第3話「大きくなる薬」

 博士は『大きくなる薬』の研究をしていた。というのも、博士の身長は130cmで、成長の止まった中学生のころから、長身が彼の憧れだった。


 『大きくなる薬』の開発は困難を極めた。だが、その研究の過程で『小さくなる薬』ならば簡単に作れることを発見した。その製造方法は単純で、細胞の分子ひとつひとつを縮小させるだけである。博士にとってそれは簡単なことだった。元々小さな博士には、この『小さくなる薬』は必要が無いのであるが、『大きくなる薬』を使って大きくなり過ぎたとき、体を元の大きさに戻すために使えると考えていた。『小さくなる薬』はすでに錠剤タイプのほか、液体タイプのものも完成している。


 『大きくなる薬』の開発はそう簡単にはいかなかった。細胞の分子そのものを大きくしなければならない。有る物を削って小さくするのは簡単だが、無い物を生み出すのは至難の技である。


 博士は試行錯誤し、五十年の歳月をかけて、ようやく『大きくなる薬』を完成させた。


 博士はテーブルの上に赤と青の皿を用意し、赤の皿に『大きくなる薬』の錠剤を、青の皿に『小さくなる薬』の錠剤を置いた。さらに万が一のために、液体の『小さくなる薬』を用意しておいた。これは、大きくなり過ぎたとき、錠剤の『小さくなる薬』が小さくて見えなくなったり、大きくなった指でつかめなくなる、などという不測の事態に備えるためのものだ。


 博士は「やっと大きくなれる!」と興奮状態で、大きくなった自分のモテモテぶりを頭に描いていた。

「さあ、実験を開始しよう」と、青い皿の錠剤をつまんで飲み込んだ。

「あ、しまった!」

 博士は間違って青い皿の『小さくなる薬』を飲んでしまったのだ。

 博士の体はどんどん小さくなり、十センチメートル程の大きさになってしまった。

「大丈夫、大丈夫。『大きくなる薬』を飲めばいいのさ」と、赤い皿に目をやった。ところがそこには、博士の顔ほどの大きさの白い岩のような錠剤が乗っていた。

「これじゃ、大きすぎて飲めない」

 博士は、液体の『大きくなる薬』も用意しておくべきだった、と後悔した。

 しかし、博士は諦めなかった。

「そうだ、液体の『小さくなる薬』があった。こいつを大きな錠剤の『大きくなる薬』にかければ小さくなるはずだ」

 博士は液体の『小さくなる薬』の入ったビーカーを大きくなった錠剤の『大きくなる薬』のそばまで運んだ。なんせ『小さくなる薬』の入ったビーカーは博士の身長の二倍ほどの大きさなので、運ぶのに大変苦労した。次に、ビーカーの中の『小さくなる薬』の液体を、錠剤の『大きくなる薬』にかけるの方法を考えた。博士は、鉛筆の先っぽをビーカーの底に差し込み、テコの原理でビーカーを倒そうと考えた。


 準備は整った。

「さぁ、上手く倒れておくれ!」

 博士は電気スタンドの上にはい上がり、そこから「えいやぁ!」と鉛筆の端っこ目掛けてジャンプした。


 ガシャーン!


 ビーカーはテーブルの上で倒れて割れ、液体は周りに飛び散ったが、大きな岩の様な『大きくなる薬』の錠剤にもうまく液体がかかった。大きな『大きくなる薬』は液体の『小さくなる薬』の効果でみるみる小さくなり、博士の小指の先程の大きさにまで縮んだ。

「よし!これなら飲み込めるぞ」

 博士はさっそく小さくなった錠剤の『大きくなる薬』を飲んだ。しかし、いつまでたっても大きくはならない。そこで気がついた。

「そうか、『大きくなる薬』に『小さくなる薬』をかけたから、その効果が中和されて、大きくも小さくもならないのだ」


 小さくなった博士はそのまま十センチメートルほどの体で過ごすこととなった。幸い、液体の『小さくなる薬』があたりに散らばったおかげで、テーブルやらイスやら実験道具まで、小さな博士に丁度よい大きさに縮み、博士はその後も研究を続けることができた。

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