第11話 卵なしでオムレツが作れますか!?

ひたすら鳴り響くピアノの音に癒されながら、俺は大きすぎるベッドに寝かされている。

ふっかふかでいい香りがして心地よい。が、とても眠れそうにはない。

「あのさ、礼をいうべきなのか文句いうべきか迷ってるんだけど。」

俺がそう言うと、ぴたりとピアノの音が止まる。

「迷惑でしたか?安眠していただけるかとおもったんですが。」

魔王はピアノ椅子から立ち上がると、寝ている俺の方へと歩いてきた。

「いや、それじゃなくて。見張るのお前かよってこと。」

「えぇもちろんです。他の者では抜け出される気がしてならないので。いやですか?」

ベッドに腰かけ、小首をかしげる。

「私がいると、眠れませんか?」

そりゃ眠れませんよ気になって!

昨日あんな言い合いした上に、いやそれ以前に、俺も年頃の男子なんですけど。魔王とはいえ普通にルックスのいい女の子だし、部屋着が油断だらけでなんかいろいろ危険なんですけど!

「どうしました?眼の焦点があってませんね、熱でしょうか・・・。」

ひんやりした手が額に触れる。

「べ、別にどこも悪くねぇよ。・・・もう逃げないからお前は好きなことしてろよ。」

つい慌てて顔をそらしてしまった。いつも口論をするだけの相手なのに、なんだ、妙に今日優しくないか?まさか俺殺されるのか?

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・あのさ。好きなことしてていいっていったじゃん。なんでまだそこに座っているかな。」

「あなたが好きなことしてていいって言ったからですよ。」

やはり油断して寝た俺を殺すつもりか・・・!

いやいや、違うな。このまま俺を何かの実験に使うつもりなのかもしれない。ありうるな、なんていったって魔王だから。改造とかして自爆装置搭載の戦闘マシーンにされるに違いない。きっとそこのドアの向こうでマッドサイエンティストとして目覚めたバニタスがニヤニヤしながら待っているんだ・・・!

「何をそわそわしてるんですか。落ち着きがないですねー。」

星が描かれた天井を見上げながら足をバタバタさせる魔王。

「何度も言っているけど、もう傷も痛まないし大丈夫なんだけど・・・」

「知ってますよ?私が本気で治したんですから当然です。だからなんですか?」

「はい!?じゃあもう出歩いていいだろ!」

「駄目です。だいたい口実に決まってるじゃないですか。部屋で休ませるなんて、あなたとゆっくり話すための口実です。なんならもう一回お腹に穴を開けて、改めて看病しましょうか?」

ひぃい勘弁してくれ・・・

こいつこんなやつだったのか・・・外では落ち着いた魔王をやってると思っていたのに。

あぁ俺もここまでか。今日が俺の命日なんだろうか。

寝ているすきに改造されるか、逃げても腹に穴を開けられて強制収容される・・・ここまでか・・・

「そんな顔しないでください、冗談ですよ。それよりお腹空きませんか?」

そういえば、腹へったままだ。朝から何も食べてないしな。

結局カフェにもいけなかったし、もう時間は二時だし。

「まぁ、ちょっとな。」

「そうですか、少々お待ちください。」

魔王はすっと立ち上がると、部屋から出ていった。

この流れは、飯を持ってきてくれる流れだ。

そして間違いない・・・毒だ。毒を仕込んだ飯を持ってくるにちがいない・・・!

いやだ、死因が毒殺なんて嫌だ!

逃げるべきだろうか。でも腹パンもいやだな・・・


~~~~~


さすがにないだろう、このタイミングで殺されることなんか。っと、そう思うことにした。結局妙な胸騒ぎで落ち着かなくて眠れなかったのは事実だけど。

怯えながら待つこと45分。ノックの後、扉が開かれた。

フリルのついた青いエプロン姿の魔王がカートに何かを乗せて部屋へと戻ってきた。

身体を起こしその『何か』を確認する。

拷問器具か、はたまた謎の薬品の入った注射器か・・・もうなんでも来い。

軽く覚悟を決めたが、結果は違った。

「おぉ、オムレツか。」

「フレアバードの卵で作ったオムレツです。それと普通の食パン。バターはお好みで。さぁ熱いうちにどうぞ。」

きれいな膨らみと暖かさを主張する湯気。

鮮やかな黄色と光沢がいかにも出来立てを表しており、余計に食欲をそそる。

俺は布団から出ると、三人ほどかけれそうな丸机まで誘導され、机の上に置かれたオムレツをあらためて確認する。

怪しい匂いはない。危険物の気配もないな。

警戒しすぎ?そりゃ警戒するよ!今までこんな妙に気を遣ってくる魔王にあったことがないし。

出会えば怒られ、出会わなくても怒られる。それがこの魔王、ソフィア・ガルティーノのはずだ。基本的に話せばぶつかり、そのまま別れては同じことを繰り返した相手が、口実を作ってまで俺を部屋に招き入れたんだぞ?これは警戒してしかるべきだ。単純に怖い。それに何よりオムレツを作るのに45分はなおさら怪しい。

「なにか、警戒していませんか?」

「は?いや?なんで?俺が?ないない。・・・いただきます・・・」

先手必勝。正直腹も減ってるし、こうなればヤケよ。

俺は勇気を出してスプーンでオムレツを切ってすくう。

オムレツの裂け目からはとろとろのスクランブルエッグがはみ出る。

「いただきます。」

なぜか改めてもう一度いただきます。意を決したのだ。

・・・む・・・これは!?!?

馬鹿な、こんなことが、あるのか!?

出来立てでまだ熱々なのに表面は中途半端にかたく、食感はさながら固まりかけたスライムのようだ。

味はというと、卵の味に加え謎の強い甘味と何故か見かけに反映されてない焦げの苦味がさらにバックアタックをしかける。

すごい・・・中身のスクランブルエッグはただ焼きが回っていないだけだ、ほぼ液体に近い。固まってすらないだけのぐちゃぐちゃの黄身だったんだ!

そしてなんだ、この液状卵に何を、そしてどうやって入れた!?なぜここだけこんな不愉快な酸味を感じる!?

毒なんか入ってない、これは・・・

「どうですか・・・?」

「これは、不味いです。」

単純にまずい!甘いほんのり苦い妙に酸っぱい飲み込みづらい!まさに味のパンドラボックスやぁ!

いや待ってやめて。そんな落胆と絶望を兼ね備えた悲壮な表情を浮かべられても困るし、むしろ俺が浮かべたいよ!

いくらなんでも、仮に毒が入ってたとしてもこの展開で不味い料理が出てくるとは思ってなかったわ、ギャップ萌えならぬギャップ萎えだわ。

「そんなに、不味いですか?」

「あぁ、非常に不味い。」

泣きそうだ。いや俺が。

無理して飲みこんでも味の残存勢力が休むこと無く口の中を暴れまわる。

こんなこと言ってはなんだが、45分待って、やっと現れたオムレツ。それを危険物ではないと勇気を出して判断したのに、油断しきったところでこの不味さはかなりへこむ。そういう意味で危険物かよ、ちくしょう!

しかしさすがにこのままではダメだな、ここからはフォローをいれてやらないと俺のためにやってくれたであろう魔王にこの仕打ちはあんまりな気が・・・

「あ、ほらこれ。パン。すごい美味しいぞ。」

「焼いただけですけどね。」

「絶妙な焼き加減だよな。裏表よく焼けてる。上手。」

「トースターに入れただけですけどね。」

「・・・ほら、これ。バターも、いいやつだろぉこれ・・・」

「・・・」

あーダメだ、成す術無しだ。どうあがいても落ち込むぞこれ。というか落ち込んでるよ。

この件は決して誰も悪くはないはずだ、なのになぜ二人して悲しい思いをしなきゃならんのだ。

「ごめんなさい、私・・・」

最初、半ば冗談とはいえ疑ってたのが申し訳なくなるほど落ち込んでいる魔王。それと悪びれもなくホカホカのオムレツ。

・・・あぁくそしょうがねぇな、こうなったらやるしかねぇ・・・!

俺は魔王がうつむいていることをいいことに、勢いよくオムレツを口に放り込み、ほぼ噛まずに飲み込んだ。

うぐお・・・吐きそうだ。

ここが正念場だ、逆流する寸前でなんとか踏みとどめる。

あぁ、隣にある焼かれただけのパンがデザートに見える・・・

俺はそのまま流し込むようにパンを口に入れ味を少しでもごまかす。

うまい・・・!パンってこんなにありがたいものだったのか!

この動作を繰り返し、すべて食べ終わった頃には、少量であったにも関わらず満腹感で一杯だった。

「ごちそうさま!!」

「・・・おそまつさまでした・・・。」

あからさまに落胆でいっぱいの魔王が皿をカートに乗せていく。

悲壮感とフリル付きエプロンのミスマッチ感。それとなんだろう・・・この心苦しさは。

カートを押して再び部屋を出ていく魔王の後姿に、得体のしれない不快感を感じた。それは魔王に対してではなく、おそらく俺に対しての不快感。

このまま行かせるのは、なんか駄目だ。

「あの、オムレツさ!・・・ありがとう。腹一杯になったよ。」

魔王はぴくっと立ち止まり、大きな瞳を見開いて振り返る。

「そ、それはよかったです。片付けてくるので寝ていてください。」

魔王それだけ言うと、そのまま部屋から出ていった。


~~~~~


「どうでした?魔王様。」

調理室に戻ると、にこにこと笑顔を浮かべ何かを期待したようにメリルが迎え入れてくれました。

「不味かったそうです。」

「それはよかっ・・・え!?不味かった!?」

「改めて言わないでください、ただでさえ大ダメージなんですから・・・」

生まれて初めて料理をしました。

昔から担当のものが作ってくれて、それを食べる日々。どれも美味しく、幸せな時間をくれるのが食事の時間でした。

てっきり簡単なものだとばかり、勘違いしていました。

それになんでしょうかこの気持ち。

憤りではありません。でもただの落胆でもありません。気持ちが悪いです。胸の奥底が痛い。

「えーっと魔王様、不味いと面と向かって言われたのですか?」

「えぇ。面と向かってはっきりと二回言われました。」

しかしなぜでしょう?不思議なものです。不味いと言って顔色を悪くしていたのに、わざわざ全部食べることなんかないのに・・・

あぁ、それだけ空腹だったのでしょうね。そう思うととても申し訳ないことをしてしまいました。こういうのはやっぱり料理長かメリルに頼んだ方がよかったんですね。

「でも・・・それはそれでいいなぁ。飾らないというか、真面目というか。そんなに正直に意見してくれるようないい男が、私の周りにもいればいいんですけどねぇ。」

「メリルはかわいいし人気もあるんですから簡単に素敵な方に出会えますよ。なにせ魔王城人気ナンバーワンですから。」

そうです。メリルはかわいいし、明るいし、話しやすくて、料理もできる。

それに比べて私は・・・何もできない。

料理も洗濯も掃除もすべてみんながやってくれている。国の運営だってパルティたち軍団長がやってくれているのを確認するだけですし・・・

せめてあの方を少しでも癒せればと思って料理を作ったのに・・・逆効果でしたし。

「いやいやそんなことないですよ!魔王様だって、こう言ってはなんですが可愛らしいですし優しいですし、なにより他人のことを大切にできる素晴らしい方です!彼のこともとてもお想いになって・・・」

「いいえメリル、残念ですが恋愛感情を抱くなんてことはおそらくありませんよ。正直私は好きという感情がわかりませんし、勉強しましたがいまいち理解できませんでしたから。」

「え、勉強って、どうやって何をしたんですか。」

「先代魔王、父の部屋にあった恋愛ドラマというものを観ました。」

「あーガルスタイン様って結構そういうの好きでしたもんね。」

何度もみましたが、残念ながら理解することはできませんでした。

恋とはどうやってすべきなんでしょう。正解がわかりません。

「私とあの方は、婚約者です。本来は愛し合うべきだと思うんです。でもお互いそんな様子はないですし、それどころか反発ばかり・・・どうしたものでしょうか。」

「うーん、私にはまだわかりかねますねぇ。結婚なんてまだ先のことだと思ってますし・・・」

「そもそも結婚に愛は必要なんですか?」

形もなければ質量もない。あってもなくても、わからないし変わらないような気がしますけど・・・

おや、メリルがすごい顔をしていますね。せっかくの美人が台無しですよ。

「な・・・な!?で、では魔王様!あなたは卵なしでオムレツを作れると思いますか!?」

「それはそもそもオムレツではないでしょう。」

「そうですその通りです!結婚は愛でできてるんですよ!愛無くしては成り立たないのです!」

ほとんど話したこともない時から私たちは婚約者だったので何とも言えないですけどね・・・

でもたしかに。私たちはまだ結婚を約束しているだけで結婚はしていませんから、それならメリルの言うとおりなのかもしれませんね。

「それならメリル、愛は何でできてるんですか?」

「えっ・・・」

変なことを聞いてしまったかもしれません、メリルが固まってしまいました。

「すいません質問が悪かったですね。・・・では、メリルはどんなときに愛を感じますか?」

「えーっとそうですね、意中の男性を見かけただけでドキドキします。そういうのを実感した時に感じますね!」

「なるほど。では意中の男性とは、何が他の男性とは違うんですか?」

「その条件は様々ですよ。私はルックスはどうであれ優しくて厳しくて、元気をくれる男性がいいですね!」

優しくて厳しくて元気をくれる・・・

「父がそうでしたね。」

「たしかに!!正直ガルスタイン様はメイドの中でもかなり人気でしたからね!更にイケメンでお強い。すべてを持った方でしたね。そういえば娘は父に、息子は母に似た性格を好きになるといいますね。」

「そうなんですか?それは重要事項ですね。覚えておきます。」

父のような男性・・・彼はどうでしょう?

父とは仲が良かったようですが、性格はぜんぜん違うように思えますね。

自信の塊のような父と常に死んだ魚のような目の彼。

彼も大声で高笑いぐらいしてくれれば少しは似てくるかとも思いますが・・・

あ、でも身長は同じぐらいでしたね。

「魔王さまはやはり、もう少しお互いを知られたほうがいい気がします。相手をさらに深く知れば、もっといいところも悪いところも見えてくるかと。」

「悪いところも見なければなりませんか?」

「もちろんです!悪いところや弱点があるから、相手をより好きになることだってあるんですから!」

「そうすることにより愛は芽生えますか?」

「芽生えます。」

「本当ですか?」

「芽生えます。」

メリルから確固たる意思を感じました。

そこまで言うのならそうなんでしょう。今はさっぱりわかりませんが。

いままでも頑張って相互の理解を深めようとはしてきましたが、嫌がられてばかり。しかしここでめげてしまえばガルティーノの名が廃りますね!

「わかりました。そういうことなら、やるだけやってみましょう!」

「そうです!魔王様の魅力で彼をメロメロです!」

「ええ、メロメロです!」

決意を固めたところでお皿を洗おうとすると、メリルに止められてしまいました。

「駄目ですよ魔王様、これはメイドの私がします!魔王様は、他にするべきことがあるんじゃないですか?」

そういえばちゃんと眠れたでしょうか、あの方は。

「ふふ、そうですね。すいませんがお皿は任せます。」

私はエプロンを脱ぐと調理室からでて自室に向かいます。

もし起きていたら何を話しましょうか、ここは寝かせてあげるべきでしょうか、色々考えてしまいます。

そうだ、父の話なら共通の話題ですね。これでいきましょう。

そんなことを考えていながら自室の前の廊下を歩いていると、慌ただしく部屋から廊下に飛び出てくる影に遭遇し、すこしがっくりします。

「出てきちゃダメじゃないですか。どうかしましたか?」

彼は焦ったようには答えます。

「わりぃ、ちょっと外がヤバイからいってくる。お前は絶対部屋にいろ。誰でもいいから護衛をつけろ!いいな!」

「あ、ちょっと!」

せっかく、話す話題まで用意したのに・・・

彼はそのまま走り去ってしまいました。

しかし一体、外で何が起きているんでしょうか・・・?

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