7章 学生時代
第73話 今この時間を大切に生きよう
夢から覚めた私はベッドの上にいた。
温泉に浮いていた私を雪ちゃんと芳乃ちゃんが別荘まで運んでくれたらしい。
ということは全裸姿をばっちり見られてしまったわけだ。
これはもうお嫁にいけない、責任取ってもらわないとね。
とりあえず体を起こし、異常がないか動かしてみる。
するとそこに誰かがドアをノックして入ってきた。
「あ、苺さん起きたんですね~」
「おはよう苺さん、もうお昼だけどね」
それは雪ちゃんと芳乃ちゃんだった。
でも現実に戻ってきたはずなのに、ふたりとも夢の世界と同じ姿だ。
つまり中学生くらいってことだけど、いったいどうなってるんだろう。
「って、あれ? 雪ちゃん声が!?」
「へ?」
私が急に大声を出すと、雪ちゃんは不思議そうな表情をして首をかしげる。
現実世界の雪ちゃんが声を取り戻している?
もしかして声を失ってたこと自体がなかったことになっているのか。
なんか少し違和感があるけど、でもよかった。
「雪ちゃん、ちょっとこっち来て」
「なんですか~」
私が手招きすると、すぐ隣まで雪ちゃんは近づいてくる。
私はベッドの上から雪ちゃんを思いっきり抱きしめ、お腹の辺りに顔をうずめた。
「あわ~……」
こんなことむこうの雪ちゃんには何度もしたけれど、現実の雪ちゃんにはあまりしたことはない。
そのせいか雪ちゃんはその場で固まっている。
「あの~、私もいること忘れてないよね?」
少し離れたところから芳乃ちゃんの小さな声が聞こえる。
「芳乃ちゃんもやりますか?」
「やりません」
芳乃ちゃんは呆れながら、みんなに報告してくると言って部屋を出ていった。
部屋には雪ちゃんと私のふたりだけだ。
私は雪ちゃんから離れ、再びベッドの上で寝っ転がった。
夢の世界とは結局なんだったんだろうか。
私からすれば昔の姿に戻っているわけだけど、こっちの世界での時間はほぼ進んでいないことになっているようだし。
ただ私の見た夢ってことで片付いてしまうのかな。
でも雪ちゃんの声は戻ったし、ちょっと怖い思いもしたけど楽しかったし、いい夢見られたってことでいいか。
そういえば私と同じように記憶を持っていた杏蜜ちゃんや芳乃ちゃんはどうなっているんだろう。
芳乃ちゃんの様子だと夢の世界のこととか知らなさそうだよね。
ユーノさんならこの状況のことわかるんだろうけど、どうやったら会えるのか。
少しずつ探っていくしかないかな。
それからしばらく、私は記憶があやふやなフリをして今の状況を確認した。
現在は4月下旬で、別荘に行ってたのは桃ちゃんと雪ちゃんの入学祝い旅行ということになっているみたい。
雪ちゃんが中学生くらいの姿と思ったのは当たっていて中学1年生だ。
ということは、私は4つ上だから高校2年生ということになる。
学生だと結構歳の差を感じるなぁ。
でも愛さえあればそんなの関係ないよね!
できれば同じ学校に通って青春を謳歌したい。
そんなことを思いながら、懐かしい高校時代の制服に袖を通す。
なんだかだんだんこれが本当の私なのかなって思ってくる。
少しずつ記憶が曖昧になってきて、あの社畜時代や夢の世界もただの私の夢だったんじゃないかと疑い始めている。
私は長い夢でも見ていたんだろうか。
……いや、そんなはずはない。
それにもし過去に戻れているというのなら、私の人生をやり直すチャンスだ。
雪ちゃんの声もまだ失われていない。
私の手で幸せな現実の未来を手に入れて見せる。
そんな強い思いを胸に、私はひさしぶりの学校へとむかう。
まずは雫さんの家まで行って一緒に登校しよう。
家を出て、雫さんの家の前まで来た時、よく見知った女の子が飛び出してきた。
それはマイエンジェル桃ちゃんだった。
「あ、苺さんだ~、おはようございます」
「おはようございます、今日もかわいいですね」
「えへへ、わ~い」
私の言葉に、とびっきりの笑顔を返し、抱きついてくる。
やっぱり超かわいいなぁ。
そっか、この頃はまだ雫さんと一緒に暮らしてたんだよね。
私たちがベタベタしていると、後ろから雫さんが出てくるのが見えた。
ちょっと眠そうな目をしながら、私たちの様子を見てそのままじっと見つめてくる。
「苺ちゃんって私以外の女の子とはイチャイチャするよね」
「え? そんなことないと思いますけど……」
「だって、私には抱きついてこないもんね、ふんっ!」
雫さんは少しご機嫌斜めな様子で先に歩いて行ってしまった。
別に私から抱きついていってるわけじゃないんだけどなぁ。
雫さんの後姿を眺めていると、さらさらでウェーブのかかった長い髪が目に留まる。
今の雫さんは肩くらいまでだけど、この頃は腰くらいまで伸ばしていた。
ある日バッサリと切ってきて驚いたのを思い出す。
失恋でもしたのかと思ったが、雫さんに想い人がいるなんて考えたくもなかったから聞けなかった。
「お姉ちゃんも素直じゃないなぁ、自分から抱きつけばいいのに」
私の隣で桃ちゃんがぼそっとつぶやく。
「それは、まあ、人前ではあまり……」
「そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
いやいや、いくら同性でも目の前でいきなり抱き合い始めたらびっくりするよ。
不潔ですぅ~!
「お互い部屋に出入りしてるんだから、ベッドの上で抱きついてみればいいんだよ」
それはぜひやられてみたい。
雫さんに押し倒されて、見つめあって、そして口づけを……。
「ビュフォオオオオオオオオオオ!!」
「どうしたんですか突然、大丈夫ですか苺さん!」
いけないいけない、イケナイ妄想をしてしまったよ。
ああでも、一度でいいから雫さんに押し倒されてみたいものだ。
「ぐふふふ……」
「うわ……」
おっと、またこの笑いがでてしまったか。
この癖は直しておいた方がいいな。
「さあ行きましょう、お姉ちゃんが待ってますよ」
「へ?」
桃ちゃんの言葉に道の先を見ると、確かに雫さんがこちらを半眼で睨みつけながら待っていた。
これは「なんで追いかけてこないの! プンプン!」といったところか。
雫さんはいつも落ち着いてる印象だけど、今思い返すと学生の頃はよくこんな風にプンプンしてた気がする。
特に桃ちゃんや雪ちゃんとベタベタした後が多かった気が……。
つまりあれか、嫉妬してるってことだ。
あらあら、もしかして私って思ってる以上に雫さんに好かれているのか。
なんて、まさかあの女神様のような雫さんがこれくらいのことで嫉妬なんてないよね~。
私と桃ちゃんが歩き始めるのを確認すると、雫さんは再び先へ行ってしまう。
私は少し駆け足で追いかけ雫さんの隣に並んで話しかける。
「あの、雫さん、腕組んでもいいですか?」
「へ? な、なに突然、好きにすればいいんじゃない?」
雫さんがらしくない若干のツンデレをかましながら腕を差し出してくれる。
腕を組むというより、腕に抱きつくようにするとなんだかすごく安心感を覚えた。
桃ちゃんがよく抱きついてくる理由はこれなのかもしれないな。
「もう、苺ちゃんは甘えん坊さんね」
「えへへ」
「あ、私も私も!」
桃ちゃんが私とは反対側の雫さんの腕に抱きつく。
「ちょっとさすがに歩きにくいんだけど……」
「え~いいでしょ~、ちょっとの間だけだから~」
「もう、しょうがないわね」
なんだかんだ仲のいい姉妹だ。
こうしていると自然と笑みがこぼれてくる。
これが現実世界でも手に入る幸せのひとつなんだよね。
大切な人とのつながりはどんなところでだって幸せな時間だ。
「あれ? お姉ちゃんにやけてるね」
「にやけてません」
「え~、それは無理があるんじゃない?」
私もちらっと見てみたけど、かなりにやけていますね。
ごまかそうとして頬を膨らませ始めたから、ますますかわいくなった。
夢の世界から戻ってきて、よくわからないことになっているけど、もしこれが一時的なものでも、ずっと続くものでも、今この時間を大切に生きよう。
今ここにいることには、きっと意味があるはずだから。
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