第7話 天使……?

 ふらふらといつもの河原まで歩いてきていた。

 最近は夕方になるとここに足を運ぶようになっている。


 今回の件でようやく退職することとなった私。

 なんだか一気にいろんなものから解放されたような気がする。

 こうなってから思うけど、何でもっと早く辞めなかったんだろうって思う。


 そういえば雫さんも一緒に辞めたみたいなことを聞いた。

 あれから一度も会えてないけどどうしたんだろう……。


 あと、召喚娘ちゃんは無事だろうか。

 まさか私の方が先に潰れるとは思わなかったな。


 今日はいつもより川の方に近づいて、ただボーッとその流れを眺めていた。

 しばらくすると気持ちの悪い吐き出したくなるような感情がこみあげてくる。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 私は叫んでいた。

 叫びながら川にむかって思いっきり石を投げる。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 こうでもしないと、湧き上がってくる感情に心を支配されてしまいそうだから。

 その時たまたま近くを通り過ぎた女子高生らしき子たちの声が耳に入った。


「何あれ、気持ち悪い……」

「見ちゃダメだって……」


 うるさい。


 うるさい、うるさい。

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。


 ……うるさい!


 何とでも言え。

 どうせお前たちも同じようになるさ。


「くふふ……」


 そう考えただけで自然と笑みがこぼれる。


「くふ、ふふふ、あははははははははははははははははははははははははははは!」


 ……。

 ……ダメだ。

 こんな感情、持っちゃいけない。


「畜生……」


 私はその場に寝っ転がった。

 この前はポカポカで気持ちよかったのに、今は全然違う。

 今が夕暮れ時という違いだけではないだろう。


 あかね色に染まる世界でひとりぼっち。

 いつの間にか涙が流れていた。


「うう、うう……」


 こらえきれずに泣き声が漏れる。

 みっともないなぁ……。

 誰かに見られたくないなぁ、こんなところ。


 ああ、でももうどうでもいいや……。

 そう思いながらしばらくぼ~っと空を眺めていた。


 すると突然、視界に誰かの顔が現れる。

 少し驚いて目を見開いた。


「天使……?」


 かと思ったらそれは雪という女の子だった。


『大丈夫?』


 雪ちゃんはそう書かれたタブレットの画面を私にむけてくる。


「はい、大丈夫ですよ……、ありがとう」


 私は涙を服の裾で拭い、ゆっくり上半身を起こす。

 その隣に雪ちゃんが腰を下ろした。


 雪ちゃんは桃ちゃんの幼馴染で、小学校からの親友らしい。

 よく桃ちゃんと一緒にいるので私も親しくなっていった。


 それでも私との繋がりはそれほど深くない。

 友達の友達くらいだと私は思っている。

 もちろんこんなかわいい子なのでもっと親密になりたいとは思ってるけど。


 きれいな長い髪と雪のように白い肌。

 体が弱いらしく、強く抱きしめたら壊れてしまいそうな印象だ。


 あと雪ちゃんは声がでない。

 昔は普通に話せたらしいが、ある時から急にでなくなったと桃ちゃんが言っていた。

 私が出会ったときは既にこうだったので一度も声を聞いたことが無い。


 話をするときはタブレットに文字を書いて見せてくれる。

 あとはメッセージアプリを使ったりすることも。

 ただ本人はこの方法は好きではないらしい。


 お話をするときはちゃんと顔を見てしたいそうだ。

 確かに感情というのは表情で伝わってるところがあるからなぁ。


 それから私たちは会話もせず、ただ川の流れを眺めていた。

 しばらくして雪ちゃんがタブレットを操作し始める。


 そして私のスマホに通知が入った。

 どうやらメッセージを送ってきたらしい。


 私はその内容を確認する。

 そこに書かれていたのは。


『みんなで旅行に行きませんか?』

「え?」


 あまりに突然だったので思わず雪ちゃんの方に顔をむけた。

 雪ちゃんはナイスアイデアと言わんばかりに、ちょっと興奮気味な顔をしている。


 そんなに行きたいのだろうか。

 私も普段なら即了承するところだろう。

 ただ今の私は心がついてこない。


 行きたいはずなのに、行きたくない。

 でも雪ちゃんは行きたそうにしてるしなぁ……。

 私だって本当は行きたいなぁ……。


『温泉行きたくないですか?』


 雪ちゃんはそう書かれたタブレットの画面を見せてくる。


「行きたい……」


 思わず口からそうこぼれた。

 でもそんな元気ないかも……。

 そう思っていた時だった。


 いつの間にか後ろに止まっていた、大きな黒い車のドアが開く。

 その中から黒ずくめの服を着た女性が出てきた。

 あれ? この人どこかで見たような……。


「って、ちょっと何してるんですか!? 離して……」


 私は無理矢理車の中に押し込まれてしまった。

 はぁ……、もうなんでもいいや、めんどくさい。

 抵抗するのも疲れるし、考えることもしたくない。


「私の心臓が欲しいのか? ならくれてやるよ……」


 何も考えずに放った一言がこれだった。

 大丈夫か私、いや大丈夫じゃないな。


「し、心臓? 何言ってるの、苺ちゃん……」

「ふぇ?」


 聞き慣れた声に我に返って顔を上げる。

 そこにいたのは、なんと雫さんだった。


「そんな……、雫さんが私をバラバラにして売り飛ばすなんて……」

「い、苺ちゃん……、かなりひどい状態ね……」


 雫さんが引きつったような笑顔を浮かべている。


「苺さん、大丈夫だから、これ雪の家の車だよ」

「桃ちゃん……? はは、桃ちゃんの幻覚が見える……」

「幻覚じゃないよ!?」


 もうダメだ……、私はもうダメなんだ……。

 どんどん思考がネガティブなループに突入し止まらなくなっている。


「べぇええええええええええええええええええええええええええ!!」


 私は天井を見上げながら、断末魔の叫びのようなものをあげた。

 相当に気持ち悪い顔をしたと自分でもわかってしまう。

 その時、後ろから私の首にものすごく冷たい何かが当てられた。


「ひゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!」 


 再び強烈な悲鳴をあげる私。

 しかし今のでなぜか意識が正常に戻った。


 冷たい何かは、雪ちゃんの手。

 雪ちゃんが両手で私の首をはさんだのだった。


 いやいや、いくらなんでも冷たすぎるよ。

 人間じゃないよ、その温度。

 まさに雪女みたいだ。


『温泉に行くよ~!』


 雪ちゃんがタブレットの画面をみんなに見せる。


「お~!」


 それを見て桃ちゃんが元気よく返事をして拳を突き上げる。

 ああ、なんだか懐かしいな。


 いつ以来かな、この4人が全員揃うのは。

 楽しかった日々を思い出すよ。

 少しずつだけど元気が出てきたかもしれない。

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