第5話 どんな姿かも知らないし、興味もあまりないかも。

ケドゥン山ってこんなに遠かったっけ・・・!

家をでてもう三時間。かなり歩いたんですけど。

普通に転移すればよかった・・・もう麓まで来たからいいけど!

もう無理きつい。すでに帰りたい。

俺は町でのやる気はどこへやら、帰りたいモードに突入していた。

目の前にそびえ立つケドゥン山の入り口、登山コースと書かれたゲートですら俺を拒んでいる気さえする。もう帰れ、と。

これで魔物狩りの犯人がただの猿だったら、猿を切り捨てよう。

・・・さてと、楽しい楽しい登山の始まりだ。


〜〜〜〜〜〜〜


転移とは、一度行った場所の景色とその場所の竜脈の情報が不可欠だ。

ただ通りかかっただけではダメだし、前もって竜脈の情報を予習をしているだけでもダメだ。

手紙で例えるなら、住所だけでなく送り先の建物や景色も知ってる必要があるってことだ。ちなみに竜脈とは別に竜がいるわけではなく、地中を流れる魔力の大きな流れをいう。それが長々とうねり大地を駆け巡っているのを見ると竜のように見えるのが由来らしい。

そしてなぜ今こんな説明じみたことを突然しているのかというと・・・山道歩くのに疲れたのだ。なにもないし何も起きない。

どこに目標がいるのかもわからん、しかし山は広い。

転移したくても転移できないんだよ今回は!竜脈はわかっても目的地の場所がわからんからな!こんなにきついのなら山まで転移すべきだった!

・・・今が昼の3時だから、夜には帰りたいな。

早く帰れる期待を込めながら、俺は獣道へと歩を進めた。


〜〜〜〜〜〜


俺がその異常を見つけたとき、頭上の月がおめでとう!とスポットライトを当ててくれているかのようだった。とはいえ木々が生い茂る山の中なのでそこまで月光は射してないが。

木々の下にいるのは横たわる無数の魔物のバラバラ死骸。惨事というのにふさわしいが、木々に傷はなく、派手な戦闘があったわけではないのか。

集中してみると、ここから少し歩いたところに魔力の反応がひとつある。おそらくこいつだな。

魔力を便りに山道を進むと、いかにもな感じの洞窟を発見。普通にログハウスとかにいられても動揺するけど、こういうやつってなんで洞窟を好むんだろうか。

「灯り火」

簡単な魔法で光源を作ると、なにも見えないほど暗い洞窟も明るくなった。

奥深そうだな、しかしもうターゲットはすぐそこまできてるはず。

そう自分に言い聞かせながら歩くこと15分。

歩くと言うとこの15分頑張った俺の努力が伝わらないか。歩いて泳いで潜って壊して進むこと15分。俺は洞窟を抜けた。

・・・抜けてしまったんだけど。

あれおかしい。洞窟の最深部にいるもんじゃないのこういうのって!

普通に洞窟抜けて湖に着いたんですけど!


あ・・・


なんかいる。

湖の端に、なにかいる。

手を洗ってるみたいだな、手をつけた水がうっすら赤色に染まってる。

あの白い耳は犬だな。顔や身体は女で部分的に長くて白い毛が生えているな・・・ケモミミ女子ってやつだな。見かけの年齢は20ぐらいか?

しかしあれは・・・せっかくの白い毛が真っ赤じゃねぇか。どんな返り血浴びたんだあれ。

とにかくあいつが犯人だな。狼男ならぬ狼女か。

しかし狼女というわりには鈍感だ。こちらに全く気づいてない。

一心不乱に手やら髪やらを洗って見向きもしない。

見かけはほぼ人間だしな、一応話せる相手か確認してみるか。

「おーいそこのケモミミ!おーい!」

お、さすがに気づいたな。手を止めてまじまじとこっちを見てる。

その時だった。

距離にして100メートルほどだろうか。ケモミミ女は真っ赤な瞳でこちらを睨むと、湖の上を、水面を飛び跳ねながらこちらへ向かってきた。

あの前傾姿勢は間違いなくハグだとか会話をしようだとかいう雰囲気を感じじゃないな、ヤル気か。

なかなか速いな。

俺は体を大きく反らし、先ほどまで首があったところをケモミミの右手が横凪ぎに空振る。

フルスイングで空振りをしたが、そのままの勢いで縦に回転し、かかと落とし。

「ケモミミ女子はいいけど、俺はこう、全身に獣っ気を感じさせる毛はいやなんだよな。尻尾は許すけど。」

掴んだ足はふさふさの毛がはえてはいるが、間違いなく女性の足だ。なんか嫌らしいことしてる気持ちになるな、俺だけか。

っと、あぶねぇ。もう片方の蹴りが心臓目掛けて飛んできた。

うわぁこれはけしからん。

両足を掴まれてるケモミミ女子。この最低限の服がなければこれはもういろいろアウトだ。

しかしこのギリギリな感じがまたなんとも・・・

「ブゲェ!」

俺が油断したところを見事に突いた掌底が顎に直撃する。いてぇ。

もろにくらっちまった、心を乱した隙におのれ卑怯な!

そのまま俺は背後、俺が出てきた洞窟のなかにケモミミを投げ飛ばす。

「まったく、乱暴なケモミミちゃんだな。」

砂ぼこりが洞窟から立ち上るが、相変わらず暗くて中がよく見えない。

そんな暗闇の中に見覚えのある赤い瞳が2つ光る。

すぐさま防御の姿勢をとると、首もと目掛けての攻撃だった。懲りもせずに一撃必殺にかけてくるな。

カウンターをかけるように攻撃を押し返しながら防御したためケモミミ女は大きくのけぞった。

「ちょっと落ち着いてもらおうか。」

ケモミミ女は無防備状態。俺は細い首根っこをつかみ、そのまま湖に顔から突っ込む。

酔いを覚ますときはこれが一番効くんだよなぁ。

苦しそうにもがきつつも俺への攻撃の手を休めないあたり、いい根性をしている。

「さて、そろそろ本格的に黙ってもらうぞ。」

狼男は銀の弾丸に弱いというのが定番だが俺はそうは思わない。

おそらく弾丸を受ければ素材がなんであれ痛いだろうし、銀に狼を弱らせる成分があるなんて聞いたことない。

だがこの攻撃は効果抜群だと、俺は経験で知っている。

それなりに静かになり始めたケモミミ女を水から上げると、首を脇で固定する。

だいぶ元気がなくなってもはや抵抗もしなくなったな。好機。

俺は空いてる方の手で、



頭をなで回した。



「お前、モフモフかと思ったらサラサラだな。よーしよしよし。よーしよしよしよし。」

犬はやっぱりこれが一番だろ。

よしよし。いい子だいい子だ。

それよりなによりケモミミ女子をここまで撫で回していいんだろうか。この国の条例に引っ掛からないだろうか。

「うぅぅ・・・」

むむ?なんか悲しげな声を出し始めたな。

もっと撫でるか。


〜〜〜〜〜


「・・・」

寝やがった。

さっきまで命のやりとりをしていたはずの狼女が、いま俺の膝を枕に寝ている不思議。

つーか逆だろこれ。

男の俺が膝枕される方だろ、というよりされたかったよ。

そんな俺の気持ちなど知りもせずスースー寝息をたてながら眠るケモミミ女。若干寝心地良さそうだから起こす気にもなれない。

俺も歩き疲れて眠いし、ちょうど暖かいのがのってるからそのまま寝るか。


~~~~~


山に住む小鳥達のさえずりが聞こえるなか、肌寒さを感じつつ俺は目を覚ました。

もう日が上ってるな、マジに寝てたのか俺。

腹の上に暖かい感覚、そうだったあのケモミミ女と一緒に・・・

「あら?」

違うわ。触ってみてわかったけどこの暖かみはあのケモミミ女じゃねぇ。俺の血だ。

「あいたたた!ざっくりいってんなこれ!」

意識がはっきりするとより痛みが鮮明になる。

せっかく持ってきたのに使わなかったなぁ、と思ったらここでまさかの出番か妖刀宵鏡よ。ざっくり刺さってますやん。

くそ、あのケモミミ女の仕業だな。捕まえてひどい目に遭わせてやる!

「ハァ、ハァ・・・」

あれ、思いの外近くに気配が。というか吐息の音が。

体を捩って背後を見ると、少し離れた木々の茂みからこちらを覗きこむ人間が。

前見たときの姿とは違い完全な人間の姿。服は相変わらず布切れでぎりぎり隠している程度だけど。

「おい、お前だろこれやったの。すごい痛いんだけど。」

「な、なな、なんで平気なの!?」

「ちゃんと話聞けよ、平気じゃねぇって。痛いんだって。それより謝罪ぐらいしたらどうだ。もし故意ならなおさらだろ。」

あいたた。立ち上がると動いて余計痛いな。あまり動かないように持って歩こう。抜いたら多分すげぇ血が出るからこうやって移動するしかないな。

「私もついかっとなって、ご、ごめんなさい。」

「何にかっとなったら寝ている健全な男子の腹に刀を突き刺すんだ。病んでるのかお前は。」

「だって!私の大事なはじめてをこんな形で奪われるなんて・・・!」

なんかわけのわからん誤解をしているぞこいつ。ちょっとおちょくってやるか。

「いやぁしょうがないだろ。あんな迫られ方したらそりゃ男として黙ってはおけねぇよ。」

「あんな迫られ方!?私なにしたの!?」

「えぇ~覚えてないの?湖で体を綺麗に洗ったあと、すごい勢いで求めてきたくせに。」

嘘はついてませんよ。すごい勢いでお命頂戴しに来たからな。

お、顔が真っ赤だ。このまま爆発するんじゃねぇかってぐらい赤いぞ。

「いやぁ、いい夜だったよ。そのまま」

「それ以上言わないでぇ!!」

涙目で絶叫してやがる。いい気味だ・・・!

「っておいやめろ!刀をつかもうとするな、どうするつもりだ!」

「こ、殺してやるぅ!鬼畜!変態!」

「寝ている俺を刺すとこやそんな格好で山をうろついているあたりお前のほうがよっぽど鬼畜で変態だけどな!」

「刀刺さってるのに偉そうにしないでよ!私だって好きでこんな格好してるんじゃないもん・・・」

なんか訳ありらしい。まぁなんのことかはだいたいわかってるけど。

そうだ、遅くなったけど恒例のアレをしなければ。

「ちょいと失礼。」

「きゃ!なに!?」


『レベル56、ワーウルフ、転生者、危険要因・武器』


こいつやっぱり狼女か、そして転生者なのか。

結局そうなんだな・・・がっかりだ。せっかくかわいいケモミミ女子と仲良くなれたと思ったのに。

「お前、転生者だったのか。」

「え?まぁ・・・そうだけど。だからなに?」

「いや、何ってお前。魔王討伐しないでなんでこんなところで暴れ回ってんだよ。」

レベル上げって感じじゃない、ワーウルフであることが関係してるんだろうか。

「それは前までは頑張ろうって思ってたけど、今はそれどころじゃなくて・・・昨晩の私、普通じゃなかったでしょ?」

「不埒な格好で襲いかかってきたな。」

「いやらしい言い方しないで!誤解されるじゃない!」

「だれに?」

「誰かよ!」

安心しろ誰も聞いちゃいないし、仮に聞いてるやつがいても事の顛末を知っているさ。なぁ?

「私はこの世界に転生してすぐ、近くの街に住んでいたの。」

「セルティコだろ。」

「うん。そこでずっと冒険に出る準備をしていたの。仲間を集めて、それから少しずつクエストとかに行くことにしたの。」

典型的な初心冒険者だな。やってることは正解だ。一人で挑んだってすぐに殺されるし。

「私は転生者の特典で、サイレンサーっていう武器をもらったの。質量も音も姿もない、私だけが見えて、感じられる二丁の拳銃。これだけでも十分じゃないかって思いながら、私は二人の仲間を連れて森にクエストに行った。キラーマンティスを5匹倒すクエストだったんだけど・・・」

キラーマンティスか、普通の初心冒険者パーティーなら出会って一分経たずに皆殺しだな。

「3人で一匹ずつ叩けばクリアできるって戦士の人が言ってて、私ももう一人のプリーストもそれに従ったの。それでいざ森に行ったら・・・」

「行ったら?」

「何もいないの。魔物も動物も。すごい静かで、こんなもんなんだなって思ってたんだけど、しばらく歩いてるうちに違うってわかった。明らかに変だったの。」

女は寒そうに体を縮こまらせる。

そういえばこんな格好だから寒いだろうな。

「寒いのか?ほらこれ着ろよ。」

「いやよ血まみれじゃない。」

せっかく俺が紳士的にも着ているコートを貸してやろうと言うのに。

「厚意に甘えないのも失礼というものだぞ。」

「気持ちはありがたいけど、ほら、血。血がすごいから。」

「全部お前の仕業なんですけど。マジ悔い改めろよ。」

「だってあなたが私を・・・その・・・」

「さっきのは冗談だよ、なにもしてねぇから。仮にそういうことしてたら俺も服を着てねぇよ。」

「え!?ま、まぁ・・・たしかに・・・」

いやいやたしかにじゃないよ。

外でそういう行いをしたからといって裸では寝ないよ風邪ひくわ。

「とにかくそれで?キラーマンティスは?」

「あ、それでね・・・長いから省略するけど、ワーウルフにパーティーは全滅させられて私だけこうなっちゃったの。」

「いやまて、省略しすぎだろ。」

「なんとなくわかってよ。ワーウルフが暴れてたせいで動物も魔物も逃げたり殺されたりしてそこにはいなかったの。だからなにも知らない私達が入ってしまって標的にされちゃって・・・」

あんま長くねぇじゃねぇか説明しろよな!

まぁそれはいい。

つまりこいつは普通の人間だったのが狼女になっちまった転生者で、夜な夜な変異して暴れまわるうちにレベルも上がったわけだ。

「そういえば、その二丁拳銃はどこだ?」

「私達が襲われたあと、生き残った私が目が覚めたのは三日後だったんだけどその時すでになくなっちゃってた。」

特典武器がなくなる?

それはおかしい。こいつ以外がろくに扱うどころか見えないものを、感じることすらできない物を奪うことなんかできないし、盗めるやつなんていないはず。できるとしたら・・・

まさか、そういうことがあるのか・・・?

「どうしたの?珍しく難しい顔して。」

「今日あったばかりのやつに珍しいと言われるほど普段からへらへらしてねぇよ。それよりお前、命拾いしたな。」

「へ?なんで?」

「お前を殺さずにすむかもしれない。一つ質問に答えてくれ。」

「え!?私を殺すつもりだったの!?」

「まぁそうだった。それより質問だ。魔王をどう思ってる?」


・・・


「うーん、会ったことないからよくわかんないな。どんな姿かも知らないし、興味もあまりないかも。」

やっぱりか。

嘘をついていないようにみえる。これはとんでもないことが起きたもんだ。うまく扱えばもっと活用できるかもしれない。

「悪いけど俺と来てくれ。拒否には応じない。」

「いいけど、どこに?」

あまり行きたくないけど仕方がない。

「魔王城だ。」

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