第24話 なにかしらの行為に及ぼうとしたんですか?
ふと目が覚めると、そこはまた見覚えのある天井。いつもの魔王城の俺の部屋だ。この感じはデジャビュだな。まるで死に戻りしてるような気分だ。
しかし今回は腹の上にソフィアが寝ていることは無かったし、包帯もない。ただただ頭がボーッとして気だるい。
窓の外に目をやると珍しく曇天。暗雲が空を埋め、今にも雨を降らしそうだ。
そんなことを思いながらぼけーっと天井を見上げていると、扉が開かれる。
侵入者の足音が近づいてくるなり、そいつは俺の顔をのぞきこんできた。
「目覚めたか。そんな気がしたから見に来たんだ。」
死んでんのかってぐらい白い肌と以前より増している目の下のクマ。
こいつは知っている。以前カフェまで俺に会いに来た魔王軍東方軍団長様だ。
「起きたのなら、魔王様のもとへ行くんだ。私は戻る。」
「それだけ言いに来たのか?」
「それだけだ。他になにかしてほしいか?蒸しタオルでもほしいか?」
なんで蒸しタオル・・・
「いやそうじゃねぇけど・・・まぁ、じゃあ蒸しタオルくれ・・・」
「やはり、な。欲しがってるような気がしたんだ。待っていてくれ。」
男はスタスタと部屋を出ていった。なんだあいつ、魔王軍幹部ってみんな暇そうに見えるんだけどどうなんだ?普段何してるんだ?
そしてなんだか会話をしているうちに少しずつ頭の中がハッキリして、少しずつ思い出してきた。
そうか俺、気を失ったんだった。
どういわけかゼノにも会ってそして・・・ソフィアに俺が転生者だってこともバレたんだ・・・
これからどうやってソフィアと向き合えばいいんだろうか。というか、ここにいちゃいけないんじゃないだろうか?会いに行けと言われても、どんな顔して会いに行けばいいんだ。
ガチャ
「待たせたな。持ってきたぞ。」
「・・・いま何時だ?」
「今?今は夕方の五時だ。」
結構たってんな・・・どれだけ寝ていたかしらんが、少なくとも『八時間』は過ぎたか。
俺は意識を集中し、魔力が溢れ、鼓動が早まるのを感じる。
そのまま右手で頭に触れ、能力を発動する。
「どうした?頭が痛むのか?」
頭の中がすっきりしていく。
「・・・ふぅ、気にすんな、偏頭痛もちなんだよ。」
「そうか。ならば顔を拭くがいい。顔色が悪いぞ。」
お前に言われたくはねぇけどな・・・
なんか蒸しタオルって落ち着くな。気持ちいい。
「目が覚めたのですね。」
色白の男は部屋の入り口に向かって会釈をし、そのまま身を引いた。
「ヘルセリオ、すみませんが席をはずしてもらえますか?」
「御意。」
ヘルセリオは再び頭をたれると、足早に部屋を出ていった。
「おはようございます。」
寝たままの俺の視界にソフィアが入り込む。
「あぁ、おはよう。ってそうじゃねぇだろ、どうなったんだ?」
特段なにも気にしてませんといった雰囲気のソフィアはベッドの隣にある椅子に座り、落ち着いた視線をまっすぐ俺に向ける。
「どこまで覚えているか知りませんが、もう大丈夫ですよ。貴方と氷漬けの女性をつれて魔王城に戻ってきたんです。」
「メアリーも、ここにいるのか?」
「あの氷の方はメアリーというんですね。そうです。今牢屋塔に幽閉しています。なんというか・・・とても気味の悪い方ですね。できればあまり口をききたくないです。」
そりゃそうだ。天性のイカレ頭に天使の制約を付け足して完全にソフィアにぞっこんだろうしな。
「メアリーがここにいるなら、トルルは大丈夫なんだな・・・チヒロとゼノは?」
「ゼノはディンの大魔法を受けてますがおそらく生きているでしょう。チヒロさんは置いてきました。・・・つれてきたほうがよかったですか?」
そうか、なんだかんだ丸く収まったんだな・・・俺のこと以外は。
「少しは思い出せましたか?」
「あぁ、なんとか。」
「さて、では何から話しましょうか。というより、何から聞きましょうか。」
「すまん、俺お前を・・・っ」
ペチッ
あいたぁ・・・デコピン??
「まだなにも話していないのに謝らないでください。謝罪は悪いことをしたときだけです。」
ソフィアは落ち着いた口調で淡々と話す。責めるような声ではなく、あくまでやさしく。
「それでは色々聞きたいことがあります。まず確認ですが、貴方は転生者なのですね?」
「・・・そうだ。」
「天使の制約がありますよね?なぜ私を襲わないのですか?」
「それは、俺の能力の効果だ。」
「天使の制約を解除できる能力・・・?そんなものがあるのですか?」
「それ『も』できるってだけ。俺の能力は・・・」
「・・・能力は?」
「俺の能力は『感情や思考を壊す能力』だ。右手で触れて、相手の感情や思考を選んで壊すことができる。」
自分で言うのもなんだが、最低最悪の能力だ。人の道を離れたこの力をソフィアに伝えることに、俺は少なからず抵抗を覚えている。
「なるほど、恐ろしい能力ですね・・・。それと制約の解除はそんな関係が?」
「この能力は自分自身にも発動することができる。天使の制約ってのは、理屈も根拠もない『魔王を殺すという使命感』だから、自分の中にあるそれを壊しているんだ。ただし八時間しか効果はもたないからかけ直さなきゃいけない。それにどういうわけか、アルマと融合してからは魔族化しないと能力を発動できなくなっちまった。」
「その、転生者の特殊能力や武器は、どういうシステムで手に入れるんですか?」
「仕組みはよくわからんけど、転生したときに選ばされる。武器か能力かを選んで、能力を選んだ場合だと自分で考えた能力を得ることができる。」
「能力を自分で考える・・・?それじゃ貴方は自分でその能力を考えて身につけたんですか。」
「そうだ。弱い俺でも魔王を殺せる能力を考えたらこれだったわけだ。」
触れた相手の思考をすべて壊せば、何もできなくなるからな。あとはサンドバッグをズタズタにするだけで楽だと考えたわけだ。
「魔王である私が言うのもなんですが、それなら触れた相手は死ぬとかそういうのにしたほうがよかったんじゃないですか?」
「それはできないんだ。魂に直接干渉するような能力は得られないようになってた。即死魔法なんて物語の中だけってことだな。」
ソフィアは無意識的になのかはわからないが、俺の右手に視線を向けた。
「そうですか・・・それでは他の質問ですが、貴方は一体どこから来たんですか?聞いてもおそらくわからないとは思いますが。」
「世界自体に名前がついているかは知らないが、日本という国から来たんだ。魔法も魔族もいない。コンクリートでできた街、電気で生きてるようなところで、ここに比べれば安全すぎるほどの世界だ。」
「ニホン?魔法も魔族もいない国ですか・・・それは人のみがいる世界ということですか?」
「動物もいるけど、魔力という存在その物がないから魔獣や魔物はいない。」
まぁライオンやゴリラとかは魔力無しでも十分危険だけどな。
「なるほど。今の貴方の働きからは想像もできない場所ですね。」
そりゃそうだ、向こうの世界で死んだときは、俺高校生だったしな。
「それではまた別の質問です。たしか、転生者は魔王を殺すことで願いが叶えれるんですよね?貴方の願いは何だったのですか?」
「元の世界に戻ることだ。戻って・・・」
・・・あれ?戻って、どうするんだっけ?
俺は日本に帰って、何をするんだ?何をしなきゃいけなかったんだ?
そもそもどんな生活をしていて、誰といて、親の顔はどんな・・・
「戻って、どうするんです?」
「・・・まだ頭がボーッとしてるみたいだ。なんていうか、思い出せない。」
「そうですか、まぁそれは追々確かめましょう。では、あのチヒロという人とは本当はどういう関係なんですか?ヴィークで聞いていた間柄だけではなさそうなんですが。」
「それも明確には答えられねぇんだ。あいつはなぜか俺のことを知っている。でも俺はアイツのことをほとんど何も知らない。だから俺にもよくわかんねぇんだ。」
「なるほど、酔った勢いで一晩の関係だったなんてことは?」
「ねぇよ!急に浮気調査みたいになってんぞ!」
「し、失礼しました。それでは、ゼノという人物は何者なんですか?」
「ゼノは、魔王城に来る前、魔王討伐のために一緒に冒険してた仲間だ。以前話したことがあっただろ?ある怪物に遭遇して全滅したって。その時死んだ・・・死んだはずの仲間の一人だよ。」
「かなり厄介な相手のようですね?貴方と近接戦闘で互角、ディンの大魔法すら効かないみたいですし。」
「アイツの特殊能力は吸収なんだ。あいつの意識の外を狙わない限りダメージすら与えられない。だから俺の攻撃はすべて『気付かれてる時点で』もはや攻撃としての威力は無くなってる。魔法もそうだ。受ける場所を分かっているだけで、あとは能力を使用するだけでノーダメージ。能力の性質上攻めが弱いはずだったが、例の怪物の力を吸収していよいよ手をつけられない状態だな。」
「かなりの強敵になるってことですね・・・」
ソフィアは小さくため息をついて天井をあおぐ。
「他に聞きたいことは?」
「あと二つありますが、ちょっと落ち着いてから聞きます。今は、少しまだ気持ちが不安定で。」
「そうかい。・・・とりあえずまぁ、俺はこの城からでていくよ。」
ピクッとソフィアの眉が動く。
そして大きな二つの瞳が鋭く俺を睨んだ。
「それは許しません。」
「だって、お前をいつ殺すかもわからないようなやつが一緒にいたらダメだろ。いままで黙って通せたけど、お前はもう知ってしまった以上気が気ではないんじゃねぇの?むしろなんで今までいたんだよってな。」
ペチン
またデコピン!?しかもさっきに比べてすげぇ痛いんだけど・・・!
「すいません、これは単に腹が立ったからです。」
ソフィアはムスッとしながらデコピンをした俺の額をさする。
「私は魔王ですよ?魔族の長たる私が、苦労して手に入れたモノを易々と手放すわけないでしょう!」
立ち上がって、息を荒げ、魔王様ご立腹のようです。
「でも俺がお前だったら・・・」
「貴方が私の立場だったら、私を城から追い出せるんですか?いいえ無理ですね。貴方にそれはできない。」
ソフィアはそのまま寝ている俺に覆い被さるように抱きついてきた。
「貴方は私を殺す機会をうかがうためにずっと正体を隠していたわけではないでしょう?お父様のこともあるとは思いますが、自分の意思でここにいたんでしょう?」
抱き締める力が強くなる。
細い腕でこれだけの力を出せるのもレベルが高いからだよって俺は誰に説明しているんだ・・・!
「貴方が私の元にいたいと思うならいればいいんです。それが私の望みでもあると今になってもまだ理解ができないんですか?」
「わかった、わかったから。苦しい・・・!」
「そうだ・・・いっそこのまま殺してしまったら、ずっと私のものに・・・」
ほ、本気でいってる!?そんなヤンデレ属性なかったよな!?
「なんて、冗談です。でもほら、元の世界に帰りたいなら私を殺す最大のチャンスですよ?」
ソフィアは体を起こすと馬乗りの姿勢でイタズラな笑顔を浮かべ、俺の右手を両手で包む。
「・・・そうだな。今なら殺れそう。」
捕まれた手をひっぱり、今度は俺がソフィアの体を抱き寄せる。
「ひぇっ!?」
本気で抱き締めたら骨なんてバラバラにできそうなほど華奢だな。
こんな一見儚気な魔王様が、最近は俺の支えになってると思うと勝手に力が抜ける。
「ちょっ、ちょっと・・・コウセツ・・・さん・・・」
「・・・さりげないなぁお前。別にいいけど。」
「だいたいなんで教えてくれなかったんですか・・・!私が以前名前をきいたときは適当にはぐらかしてばっかだったのに、なぜかあのチヒロさんは知っていますし?さすがにショックです。」
「この世界に光雪なんて名前そうそうないだろ?名前から転生者って気づかれるかと思ったんだ。」
「そんなことでわかるなんて、どんな名探偵ですか。答えを知っていないとその発想すら思い浮かびませんよ。」
そうなのか!?俺的には和名をきいただけでスキャナー照射必至なんだけど・・・
「あの、コウセツさん、そろそろ苦しいです・・・」
「わ、わりぃ!つい・・・なんていうか!」
いかんいかん、うっかりずっとホールドしてしまっていた。
「つい、どうしたんです?なにかしらの行為に及ぼうとしたんですか?」
俺から解放され、体を起こしたソフィアは妖艶な笑みを浮かべる。
「ちげぇよ!そういうのは、まだ、はやいっていうか!お前だって嫌だろ!?」
「ふふ、そこまで焦らなくてもいいですよ、ちょっとした冗談じゃないですか。」
こいつどこでこんな技を・・・!?
魔王城では男を弄ぶ術も学ぶのか!?
「コウセツさん・・・貴方は優しくて、どこかかわいいです。」
ソフィアは俺のとなりに寝転がり、耳元で静かに囁く。
「かわいい要素は0だろ。こんなゆるキャラいるかっての。」
「そういう可愛さじゃないんですけどね。・・・はぁ、なんというか。だからこそ信じられないんです。こうやって話していると、とてもじゃないけど想像ができない。」
「なにが?」
「貴方はどうして・・・お父様を殺したんですか・・・?」
虚ろに天井を見上げるソフィアは、俺の左手をすこし強く握った。
握り返すことは、できなかった。
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