第106話 今度こそ素晴らしい本物を手に入れるために

 いきなり最高神とか、そんな中二っぽいこと言われても困る。

 どんどん平和な日常が遠ざかっていく気がするんだけど。


「それは私じゃないとダメなんですか? 結奈さんの方がいい気がするんですけど」

「ダメじゃないよ、でも私は苺ちゃんの願いを叶えてあげたいから」


「私の願い……」

「元の世界を救いたいんでしょ? だったら苺ちゃんの方がいいんだよ」


「私が女神になるってことですよね? そんなことになったら私はますます普通の生活に戻れなくなるんじゃ……」


 私の中にある、変化を恐れる気持ちが膨らんでいく。

 女神になるってことはまるで人間をやめてしまうみたいで怖い。


 実際には今までも女神と呼ばれる人たちと何人も会ってる。

 結乃さんも結奈さんも、それからこのミュウちゃんだって女神様だ。

 そしてみんな人間と大きく変わっているわけじゃない。


 ただいろんなことができるすごい人、そんな感じだ。

 でも、いざ自分がそうなると思うと怖い。

 変わってしまうことが怖い。


 そんな私の不安を和らげようとしたのか、結奈さんがぎゅっと抱きしめてくれた。


「不安になるのは当たり前だよ。人は変化を怖がる生き物だからね」

「結奈さん……」

「大丈夫だよ、苺ちゃんが女神になるのは一時的なもの。目を覚ませば、何もかもが元通りだから」


 抱きしめられながら私は思った。

 やっぱりこの人は私の母親なんだなって。


 雫さんの時とは違う、なにかふわっとした空気のようなものに包まれて、自然と不安が薄れていった。


 女神になるのは一時的なもの。

 だったら私は元の生活に戻ることができるんだよね。


「私、頑張ってみようかな……」

「……うん、頑張って、そして幸せになってね」


 結奈さんは私にやさしい笑顔をむける。

 その笑顔を見ていると、なぜか懐かしい気持ちになった。


 母娘として過ごした時間はほとんど記憶にないけど、きっと私はこの人のことが好きだったんだと思う。


「ありがと、お母さん……」

「……!?」


 私がお母さんと呼ぶと、結奈さんは目を丸くして驚いた。

 そして嬉しそうに笑って再び私を抱きしめる。


「苺ちゃんはかわいいなぁ」

「わわわ」


 結奈さんほどかわいい人にこんなことされたら、いつもの私ならドキドキしていたと思う。

 でも今は心が落ち着いていくのがわかる。


 恋とは違う、この温かい気持ち。

 これが愛というものなのかもしれない。


 いつか私も誰かをこんな気持ちにすることができるのだろうか。

 わたしにも誰かを幸せにすることができるのだろうか。

 全然そんな自信はないけど、まずは納得のできる今を手に入れないといけない。


 そして偽物ではない、本物の幸せな未来へとつなげていこう。

 結奈さんに抱きしめられながら私は決心する。

 いつまでも夢を逃げ場所にするのはやめようと。


 夢は現実をもっと良いものにするために見るべきだ。

 夢を叶えるのは他人ではなく自分。


 私の幸せのために、もう一度頑張ってみようと思う。

 今度こそ素晴らしい本物を手に入れるために。


「それじゃあ始めましょうか」

「始める?」


「うん、苺ちゃんを女神として登録するんだよ」

「登録?」


 何それ、最高神って登録するだけでなれちゃうの?

 まあ楽な方がいいけどね。


「ちょっとそこに立っててね」

「はい、わかりました」


 私は神殿内の真ん中あたりにぽつんと立つ。

 結奈さんは少し離れて、祈りをささげるように何かの魔法を使った。

 すると、神殿にある8つの柱が光を放ち、私はその光に包み込まれる。


 何をしたらいいのかわからないのでその場に立ち尽くしていると、やがて光は私の中に入りこむように収束していく。

 終わったのだろうか。


「よし、登録完了だよ」

「はぁ……」


 と言われてもなにも変わった気がしない。

 何かできるようになったのかな?


「お姉ちゃん、すごく品格が上がった気がするよ!」

「え、本当ですか?」


 自分ではわからないけど、ミュウちゃんには感じ取れるものがあるらしい。

 私を見る目がとても輝いていて、ちょっぴり誇らしいものがある。

 そんな私のそばに結奈さんが戻ってきて言う。


「それじゃあ帰ろうか」

「もういいんですか?」

「うん、ここには登録に来ただけだから」


 確かに重要な場所だと思うけど、これのためにこの空間は存在してるのか?

 それに竜人のみなさんはなんでこんな場所に住んでるんだろう。

 女神と竜人ってなにか関係があるのかな?


「帰りは魔法で送ってあげるね」

「そんなことできるんですか……」


 結奈さんの移動魔法って他人にも使えたのか。

 練習すれば私にもできるようになるのかもしれないな。




 結奈さんの魔法のおかげで、この世界での私の家まで一瞬で戻ってこれた。

 本当にすぐ着くんだなぁ。


 私が驚いていると、結奈さんの姿がないことに気づく。

 一緒について来なかったのか。

 ちゃんと挨拶しておきたかったよ。


 それよりこれからどうするかだね。

 女神として登録されて、それで私は何をすればいいんだろう。


 少し考えて頭に浮かんだのは、あの檻のむこうの世界だった。

 あの時は中断してしまったけど、あの世界には何があるのか全然調べられていない。


 門のことも放ってはおけないし、再チャレンジというのはどうだろうか。

 かなり危険なことかもしれないけど、あそこには何かがあると思う。


「ミュウちゃん、あの門のむこうの世界にまた行きたいんですけど、もう一度連れていってもらえますか?」


 危ないところとわかっていてミュウちゃんを連れていくなんて、本当はしたくないんだけど。

 でも門のむこうはほとんど空中の移動になるし、今の私一人だとかなり厳しい。

 悔しいけど、ここはお願いするしかない。


「うんいいよ、お姉ちゃんのためだからね」

「ありがとうございます」


 ミュウちゃんの好意がすごくうれしい。

 この子と偶然出会っていなかったらどうやっていたのか。

 あの時出会ったのは、もはや運命だったんじゃないかと思う。


 さて、あとは戦力をどうするかだよね。

 夢魔がどれくらいでてくるかわからないから、できるだけ人数は多い方がいいのかもしれないけど。

 とはいえ、そうすると巻き込んでしまう人が増えてしまうわけで。


「桃ちゃんにもついてきてもらった方がいいでしょうか」

「う~ん……、ふたりのほうがいいんじゃない?」


「そうですか?」

「うん、そうだよ」


 ミュウちゃんがそう言うならふたりで行くことにしよう。

 確かに私たちは一緒に行動するから、ふたりだけの方が撤退もしやすい。


「それじゃあ明日の朝早くにむかうことにして、今日はいろいろあったのでゆっくりしましょうか」

「うん!」


「今日はお泊りしていってくださいね」

「やった~!」


 急がなくても今さらこんな短時間で状況が変わったりはしないでしょう。

 明日、どこまでできるかわからないけど、元の世界を修正する方法の手がかりくらいは見つけたい。


 私の覚悟は決まった。

 時間の許す限り、何度でも挑戦して必ず本物の幸せを手に入れてみせるよ。

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