第35話 私なんか食べてもおいしくないですよ!

 ついたばかりのキャンプ場で野宿をすることになったわけだけど、思った以上にあっさり眠りについた。


 よほど疲れていたのか、元社畜のスキルなのか。

 好きで身につけたわけではないけど、意外と役に立ってるじゃない。

 無駄な日々を過ごしたわけじゃないんだと、こんなところでも実感できるとは。


 あれ、こんなにいろいろ考えられるということはまだ寝てないのか。

 そうか、きっとこれは夢を見てるんだ。

 よし起きるか、いい朝だといいな。


 いや、まだ目を開けてないから真夜中かもしれないけど。

 少しずつ覚醒する意識とともに、目をうっすらと開いていく。


 ……そして。

 そこで見てしまった現実から逃げるように再び目を閉じた。


 ドラゴンがいたよ。

 嘘だと言ってほしい。


 これは夢だ。

 きっと夢だ。

 夢なんだ!


 そう願い、もう一度目を開く。

 ……ドラゴン、ドアップ。


 あははははははははははは。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 死んだ。

 これは死んだ。

 そう確信したとき、ドラゴンの体がやわらかい光に包まれた。


「ほえ?」


 突然のことに驚き固まってしまう。

 そしてドスンっと私のお腹に衝撃がくる。

 ドラゴンが小さな女の子になって落ちてきたのである。


 見た目は10歳くらいだ。

 ふわっとウェーブのかかった栗色の髪の毛が肩にかかっている。

 ウェーブな髪の人多いな、私の好みが反映されているのか。


 服装はポンチョのようなもので、それしか着てないような……。

 確かめるためにめくってみようか。

 いや、やめておこう。


 それより、さっきのドラゴンがこんなかわいい女の子になるなんて、さすが楽園。

 とりあえず声をかけてみようか。

 そう思ったらむこうから話しかけてきた。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」


 よかった、言葉は通じるみたいだ。


「えっと、私になにかご用ですか?」

「おいしそうなにおいがしたの~」


 ぎゃあああああああああああああああ!!

 これアカンやつや~!


「私なんか食べてもおいしくないですよ!」

「え? うん、お姉さんを食べたりしないよ?」

「あれ?」


 どうやら私の早とちりだったみたいだ。

 でもおいしそうなにおいってなんだろう?

 食べ物なんて持ってたかな?


 あ、そういえばいちご大福が残ってたか……。

 でもこれがにおいを放つかな?


「これ食べますか?」


 そっと魔法のお弁当箱からいちご大福を取り出し、ドラゴン少女の前に差し出す。


「わ~、いちご大福だ~、いいの~?」

「ど、どうぞ」


 ドラゴン少女は私からいちご大福を受け取り包みを開けた。

 かわいらしく少しだけむにゅっとかぶりつく。

 そして目をキラキラと輝かせる。


「おいし~!」

「よかった……」


 少女は一気に大福を食べきって、指についた粉をなめとっていた。


「お姉さんありがと~」

「いえいえ、それより上から降りてもらっていいですか」

「あ、ごめんなさい」


 少女はぴょんと私のお腹の上から飛び降りる。

 そう、私はずっとこの子の下敷きになっていた。


 驚くほど軽いし、やわらかかったし、いいんだけどね。

 私は体を起こして立ち上がり、少女とともに近くの地べたに座った。


「お姉さんはなんでこんなところで寝てたの?」


 少女は不思議そうに私を見上げながら聞いてきた。

 この子かわいいな。

 天然でやってるのか、いい角度で見上げてくる。


「私は街までたどりつけなかったので、仕方なくここで寝てたんです」

「ふ~ん、無防備だね~」

「うぐっ」


 まあね、楽園だからって油断したよ。

 まさかドラゴンに寝込みを襲われるとは思ってなかった。


「どこの街まで行くの?」

「自由の街なんですけど……、わかりますか?」


「あ、私の住んでる街だよ!」

「住んでるの!?」


 マジか……。

 ドラゴン住んでるとか、どんな街だ……。

 自由ってそういうこと?


「いちご大福のお礼に連れて行ってあげるよ」

「え、いいんですか?」

「うん!」


 少女の満面の笑みがまぶしい。

 無邪気っていいな。

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