夢の世界へ行って気付いた、私にとっての本当の幸せ

朝乃 永遠

1章 社畜な日々

第1話 おいおい、もはや夢と現実の区別もつかないよ

「苺ちゃん、まだ大丈夫? もう22時だけど」

「何言ってるんですか雫さん、まだ22時ですよ~」

 

 私はそう言うと、さっき買ってきたエナジードリンクを開けて一気に飲む。

 エナジー最高!

 

 まだまだ終わりの見えない大量の仕事。

 これがたまにくらいならまだ学園祭のノリで楽しめるのかもしれないけど、ほぼ毎日だから耐えられない。

 

 きっとこうしないとこの会社は存続できないんだろう。

 しかも労基の監査が入ったあたりから月の残業が40時間を超えないようにタイムカードを押されるのだ。

 

 こうして見かけ上は違法労働を改善したかのように振る舞っている。

 実際の残業は月150時間を超えてるというのに。

 

 さっさと転職すればいいのだろうが、周りも似た話だらけだとまたこういう企業に出くわすんじゃないかと慎重になってしまう。

 

 それにどうせ転職するならと、たくさんのことを求めてしまうのだ。

 そんな場合じゃないはずなのに。

 あと疲れすぎて行動に移せない、これが最大の問題だろう。

 

 ああくそ、入社したときはこんなんじゃなかったのになぁ。

 ここで働き始めてからというもの、私の性格はどんどん悪くなり、他人などかけらも信用できなくなってしまった。


「ごめん、終バスだからお先に失礼するね」

「ああ、お疲れ様でした~」


 終バスを言い訳に先に帰っていく先輩たち。

 

 私は終電でも仕事終わらないと帰らないぞ!

 なんで帰ってんだよ!

 バカなんですか!?

 

 さらに時間が進み23時を回った。

 もはや思考などせず、無意識の領域である。

 

 言い訳するようだけど、一日くらいでこんなことにはならないよ。

 これが毎日続いているんだよ、頭もおかしくなるわ。

 

 くそ、さすがにこれ以上のカフェインは危険……。

 ここは仮眠をとるか。

 でもコーヒーなしでうまく起きられるだろうか……。

 

 その時、ふと気づいた。

 私の仕事が減っている?

 もしかして雫さんが?


 雫さんの方を見ると机に伏せて寝ている。


「お疲れ様です、雫さん」


 よし私も終わらせよう!

 しゃー!

 

 そして日付が変わったころにようやく今日の分が終わった。


「やったよ~」


 伸び~をして体をほぐす。

 そんなことをしていると、疲れていたせいかバランスを崩し椅子ごと転倒してしまった。


「いたた……、ってあれ?」


 終わったはずの仕事が復活している。

 どういうこと?

 ま、まさか……。


「苺ちゃん、大丈夫? 寝ちゃってたみたいだけど……」


 私の隣で死にそうな目をしてキーボードを叩き続ける雫さん。

 夢……だと?


 もう嫌、死にたい……。

 まぁ、死ぬ勇気が足りないから今まで生きてるんだけど。


 あ~ダメだ、おかしい思考だ。

 死ぬ前に会社辞めればいいんだよ。


 くそっ、とりあえず終わらせよう、そうすれば明日は休みだ。

 明日というか今日だけど。

 ああもう、そんなことどうでもいいわ。

 

 ……。


 終わった。

 やっと終わった。

 お休みだ~!


 週休二日だけはちゃんと取れてるのが最底辺の企業よりはマシなところか。

 あと裏タイムカードで残業代はしっかり出るんだよね。

 世の中もっとひどいところもあると聞くからね、こわいこわい……。


 この会社、完全ブラックまでいかずグレーで止まってやがるからな。

 ダメだ、仕事が終わってホッとしてるのか、心が広くなってるよ……。

 絶対許してはいけないのだ、こんなブラック企業は。


「あ、苺ちゃん仕事終わったの?」

「はい、なんとか……、もう死にそうですよ~」


 一瞬雫さんかと思ったけど違う人だった。

 こんな人いたっけなぁ……。

 だいぶ頭がやられてるようだ。


「終わったならこれもやっといてくれない? もう終わらなくてさ~」

「は? いや私ももう限界ですよ」


「じゃあ私帰るから、よろしくね~」

「ちょっ、待て! ころっ」


 あまりにも頭にきて危険な行動を取りかけたその時、椅子に足を引っかけて転倒してしまった。


「きゃう……」


 うう……、もうやだよう……。

 涙が頬を流れる。

 限界だった。


 とりあえずさっきのやつが置いていった仕事を片付けるしかないか。

 なんてやさしいんだ私。

 こんなんだからいつまでも幸せになれないんだ。


 やさしさなんて何の利益も生んでくれない……。


 起き上がり机にむかう。

 あれ、あいつが置いていった仕事どこ行った?

 何も置いてないぞ?


「苺ちゃん、大丈夫? 仕事が終わって寝ちゃったと思ったら、床に崩れ落ちてびっくりしたわ……」

「え?」


 仕事が終わって寝てた?

 おいおい、もはや夢と現実の区別もつかないよ。


「苺ちゃん、帰りましょうか、他のみんなも終わったみたいだし」

「そうですね、明日からお休みですよ、雫さんの家に遊びに行ってもいいですか?」

「もちろんいいわよ、もう土曜日になっちゃってるけどね」

「ふふ、そうでしたね」


 ようやくお休みということで私の心も少し穏やかになっている。


 土曜日が一番落ち着いていられるんだよね。

 日曜日はもう次の日が仕事だと思うと時間が惜しくなってあまり遊べない。

 夕方になると吐き気までする時がある。


 おそらく多くの人が共感してくれるであろう現象だと思っている。


 普段仕事でしか来ないような場所に、たまに用事があって来ると、急に体調が悪くなったりしたことはないだろうか。


 おそらく多くの人が共感してくれるであろう現象だと信じている。

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