第2話 働きたくない、自由に生きたい、そんな人生を送りたいです
さっさと帰りたい。
そんな気持ちでいっぱいの私は、ロッカールームに着くとすぐさま制服を脱ぎかばんに押し込む。
しかし私がどんなに急いでも雫さんの着替えが早く終わるわけじゃない。
誤解のないように言っておくと、別に雫さんが遅いわけではなく私が急ぎすぎなだけだ。
雫さんの着替えを眺める時間も私の数少ない楽しみのひとつなのだよ。
このお山の揺れを堪能するのだ、ふふふ。
いつかこの谷間に顔をうずめてみたいものですね。
そんなおバカなことを考えていると、他にもこの時間まで頑張っていた人の会話が聞こえてきた。
「はぁしんど~、私、今月の残業100超えたんだけど」
「ふふん、私なんて120だよ、もうやばいって、頑張りすぎ~」
あん? 何で残業時間なんて自慢してやがる、バカか。
私なんて150超えてるんだよ、どうだクソが。
って、ダメだ、何で私まで同じようなことを……。
この残業時間を自慢したり残業を多くしてる人が頑張ってるみたいな風習を撲滅しないといけない。
残業時間が多いなんて無能な証拠だよ。
……。
私、この会社でトップクラスの残業時間だった……。
「雫さん……、私がもっと優秀ならこんな時間まで働かなくてもすむんでしょうか……」
「え? むしろ、あなたが優秀すぎて仕事を振られてるのよ……」
マジですか……。
「あなたひとりで3人分の仕事してるわよ」
え、マジですか……。
「なんでお給料はみんなと変わらないのに仕事だけ3倍なんですか……」
「そういうものよ、会社で働くということは」
クソですね。
会社の建物から外に出ると、突き刺さるような冷たい風が吹き付ける。
ああ、寒い。
元気がないのにこれだけ寒いと気を失いたくなる。
帰りたくてももう電車がないので、始発までの時間をネットカフェで過ごすことにした。
ファミレスで時間をつぶしたりすることもあるけど、今日は時間を作りたかったのでここで仮眠をとるのです。
ここは完全個室のネットカフェで私のイチオシですよ。
最初にシャワーを浴びてから個室に入る。
雫さんと同じ部屋なので安心。
ここでふたりとも起きられないと大変なんだけどね……。
1時間ほど仮眠をとってから、朝食代わりに大好きないちご大福を食べる。
最高です。
ふう、すこしずつ自分らしさを取り戻していく。
「いちご大福を食べてる苺ちゃんは本当に幸せそうね、私まで元気をもらえるわ」
「そ、そうですか? えへへ」
私がいちご大福食べてるだけで雫さんが元気になれるならいくらでも食べますよ~。
ネットカフェを後にし、始発電車に乗り込む。
はぁ、始発電車で帰るというこの状況、非常に不愉快だなぁ。
始発なんだから1日の始まりであるべきだよ。
これで出勤して終電で帰るのもどうかと思うけどね。
まわりを見ると他にも数人が乗っている。
この人たちは始発で遊びに行くような幸せ者か、私たちと同じく始発帰りか。
はたまた土曜日だというのに始発で出勤する天下のブラック様という可能性も。
まあどうでもいい、私はこれから雫さんと楽しい休日を過ごすんだから。
でもそれが終わったらまた地獄の日々が……。
そう思ったら急に吐き気がしてきた。
ダメだ、忘れておこう、せっかくの休日すら休めないようになったら本気で死ぬ。
休日だというのに暗い思考に飲まれそうになるけど、それに必死に抗う。
なんとか持ちこたえて降りる駅までたどり着いた。
駅前の商店街を歩いて抜けていく。
こんな時間なので24時間営業のお店くらいしか開いていないけど。
しかし24時間営業って……、ブラックだな。
そして私と雫さんが別れるいつもの場所までやってきた。
「じゃあ雫さん、またあとで」
「うん、お菓子でも用意して待ってるわ」
学生のころのように手を振ってお別れする。
大人らしくない別れ方をやめないのは現状への反抗なのだろうか。
こんなことしたって意味はないことくらいわかっている。
さっさと今の仕事を辞めてしまえばいいんだ、簡単なことだ。
簡単なはずなんだ……。
はぁ……、人生やり直したいな。
どこをやり直せばいい人生になるのかはわからないけど。
ボ~っとそんなことを考えながら歩いていると、左の方に石の階段を見つける。
入り口には名前の部分が読めなくなっている小さな石の看板があった。
「こんなところに神社なんてあったっけ?」
ぼんやりしてて道を間違えた?
いや、この階段以外は見慣れた景色だ。
なんだか気味が悪い。
でもなぜか惹かれるものがある。
少し寄って行ってみるか。
そうして登り始めた階段は決して長くはないのだけど、今の疲れ切った私には少しこたえる。
階段を登りきると、特に変わったところのない普通の神社だった。
まあせっかくだしお祈りしていこうかな。
あれ、お賽銭箱がない。
でもガラガラはついてるし、ここであってるよね?
そういう場所なのかな、とりあえずお祈りしよう。
「働きたくない、自由に生きたい、そんな人生を送りたいです」
はは、なんてお願いなんだろう。
神頼みでどうにかなると思ってるからダメなんだろうな。
……帰ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます