第31話

 ホーリー城へ向かって森をつらぬく道は、細く曲がりくねっている。

 二頭が横並びになるのがやっとで、自然と隊列を長くせざるをえない。

 しかも幅が一定でなく、川と違って崖や岩へぶつかる度に鋭角に曲がり、密集できず前後の間隔も開いていく。


 罠を考慮して隊の中央へ引いていたジョンフォースだが、ワァフとともに隊の最前へ戻った。

 蛇行している道と、団員の背中が、視界をさえぎる。

 馬の足と武具の奏でる音が鼓膜を打ち鳴らす。

 間に二騎もはさめば前後の様子がわからなくなる。

 団長として状況を正しく把握するには隊の先頭に行かなければならない。


 やがて丘を一つ越え、道が下り坂になりつつ真っ直ぐになっていき、前方が見通せるようになった。

 目前にせまる山の頂上に、ホーリー城が見えた。このまま駆け下った勢いを止めずに駆け上れば生還できる。

 次々に現れる新しい魔物から攻め立てられて分断される恐怖は、森に入ることで薄らいだ。

 理性は理解していても、緊張をしいられて疲労した感情が弛緩することは止められない。


 しかし最前のワァフが短く口笛を吹いた。敵の存在を発見したという合図だ。

 それを隊全体が聞きつけ、弛緩した空気が再び引きしまる。


 徒歩で五十歩は離れている道の中央に、魔物が路傍の石像のように立っていた。

 焦茶色の平たいかさを頭にかぶり、蜘蛛の巣を固めたような純白のマントをはおり、そのすそから鋭い刃の切っ先がのぞいている。

 笠の陰から見えるのは、覆面をしているような顔立ち。表情はよくわからない。

 輪郭は限りなく人間の男に酷似しているが、漂わせる雰囲気は全く異なる。かといって、魔物であってもたいてい持っているはずの息づかいが感じられない。

 近しい野獣や草木に似た気配が、なぜか存在しなかった。


 ジョンフォースとワァフは速度をゆるめ、弩をかまえた騎馬と前後をいれかえる。

 全体の速度をほとんど落とさず、隊は突き進む。


 団長が命じるまでもなく、無数の矢が魔物に向かってはなたれた。下り坂なので威力は高い。

 しかし魔物はマントの切れ目から腕を一振りし、刃の一閃で自らに命中する軌道の矢だけを落とす。

 切っ先だけ見えていた得物は、ゆるやかな反りがある片刃の、刀と呼ばれる東方の剣であった。


 枯れ木のようにしなびた片腕がマントから突き出され、刀の切っ先を前に向ける。

 めくれたマントの内側で、大小の鞘が腰にさしてあるのが見えた。


 どこからか背筋をふるわすような冷気が漂い、森の湿り気を凝固させるがごとく、刀の刃紋に細かな露が浮かぶ。

「何者だ!」

 馬上のジョンフォースの問いかけは、あくまで隣のワァフに対するものだった。

 しかし遠くで問われた言葉を聞くと同時に、魔物は刀をかまえ、低い声で答える。

「……ソードストール」

 そう名乗った魔物がすっと腰を落とし、地面を滑るように疾駆した。

 すれ違う馬の間をぬうように、円形の白い残像を残すように、刀を水平に振るっていく。


 馬上から振るわれる剣はとどかず、後方からはなたれる矢は当たらず。

 下り坂では、乗り手にとって馬の体が敵と戦う障害となる。


 つむじ風のようにソードストールは右回り、反動で左回り、止まることなく馬の脚を撫で切りにしていく。

 前脚を切り落とされた先頭の二騎が倒れ、乗り手が放り出された。

 素早く立ち上がった者は背後から太股を切られ悶絶し、顔だけ上げた者はうなじから首を切り落とされた。

 さらにソードストールはふりかえり、剣が届かないからと下馬してきた三人目を腰で両断する。


 あまりに動きが素早く、切った先から移動をくりかえし、ソードストールは血をほとんど浴びない。

 わずかに笠へ血痕が飛び散っただけだった。


 下り坂を走る馬は急に止まれず、道が狭いため方向を変えることもできない。

 先に倒された二頭に脚をとられて、一騎が、そして続けて別の一騎が、つんのめるように転倒した。

 今度の乗り手は馬が倒れる寸前にそれぞれ飛び降り、受身をとって転がり、勢いを弱めた。

 しかし勢いを完全に殺すことはできず、敵の間合いに無防備な姿勢で入ってしまう。

 痛みに耐え、何本か指の折れた手で武器をつかもうとしながら、四つんばいの二人が顔を上げ、その表情を絶望にそめた。


 ソードストールは、落馬した二人に見向きもせず跳び越えていた。

 そのまま突進してくるワァフと切り結ぶ。

 叩きつけるように振り下ろされた剣を、ソードストールは刃に滑らせていなし、そのまま相手の刃をさかのぼるように刀を動かし、脇腹へ斬りつける。

 ワァフは低い嗚咽をもらしつつも、鞍から落ちることなく通り過ぎた。かろうじて傷は浅くすんだ。


 低い位置から切り結んでいたソードストールは、のびあがるばねのように高く跳躍した。

 矢が当たらないよう足を縮め、白いマントは後方になびき、灰色の枯れ木のような身体が現れた。体表には細い筋が無数に刻まれている。皮膚を剥いで露出させた筋肉を、石膏像へ置きかえたかのような姿だった。

 ソードストールの跳躍した真正面に、馬上で剣をかまえたジョンフォースが突進してくる。転倒しないように馬の速度を抑え、額に脂汗を浮かべている。

 黒髭に覆われた口が開き、絶叫がほとばしる。

「このような所で、このジョンフォースが終わりはしない!」

 勇者として名を残したい執着が、筋肉を通して剣へ伝わる。

 主人の気迫が伝わったのか、馬も速度を増した。


 だが、これまでソードストールが取った行動は、敵の統率者を倒すための布石だ。

 先頭の二騎を倒し、その倒れた馬によって進行がさまたげられることを次の二騎で示す。

 小回りがきかず、包囲することもできない森の道。下り坂での馬は細やかな動きができない。

 馬を降りて攻撃してきた一人も脅威とはならなかった。団長を守る腹心の一騎は無力化された。

 ジョンフォース団は烏合の衆ではない。勇者たるジョンフォースを支えるために集まった部下だ。だからこそ頭が潰れれば機能しなくなる。


 鋼を折り重ねて延ばし、薄くなったそれをさらに折って延ばし……くりかえし鍛えた刀は、強い粘りを持っている。

 空中で正面から打ち合った刀が、ジョンフォースの剣を叩き折る。

 その勢いのままソードストールは横一文字に切りつけた。

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