第46話 村
かちゃり、かちゃりと薄い金属板のふれあう音が、夜の集落に響く。
薄暗いなかに、鈍い銀色の鎧が浮かびあがる。
「今夜は敵襲が無さそうなことは良いが……」
戦斧をかついだローブアーマーが、魔物の村を見渡した。
「……ともに見張るはずのメリュジーヌ殿は、いったいどこに行かれたのか」
集落は寝静まり、物音一つしない。
「よもや、本当に戦線から離れるというのか」
つぶやきは、不平不満というよりも、仲間の分裂を受け入れようという、葛藤をもらした嘆息に近かった。
もちろん仲間意識はある。集落を守るローブアーマー達は、誰もが人との戦いに負け、弱きマリヤウルフを守るため力を出しあい、ジョンフォース団の撃退には成功した。だからグローリーの戦死も心底から悔やんだ。
だが、初めて戦かった後で語りあい時、少しずつ考えに齟齬があることもはっきりした。戦場の亡霊たる
厳然たる脅威からマリヤウルフを守ろうという意思は変わらないが、できれば戦いを避けようというメリュジーヌの考えも理解できる。それがローブアーマーの気持ちだった。
「……しかし、ソードストール殿までどこに行ったのか」
ソードストールは自分が単独で攻めるという意見を押し通し、異論や反論には沈黙で答え、そのまま会議は終わってしまった。ソードストールは集落の外を警戒すると一言だけいって、長老の住居を出て行った。その後、誰もソードストールと会話をしていない。
これでは本当に単独で向かわせることになりかねない。
「いかにソードストール殿といえど……」
不吉な考えをふりはらうかのように、ローブアーマーは兜頭を左右に振った。
ソードストールの強さは心底から理解している。
マリヤウルフの集落を守る仲間としてデュラハンに紹介された日、ローブアーマーは手合わせを願った。ソードストールが足を引っぱらないかと、試すつもりだった。
しょせん相手は茸であり、細い体つきもみすぼらしい。戦うための装具が魔物と化した自分と比べて、たよりなく見えた。そこそこの価値がありそうな刀剣も薄く、少し戦えば刃こぼれしそうに見えた。
しかし戦ってすぐにローブアーマーは自分の
途中からローブアーマーも本気になり、あえて刃を寝かせたり、地面に当てて反動を利用して振り上げたりと、小技をくりだしたのだが、ソードストールは少し体を動かしただけで全て避けきった。
何度も必死にふりまわして、ようやくソードストールを跳躍させることに成功した。しかし着地点を見定めて振った戦斧は空振りしただけに終わった。それどころかソードストールは空中でローブアーマーの腕につかまった。重い戦斧を持っていたため動きが遅かったとはいえ、驚嘆すべき敏捷さだった。
そのままソードストールは両足を伸ばしてローブアーマーの兜をはさみこみ、腕を空中でねじりあげ、完全に動きを封じられてしまった。
それからは、ともに集落の守りを続けながら、時間を作っては教えを請う毎日だった。
ソードストールは寡黙だったが、戦いの技については様々なことを教えてくれた。刀だけでなく、徒手の技や、細剣や弓矢や槍にも通じていた。
自身の来歴についてソードストールは積極的に語らなかった。ただ一度だけ、ある晩に、腰にさした大小の刀へ目をやりながらいった。この刀を手に入れた意味を知るため、東方の島国から大陸へ渡り、旅をしてきたと。
「この種の刀にくわしくない自分にもわかります。実に見事だ」
無骨な武器であると同時に、美術のような繊細さもかねそなえていた。
「しょせん人斬り包丁だ」
そうソードストールは答えたが、刀身を見つめる一つ目は感慨深げだった。
「己は刀に魅入られた。この刀に呪われたのだ」
「呪いですか。確かに、魂が吸い込まれそうに美しい」
ソードストールが散文的な表現を用いたことに、ローブアーマーは少しばかり意外の念をおぼえた。
しかしその解釈を、ソードストールは言下に否定した。
「言葉通りの意味だ」
呪いとは、あの刀に何らかの呪術がかけられているということだろうか。
思いをめぐらしていたローブアーマーは、いつしか集落を一回りして、長老の住居近くへと戻っていた。
道の先で、皮と金属のふれあう鈴のような音がした。
休んでいるコシュタバワーが体をゆらし、馬具が鳴っている。
ローブアーマーは音をたてないように歩みをゆるめた。寝ているコシュタバワーを起こさないために。
次の見張りをたのむアイアンサンドゴーレムにも、静かに声をかけようと思った。
そして長老の住居を回りこもうとした時、道の先でささやく男女の声があった。
一方の、高く低く歌うような男の声は、もちろん聞き覚えがあった。しかし、もう一方の声に当惑して、ローブアーマーは歩みを止めた。
冷たい中に優しい響きを持つ、女の声。これまで聞いたこともない、透き通った高い声だった。ともに集落を守る仲間の声とは異なる。長老を初めとした、集落で出会ったマリヤウルフの声とも違っていた。
はっきりと内容は聞こえなかったが、剣呑な雰囲気がうかがえた。しかしデュラハンと別の魔物の会話が急に途切れたかと思うと、いきなりローブアーマーへ声がかけられた。
「……様子はいかがだったか」
盗み聞きしていたローブアーマーは戦斧をかつぎなおし、長老宅の正面に回りこんでいった。
デュラハンは馬車から降り、夜空の星から降る光をあびていた。
周囲は薄暗いが、マリヤウルフはもちろん、ローブアーマーが知らない魔物の姿は見当たらない。もちろん人と会話していたはずもない。
とりあえずローブアーマーは簡単な報告をした。自分が鎧の体でなければ、不信感が表情に出てしまったかもしれないと思いつつ。
「不審な気配は何もなく、おそらく今夜に奇襲されることはないでしょう」
「そうか。アイアンサンドゴーレムと代わり、休むと良い」
デュラハンの持つ生首が、ローブアーマーをいたわった。
長老宅へ入ろうとして、ついローブアーマーは問いかけようとしてしまった。
「ところでデュラハン殿、先ほどは……」
「どうした?」
生首の優しい微笑を見て、ローブアーマーはいいかけた言葉を呑み込んだ。
「どうなされた?」
何もいわないでいるのも良くないと思い、それらしい言葉をひねりだそうと内心で考えたローブアーマーは、一つ忘れていたことを思い出した。
「これは、攻城戦の直前に、グローリー殿から託されたのですが」
鎧の内側から、薄い板を取り出す。
「ジョンフォースが持っていた竜の鱗です。ソードストール殿が戦って奪ったものとか」
「これは……」
生首が目を見開いたかと思うと、いとおしげに細めて、一つ頷いた。
「確かに逆鱗だ。それも聖痕があるではないか……しかも、この色艶と大きさは……何も聞かなかったのかな」
ローブアーマーは首をかしげたが、生首はくちびるをふるわせつつ、それ以上の説明はしなかった。かわりに、何か納得したかのように一呼吸し、重々しくつぶやいた。
「全ては、運命が導くがままに……」
そして決意したように生首は口を引き結び、アイアンサンドゴーレムと交代するように視線でローブアーマーをうながした。会話は終わりという合図だった。
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