3
先生が教室に戻り、喧嘩は無理やり収められた。
他の男子はわからなかったけど、来澄君は泣きもせず、ただじっと彼らを睨んでいた。
頬にできた青あざを擦りながら、その日の授業を終えると、来澄君は無言でランドセルを背負い、スタスタと教室から出て行った。
私は慌てて来澄君を追いかける。
皆、来澄君を冷たい目で見ていた。廊下ですれ違ういろんな人が、来澄君の顔を見てヒソヒソ言った。同じ学年の子が、「見た? すげぇ顔」と嗤って、「やっぱりあいつ、乱暴なんだ」と馬鹿にした。
違う。
来澄君は違う。
本当は凄く優しくて、真っ直ぐで、正義感が強くて。
どうして誰も、来澄君のこと、わかってくれないの。
足の速い来澄君のあとを、私は必死に走って追いかけた。
いつの間にか、知らないところまで来ていた。私の知っている街とは違う、別の場所に迷い込んでしまっていた。景色が違った。いつものアパートやコンビニがない。ギッシリと並んだ住宅地には少し古い家が並んでいて、私は急に怖くなった。
どうしよう。帰れない。
どうしよう。来澄君が怒ってる。
私はとにかく夢中で彼を追いかけた。
来澄君の背中まであと数メートル、というところで、彼は急に足を止めた。
「……まっし。何してんの」
振り返ったのは、いつもの来澄君。
私は身体から力が一気に抜けて、そのまま地面にへたり込んだ。
「よ……、良かった……」
アスファルトの上で項垂れる私の側まで、来澄君は駆け寄った。
私の前に屈んで下から顔を覗いてくる。
「何が良かったんだよ」
大丈夫。声も、いつもの来澄君。
「来澄君が、化け物になったのかと思って」
言ってからハッとした。
私、とんでもないこと喋ってる。
来澄君を傷つけるような言葉を。
だのに来澄君はハハハッと笑って、
「そうだな。いっそ化け物だったら、諦めも付くかも。うち、直ぐそこなんだけど。上がってく?」
いつもよりも優しい顔で、私のことを見てくれた。
「まだ兄貴帰ってきてないから、今のうち」
来澄君の家は、思ったよりも年季が入っていた。
小さな庭に、鉢植えがこれでもかと置いてあって、多分アレは春夏だったらとっても綺麗だったんだろう。私がお邪魔したときは三学期の終わりで、未だ芽吹いてもいなかったから。
鍵を開けて玄関を潜り、来澄君は靴の数を確認した。
「うん、未だ大丈夫」
意味ありげに言って、
「二階、上がって」と私を案内する。
「いいの?」
「いいよ。ちょっと休もう。あとで家まで送るから」
階段を上がって左右に部屋があり、来澄君は左に入る。私も続けて中に入る。
「散らかってるけど。座って」
来澄君の部屋の中には、作りかけのジグソーパズルがあった。小学生がやるような大きさじゃない。千ピース以上の大きいパズル。外国の教会の写真だ。
「飲み物持ってくるから待ってて」
折り畳みテーブルの上に広げたパズルの上には、細かく色分けされたピースの入った小さなトレイが幾つも並んでいる。いつもこうやって作っているのだろうか、飾りきれないパズルが部屋の隅っこ、額縁に入っていくつも並んでいる。ベッドと学習机の間にも、押し込まれるようにして、何枚も何枚も置いてある。
恐る恐る近づいて、コレクションを見てしまった。同年代の男子が漫画やゲームに没頭する中、来澄君のパズルには、そんなものは一つもなかった。どれも外国の風景ばかり。そこがまた彼らしいと、私は思った。
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