第2話
僕が3年生になって早一月。他に候補者がいないという事もあり、僕は先生方に推されるが儘に生徒会会長へと立候補していた。
生徒会の面子はおおよそ変わる事もなく、新しく1年生が書記として入り、僕が在任していた副会長の座にはスライド式に書記をしていた子が座っていた。
彼女と最後に会った時、僕は生徒会には興味無い様な物言いだったが、結局のところ、収まるところに収まっている辺り、自分の意志薄弱さを感じる。そして副会長の時点で既に雑務だらけだったのだが、生徒会会長の立場になってみて、その面倒臭さが嫌という程身に染みる。先輩はよくこんなしち面倒臭い事を笑顔でこなしていたものだ。
「か、会長。私に何かお手伝いする事ありますか?」
物想いに更けながら書類に落としていた視線を上げると、書記として入った1年生が、ややしどろもどろになりながらも、期待した眼差しをこちらに向けていた。
僕は彼女に気取られない程度に苦笑しつつ、特に差し迫った仕事も無いので、書類を机の上に置き、なるべく上級生の威圧感を出さない様に語りかける。
「大丈夫だよ。今日まとめてもらった議事録もちゃんと出来てたよ。まだ仕事にも慣れてないだろうから、今日は先に上がっても良いよ」
そう言うと、彼女は軽く赤面をし、小さなツインテールをぴょこっと揺らしながら勢いよくお辞儀をして、小走りになりつつお疲れ様でしたと言いながら生徒会室から出て行った。
「会長、1年生が可愛いからってちょっと甘くしすぎですよ」
そう言うのは僕の代わりに副会長の席に座る、1年間を共にした元書記の子だった。
「あと、その無闇に笑顔を振り撒くの止めた方が良いですよ。勘違いされますから」
妙につっけんどんな態度を見せながら、キーボードをカタカタと鳴らしている。どうやら同じ生徒会の一員なのに、1年生だからということで優しめの仕事しか与えてない事が彼女の癪に触った様だ。
「ごめんごめん、明日には彼女の分の仕事もきちんと用意しておくよ」
副会長は、本当に分かってるんですかね、とブツブツ言いながら膨れっ面でそっぽを向き、短い髪を揺らしている。その視線の先には、どこか人の良い笑顔をニヤニヤと向けている会計の子がいた。この子は前年度から変わらず同じ役職に付いている。
両手で頬杖を突きながら、手持ちぶさたな指でウェーブのかかった髪をくるくる弄りつつ、じーっと副会長のことを笑顔で睨め付けている。
「副会長は素直じゃ無いにゃぁ」
何故か猫語になっている会計の頭を、副会長が握り拳で頭の両側からグリグリし始めた。
戯れ合いが始まったのを見て、今日の仕事はここまでだなと感じた僕は、両手でパンパンと音を鳴らす。
「はいはい、そこまでだよ。特に急いでやる業務も無いし、今日は早めに上がろうか」
副会長はバツの悪そうな顔をし、会計は視線を逸らしながらも、やっちゃったと顔に書いてある。2人ともそれなりに反省してるみたいだし、まぁ良しとする事にした。
「それじゃあ、お先に失礼します」
いつもよりだいぶ早く生徒会の仕事を終え、職員室に生徒会室の鍵を預ける。
僕は壁に背もたれ一息吐いて、1つだけ真新しい第2ボタンをギュッと握り、自問自答する。僕は本当に先輩みたいに会長の仕事を出来てるんだろうか。何となく浮ついた空気のある生徒会の雰囲気に、自信を無くしそうになる。
彼女には色々と聞きたいことや、話したいことが沢山あったのに、彼女は誰にも告げずに携帯を変えてしまったらしく、皆と音信不通なのだ。
僕は彼女に思いの丈を全てぶつけていないのに、彼女は自分だけ納得して急にいなくなってしまい、正直僕は悲しさと怒りが混同していた。
頭の中には常に「何故」の一言が浮かび続けている。
何故、僕を置いて。何故、1人で何も言わず。何故、勝手にいなくなってしまったのか。分からない、何故なのか。
僕は苛ついて目の前の壁を殴ってしまう。指がジンジンとし、涙が出てくる。何をしているんだ僕は。
今度は今までの思考と行動をひっくるめて、憂鬱な気分が襲ってくる。こんなことをしても何も変わらないのに、心と身体がバラバラに行動してしまう。
みんなの前ではこんな姿見せられない。壁を殴って痛む手で頬をパンッと1つ叩く。何とか気持ちを持ち直して下校することにした。
力無く下駄箱に向かって歩き始め、外履に履き替える。すると何処かのドアが開く音が微かに聞こえ、それと同時に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「それじゃあまた来週お願いします、失礼しました」
僕の胸は一瞬にして大きく跳ね上がった。彼女の声だ、聞き間違える筈は無い。
僕は飛び跳ねる様にして校内に戻ろうとしたが、すぐ様外履きだという事に気付き、急いで靴を脱ぎ捨てる。が、声のしたであろう方を見てもそこには誰もいなかった。それでも僕は熱い情動に駆られて走り出す。
僕はがむしゃらに走りながら左右を見渡す。
職員室、用務員室、保健室、教職員用玄関。そこで視線が止まる。
「先輩っ!」
僕の心臓は、急に走り出したことと、もしや、まさか、そこに立っているのは彼女ではないかという事で、破裂せんばかりに律動していた。
そこには肩までかかった真っ直ぐな黒髪を耳に搔き上げる後ろ姿。ゆっくり振り向く彼女はとても悲しげな目をしながら一言呟いた。
「案外早くバレちゃったね」
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