Answer9・焦る気持ち

 胸が苦しかった。息が詰まる程に。


 ――この感覚、まるであの時みたい……あの時? あの時ってどの時だっけ?


 私は深く熟考してみる。


 ――そう……あの時は確か急いで走っていた。でも、何の為に?


 続きを思い出そうとしていたその時、私は青い光の後に眩しい光を見た事を思い出した。そして次の瞬間、私の意識は覚醒した。


「…………夢?」


 気が付いた時、感覚として自分が横たわった状態だというのは何となく分かった。何で自分が寝ているのか不思議に思ったけど、それよりもこの身に暖かさを感じている事がとても不思議で、とてつもない違和感だった。


「ここは……?」


 頭を左右に動かして中の様子を見る。

 簡素なクリーム色の壁紙、他からは見えないように仕切られた淡い空色のカーテン。状況から見て病院のベッドに寝ているみたいだった。

 何で私が病院のベッドに寝てるんだろうと不思議に思いながら、何となくベッド横の台に置いてある鏡を見る。


「えっ!?」


 鏡を覗き込んだ瞬間、私はビックリして声を上げた。

 なぜならその鏡に映ったのはちえりの姿だったから。いや、ちえりの姿が映る事は何ら不思議な事ではないけど、問題なのは私がそのちえりの身体を動かしていた事だ。


「何でこんな事に?」


 私は冷静にここに至るまでの経緯を思い出してみる。


 ――確か夏祭りにちえりと一緒に行って…………そう、帰りにちえりが急に倒れて、助けを呼ぼうとしたけどできなくて……。あっ! 思い出した。私はちえりに憑依したんだった。


 そう。あの時の私は、ちえりを助けたい一心で一か八かの憑依を試みた。

 生きている人間に憑依をした事なんて無いし、それが上手くいく保証なんてなかったけど、とにかく私はちえりの中へと入り込んだ。

 しかしあの時の私は、一か八かと思いながらも、なぜかそれが上手くいくような気がしていたから不思議だ。なぜかと言われたら返答に困ってしまうけど、そう思ったからとしか言いようがない。

 そんな不思議な感覚を証明するようにちえりへと憑依できた私は、何とかちえりの持っていた携帯電話で救急車を呼ぶ事ができたんだけど、その後で胸の苦しさでそのまま意識を失った。


「ちえり!? 大丈夫なの!?」


 私が上半身を起こした状態で出来事の整理をしていると、突然カーテンが開いて一人の女性が入って来た。


「あっ、あの……」

「どこか痛いところはない?」

「は、はい。大丈夫です」

「良かった。ちょっとお医者さん呼んで来るからね」


 女性はほっとした表情を浮かべながら、少し慌てるようにして部屋を出て行った。おそらくちえりのお母さんだとは思うけど、何となく私にも見覚えがあるような気がする。

 そしてしばらくしてやって来たお医者さんに色々と質問を受けたけど、質問を受けている間ずっと、ちえり本人でもない私が答えてもいいものかと、ちょっと心配をしていた。

 それからお医者さんの進言もあり、三日程入院をして様子を見る事になった。その日はちえりのお母さんに心配されたり説教をされたりと色々あったけど、それもちえりが大切にされてるからだと思うと嬉しくなる。


「――おかしいなあ……」


 その日の夜、私は困った出来事に直面して焦っていた。

 憑依を解いてちえりの中から抜け出そうとしていたんだけど、なぜか抜け出す事ができなかったからだ。

 同じ幽霊同士では憑依したりさせたりは結構あったけど、今回のように抜け出そうとして抜け出せないというパターンは初めて。それだけに私は激しく焦っていた。生きている人間に憑依するのは初めてだったし、もしかしたらその弊害へいがいが出ているのかもしれないと思ったから。

 とりあえず抜けられない理由はどうあれ、このまま私がちえりの身体に憑依した状態で居るのは非常に危険だと思えた。

 なぜなら憑依という状態は、少なからず憑依をする側がされる側の意識を奥底に押し込めている事に他ならないから。そんな状態が長く続けば、相手の意識にどんな悪影響が出るか想像もつかない。しかもその相手がちえりなら、尚更心配にもなる。


「よし、もう一度やってみよう」


 私はベッドに仰向けになった状態で再び目を閉じ、意識を集中してちえりの身体から抜け出ようと試みた。


「ダメだ……やっぱり出られない……」


 やはり今までと同様に、ちえりの身体から出る事ができない。

 私が意識の奥底から抜け出ようとすると、まるでそれを拒むかのようにして何かが私を抱き包んでくるから。


「どうしてなの……」


 結局、この日から退院するまでの間、私は何度となく憑依を解こうと試みたけど、ついにちえりへの憑依が解かれる事はなかった。

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