先生が教室に戻り、喧嘩は無理やり収められた。

 他の男子はわからなかったけど、来澄君は泣きもせず、ただじっと彼らを睨んでいた。

 頬にできた青あざを擦りながら、その日の授業を終えると、来澄君は無言でランドセルを背負い、スタスタと教室から出て行った。

 私は慌てて来澄君を追いかける。

 皆、来澄君を冷たい目で見ていた。廊下ですれ違ういろんな人が、来澄君の顔を見てヒソヒソ言った。同じ学年の子が、「見た? すげぇ顔」と嗤って、「やっぱりあいつ、乱暴なんだ」と馬鹿にした。

 違う。

 来澄君は違う。

 本当は凄く優しくて、真っ直ぐで、正義感が強くて。

 どうして誰も、来澄君のこと、わかってくれないの。

 足の速い来澄君のあとを、私は必死に走って追いかけた。

 いつの間にか、知らないところまで来ていた。私の知っている街とは違う、別の場所に迷い込んでしまっていた。景色が違った。いつものアパートやコンビニがない。ギッシリと並んだ住宅地には少し古い家が並んでいて、私は急に怖くなった。

 どうしよう。帰れない。

 どうしよう。来澄君が怒ってる。

 私はとにかく夢中で彼を追いかけた。

 来澄君の背中まであと数メートル、というところで、彼は急に足を止めた。

「……まっし。何してんの」

 振り返ったのは、いつもの来澄君。

 私は身体から力が一気に抜けて、そのまま地面にへたり込んだ。

「よ……、良かった……」

 アスファルトの上で項垂れる私の側まで、来澄君は駆け寄った。

 私の前に屈んで下から顔を覗いてくる。

「何が良かったんだよ」

 大丈夫。声も、いつもの来澄君。

「来澄君が、化け物になったのかと思って」

 言ってからハッとした。

 私、とんでもないこと喋ってる。

 来澄君を傷つけるような言葉を。

 だのに来澄君はハハハッと笑って、

「そうだな。いっそ化け物だったら、諦めも付くかも。うち、直ぐそこなんだけど。上がってく?」

 いつもよりも優しい顔で、私のことを見てくれた。



「まだ兄貴帰ってきてないから、今のうち」

 来澄君の家は、思ったよりも年季が入っていた。

 小さな庭に、鉢植えがこれでもかと置いてあって、多分アレは春夏だったらとっても綺麗だったんだろう。私がお邪魔したときは三学期の終わりで、未だ芽吹いてもいなかったから。

 鍵を開けて玄関を潜り、来澄君は靴の数を確認した。

「うん、未だ大丈夫」

 意味ありげに言って、

「二階、上がって」と私を案内する。

「いいの?」

「いいよ。ちょっと休もう。あとで家まで送るから」

 階段を上がって左右に部屋があり、来澄君は左に入る。私も続けて中に入る。

「散らかってるけど。座って」

 来澄君の部屋の中には、作りかけのジグソーパズルがあった。小学生がやるような大きさじゃない。千ピース以上の大きいパズル。外国の教会の写真だ。

「飲み物持ってくるから待ってて」

 折り畳みテーブルの上に広げたパズルの上には、細かく色分けされたピースの入った小さなトレイが幾つも並んでいる。いつもこうやって作っているのだろうか、飾りきれないパズルが部屋の隅っこ、額縁に入っていくつも並んでいる。ベッドと学習机の間にも、押し込まれるようにして、何枚も何枚も置いてある。

 恐る恐る近づいて、コレクションを見てしまった。同年代の男子が漫画やゲームに没頭する中、来澄君のパズルには、そんなものは一つもなかった。どれも外国の風景ばかり。そこがまた彼らしいと、私は思った。

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