第59話 私の旅も終わりなんですね

 ユキちゃんの別荘まで戻ってきた私たちは晩御飯を済ませ、寝るまでの時間をそれぞれ自室でのんびりと過ごしていた。


 そういえばユーノさんのかけてくれた魔法もいつの間にか解けてるね。

 あれは練習したら私にも使えるかな?

 いろいろなことに利用できそうな素晴らしい魔法だよね、ぐふふ。


 ふと外を見ると、今夜はきれいな満月だった。

 現実世界のものよりも青白く光っている気がする。

 もしかして世界に魔法があることと何か関係があるのだろうか。


 何かに吸い寄せられるように、私はバルコニーにむかった。

 ドアを開くと、めちゃくちゃに寒い強風が私を襲い、一瞬で部屋に舞い戻る。


「この街、なんか寒くないですか……?」


 愛の街なんだからもっと温かい街であってほしいよ。

 一度深呼吸して再チャレンジ。

 ドアを開いてバルコニーを進む。


 今度は強風が吹いてない。

 そのままテーブルとチェアのある所まで歩き、そこに腰かけた。


 寒さは不思議なことに感じない。

 なんだったんだ、さっきの風は……。


 きれいな丸い月を見上げ、ただボーっとしていた。

 旅は終わり、後は始まりの街へ帰るだけだ。


 短い時間だったけどいろんなことがあった。

 楽しかったし、終わってしまうのは寂しい。

 またみんなで旅行したいな。


 私にとっての幸せは、大好きなみんなと楽しく一緒の時間を過ごすことだから。

 ……。


 ……もし、さらなる楽園と呼ばれるところに行けるのが私だけだったとしたら。

 そこは本当に幸せになれる場所なんだろうか。

 みんなと一緒にいられないのなら私は……。


「うっひゃ~!?」


 突然私の首筋に冷たい何かが押し当てられた。

 振り返ると、そこにいたのはユキちゃん。


 さすが雪女。

 恐ろしい冷たさだ。


「やっほ~」

「やっほ~です、ユキちゃん」


 私が挨拶を返すと、彼女はニコッとかわいい笑顔を見せる。

 そしてチェアを私の隣に移動させ、そこに腰かけた。


「私の旅も終わりなんですね」

「さみしいですか?」

「……かもしれませんね」


 たった数日だったけど、たくさんの出来事があった。

 楽しかったから、疲れすらも心地いい。

 好きなことをしていられる時間って幸せだよね。


「さみしいなら、また始めればいいんですよ」

「ユキちゃん……」

「イチゴさんはもう自由なんだから」


 そうだね、私はこの世界にいれば自由だ。

 私はこの楽園で、自由と幸せを手に入れた。

 わざわざ手放す理由はない。


「イチゴさん、元の世界に戻ったりしませんよね?」

「あ、えっと……」


 なぜか答えに詰まってしまった。

 気持ちは固まっているつもりだったけど、やっぱり不安が残っているのかもしれない。


 この心の中の引っ掛かりは、元の世界での思い出なのだろうか。

 それともこの夢の世界の存在を、まだ信じ切れていないのだろうか。


「私はずっと一緒にいて欲しいですよ」


 ユキちゃんはそう言いながら、私の方にもたれかかってきた。


「少しこうしてていいですか?」

「別に構いませんけど……」


 私が了承すると、ユキちゃんは「えへへ」と笑ってから目を閉じた。


 元の世界は現実の世界。

 このまま私は夢を見続けていいのだろうか。


 ユーノさんは元の世界に戻るときには時間制限があると言っていた。

 それが本当なら私の心配とは逆で、元の世界に戻れなくなるということだ。

 ずっとこっちにはいられるはず。


 でも、もしそれを含めてすべてが夢だったら?

 それはすごく怖いことだ。

 結局、迷うということは元の世界に戻りたい気持ちがあるってことか。


 しばらくボーっとしていると、隣から寝息が聞こえてきた。

 ユキちゃん、寝ちゃったのか。


「みんなが記憶を持っていてくれたら、私は迷わずに済んだのかもしれませんね」

「……カニ~……」


 ユキちゃんの寝言で現実での旅行を思い出す。

 私の時間はあの旅行中から止まってるんだね。

 停滞する者、変化に対応できない者に未来はない。


 うん、気分の悪くなる話だ。

 その時、またも冷たい強風が私たちに襲い掛かる。


「……さむっ!」


 部屋に戻ろう。

 温かいお布団の中でゴロゴロしていよう。

 そうしようそうしよう。


「ユキちゃ~ん、部屋に戻りますよ~」


 私にもたれかかっているユキちゃんの目を覚まそうと自分の体を揺すってみる。


「……うにゃ~……」


 起きない、かわいい。

 よし、お持ち帰りしよう。


 ユキちゃんを一気にお姫様抱っこして部屋の中まで連れて帰る。

 ドアを開けっぱなしにしててよかった。


 足で器用にドアを閉めて、そのままベッドまでユキちゃんを運ぶ。

 ……つもりだったけど、なにやらお布団が膨らんでいらっしゃいますね。


 これまた器用に足でお布団をはがしてみる。

 そこにはなぜかミュウちゃんとユーノさんがいて、ばっちり目が合った。


「……何してるんですか?」

「一緒に寝ようと思いまして、えへっ」


 なにこれ、この方、超かわいいですね。


「でもなぜ隠れてたんですか?」

「サプライズです」

「サプラ~イズ!」


 ユーノさんが答えて、さらにミュウちゃんが両手をあげながら元気に言った。

 まあサプライズプレゼントということでありがたくいただいておこう。


 その前にユキちゃんをベッドの上の空いてるところに寝かせる。

 続いて私もユーノさんの隣に寝っ転がった。

 横になった体勢でこれだけ近いと改めてドキドキするものだ。


「ユーノさん、私もう結構眠いです」

「寝ちゃってもいいんですよ、今夜は4人でいましょう」


 急に眠たくなったのはふわふわの毛布のせいか。

 それともユーノさんの甘い香りとほわほわな雰囲気が原因かな?

 この部屋のベッドはかなり大きいので4人いても大丈夫だ。


「えや~!」


 ミュウちゃんが布団を持ったまま器用に転がって、ユーノさんや私の上を乗り越えていく。

 そのままユキちゃんの隣まで行って、全員が布団の中におさまった。


「じゃあおやすみ~」

「あ、うん、おやすみなさい」


「すや~」

「寝るの早!」


 う~ん、これはきっとさっきまでユーノさんと一緒に布団の中にいたからだね。

 限界寸前まで頑張ったんだろう。

 わたしもそろそろ落ちそうだ。


「ユーノさん……、おやすみなさい……」

「はい、おやすみなさい」


 ユーノさんはやさしく微笑みながら、私のおでこにキスをしてくれた。

 ああ、なんかこれと同じことを昔してもらった覚えがある……。

 誰だったかな……。


 ぼんやりとした記憶に浮かぶその顔は、なぜかユーノさんにとても似ている気がした。

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