第3話 好きな人を好きといえない世界なんて壊れてしまえばいい

 自宅であるワンルームのマンションに着いた。

 かばんを自室に置くと、私は着替えをもってお風呂にむかう。

 

 ネットカフェでもシャワーを浴びたけど、家に帰った後は体を洗わないと気持ち悪くて落ち着かないのだ。

 お湯につかるわけじゃなくシャワーだけ。

 こうして気持ちの切り替えをしているのかもしれない。

 

 お風呂から出て、さっと体をふき、服を着る。

 よし、もう雫さんのところに行っちゃおう。

 

 雫さんの家までは歩いてもそんなに遠くはない。

 ぼんやり歩いていればすぐに着く。

 ほらいつの間にか家の前だ。

 

 もともと家族で暮らしていたので3LDKの大きな家。

 ご両親を亡くし、妹さんも家を出たのでここに一人で暮らしている。

 

 きっとさみしいだろうなぁ、私が住みたいよ。

 なんかここに来るたびそんなことを考えてるなぁ。

 今度お願いしてみようかな?


 インターホンをならして中に入れてもらう。

 リビングにはお菓子とコーヒーが用意されていた。


 いつもの休日だ。

 自分の家より落ち着くかもしれないな、この場所。


 しばらくお菓子をつまみながら雫さんとおしゃべりをする。

 平和な時間。


 こんな時間を手に入れるためにあれだけ働かないといけないのか。

 今日という日は二度とやってこない。

 過ぎた時間はもう戻らない。


 なのに仕事にあれだけの時間を奪われてしまう。

 はぁ、休みもあっという間に終わる。

 そんなことを思ってしまうと気分が落ち込む。


 というか胃が痛い。


 せっかくの休みにそんな暗黒思考に飲まれかけた時、インターホンがなる。

 雫さんが対応に出ると「あ、呼んだの忘れてたわ」なんて聞こえてきた。

 そういうところも雫さんらしいな。


 ていうか、呼んだって誰だろう。

 私はここにいていいのかな?

 やだ~、帰りたくない~!


 心の中でだけ駄々をこねていると、雫さんとともに部屋に入ってきたのは妹さんである桃ちゃんだった。


「あ、苺さんだ、こんにちは」

「桃ちゃん、こんにちは」


 相変わらずいい笑顔をしている、キラキラしてる。

 私も働く前はキャラ作りでそんな笑顔を振りまいてたなぁ……。

 でもこの子は素がこうなんだろうな、きれいな心の持ち主だ。


 さすが雫さんの妹。


 桃ちゃんは私の隣の席に座り、お菓子を食べ始めた。

 なぜだか桃ちゃんに懐かれているようで、いつも私の隣に座ってくる。

 それが少しうれしくて、私は桃ちゃんのことをかわいがっているのだ。


「この新作のお菓子おいしいですよ、苺さん、あ~ん」

「あ、あ~ん……」


 なぜこの子は自然にこういうことするんだろうか。

 ああでも、荒れた心が少し癒された気がするよ。

 こんな恋人がいればもう少し頑張れたりするんだろうか。


 そんなことをしていた時、雫さんが本題に入るように話しかけてくる。


「桃ちゃん、もうすぐ卒業よね、進路聞いてないんだけど……」

「え、そうなんですか? 桃ちゃん、まずくないですか?」


 社会というのは一度普通というレールから外れると元に戻るのが大変だ。

 下に落ちれば普通に頑張っても下の上にしかなれない。

 逆にレールに乗れればあまり頑張らなくても上の下にはいられる。


 まあ、行動力があれば頑張って人生をひっくり返せる人はいるだろうけど。

 もしこのままダラダラと落ちていくのなら幸せはやってこない。

 すでに遅いかもしれないけど。


「ニートになりたいなぁ」


 そんな桃ちゃんの一言にガクッとしてしまった。

 ほとんどの人はそう思ってるんじゃないかな……。


「大体ね、ふたりが会社の嫌なことばっかりしゃべってるからこういう考えになるんだよ」 


 桃ちゃんのその言葉に私は目をそらすしかない。

 確かに桃ちゃんがまだここに住んでいた時、私は泊まりに来ては雫さんと愚痴を言い合っていた。

 一応桃ちゃんが寝てからにしてたつもりだったけど聞かれてたんだね。


 もしこのまま桃ちゃんが不幸な就職とかしたら、すぐに辞めさせて私が養ってあげないと!

 責任あるからね!

 私が幸せにしてあげる!


「ぐふふ」


 あ、声に出てしまった。

 隣にいた桃ちゃんが少し引いたような気がする。

 自重自重。


 でもきっとこの子は大丈夫だろう。

 私が今まで見てきたこの子は、幸運の女神に愛されているかのような強運の持ち主だった。

 そしてそのためか、桃ちゃんの笑顔はとても魅力的で、私はそれに惹かれていたのだ。


 みんなに愛される子だ、困っていても周りが助けてくれるだろう。

 私もきっとそうするだろう。


 雫さんのこと以上にこの子のことが好きなんだ。

 別におかしいことだとは思わない。


 私が女の子を愛して何が悪いのか、誰かに迷惑がかかるだろうか。

 好きな人を好きといえない世界なんて壊れてしまえばいい。

 そうだ、壊れてしまえ、こんな人を人と思わない世界なんか。


 ……壊れてしまえばいいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る