第23話 うっかり殺しますよ?

あまりに情けない。

月光と夜風にさらされ、地面に押さえつけられ。

決して強い力なんかじゃない。それでも俺が抵抗できないのは、この男、ゼノ・グランベルグの特殊能力のせいだ。

俺の知る限りチート中のチート。吸収の能力。

発生するエネルギーや魔力をすべて吸収し無効化する力。そしてかつて俺の中に、アルマを吸収させた力。

「そんな・・・貴方が転生者だなんて・・・」

「俺と光雪はかつてお前を殺すために旅に出ていた仲間だ。そして今も変わらない。お前が光雪に何をしたかはしらないが、俺達は、光雪はお前の敵だ。まぁ今から死ぬお前には関係のない話か。」

「やめろ・・・!ゼノぉ!」

やはり、ゼノはソフィアを殺す気だ・・・!

俺を抑えつける力が若干弱まり、緑色の鮮やかな光が辺りを照らす。

この光もよく知っている、魔剣アロンダイトだな。

「魔王を殺して、アルマを蘇らせる。光雪も手を貸してくれるよな?」

ゼノはもう元の世界に戻ることは考えていないんだな。

あんなに元の世界に戻ることに固執してたくせに。それだけアルマを・・・

ゼノも生きていて、アルマも蘇る、か。素晴らしいな。しかしその代償は魔王の、ソフィアの死を意味するわけだ。

「・・・断る。」

「・・・なんだと・・・?」

実際のところ、俺とソフィアとの関係はおしまいだ。俺が魔王を殺すための戦闘マシーンだってソフィアにバレてしまったわけだしな。

はは、なんかもう笑えてくるな。なんで今日こんなについてないんだろ。

「ゼノ、手をどけろ。」

「それこそ断る。本当にどうしたんだ?またアルマに会えるんだぞ?お前は願いが叶ったからいいかもしれないが、俺にとってアルマは命より大事な存在だ。頼むから手を貸せ。」

「魔王を殺させはしない。悪いが、お前の願いはかなわない。」

鼓動が早くなっていく・・・視界が赤に染まる。体の中心が熱い。

「なんだこの感覚は・・・やめろ光雪!!」

もうどうにでもなれ。俺はソフィアさえ生き延びてくれればいい。

「アースクエイク。」

地面が割れ、上下に激しく揺れる。

「うっ!」

ゼノは体制を崩し、俺の背中から離れた。

ソフィアとチヒロもすぐに遠くへ離れ、俺だけ自分の魔法の被害にあう。

あいたた、地面が猛烈な勢いで俺を持ち上げては落としを繰り返す。

立ち上がって周りを見渡してみると、おいおい、一同ドン引きじゃねぇか。

「お前、その姿・・・アルマの力か。」

こめかみより少し上から生えた巻角、背中に生えた羽毛の豊富な二枚の黒い翼。

そして落ち着きのない先の尖った長い尻尾。手も足も、もはや人間のソレではなくそこいらにいる魔獣と変わらない、鋭い爪が伸びている。

「そうだよ。あの戦いを生き延びるために、お前とアルマがくれた力だ。」

両手に、すでにほぼ空っぽだったはずの魔力を溜める。魔法陣は展開されない。

ただ凝縮されただけの魔力の塊を、そのまま投げつける。

「無駄だ。」

わかってるさ。吸収できるもんな。

放った魔力弾をゼノは右手で受け止め、瞬時に消し去った。

やると思ったよ。

俺は転移で背後にまわる。

しかしゼノは俺が背後に転移するを知っていたかのように、魔力弾を消すのと同時に背後を振り返る。

それも予想通りだ。俺はすぐさま地面を殴りつけた。

地面が砕け、砂埃や土が舞い上がる。

「目くらましか。」

ゼノにダメージを与えるには、ゼノの意識していない箇所を攻撃する必要がある。あくまで意識していなければ吸収は発動しない。それがゼノの弱点だ。

「ここだ!」

砂埃を突き破り、ローキックを放つ。

致命傷を与える頭、胴体をあえて狙わず、足元を狙う。

「・・・よくもまぁ瞬時にここまでいやらしい攻撃を考えるもんだな。」

「なに・・・?」

俺のローキックは確かに届いていた。

手応えは十分、吸収もされていない。だが、ゼノは平然としているようだ。

蹴りの風圧で砂埃が散り、お互いがはっきりと視認できるようになると、答えも見えた。

「お前、それ・・・」

ゼノの足は白い毛の獣のモノになっていた。

「俺がアルマの力、『原初の魔族』の力をお前に移したのと同じ方法さ。忌々しい格好だが、見覚えがないか?」

白い毛とこの強靭さ・・・

「お前・・・!まさかあの化物を!?」

「おかげであの戦いの後なんとか生き残れたんだ。方法としては不本意だったがな。」

互いにバックステップで距離を取る。

あいつの身体が、『あの時』の化物を吸収してるのだとしたら、かなり厄介だな。

少なくとも今試した通り、生半可な攻撃は効かない。

魔族化してる今なら素手でも少しはダメージを与えられるかもしれないが、ゼノの能力もある。

「・・・反則だろ、そんなの。」

「反則を倒すための能力なんだろ?お前の『チートバスター』は。」

「人の黒歴史をさり気なく掘り返すなよ。廃人にしてやろうか。」

「この防御力も吸収の能力も、お前の能力には関係ないもんな。やれやれ恐ろしい限りだ。」

「そう思うならソフィアから手を引け。俺は本気だぞ。」

「それはできない。俺にとってアルマは全てだ。たとえお前を倒してでも、魔王を殺して願いを叶えてやる・・・!邪魔をするな!」

ゼノはアロンダイトを両手で持ち、構える。


~~~~~


少し離れたところで、彼が戦っています。

相手は昔の友人のようですね。私の知らない彼を、知っているようです。

「あの・・・魔王さん。」

チヒロさん、でしたね。

「なんでしょう。」

「魔王さんは、光雪君とどういう関係なんですか・・・?脅して奴隷にでもしてるんですか?」

「私の国では奴隷制度を廃止しています。見ず知らずの貴女に言うのもなんですが、彼とは婚約しています。」

「こ、婚約!?光雪くんと、あなたが・・・?」

チヒロさんはとても落胆しているようです。どういうことでしょう?彼との仲は浅いような気がしますが・・・一目惚れというやつでしょうか。

「そんなことより、早く彼を助けなければ・・・」

透き通った輝きを放つデュランダルと美しい翡翠色の剣が切り結ぶ度火花と魔力が弾けています。

・・・彼のあんな魔族らしい姿は初めてみました。悪魔、と呼ばれる者に似ていますね。

「どうして光雪君と婚約を?何が狙いなんですか?」

「狙いなんてないです。強いていうなら彼そのものが狙いです。こういった答えでよろしいでしょうか?すいませんが私はもう行きます。」

話している場合じゃないですね、急がなければ。


ゴン


彼らの方へ向かおうとすると、鎧に何かがぶつかりました。石?

「行かせない・・・ゼノさんの邪魔はさせない!」

おやおや、健気ですね。生身で私に挑もうなんて。

「話しているうちに変な期待をさせてしまったならすいません。いろんなことがあって今私はかなり気が動転していますので、あまり変なことを言うとうっかり殺しますよ?」

先程の彼の説明にはありませんでしたが、チヒロさんは彼から逃げ切った転生者でしょう。彼がなぜチヒロさんが転生者であることを隠したのかは気になりますが、それでも生かしているということは意味があるのでしょうね。

「フレアブレード」

「え!?」

炎でできた8本の剣。切っ先をチヒロさんの手や足など各部位に向け寸止めの状態で固定し、自由を奪います。

「わかるとは思いますが、少しでも動けば刺さりますので。あとで解除してあげますのでご安心ください。」

「ちょっと!?・・・あつっ!」

「そこでおとなしくしていてくださいね。」

チヒロさんを放置し、彼の方へと向かいます。

激しく剣がぶつかり合っていますが、その斬り合いはどこか不自然です。

「はぁ!」

「おぉらぁ!」

防いで避けて度々相手を『掴もうと』する彼。振られた剣を時より『素手で弾く』ゼノ。

どこかお互いを『素手で触れようと』しているように見えます。

本来危険すぎるその行為が違和感の正体でしょう。何をしているんでしょう・・・

それよりなにより、本気で殺そうとしているようには見えませんね。殺気がどうとかは、よくわからないですが。


「魔王様、お待ちを。」

「!?」


彼に加勢しにいこうと歩を進めていると、突如耳元でささやかれた声に思わず飛び退いてしまいました。

「お見事です。気配も音もありませんね。しかしディン、どうしてここに?」

「どこかの誰か様が突然居なくなったと城では大騒ぎです。原因はあの愚か者だと考え、参上したまで。」

丁寧にお辞儀をしてはいますが、ディンの皮肉には苦笑いしか出ませんね。しかしやはり城では問題になっていますか・・・これは早々に帰らなければ。

「ところで相手は何者です?お互い本気で相手を殺そうとしていない、まるでチャンバラだ。見ていて腹立たしいので両方消し飛ばしましょうか。」

「待ちなさい。相手は彼の友人のようです。どうやら、昔の・・・」

「やつが魔王城に来る前の、ですか。」

「ええ。ゼノという人です。みたところ人かどうか危ういですが。」

「ゼノ・・・どこかで聞いた名だ。忘れましたが。それはそうと、どうしますか?」

「もちろん彼を連れて帰ります。それと、そこの氷付けの方もです。」

「承知しました。そこの女はどうします?このままバーベキューにしますか?」

「あちらの方は・・・」

チヒロさんはどうしましょう。なんだか本能的に、あの人を彼の近くに置いておきたくないですね。

連れて帰っても特に利益もないでしょう。

「放っておきましょう。彼と氷の回収だけでいいです。」

「そういうことであれば。」

凶悪な微笑みを浮かべ、ディンはその場から消えました。

転移魔法ではなく、単純な脚力による跳躍。行き先は彼らの戦っている場所ですね。


「なんだ!?」

「な、お前!?」

その勢いのまま、ディンは脇腹めがけ拳を打ち込みます。

「ぐおあぁぁあっ・・・!!!!」

ゼノではなく、彼の脇腹に。

ぶつかる壁を突き破りながら激しい勢いで水平に弾け飛ぶ彼を、今の今まで対峙していたゼノは呆然と見つめています。

「ちょっとディン!?」

「ハッハッハ、勢い余って狙いが逸れました。」

「こ、光雪!?何者だお前は!?」

「ただの正義の倉庫番です。」

まったく、笑い事じゃないんですが・・・!

安否が気になるので急いで彼のもとへと向かいます。

・・・どこまで飛ばされたんですかね・・・!

「大丈夫ですか!?」

しばらく壊れた町を進むと、瓦礫の山の中に鋭い爪を持つ黒い獣のような手が生えていました。

「・・・」

うわぁ、返事どころかピクリとも動きません・・・!

「もう!なんでディンはこういつも・・・!」

急いで彼を瓦礫から救出します。

全身を掘り起こしてみると、意外にも傷はそれほどなく、右腕が不自然な方向に曲がっているだけでした。

「ノーブルフェアリー!」

急いで回復魔法をかけます。

しかしとんでもない反応速度ですね。あのディンの不意打ちを右腕で防いだのでしょう・・・あれ、それならなぜ気絶を・・・?

「!?」

回復が済み、右腕が元に戻るとすぐ、急に彼に身体を抱き寄せられました。

「ソフィア・・・」

今にも消えてしまいそうな悲痛な声。

「も、もう大丈夫ですよ、傷は治しました!今はディンが向こうで足止めしています。」

ふぅ、と息をはくと、彼は再び体を寝かせます。

「わりぃな・・・。それよりあのイカレ吸血鬼・・・!他に方法を考えろよな・・・!」

彼は前髪を少しあげるように、自分の頭に手を触れました。

すると、全身が元の人間の姿に戻っていきます。何かの魔法でしょうか・・・?

「今はとにかく引き上げましょう。いいですね?」

「でも俺は・・・」

「とりあえず他に用事はないでしょう?あの氷は回収しますから、トルルさんとやらの身は大丈夫です。さぁ帰りますよ。」

有無を言わさず、彼を抱き上げます。

・・・案外軽いですね。

「くそ、すまん・・・」

気が抜けたのか、彼は意識を手放したようです。だいぶ疲れていたんですね。

彼を抱えたままディンの元へと戻ると、まだ激しい戦闘を繰り広げていました。

相変わらず楽しそうな笑顔で戦いますね、ディンは。

「ディン!引き上げますよ!そっちは頼みました!」

ディンはこちらを一瞥し、あからさまにつまらなさそうな顔をしました。

それとほぼ同時にディンを包むように黒の魔方陣球状に展開されました。

ディンの得意な大魔法・・・魔法陣からは無数の大きな薔薇が咲き乱れ、それらはゼノに向かって急速に伸び襲いかかります。

私はその光景を尻目に空へと飛びました。


「いやぁ、なかなか面白い相手でした。」

「ふぇ!?」

うわぁびっくりした!

「も、もう!いきなり声をかけないでください!」

「なんですか、ふぇって。その鎧姿だとまったく可愛げもないですよ。」

「知りませんそんなこと。それより、ちゃんと回収も済ませたようですね。」

「もちろん。命令は確実にこなしますから。」

魔法を放ってすぐにこちらに移動したディンは余裕そうに笑い、小脇に抱えた女性を手で撫でています。

頭だけ氷付けの状態の人って、なんかすごいですね・・・振り回せば戦えそうです。

「さぁ魔王様、あの男が目眩ましと必死にじゃれあっているうちに退きましょう。」

「そうですね。あ、そうだ。」

いけませんね、肝心なことを忘れていました。


パチン


これでよし。

さぁ、早く帰りましょう。

鮮やかな薔薇の乱舞に見送られ、私達は魔導都市ヴィークを離れました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る