第17話 知恵と美貌の持ち主トルル様爆誕


「彼は無事に帰ってくるでしょうか・・・」

大丈夫とは言っていたのものの、やはり心配でなりません。

この前のように疲弊しきってもらいたくはないんですが・・・

「大丈夫ですよ魔王様。彼がそんなやわじゃないの知ってるでしょ?」

バニタスはこう言っていますが、なにか嫌な予感がします。なんでしょうか、この不安は。

「やはり心配です。増援を送るべきでしょうか。」

「心配性だなぁ魔王様は。気にすることないと思いますけどね。」

「そうですかね・・・とりあえず部屋に戻ります。彼のこと、報告ありがとうございました。」

「はいはーい。」

どうも落ち着かない気持ちのまま、私はバニタスの部屋を後にします。


~~~~~


「はぁ・・・」

部屋着に着替え、ベッドに座ると勝手に短いため息が漏れていました。

私になにかできることはないんでしょうか・・・?

「あ!」

そういえばうっかり持ってきたこれがありました。

過去を見る瞳、『見透す者』。

私が転生者のことをなにか少しでもわかれば、彼の役に立てるはずです。

俄然やる気が出てきました。

「えぇーっと、魔力を流せば良いんでしたね?」

私は水晶に魔力を注ぎます。

すると水晶に先程の戦闘シーンが映りました。

「・・・あれ?」

おや、様子がおかしいです。映像はますます戻っていきます。

これは・・・いけませんね、プライベートなところまで見えてしまいます。

しかし止まりませんね、わわわ、お風呂とか、いけません。これはいけません!

少しの好奇心を押さえつけ、私は水晶を手放しますが、まだまだ映像は遡っているうです。

しかしどうしてでしょうか?なぜこんなにもどっていくんでしょう?

疑問をかかえたまま、水晶はどんどん映像を流していきます。

気になるけど、我慢です。


~~~~~


・・・そろそろ巻き戻しは止まったでしょうか・・・?

すこしして水晶を手に取ると、巻き戻しは止まり、どこかのシーンを映しています。


「・・・え?」


なんですか、これ・・・


~~~~~


「さぁ這いつくばれ!私を崇め奉るのだ!」

偉そうに腕組姿勢で見上げてくる幼女に、俺は正直戸惑っていた。

おそらくこいつの魔法は期待していいと思う。そうでもないとこんな店二日でつぶれる。

「忠義と金を示せば、私がその泥棒猫を見つけてあげると言っているのだ!何を迷っている!」

金は示せるけど、忠義ってなんだよ・・・別に泥棒猫でもないし。

今日出会ったばかりのちびっこに忠義もクソもないんだが、とりあえず機嫌を取ればいいのか?

「天才魔道士のトルル様、私めを占っていただけませんか?」

「いやだ!ぶははは!」

おのれクソガキ。丁寧に頭まで下げた俺がバカみたいだ・・・!

「人にモノを頼む時は、まず金だろ!さぁいくら出せる!トルル様にいくら出せる!」

「いくらでも出すからはやく占ってくれ。時間がないんだ。」

「きゃーいやらしい!こんな愛くるしい幼女にむかっていくらでも出す、なんて。犯罪だー!犯罪者だー!」

およそ中学生にもなってないぐらいの少女は身体をくねくねと動かしいやらしく笑う。

「もうわかったから。金払えば良いんだろうが。」

「だーめーだ!話をちゃんと聞けよな!これだから凡才魔道士は。」

初めて聞いたわ天才魔道士の反意語。

「忠義を示せとも言っただろう!お前にやってもらいたいことがある。ソレさえやれば、金なんてどうでもいい!」

ビームでも出そうな勢いでこちらを指差し、見下すように顔を上にそらす。身長差で結局見上げているけど。

「はぁ・・・何してほしいの?高い高いか?飛行機ごっこか?」

「ば、ばかにするな!見た目より大人なんだぞトルル様は!天才だし!」

実は筋肉もりもりのババァだったりするのかな。それだったらかなりイタイんだけどこいつ。

「13歳で店を構えるなんて偉業お前にできるか?できないだろ?トルル様はできる。特別だから!そして天才だから!」

「やっぱガキじゃねぇか!!嫌な想像したわ!」

「やれやれ、大人というものは歳を重ねるからなれるんじゃない。経験やそれに伴う成長を重ねて大人になるのだよ。」

ため息交じりに悟ったことを言う少女は遠い目をしている。

「で、なんだよ。要件を言ってみろ。やってやる。」

「ほう・・・今やるって言ったな?確かに言ったな?」

「だから早く内容を言えって。めんどくせぇな。」

突如トルルの視線は真剣なものとなる。

「お前、強いのか?」

「自分でいうのもアレだけど、一般男性よりは強い方だとは思うよ。」

「そっか・・・実はな、私を助けてほしいんだ。」

「は?」


~~~~~


トルルと別れて、俺は宿に向かい、チェックアウトの手続きを済ませた。

もともと荷物なんか持ってきてないから、支払いだけして再びトルルの店へ。

と、いうのも。俺はトルルの家に泊まることになってしまったのだ。

トルルの要求はこうだった。

『命を狙われている。だから守ってほしい。』

会って間もない、少ししか喋ったことのない子供の戯言かと思ったが、その表情は真剣そのものだった。

聞くとトルルはある人物に命を狙われているらしい。

それは先日グラッゾたちが話していた連続殺人鬼。

経緯としては、魔導都市ヴィークを騒がせる殺人鬼を野放しにするまいと、市長はギルドと協力し逮捕することにしたそうだ。数年前から起きてる事件ならもっと早く対処しろよとも思うがそこは伏せておこう。

殺人鬼は衛兵や住民の目を盗んで殺人を犯し、特定できるような情報を一切残さないため捜索は滞っているようだ。

そこで目をつけられたのが、占いによる探索能力に特化したトルルだったと。

ビックマウスを裏切らない的確な占い。消息をつかめない殺人鬼を捕まえるにはもってこいだった。

そういうわけで一週間前の時点で、市長からの小切手で莫大な報酬を前金として受け取り、トルルは最初大層浮かれていたそうだが、次の日トルルのもとに小包が届いたそうだ。

『依頼の取り消しを願います。キャンセル料を同封します。』

差出人不明の手紙と小さな木箱。

トルルは何気なくその箱を開け、すぐ投げ捨てたそうだ。

それもそうだろうな、中には綺麗に洗われた人間のの心臓が入っていたそうだ。

13歳にはきついよな。

感心したのはこのあとすぐ、トルルは前金を使いいくつか魔具を造り上げたらしい。一週間で防犯に力をいれたというわけだ。

その結果の一つが、あの扉らしい。

・・・もっとあっただろ他に・・・

そんなこんなで、俺は泊まりがけでいつ襲ってきてもおかしくない犯人を待ち伏せることになったわけだ。


「あら、お帰りなさい。」

「あぁ・・・ただいま・・・」

当たり前のように扉と挨拶を交わせるようになってしまったよ・・・


ガチャ・・・キィィイ


「遅いぞ!!お前が出掛けている間に襲われたらどうするつもりだ!」

扉を開けると、寝間着に着替えたトルルが身の丈ほどあるクマのぬいぐるみを抱いてお怒りだった。

「一週間も来なかったのに今日突然くることはねぇだろ。つーか俺が殺人鬼を捕まえるまで占ってくんないのか?俺かなり急いでんだけど。」

こうしてる間も『あいつ』はどこでなにしてるやら・・・

「女を追っかけ回してる男の事情なんて大したものじゃないんだろ!本で読んだぞ!だから先にトルル様を守るんだ!」

「あのな、こっちも命がかかってんだよ。痴情のもつれってわけじゃねぇんだ。」

「むむ、そうなのか?まぁ動機なんてどうでもいいがな。ところで・・・」

トルルは恥ずかしそうにもじもじしながらクマのぬいぐるみを少し強く抱きしめる。

「なんだよ。」

「寝るときは、一緒に寝てくれるんだよな?トイレ、ついてきてくれるよな?」

「・・・あぁ。」

その条件は聞いてないけど、まぁべつにいいか。

「ほんとだな?絶対だな?」

「本当だって。それより先に俺の要求に応えてくれたりしないのか。」

「自分だけ利益を得て逃げるやつなんてたくさんいる。お前だって例外じゃないはずだ。・・・でもいいことを教えてやるぞ。お前の探してる女は、確かにこの街にいる。昨日お前が帰ったあとてきとーに占ってやったらそれだけわかった。」

・・・は?まじで?

かなりあっさり確信に至れた。あいつは、この街のどこかにいるんだ。

「本当なんだなトルル?」

「様かちゃんをつけるんだな、凡才。それにせっかく占ってやったんだから疑うな!」

あとは殺人鬼を捕まえれば、トルルに頼んですぐにでも場所を特定できるってわけか。この一歩はでかい!

「よくやったトルルちゃん。殺人鬼は俺に任せろ。瞬殺してやる。」

「ふふふ、それでいい。大いに働いてくれたまえ。私はまだ死にたくないんだ・・・」

こうして、俺とトルルの契約は始まった。


〜〜〜〜〜


「おら早くセントラルにいくぞ。起きろって。」

「うーん・・・まだ、もう少し。」

「もう少しを許したら一時間ぐらい動かねぇだろ。いいから身体を起こせ。」

「起こしてぇ・・・」

「・・・ほんとめんどくせぇな。」

俺は死体のように動こうとしないトルルの身体を無理矢理起こし、頭をはたく。

「うッ!いたいぞ!朝からなんだ、DVか!」

「お前が起きようとしないからだろうが!そもそも、毎日セントラルに行って殺人鬼の動きがないか確かめたいってお前が言い出したんだろ!自分で決めたなら早く起きろ!」

「うぅ・・・わかったぁ・・・」

トルルとの生活が始まってはやくも3日目。初日の時点で朝が弱いということだけはわかった。

ちなみにトルルはベッドに、俺はその横の床に寝ている。

こいつは店が家で、更に部屋はほぼこの受付の部屋しか無いみたいだ。

ほぼっていうのは、他の部屋は物置と化しているから。きたねぇんだよこいつの部屋!

「知恵と美貌の持ち主トルル様爆誕。」

伸びをして謎のポーズをとるが、開いていない目と寝癖だらけの赤い髪はだらしなさの極みである。

「うるせぇはやく顔洗ってこい。」

しゃべるだけで動こうとしないしないので首根っこを掴んで洗面所に持っていく。

「快適・・・」

「自分で歩けよまったく。」

狭い洗面所に投げ込むと、俺は部屋に戻りカーテンを開けてまわる。

外は明るく、子供も大人もどこかへ向かって歩いている。

「はぁ・・・ご飯、作る。」

目をこすりながらトルルはやっと自立して歩いて洗面所から出てきた。

「おう。頼んだ。」

そのままふらふらと店の奥へと消えていく。

なぜか朝飯は自分で作るというこだわりがあるらしい。

どこで覚えたのか知らないが、これがなかなかに料理はうまい。

俺はというと、これといってやることもないし、こんな狭い部屋で筋トレすることもできないのでぼーっと飯ができるのを待つ。


~~~~~


「うまいな。この件に関してだけお前はすごいと思うよ。」

「超天才にして美少女、さらに的中率100%の占いまでできるハイスペック魔道士のトルル様の評価ポイントは料理だけ!?」

「おいおい誇っていいとこだぞ。世の中には、容姿もよくて部下からの信頼も厚いが壊滅的に料理が下手なやつだっているんだから。」

俺はミートソーススパゲティをフォークで巻きながらとある魔王様のことを思い出していた。

この街に来てすでに一週間ぐらい過ぎたが、魔王城はどんな感じだろうか。

まぁ特になにもないだろうけどな。敵が攻めてきても魔王軍や幹部たちもいるだろうし問題はないだろうけどな。

「今日も情報収集と買い出しにいくからな!ちゃんとトルル様を護衛するんだぞ!」

「ん?あ、あぁ。まかせろって。」

「なんだぼーっとして。私に対して無関心か!」

「変に関心があるよりいいだろ。つーか口周りがきたねぇよ。」

机におかれたティッシュでトルルの口元の汚れを雑に拭き取ると、不愉快そうに頬を膨らませる。

「むぅぅ。それぐらい自分でできる!」

「はいはい。天才だもんなー。」

「バカにしておるね!?怒るぞ!」

なんていうか、アホな妹ができたような気分だ。


〜〜〜〜〜


パスタを食べ終わり、俺は皿を洗う。

一応お互いの役割分担があるのだ。

俺の仕事は掃除洗濯。部屋と風呂と殺人鬼の掃除。あと皿洗い。

頼まれている身とはいえ、屋根のあるところに寝れるからな、これぐらいはしねぇと。

・・・っていうかしないと寝れないぐらい部屋が汚かったんだけどな。

俺が皿を洗っている後ろの方でトルルは出掛ける支度をしている。ご機嫌に鼻歌まで歌っているが、命を狙われていることを忘れているんじゃねぇだろうか。

まぁ、ずっと重苦しい気持ちでいられるよりはいいか。

「よし!今日もトルル様は絶好調!行くぞ!」

「それはよかったな。でももう少し待て。」

食器をすべて洗い終わり、手を拭いているとトルルはなにやらじろじろとこちらを見ている。

「ほら終わったぞ。・・・なんだその目は。」

「・・・なんでもない。さぁいくぞ!今日も殺人鬼の情報をさがしに!」

俺たちはそのまま店兼家を後にした。


~~~~~


俺たちは魔導都市ヴィークの中心街にあるセントラルとよばれる建物に来ていた。

市役所みたいな場所だな。運営の中心ってとこだ。

「トルル様ですね、情報部のクラリアをお呼びします。」

受付の女性は丁寧にお辞儀すると、内線をかける。

「わざわざこんなとこ来なくても、お前の魔法で探し当てた方が圧倒的に早いよな?」

「これだから凡才は・・・考えてみろ、殺人鬼が手紙まで寄越してきたのになんですぐ殺しに来ないと思う?」

妙に色っぽい喋りの扉に、犯人もひいてるからじゃないですかね。

「これは予想だが、犯人は私が犯人のことを探り始めたら襲ってくる。」

「逆に言うと、お前が殺人鬼を探知しない限り襲ってこないってことか?」

「おそらく。だって、そうでないともう殺しに来ているだろ。どうやってトルル様の動向を知っているのかはわからないけど。」

「じゃあなんで俺を家においとくんだよ・・・」

「もしものことがあるだろ!お前がいることでゆっくり夜眠れるのは事実なんだ、いい働きだぞ凡才安眠器具。」

「お前はバカにしないと人に感謝もできないのか天才イライラ製造機が。」

「ふふん、天才であるだけで優位!しょせんお前は私以下だ!」

「そんなこと言ってると、もう寝るまで起きといてやらないぞ。」

「うわぁ、それはだめ!ごめん。」

きっと俺は子供の教育はうまい方じゃないだろうか。そんな機会、ないと思うけど。

「お、今日も来たねぇトルルちゃん!」

「うむ!」

駆け足でこちらに向かってきた茶髪のショートヘアはクラリア・フォード。情報部の偉い人らしい。エルフだけあって、耳はとがっており、なにより美形だ。不細工なエルフって存在しないんだろうか。

そんな彼女に一昨日、市長からの依頼が殺人鬼の脅迫のせいで滞っている件を話すと簡単に情報提供の協力をしてくれた。そんなに簡単に大事な情報を一般人に与えていいのかとも思うけど、おそらくトルルが子供だから警戒もしていないんだろう。

「お兄さんも、こんにちは!毎日妹思いだねぇ。」

「まぁね。命がかかってるもんでな。」

魔王のな。

ちなみに俺はトルルの兄ということで通ってる。まったく似てないのに通るもんだな。

「それじゃあ今日も行こうか!ここでは大事な話はできないからねー。」

クラリアは軽快なステップで階段を上っていく。何が楽しいやらいつもこんな感じだ。俺とトルルはそれについていく。


~~~~~


「さてさて、それじゃお話をしようか。」

多目的室と書かれた広めの部屋に入ると、俺たちはそれぞれ席に着いた。

長机と椅子、ホワイトボードだけがある部屋でクラリアは資料を広げた。

「正直言って、情報は増えてないんだけど・・・昨日また一件殺人が起きてる。場所は街の東の方で、ベトロン通りだね。」

「例の殺人鬼の犯行?」

「ほぼ間違いなくね。被害者の女性は足を切断されて、近くの壁に立てかけてあった。そして小腸が抜かれていたわ。今回も目撃者は無し。近隣の人は悲鳴すら聞いてないらしい。」

「街の東の方か、トルル様の家からは遠いな・・・それにしても行動範囲が広すぎる。何が目的なんだろうか。」

「なぜわざわざトルルを狙わないのかってのも気になるな。俺が殺人鬼だったら居場所もわかってるし天敵であるトルルをすぐに殺しに行くけどな。」

「お兄さん、その発言はちょっと無神経だよー?」

クラリアは心配するような視線をトルルに向けるが、トルルは強い視線で返す。

「大丈夫、トルルはそんなこと気にするほど気が弱くねぇよ。」

「もちろんだ!兄ちゃんはよくわかっているな、ほめて遣わす!」

「そりゃどーも。しかし犯行動機も狙ってる対象もわかんねぇ。情報なさすぎだろ・・・」

ため息しかでねぇな。もういっそトルルに占わせて、俺が返り討ちにした方が速いと思うんだけど・・・


コンコン


進展のない情報交換会のどんよりした空気を崩すように、扉がノックされる。

「し、失礼します・・・コーヒーがはいりました。」

お盆にコーヒーカップを三つのせて現れたのは銀髪を後ろで結んだ身長の低い女性。

こちらも顔立ちが整っているが、クラリアが活発な印象を受けるのに対し、どちらかというとおしとやかな雰囲気を纏っている美形だ。

「で、でたなデカ乳女!!またそれを私に見せびらかしにきたんだろ!」

そして胸がでかい。

トルルは動物のように警戒の姿勢を示す。唸ってる姿はまるで野良イヌだ。

「やめろトルル。あと五年経って変わらなかったら改めてケンカ売ればいいから。」

「えぇ!ひどいですお兄さん!私だって好きでこんな身体じゃないのに・・・」

「いちいちおどおどして!!トルル様はその態度にも腹が立つんだ!ぶち殺してやる!」

今にもとびかかりそうなトルルの首根っこを掴んで、椅子に座らせる。

「わりと危険な状況なのに、元気だねぇトルルちゃん・・・。メアリー、コーヒーありがとね。」

苦笑いを浮かべるしかないクラリアだがその気持ちはわかります。このガキんちょ緊張感がまるでないんだよな。内心かなりビビってるみたいなんだけどな。

「それで、なにか進展はあったんですか?」

コーヒーを配り終えたメアリーはお盆で胸を隠すように持ち、小首をかしげる。

「それがまったくないんだー。困ったもんだよほんと。せっかく去年はいなくなったと思ったのに、また現れて何がしたいんだか。」

クラリアはコーヒーを豪快にあおる。熱くないんだろうか。

「フフフ、なぜかトルル様は狙われないが、お前はどうかなデカ乳!夜道に気を付けることだな!」

「もう、なんでトルルちゃんはそんなこと言うの?私、トルルちゃんになにもしてないのにぃ・・・」

「こら!さりげなく兄ちゃんの後ろに隠れるな!!あざとい!!あざとすぎ!胸を当てるな!切り取るぞ!」

俺の後ろにそっと隠れたメアリーに怒号を浴びせる13歳の小動物。

どっちかっていうと、被害者より加害者が似合ってるぞトルル。

「はいはい、話逸れすぎ。まだなんもわかってねぇってことだよな?じゃあもう今日は帰るぞトルル。」

このままだと無駄話を延々と続けて邪魔になるしな、早く引き上げよう。

俺はコーヒーを一口だけ飲むとその場に置き(超熱かったので)、部屋を出ようとする。

「あの、トルルちゃんの魔法で、犯人捜しあてたらいいんじゃないですか?」

ふとメアリーが口を開く。

「なぜか知らないけど、脅迫だけで襲ってこないからな。占えば殺しに来るんじゃねぇかって警戒してんのさ。それで占えないでいるからここに情報をあつめに来てるんだよ。」

そういえばメアリーはいつもコーヒーを運びに来てるだけだったから、なんの話してるか詳しくは知らないんだよな。

「そうだったんですね。トルルちゃんが心配なのはわかりますが、こういった事件に一般の方は関わらないほうがいいです・・・。お兄さんまで、狙われちゃいます。」

それならそれでいい。手っ取り早いし。

「そこそこ腕には自信があるからな、ただでは殺されないよ。」

「お兄さんは剣士なんだってさ。余所の国で衛兵をしてたんだってよ。」

クラリアにはそういう設定で話を通してあった。魔王城のお掃除係とは言いにくいからね。いろいろ面倒になりかねないから。

「そうなんですね。いいなぁトルルちゃんは。私も守ってくれたらいいのになぁ・・・」

顔一つぐらい身長が低いメアリーが見上げるようにこちらを振り返る。

「ま、まぁ、できれば、な。」

「兄ちゃん?早く帰るんだよな?なに見惚れてボーっとしてるんだバカぁ!!」

トルルに尻を蹴られ、ハッとなった。こんなん男子ならだれでもドキっとするだろ!俺は悪くねぇ!

「こらデカ乳!!兄ちゃんを誘惑するな!」

「誘惑なんてしてません!変なこと言わないでください!」

顔を赤くしてメアリーは部屋から走り去っていった。

「フフフ~青春だねぇ??お兄さんも大変だね!」

クラリアは俺の肩をポンとたたくと、にやにやしながら部屋を出ていく。

「何か分かり次第、連絡するから。ま、そうしなくても毎日来るか!」

「おう。また明日来るよ。ありがとな。」

「どういたしましてー。まだなんも役には立ててないけどね。」

クラリアに入り口まで送ってもらい、俺とトルルはセントラルを出る。

今日も特に情報は得られなかったので、いつも通り買い出しに行くことにした。


~~~~~


「おいお前、今日あのデカ乳に下心を抱いていただろ。」

夕刻。

買い物を終えて紙袋を抱える俺の横で、トルルは明らかに不機嫌な態度をとる。

「そりゃ抱くよ。ただでさえ容姿だっていいんだ、俺はああいうの慣れてないし。」

「じゃあトルル様にも下心を抱くのか?」

「それはない。だいたいお前は子供だろうが!メアリーは多分俺と同じか少し下ぐらいだぞ?お前だって同じぐらいのかっこいい男がいれば少しはドキッとするだろ。」

「全然?トルル様と同じ年の男連中なんてどうせバカしかいないだろ。トルル様はそんなガキに興味はないんだよ。」

「横着極まりないよなお前。」

どんだけ自分以外の人間を馬鹿にしているんだこいつは。

でもそれが天才に生まれることの欠点なのかもしれないけどな。

「自分に自信を持って何が悪い。」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。別に見下す必要はねぇだろ?そんなんじゃ友達できねぇぞ?」

友達ができないことに関しては、俺も人のこといえねぇけど。

「友達なんて何に使える?知恵と知識があれば人は生きていける。トルル様はこうして店も手に入れた、市長から依頼が来るほどの偉大な存在になった。これだけのものを手に入れたトルル様に、友達なんて、必要ない。」

・・・嘘だな。

まっすぐ前を見つめて歩く姿は堂々としているが、この目は知っている。

強がって、自分に嘘をついている目だ。

「トルル、友達なんてさ、いらねぇよ。生きていく上で必ずしも必要ではない。」

俺の言葉に、トルルは嬉しそうに顔を上げた。

「そうだろ!?やっぱりそうなんだろ!?フフフ、さすがはトルル様。すでに人生の歩み方までマスターしていたとは。」

「でもな、一人でいるより楽できることも多いらしいぜ。やりたくないことを自分の代わりにやってくれたり、悩んだら解決してくれたりするんだってよ。」

完全に受け売りだ。それを言われた当時、俺はバカバカしいと思ったなぁ。

でもトルルはまだ子供だ。俺みたいに人に対しての認識をあきらめるのは早い。

「嘘だ。友達なんて何もできやしない。トルル様の役に立つ奴なんかいやしない。」

「そっか。じゃあ俺ももういらねぇな?」

「そ、それは、違う。お前は私を守らなきゃいけないんだ。」

「そうだろ。お前にもできないことがあるんだよ。何もこのことだけじゃない、そういう穴を埋めあうために友達は必要なんだ。」

「・・・じゃあ、お前は私の友達なのか?」

「まぁ、今の言い方だとそうなるわな。」

「こんなに年の離れてるのに、友達?」

「年なんて関係ないだろ。そんなもんだって。俺がいる限りは外も出歩けるし夜も眠れるんだろ?お前を楽させる存在、友達だ。よかったな。」

「ベ、別に友達がほしいなんて言ってないだろ!天才は孤高なんだ。・・・でもお前は、友達でいい。」

そう言うとトルルはそっぽを向いた。いつもの不機嫌トルル様ではないようだけど。

「そうですか、ありがとうございますーっと。」

とりあえず頭でも撫でとくか。

「うー、子ども扱いするな!」

言うだけで嫌がるそぶりもないトルルは膨れながら隣を歩くのだった。


「・・・!?!?」


その時だった。激しい寒気が全身を貫く。

懐かしい感覚だ、鋭すぎるまでの殺気。

強者が標的だけを狙い放つ、威嚇のような鋭い殺気。

「あぶねぇトルル!!!」

「あえ?」

俺はトルルの頭を強引に下げ、その上を高速の魔力でできたナイフが飛来する。

冗談だろ、普通の路地だぞ!?一般人だってたくさんいるってのに・・・

俺はすぐに魔法が放たれた方を見るが、そこにはなにもいなかった。

「何するんだ!首がもげるかと思ったわ!」

「・・・」

すでに殺気は消え失せている。

今のが、殺人鬼・・・?

だとするなら、ただの人間じゃねぇ。殺し屋とか暗殺者だとか、そういう専門のやつだ。ただの殺人鬼なら頭がおかしいだけで強くともなんともないケースが多いからな。

「トルル、今日はもう帰るぞ。天気が悪くなりそうだ。」

「そうか?そうは見えないけど・・・」

「いいから。」

辺りを警戒しながら、俺たちは小走りで家に向かった。

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