第8話 あ、月が綺麗……
この車のむかう先は、雪ちゃんの家の別荘らしい。
海沿いで温泉まであるなんて、さすがお嬢様だ。
出発が遅い時間だったので、目的地についたときにはすっかり暗くなっていた。
2時間以上走ってたから、けっこう遠いところだよね。
それにしてもいい車だからか、長く乗っててもぜんぜん疲れなかった。
なんかリビングごと移動してる感覚だったよ。
車から降りると少し肌寒さを感じる。
ふと空を見上げるときれいな月が私たちを照らしていた。
「お~い、苺さ~ん、置いてくよ~!」
桃ちゃんが建物の入口から私を呼んでいる。
もう少しこうしていたいけど、一度みんなのところに行こう。
月なら部屋からでも見れるかもしれないし。
中に入ると、みんながリビングに集まっていた。
これからひとりに1部屋ずつ割り当てていくらしい。
4人分の部屋を確保できてしまうなんて、大きいとは思ってたけどやっぱりすごい。
雪ちゃんに私の部屋まで案内され中に入る。
『晩ごはん食べに行くまでゆっくりしてて』
「はい、ありがとうございます、雪ちゃん」
雪ちゃんは笑顔で手を振って戻っていった。
部屋には大きなベッドがあり、他にはほとんど何もない。
あと奥には広いバルコニーがある。
そこに出るとさっき見ていた月が見えた。
それをボーッと眺める。
「月って不思議……、なんか魔法が使えるようになりそうですね……」
「苺さんってけっこう中二っぽいですよね……」
「ひゃっ」
突然声をかけられ、驚いてそちらを見ると桃ちゃんの姿が。
隣の部屋だったらしく、むこうもバルコニーに出てきていた。
このバルコニーは出入り口は別れているけど、すぐむこうで繋がっている。
そこにはくつろぐためのテーブルとチェアがあった。
「月を見てるんですか?」
「はい、桃ちゃんもですか?」
「私だけじゃないみたいですけどね」
そう言って桃ちゃんが視線を私の後ろの方にむける。
私も後ろに振りむくと、隣の部屋から雪ちゃん、さらに奥から雫さんが出て来ていた。
「とりあえず座りますか?」
私はチェアのある方を指差す。
雫さんが頷いて歩き出し、雪ちゃんがタブレットの画面をむけてくる。
「雪ちゃん、画面見えないです……」
私がそう言うと雪ちゃんが「が~ん」と言ってそうな面白い顔をした。
雪ちゃんは表情が豊かでかわいいなぁ。
みんながチェアに座っていく。
それに対し、私はその近くで床に寝っ転がった。
「ちょっと苺ちゃん……」
雫さんが困惑したように私のことを見下ろしている。
「えへへ、椅子に座るのもけっこう疲れちゃうんですよね」
それにこの方が月がよく見える。
「あ~、なんだか力が満ちてくる気がします」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
微妙に顔がひきつっている雫さん。
いや、本当なんですよ、なんか召喚できそうなんですよ。
あ、そういえば召喚娘ちゃんは元気かな……。
まさか1人で頑張ってたりしないよね……。
ちょっと気持ち悪い子だったけど、かわいかったし。
それにあれだけ好かれれば悪い気はしないよね。
もう一度会いたいな。
また月をボーッと眺める。
その時、私のお腹がなった。
「……」
恥ずかしい……。
「そういえば晩ごはん食べに行くつもりだったのよね」
雫さんが思い出したように言う。
そして私に微笑みかけながら訪ねてくる。
「苺ちゃん、何食べたい?」
「……ハンバーグの気分」
「あら~いいわね、それじゃあ明日のお昼はハンバーグね」
え、なぜ明日のお昼……?
私が疑問に思っていると、雪ちゃんが近づいてきてタブレットを見せてくる。
『晩ごはんは私の家の旅館で用意してもらってるの』
「マジですか……」
じゃあなんで食べたいもの聞いたんだろう……。
「カニですよ! カニ~!」
桃ちゃんが両手をチョキにして少し興奮気味に話してくれる。
「マジですか!」
私も「カニ」の2文字に強く反応する。
カニはいい、大好きだよ!
ひさしぶりだなぁ~。
ちょっと元気出てきたかも~!
「そっか~、だから雪ちゃんのパンツはカニさんなんですね!」
「!?」
雪ちゃんが目を見開いて立ち上がり後ろに下がる。
実はさっきしゃがんだときからずっと見えてるんですよね。
ワンピースでその姿勢はダメだよ~。
いつも私から見えちゃってるんだから。
ちなみに一番多いのは雪だるまさんなんだよ。
「苺さん、実は元気じゃないですか……」
真っ赤になった雪ちゃんを抱きしめながら、桃ちゃんがジト目をむけてくる。
「あ、月が綺麗……」
誤魔化すように死んだ目をすると、みんなが私を置いて部屋に戻っていこうとする。
「ああ、待ってください~」
やっぱりこのメンバーでいると元気が出てくる。
ずっとずっとこんな日々が続いて欲しいな。
それが私の幸せなんだから。
ちなみに晩ごはんのカニは言うまでもなくおいしかったです。
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