第9話 うん、普通のお湯

 お腹いっぱい食べて、別荘までの帰り道。

 後は温泉に入って部屋でのんびりしてから寝るかな。


 温泉付き別荘ってすごくいいよね。

 さっき食事した旅館にも温泉はあったみたいだけど。


 知り合いしかいない場所でのんびりと入っていられるなんて最高じゃないですか。

 私はいくら温泉でも、知らない人に肌をさらすようなことには抵抗がある。


 元々人見知りするタイプなもので。

 でも他人の裸には興味ありますよ。

 今日はめったにないチャンスだし、雪ちゃん狙いで頑張ってみますか~。


「ねえ、苺ちゃん」

「ひゃい!」

「あらどうしたの? そんなに驚いて」

「あ、いえ、ちょっと考え事を……」


 言えないよ、雪ちゃんの裸を狙ってたなんて……。


「あのね、部屋に戻る前に行っておきたいところがあるのよ」

「こんな時間にですか?」


 もうけっこう遅いし、明日でもいいような気がするけど。

 雫さんの用事なら私付き合うし。


「うん、夜に行くことに意味がある場所なのよ」

「そんな場所が……」


 なんだろう、夜景とか?


「ふふん、きっとびっくりしますよ」

「あれ、桃ちゃんは知ってるんですか」

「まあね~」


 そして雪ちゃんがタブレットを持って私の前にピョンと飛んでくる。


『今日の本当の目的だから』


 あら、雪ちゃんまで知ってるのか。

 もしかして私のためにここまでしてくれたのかな。


 そうだとしたら私はなんて幸せ者なんだろう。

 みんなのためにも早く完全復活しないとね。

 今後のことを考えるのはそれからだ。

 

 雫さんに付いて行くと、一旦別荘の前を通過した。

 そしてどんどん海辺の方にむかっていく。

 海沿いに少し進んでから砂浜に足を踏み入れる。


 そのまま歩いていくとだんだん砂浜が狭くなっていく。

 たどり着いた場所は洞窟の入り口だった。

 別荘の近くにこんなところがあったんだ。


「行きましょうか」


 雫さんはスマホを懐中電灯代わりにして奥に進んでいく。

 なんでこんな暗い時間にここに来る必要があるんだろう。

 この場所なんだかちょっと怖い。


 私が入り口で少しためらっていると雪ちゃんが戻ってきて手を差し伸べてくれた。

 雪ちゃんの笑顔のおかげでなんだか周りが明るくなったように感じる。


 私は差し出された手を握り、先行するふたりを追って奥に進んでいった。

 この小旅行で雪ちゃんとの距離が少し縮まった気がする。

 後で一緒にお風呂入ろうね。


 洞窟の中を3分ほど進むと、急に辺りが明るくなった。

 そしてそこが行き止まりのようだ。

 ここだけ天井がなくて、上から月の光が差し込んでいる。


 目の前には泉のようなものがあり、そこから湯気が立ち上っていた。

 つまりは温泉ということか。


 天然の温泉なんだろうけど、まるで人の手が入ったかのように綺麗に整っている。


「苺ちゃん、あそこに温泉が湧き出てるところがあるでしょ?」

「え? あ、本当ですね」


 雫さんの言ったように、少しだけ高くなっているところからチョロチョロと湧き出ている。

 そこから流れ込んできているみたいだ。


「ここの温泉はね、飲むことで効果が得られるのよ」

「ええ!? 飲んで大丈夫なんですか?」

「大丈夫、アルカリ性だし、そういう温泉だから」


 アルカリ性だと大丈夫なの?

 飲用の温泉ってこと?


「ちなみに効能は?」


 私が尋ねると雪ちゃんが代わりに答えてくれた。


『幸せになれる・いい夢が見られる』


 何その効能!? 

 怪しくないですか?


『たまに女神様が入浴しているという噂が!』

「何の話!?」


 怪しさ増しちゃったよ。

 女神様出てきちゃったよ。


 その女神様はかわいいですか?

 そうだとしたら……。


「ぐふふ……」

「うわっ、またその笑い方してる……」


 思わず漏れた笑いを、また桃ちゃんに聞かれてしまった。

 とりあえずこの湧き出たてのお湯をいただくことにしよう。


 左手で少量をすくい口に運ぶ。

 うん、普通のお湯。


 ほんのりと女神様の味がした気がする。

 これで私も幸せになれるのかな?


 私の後にみんなも一口づつ温泉のお湯を飲んでいった。

 今日のところはこれで終わり。

 特に入浴などはせず、別荘まで戻ることになった。


 みんながこの場を後にするなか、何かの気配を感じ振り返る。

 今、温泉が光ったような気が……。

 気のせいかな。


「苺さ~ん、帰りますよ~」


 いつまでも動かない私を呼びに桃ちゃんが戻ってきた。


「は~い」


 私は返事をして桃ちゃんのところまで駆け足で移動する。

 そしてなぜか雪ちゃんが私の手を握った。


 雪ちゃんの中で私ってこどもみたいな扱いになってないかな。

 確かに私はちっちゃいけどね。

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