Answer8・訪れた危機
時間が過ぎ去るのが早いと感じたのは、いったいどれくらいぶりだろう。
少なくとも、領域へと来てからちえりと出会うまではそういう事は感じなかった。
ちえりが夏休みを迎えてからというもの、私達はほぼ毎日のように一緒に居た。朝は図書館で勉強、昼からは公園でお話をしたり、夏特有のイベントなどを見に行ったりと、本当に色々な事をしていたと思う。
そして夏休みも残り数日となった今日、私は沢山の人混みの中を歩くちえりとある場所へ向かっていた。
「ちえり、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫」
波の様にうねる長い長い人の列の中を、ちえりは歩きにくそうにして進んで行く。私はそんなちえりの様子をフワフワと
ちえりと私が向かっている先。そこには花火大会の会場があって、この人波はその会場へと向かっている。
本来なら人が多い場所へと行くのは避けたいところだけど、今回はちえりのたっての頼みと言う事もあり、こうして夏祭りが行われている場所へと向かっていた。
「ふうっ……」
長い人混みの列を進み、ようやく会場へと辿り着いたちえりがその列を抜け出してから大きく息を吐く。
藍色の生地に
「少し休んだ方がいいんじゃない?」
「うん、でも大丈夫」
ちえりは持っていた小さなバッグからハンカチを取り出し、それを額にトントンと当てるようにしてから汗を拭っていく。
普段は元気にしているちえりだけど、やはり過去に
「無理しちゃダメだよ?」
「うん。ありがとね、桜花」
汗を拭ってからにっこりと笑みを浮かべるちえり。
――ホント、無理してなければいいんだけど……。
私は一抹の不安を覚えつつも、ちえりと祭りの会場を回り始める。
「ああー、いい匂い」
祭りの会場を巡って行くと、
幽霊である私にもその匂いはちゃんと感じられるし、ちえりがその匂いに釣られてしまうのも分からないではないけど、こうも簡単に匂いに釣られている様を見ている心配になってしまう。
「ちえり! 急がないといい場所がなくなっちゃうよ!」
「はっ!? そ、そうだったね」
私の言葉に我に返ったちえりは、頭をブンブンと小刻みに左右に振ってから再び人の流れの中へと入って行く。
河川敷沿いに立ち並ぶ屋台をチラチラと見ながら移動をするちえりは、屋台が気になって仕方ない様子に見える。まあ、ちえりはああ見えて結構食いしん坊なところがあるから、気持ちはよく分かる。
そんな可愛い反応を見せるちえりをフワフワと宙に浮いた状態で微笑ましく見つつ、花火が上がる会場へ少しずつ進む。
「ちえり、こっち側が少し空いてるみたいよ」
「分かった」
私は幽霊である利点を活かし、空いてる場所を宙から探してちえりを誘導していた。
「ふうっ……ちょっとしんどかったかな」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫。もう人混みは抜け出したしね。あっ、ちょうど始まったみたい」
打ち上げ会場にほど近い場所に着いてから五分もしない内に、川の対岸から花火が打ち上がり始める。
白い煙の尾を引きながら次々と空高く上がって行く花火が、大きな音を立てて夜空という闇のスクリーンに大小様々な光の花を咲かせていく。
夜空に色とりどりの光の花が咲く度に大きな歓声が上がり、それと同じように私もちえりも歓喜の声を上げていた。
こうして見る花火はいつ見てもいいものだと思ってしまう。まあ、こうして幽霊になってから花火を見るのは初めてだけど。
「あっ、桜花! あの花火ハート型だよ!」
「本当だね、ピンク色で可愛い」
私とちえりはいつものように会話を繰り広げていた。
普段ならちえりの事を考えて大人しくしているところだけど、周りは打ち上がる花火に夢中になっているから、私とちえりの事なんて気にも止めていない。だったら今くらいは普通に会話を楽しんでも、ちえりが奇異な目で見られる事は無いと思った。
「また見に来れて良かった……」
「ん? また?」
花火が打ち上げられ、空で弾けるまでのわずかな時間にちえりがそう呟く。
その言葉の『また』と言う部分が気になって質問したけど、大きく花火が打ち上がった後、ちえりは小さく微笑みながら『何でもないよ』と言った。
――何だろう……この前から少し様子がおかしい時があるけど、何かあるのかな……。
ちえりは私に『気にしないで』と言うけど、それで気にしないで済むなら苦労はない。本当はちゃんと聞きたいところだけど、それが何かを聞く勇気が私に無いのも事実。
結局、花火が終わるまでの一時間、私はちえりと普通に会話を交わしていた。
そして花火が終わった後はきっと出店でも見て回るのだろうと思っていたけど、意外にもちえりは帰ろうと言い出した。
私はその言葉に驚き、『屋台はいいの?』とか、『もっと色々見て回らなくていいの?』とか聞いてみたけど、ちえりは私の問いかけに対して『うん』と答えるだけだった。
「――ちえり、大丈夫?」
花火会場から遠く離れて歩いていた帰り道。何だか様子のおかしいちえりに私は声をかけていた。
「うん……大丈夫……」
しかし、ちえりはさっきからこう答えるだけ。
本人が大丈夫だと言っているのにしつこいかもしれないけど、私はちえりが心配でしょうがなかった。なぜならちえりは歩を進める足取りが少しずつおぼつかなくなってきていて、呼吸も段々と浅く速くなってきていたから。だからこの様子を見て心配するなと言う方が無理だと思う。
既に会場から遠く離れた場所に来ていた私達の周りには誰もおらず、こんな状態にあるちえりを気にかけてもらう事すら叶わない。
助けを呼びたくても、幽霊である私には何もできない。それが歯がゆくて仕方なく、思わず泣いてしまいそうになる。
「うっ……」
「ちえり!?」
よろける足で進むちえりが小さな公園の出入口前を通りかかった時、いきなりその前で膝を着いて倒れた。
「どうしたのちえり!? しっかりして!」
「ご、ごめんなさい……さく……らおね――」
ちえりは苦しそうにそう言うと、意識を失って倒れてしまった。
「ど、どうしよう……」
目の前に倒れ込んだちえりを見て慌てふためいてしまう。
倒れているちえりを前にして何もできない自分に、もどかしさと怒りさえ込み上げてくる。そしてこんな思いを以前も感じたような気がした。
「あっ!」
少し遠くに見える道路に誰かが通るのが見えた私は、急いでそこまで向かった。
「すみません! あっちでちえりが倒れているんです! 助けて下さい!」
通っていた女性に大きな声でそう訴えるけど、私はもうこの世には存在しない。だから当然、相手に私の言葉が届くわけもない。
分かっている事だけど、それが無駄だと分かっていても、私にはそうするしかなかった。自分ではどうする事もできないのだから。
そして通りかかった女性に気付かれる事もなかった私は、悔しい気持ちと焦りを抱えたままちえりのもとへと戻る。
「…………こうなったら、一か八か試してみよう」
このままではちえりの命が危ない。
そう感じた私は、できるか分からないけど一つの方法を試してみる事にした。
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