第72話 またね

 目を覚ますと、まず飛び込んできたのは青い空と太陽の光だった。

 どうやら私は地面に仰向けになって転がっているようだ。


 地上に戻ってこれたのか、それとも夢でも見てたのか。

 私は今どこにいる?

 体を起こしてあたりを見回すと、なんとクッシーの上に戻ってきていた。


 みんなもなぜか一緒にいる。

 夢を見ていたわけではないようだ。


「クッシー、私たちはどうしてました?」


 自分で言っておいて、わけのわからないことを聞いてるなって思った。

 でもクッシーはちょっと興奮気味に答えてくれる。


『それがね、イチゴさんが襲われて海に落ちた後、まあいっかって思ってそのまま進んでたんだけど』


 おいちょっと待て、まあいっかってなんだよ。


『しばらくしたら急に戻ってきてさ、それで見てよあれ!』

「あれってどれですか?」

『ほら、左の方にある島だよ、それさっき海から浮き上がってきたんだよ、すごいよね!』


 浮き上がってきた?

 ということはもしかして、あそこはさっきまで私たちがいた海底の街?


「ユーノさん! ユーノさん! 起きてください!」


 私のそばで寝っ転がっている女神様の体をゆすって呼びかける。

 ふたつのお山をもんでもよかったんだけど、最近の私は調子に乗ってる気がしてきたので自重した。


「うぅ……、あれ? イチゴさん?」

「見てくださいユーノさん、あれを」


 私は片手をユーノさんの首に回して抱き起こし、もう片方の手で視線を誘導する。


「あれはもしかして……」


 私の腕の中で目を見開き、そしてそこから一筋の涙が流れた。


「あれはユーノさんが作り上げた楽園の島ですよ」

「あ、あぁ……、やっと終わることができたんですね……」


 両手で顔を隠し、泣くのを我慢するユーノさん。

 それでも耐え切れなくなったのか、突然私にむかって抱きついてきた。

 そのまま床に押し倒されて抱きしめられる。


「うあぁああ」


 まるで子どものように泣き崩れるユーノさんをそっと抱きしめ返す。

 そんな状態のときに、他のふたりの目を覚ます気配がした。


「わお」

「イチゴちゃん、ユーノちゃん、そんな白昼堂々と……」


 いやいや、誤解なんですよこれは。

 目を覚ましてすぐ隣で抱き合ってるやつらがいたら、そりゃびっくりするけどさ。


 ユーノさんがなかなか起き上がってくれないのでそのままの状態でしばらく待つ。

 そんな時にヨミちゃんがつぶやくように言った。


「そろそろ時間切れかしら」


 その嫌な感じの言葉に視線だけをヨミちゃんにむける。

 するとヨミちゃんの体がうっすらと光に包まれているのが見えた。


「ヨミちゃん……?」

「……?」


 私の様子に気づいたのか、ユーノさんもようやく体をおこしてヨミちゃんの方を見る。


「そろそろ消えるとするわ、やれるだけのことはやったつもりだし」

「消えちゃうんですか?」

「もともと私は死んでるようなものだから」


 あっさりとそういうこと言われると、どう反応したらいいのかわからない。

 でもお別れになることに変わりがないなら、それはとても寂しいことだ。


「イチゴ、あなたにひとつ言っておきたいことがあるの」

「なんですか?」


 ヨミちゃんは私の前まで歩いてきて肩に手を置く。


「あまり頑張りすぎないようにね、目に入った人全員を救おうなんて思わないこと」

「そんなつもりじゃないんですけどね……」

「そんなつもりじゃなくても、会ったばかりの私まで助けようとしたでしょ」


 う~ん、それはユキちゃんの姿をしてたからというのがあるけど。

 確かにそうじゃなくても同じことをしたかもしれない。


 でもそれってほとんどの人がそうなんじゃないかな?

 目の前に困ってる人がいて、それを放っておくことができるのか?

 なかなかいないんじゃないかな。


「突然だけど、これをあなたにプレゼントするわ」

「本当に突然ですね……、ってこれは『ラブエナジーマックス』じゃないですか!」


 ヨミちゃんがくれた缶の飲み物は、かつて私が常備していたエナジードリンクだった。

 学生の頃に人気がでて、飲むと幸せになれるというメッセージ付きの怪しいドリンク。


 本当に怪しくて、含まれる成分の何かがやばいものだったらしく、いつの間にか販売停止になっていた。

 最近飲んでいたものはこれの代わりに買い始めたもので、どこか物足りなさは感じていたのだ。


 まさかこんなところで再会できるなんて。


「もし私の力が必要になったら飲むといいわ」

「えっと、なにか関係があるんですか」

「さぁ?」


 ヨミちゃんはいたずらっ子のようなかわいい笑顔を見せると、私から少し距離を取る。

 その体を包む光が強くなっていく。


「ユーノ、ユーナ、元気でね」

「はい」


 ふたりは静かに頷いた。


「イチゴ、雪によろしく言っておいて、きっともう大丈夫だから」

「ヨミちゃん!」


 もう一度触れあおうと手を伸ばす。

 しかしそれは届くことはなく、ヨミちゃんはふわっと宙に舞い上がった。


「じゃ、またね」


 ヨミちゃんは小さく手を振ると、光の粒となって消えていく。

 降り注ぐ光をぼうぜんと眺めながら、きっとまた会えるような、そんな気がしていた。


「イチゴさん!」


 後ろからいきなりユーノさんに抱きつかれる。

 なんだこれ、もしや愛の告白かな?

 そんなはずもなく、これは私の体に異常が起きていたからだった。


「イチゴさんも消えてしまうのですか……?」

「はい?」


 なぜそんなことを突然言われたのか理解できずにいると、ユーナさんの方が私の体の指さす。


 そして気付いた。

 私の体も光に包まれていることに。


「え、私消えちゃうんですか?」


 突然湧いてきた、死への恐怖のような感情。

 それを落ち着かせようと、ユーナさんがやさしく声をかけてくれた。


「ううん、きっと元の世界に戻るんだよ、夢から覚めるんだね」

「そ、そんないきなりすぎますよ」


 どうなってるの?

 楽園の中の楽園にもまだ行ってないのに。

 あのスタンプ集めは何だったんだ。


 旅自体は楽しかったけど、こんなところで終わってしまうなんて。


「せっかくお母さんにも会えたのに……」

「ふふ、大丈夫、また会えるよ、全部うまくいくから」


 泣きそうな私の頭を、ユーナさんはやさしい笑顔を見せながらなでてくれる。


「この世界はあの島を浮上させたことで、いったんの役目を終える」

「夢の世界も消えちゃうんですか?」

「ううん、もっと素晴らしい世界になるの、ねっ、ユーノちゃん」


 ユーナさんは私の背中に抱きついているユーノさんを見ていった。


「はい、わたし頑張ってこの世界をもっと幸せな世界にします」


 ユーノさんはそっと私から離れていく。

 私が振り返ると、この世界に来て初めて話した時と同じように、後ろ手を組んで顔だけをこちらにむけていた。


「イチゴさん、その時は必ず迎えに行きますから、待っていてくださいね」


 あの時は演技なんじゃないかって疑ってしまった笑顔も、今は心からのものだろうって信じられる。


 それだけ親しくなれたんだなぁ。

 たった数日のことだったけどすごく楽しい日々だった。


 でもこれ以上の幸せをまた与えてくれると信じて。

 今は夢から覚めることにしよう。


 私の体を包む光がますます強くなっていく。


「それじゃあユーノさん、お母さん、また会える日を待っていますから」

「はい」

「うん」


 3人で輪になるように手をつなぐ。

 そして全員で声を合わせて最後の挨拶をかわす。


「「「またね」」」


 そこで私の視界は真っ白になった。

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