうろつくついでにスキャナーで見て回った結果、すでに転生者が紛れているということもないようだ。
ガニマールはやはり当日にしか来ないようだな。本当に来るなら、だが。
「よし、じゃあ今日は引き上げよう」
「引き上げるんですか?相手が何時に来るかわからないんですよ??もしかしたら日にちが変わってすぐかも・・・」
「それはない。来るなら当日の夜中だ。俺たちは、そうだったから・・・」
一般人が外を出歩きにくい時間であれば、逃げるときに無駄に巻き込まなくて済むから、だっけな。
「そう、ですか。それなら一回宿に戻るんですね」
「よかったぁ、私の身体は清いままでいられるんだ・・・!あの気持ちわるい人と一緒にいないといけないかと思った」
「もともと置いていく予定はないけどな。さてと、もう夕方だし、帰ろう」
「わかりました、ではコルファーさんにご挨拶しに行きましょう」
~~~~~
宿に戻るころにはもうすでに空は暗くなっていた。
ベッドの上でデュランダルを磨いていると、メアリーがにこにこと笑いながら近づく。
「お二人はもうすぐ寝ますよね?私は、デザートを食べに行こうと思うんですが」
そう語るメアリーの目には昨晩のような狂気の色がうかがえる。
「待てメアリー。正直に言えば出て行っていいってわけじゃないからな」
「そうだよ、やっぱり人を殺すのやめられないの?」
メアリーは俺達が止めることを予測していたのか、すぐさま自分のカバンを漁り、数枚の紙を机に並べた。
それは昼間ゴルトニアで見かけた物だ。いつの間に持ってきたのか知らないけど、勝手にとってきていいのか?
「デザートのメニュー表を拝借してきました。どれにしようか非常に悩ましいです」
非道な罪の数々、クズと呼ばれるにふさわしい人間たちの手配書。
「・・・行ってこいよ。魔族に疑いが向けられるようにやり方をしなければ俺は別にいい」
「リーダー本気で言ってるの!?殺しはダメじゃないの!?」
フィロは声を荒げ、机をたたく。
「残念なのか幸いなのか、メアリーはバレずに殺せる。だからいい、行ってこい。そうしないと抑えられないんだろ?」
メアリーは大きな目を見開いて喜びに悶える。
「許可、出しましたね!?今確かにガンガン殺していいって言いましたね!?」
「いやそこまで言ってない!お前はたびたび俺の発言を改ざんするな」
「できればフィロちゃんにも来てもらいたいですね、探す手間が省けますし。つまみ食いもできますし」
嫌らしく、舐め回すようにフィロを見つめるメアリーに久々に寒気を感じる。そうだった、こいつはこういうやつだった。
「絶対いや!人殺しの手伝いなんか絶対いや!」
「それは残念、ではでは行ってきますね!朝には帰りますから!」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、子供の様に浮かれたメアリーは部屋を出て行った。
・・・鍵、持って行けよ・・・
「本当によかったの?また人殺しちゃうじゃん!」
「いいんじゃね?別に俺達は正義の味方じゃないし。捕まって殺される予定の人間ならアイツの餌になったほうがいくらかいいと思うけど」
「でも!そういうのって、違うと思う・・・いくら罪がある人でも私達が裁いていいってわけじゃ・・・!」
「裁くんじゃない、殺すだけだ。別に罰を与えたいわけじゃない、死んで当然な奴なら殺していいんじゃねぇかって話だよ」
「そんなの殺人鬼と一緒じゃん!」
「俺も殺人鬼みたいなもんだ。お前のことだって本当は殺す予定だったんだしな。そんなことよりここで大事なのは、魔界に迷惑がかかるかどうかってとこだ」
「魔界がどうとかじゃなくても、そんなの魔王様、嫌がるよ!」
「わかってるよ。でもメアリーはそうでもないと落ちつかねぇ。これが最善なんだ」
「・・・なんか、いやな感じ。私も少し行ってくる」
「お好きにどーぞ」
フィロは納得いかないといった具合に、雑にバッグを持って部屋を出て行った。アホだけど、妙にアツイところがあるんだなフィロって。
~~~~~
なんであんなに簡単に命のやり取りをできるんだろう。
同じ人間なのに、転生者であっても、人であることを忘れたわけじゃないのに。
わたしもそう思うことになるのかな?
リーダーは魔王様のためなら平気で人を殺すし、メアリーさんなんてだれも止めなかったら好き勝手殺人を犯す。
私には、その感覚がどうしてもわからない。
「はぁ・・・」
ため息を漏らしながら夜の王都を彷徨う。
明るい街だなぁ。グレルガンドの城下町と同じだ。
仕事終わりの人たちや、あわただしく走り回る正装の兵士、まだ王都は眠る様子はない。
・・・どこにいるんだろうメアリーさん。あの兵士さんが走っていった先にいないといいんだけどな。
そんなことを思いながら人の目につかないよう路地裏へと私は入っていく。
「夜の導きよ・・・」
言葉に反応し、一瞬全身がざわつく。髪が少し長くなり、腕や足に白い毛が伸びる。
耳が増えるのがいまだにすこし気持ち悪いんだよねぇ・・・しかしこの頭頂部の三角の猫耳が遠くの細かい音まで拾ってくれるんだけど。
さてさて、メアリーさんはどこだろう。
意識を集中する。様々な匂いがして、たくさんの声が聞こえる。
これじゃない、これじゃない、これでもない・・・
「ん!」
聞こえた。1キロ先、ここから右斜め前にまっすぐ。
周囲に人がいないことを確認すると、私はそのまま跳び上がる。
建物の上を飛び回り、まっすぐ声の方へと走る。
~~~~~
「やめなさい!」
降り立った先は工場のような場所だった。煙のにおい、生ごみのような臭いもする。
3人の男と高級そうな身だしなみの少女がいるだけで、もちろんメアリーさんの姿はない。
それもそのはずだ、私が聞いたのは少女の悲鳴だったからだ。
「なんでこんなところに獣人がいるんだ?お、でもなかなかかわいいじゃない」
前に立つ人相の悪い細身の男がいらしくナイフを舐める。
誘拐か・・・最低。
見たところ、前の二人は大したことなさそうだけど、後ろの高そうな真っ黒のスーツをきた赤髪はなにかありそう。レベルも高いかもしれない。
「その子をどうするつもりよ。あんたたち親子ってわけでもないでしょ」
助けないと。見過ごしちゃいけないと胸が熱くなる。
「白毛の獣人か、こいつは珍しい。ボスが喜びそうだ。連れてくぞ」
赤髪の男は前の二人に指示を出すと、少女を連れて下がる。
手元でもがきながら、少女は抵抗をやめない。
「だめぇ!逃げて!!」
年齢でいうと10歳ぐらいの少女が自分のことより私を心配するなんて。
もちろん負けるつもりも逃がすつもりもない。
「そうはいかないの。君みたいな小さな子を誘拐するなんて、許せない」
私は駆け出すと、すぐに数メートルの間は縮んだ。
「なにっ!」
前に立つ男は反射的にだろうか、悲鳴とまではいわないが短く声を上げた。
駆け出した勢いのまま右足で左の男を真横に蹴り飛ばす。
そのまま右足を地面につき、軸にして二回左回転して、左足でもう片方の男に回し蹴り。こちらも見事にはじけ飛ぶ。
「おっとっとそれ以上動くな。俺の部下みたいにこの子の頭も吹っ飛ぶことになるぞ?」
赤髪の男は青みがかった皮手袋をはめた右手で少女の頭を鷲掴みにし、こちらへと突き出す。
男は表情一つ崩さない。
「その子を離しなさい」
「俺は年上だ、敬語を使え。使っても離さないが」
「ふざけるな!」
とは言ったものの、どうしたらいいのかわかんない!
全力で飛び込めばぎりぎり・・・いや、失敗したら彼女が殺される・・・!
「ほんと卑怯ね!そんな子供を盾にするなんて、恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしくはある、が、とりあえずは蹴り飛ばされずに済んでる。人間は恥と向き合って生きてく方がうまくいくもんなのさ、勉強になるだろ獣人」
男はそのまま後方に下がっていく。部下を放って逃げるつもりね。
どうしようどうしよう。リーダーならどうするんだろう。
漫画や映画の主人公なら、こういう時どうしてたんだろう。
「じゃあ悪いが夜も遅いし、俺は帰るよ。お前もとりあえず帰ったほうがいい、こんな時間だ、不審者もでるだろうしな」
男はそのまま早足でさらに距離を取る。
・・・逃げられる・・・!
一か八か踏み込もうとしたその瞬間だった。
「そうですよぉ、早く帰らないと、鬼が出ますよぉ?殺しが大好きな殺人鬼がねぇ!!」
気の狂ったような甲高い声が工場内に響くと、男の後ろに何かが落ちてきた。
ベチャ
「は?」
男は真後ろに落ちた『何か』に気を取られて一瞬のスキを見せた。
全身の体毛が逆立つ・・・!!!
「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
むしろ男がこちらへ飛んできたのかと思うほど、一瞬で男との距離が埋まる。
「うおぁぁぁ!!」
飛び込んだ勢いのままの肘打ちをうけ、男は少女だけを残して後方へと吹き飛んでいった。
「はぁ、はぁ・・・!」
この息苦しさは我慢が解けた瞬間だからだろうか、まぁそんなことはどうでもいいや!
「あぁあぁぁ!すっきりした!!!」
思わずこぶしを握り締めて喜んでしまう。それほどに心地よい瞬間だった。
「うぅ・・・」
少女は頭を押さえてしゃがみこんでいる。
・・・そしてその後ろには手足が変な方向に曲がり血だまりに沈む、特徴的な帽子と蝶のマスク、それと今は血に染まりきったきれいな銀髪の女性がつぶれている。
「あの・・・大丈夫?メアリーさん」
びくっと体が震え、グキグキと気味の悪い音をたてながら『彼女』が立ち上がる。
「あーいたたたたた。なかなかいいタイミングだったでしょう?」
「うん、まぁ・・・でもほかに方法はなかったのかなぁって」
「あれがベストです。さてさてそんなことより!フィロちゃんが見つけたデザートを食べに行きましょう!」
目から下しかわからないが、嬉々とした表情でメアリーさんは男が吹き飛んだ方へと向かう。
「あ、ちょ、だめだよメアリーさん!その前にこの子!」
そうそう、もともとはメアリーさんの犯行を止めに来たんだった!早く止めないと!いやその前にこの子をなんとかしないと!
「えーっときみ、大丈夫?ちょっとここで待っててね、あのお姉さんのとこいってくるから!ちょっとメアリーさんってば!!」
すでに男の元へたどり着いたであろうメアリーさんに急いで追いつこうと走りだしたとき、メアリーさんがきょろきょろと周りを見渡しているのが見えた。
ん?なにしてんだろ?
「どうしたの?」
「いない・・・デザートが消えた・・・」
工場の産業廃棄物回収箱を派手に壊した跡はあるのだけど、そこに先ほどの男の姿はなかった。
私はすぐさま嫌な気配がする方を振り返る。
「・・・やられた!!!」
右腕を力なく垂れ下げた赤髪の男が、左肩に少女を担いで煙の立ち上がる煙突の上から私たちを見下す。
「あらあら活きのいいデザートですね」
隣に立つメアリーさんは口元をゆがめ男を見上げる。
「おい獣人!!明後日の夜、コルスタ教会にこのガキを連れてくる。なんでこいつを追ってるのかは知らないが、返してほしいならお前自身と交換だ。じゃあな」
「待ちなさい!」
男は外套のポケットから球状の何かを出すと、それは緑の煙を大量に排出しだした。
「なにこれひどい匂い・・・!でも追わないと!」
「無駄です。もう彼はあそこにいません、見事な素早さですね」
匂いも辿れない、煙で姿も見えない・・・!
「しかしよかった、次来る場所までわかってるなんて。彼の名前はフィルベルト・ブロンズ、『ネガジオ』とかいう犯罪組織に所属する、有名な犯罪者ですよ。誘拐の前科はあるかどうかは知りませんが、なかなか骨のある獲物ですね」
「あの子大丈夫かな・・・あのふざけた男、絶対にこらしめてやる!」
「もちろん私も参加しますね。しかしフィロちゃんのあの攻撃を受けて腕が使えなくなるだけで済むなんて、ただ者じゃなさそうですね」
「うん、雰囲気も他二人とは違ったしね。そういえば部下とか言ってたけど、倒した二人はどうしよう?」
先に倒した男二人は離れた場所で気絶しているようだ。さっきから変わらないポーズで倒れている。
「つまみにもならないチンピラですね。この程度の小物だったら殺せないじゃないですか・・・」
がっくりと肩を落とし、メアリーさんはトボトボと工場の反対側、街の方へと歩き出す。
「何してるんです?わざわざ落ちてるごみを拾って周るような慈善活動団体じゃないでしょう?もう帰りましょう。今日のところはもう、彼も来てくれそうにないですしね」
「誰も、殺さないの?」
「ええ、私の狙いは決まりましたから、それまでは我慢してみます。殺禁ですね。三日後はさぞや楽しい夜になるでしょうねぇ」
本当は殺すなと止めに来たんだけど、そういうことならとりあえずはいっか。
「明日は本来の仕事があるからね、そっちに集中しないと・・・あの子は、殺されることはないと祈るしかないのかなぁ・・・」
「それは大丈夫だと思いますよ?どういうわけか貴女を欲しがっているみたいなので品物に手は出さないはずです。案外こういうときって誘拐犯は素直なんですよ」
この人が言うと妙に説得力があるから嫌だなぁ・・・
考えていてもしょうがないので、私はメアリーさんとならんで夜の街へと戻ることにした。
明日に集中、うまくやればレギオンを倒せるんだから!
「・・・それはずさないの?」
「・・・忘れてました」
メアリーさんは眼鏡をはずすと、恥ずかしそうにポケットにしまった。
なんか、こんな顔のメアリーさん珍しい気がするな、とそんなことを思った。
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