第58話 ハーレム女王でも目指してるんですか?

「ほへ~」


 隣のユキちゃんがさらにもたれかかってきた。

 ずいぶんと仲良くなったなぁ。

 ここにモモちゃんがいないのが不思議だよ。


 現実世界での雪ちゃんは、桃ちゃんの友達としてしか見てなかったから。

 こちらのユキちゃんもモモちゃんと友達だけど、こうして私のそばにいてくれる。

 それがすごく嬉しい。


 辺りが茜色に染まる。

 もうすぐ完全に日が沈む。

 そしたら今度は月を見よう。


 あの最後の旅行の時に見た月は、きれいなだけじゃなくてやさしい光だった気がする。

 ここから見る月はどうだろうか。

 日が完全に沈み、世界は夜をむかえた。


 ……。

 ……。

 それから30分くらいたっても誰も動かない。


 これはいけないな。

 ちょっと寒くなってきて温泉から出られないぞ。


「ふへ~、出られませんな~」


 私は少しでも温かくなろうと、肩を出していた状態からあごがつかるくらいまでお湯の中に沈んでいった。


 そこにミュウちゃんが泳いできて、ピタッと私に前にくっついてくる。

 なぜだ、モフモフしているぞ。

 周囲を美少女に囲まれて、ちょっと女王気分だ。


「ユーノさん、肩を抱いていいですか?」

「ハーレム女王でも目指してるんですか?」


 私と同じくらいお湯の中にもぐっているユーノさんが、呆れたようにジト目をむけてくる。

 その目好きです~。


「そろそろ帰らないといけませんね~」


 なんて言いながらもまったく動く気のなさそうなユキちゃん。


「温かくて溶けてしまいそう~」


 お湯の中で完全に脱力する私。


「私も溶けそう~」

「……って、ユキちゃん、ホントに溶けちゃってますよ~!?」

「わわっ」


 ユキちゃんが慌てて立ち上がり、自分の姿を整える。

 不自然な光線がその美しすぎる裸体を守ってくれていた。


 油断したんだね、ユキちゃん。

 これが温泉の力か。


「しゃむい~」

「雪女でも寒いんですね」

「しゃむいものはしゃむいんです~」


 しゃべれてないけど大丈夫?


「これは仕方ありませんね、私にまかせてください」


 そう言ってゆっくりと立ち上がるユーノさん。

 美しいお胸が揺れ、そこからお湯が私の顔面目掛けて流れてきた。

 ぶほっ、苦し……幸せ~。


 ユーノさんが指をパチンと鳴らすと、私たちのいる温泉が光を放つ。

 そして私たちの体をお湯が包んでくれた。


 とても不思議な感覚だ。

 それからやさしくて温かい。


「この上に服を着れば寒くないですよ」

「濡れたりしないんですか」

「はい、大丈夫ですよ」


 ユーノさんの言葉を信じ、服を取りに戻ってそれを着る。

 確かに濡れない。


 なんだろうこの感じ。

 今も温泉の中にいるような気がしないこともない。


「なんか、変な感じですね」

「こんなこともできますよ、こちょこちょこちょ」

「きゃ~!」


 身を包んでいるお湯が、私をなでるように動き始める。

 くすぐったくて身悶えしてしまう。

 私たちの体のすべてがユーノさんに握られてしまった。


「うふふ、では帰りましょうか」


 ユーノさんが、女神様とは思えない邪悪な笑みを浮かべていた。

 でも確かに温かくなったし、これはありがたい。

 ただあの道を戻ると思うと結構つらいものがあるなぁ。


「帰りは飛んで戻ろっか~」

「でも3人もいますよ? 大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ~」


 ミュウちゃんが自信満々な様子で、腰に手を当て胸を張る。

 残念ながらまだ揺れるものは存在しないが、これはこれですごくかわいい。


「あ、私は自分で飛べるのでおふたりだけ乗せてあげてください」


 ユーノさんはそう言うと、うっすら光をまといながら宙に浮いた。


「はい、じゃあふたりは私の背中だね」


 今度はミュウちゃんが光に包まれ、白いドラゴンの姿になる。


「わわ~、本当にドラゴンさんだ~」


 ユキちゃんがその姿に驚きつつ、モフモフを堪能し始めた。

 そういえばこの姿を見るのは初めてか。


「さ、いつまでも触ってないで乗って乗って」

「は~い」


 先にユキちゃんが背中に乗って、さらにそのうしろに私がつかまる。


「わわ~、ドキドキする~」

「大丈夫ですよ、ちゃんとつかまってれば」


 恐らく初めてであろう空の旅に緊張しているのかな。

 ユキちゃんは落ち着かない様子だ。


「安心してください、私がちゃんと押さえてますから」


 私は腕を回して、ユキちゃんの体をぎゅっと抱きしめる。


「ひゃうう……、お湯の中では大丈夫だったのに……」

「うん? どうかしましたか?」

「いえ……」


 ちょっとべたべた触りすぎちゃったか?


「というかこれじゃ一緒に落ちるだけですね」

「もうそれでもいいです~」

「いいの!?」


 どうしよう、ユキちゃんがわからないよ。


「さ、いつまでもいちゃついてないで行きますよ」


 先に宙に浮いていたユーノさんが私たちに冷たい視線をむけていた。

 別にいちゃついてたつもりはなかったんだけど、確かにそう見えるようなことはしてたかも。


「私たちも行くよ~」


 ミュウちゃんの掛け声とともに、私たちの夜空の旅が始まった。

 直線で移動したらすぐ着くんだけどね。


 辺りが暗いので、ゆっくりとした速度で空を飛んでいく。

 先を行くユーノさんが放つ、うっすらとしたやわらかな光を道標にして進む。


 空から見る街の光はとてもやさしいものに感じられた。

 観光地だとか夢の世界だとかは関係なく、ここにも人の生活がある。

 あの光の中には、今家族団らんの時間を過ごしているものもあるのだろう。


 そう思うと、なんだかよくわからない気持ちが込み上げてきた。

 私はやはり家族のぬくもりが欲しいのだろうか。

 でも今さら取り戻せるものではない。


 それに私には家族というものの記憶がほとんどないのだ。

 小さいころに母親を亡くして、私はひとりぼっち。


 だから私は、その後知り合った雫さんのことを慕っていた。

 先輩として、お姉ちゃんとして、そして時にお母さんとして。

 桃ちゃんも雪ちゃんもいたし、満たされてなかったわけじゃない。


 でもやっぱり、心のどこかに、ごく普通の家族の在り方に憧れもあったのだろう。

 別に今さら欲しいわけじゃないはずなんだけどさ。

 なんでこんな気持ちになるんだろう。


「うう~」


 ちょっと苦しくて、ユキちゃんを抱きしめている力が少しだけ強くなってしまった。


「イチゴさん、大丈夫ですか?」

「え、あ、大丈夫ですよ」


 ユキちゃんを安心させるはずが、心配をかけてしまったみたい。


 うん、大丈夫だ。

 私にはみんながいる。

 私はみんなのことを本当の家族のように思ってるから……。

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