来澄君がどうして孤独だったのか。

 私が偶々知ることになったのは、五年生の終わり頃。

 通っていた小学校は、学区の関係で二つの中学にそれぞれ分かれることになっていて、私と来澄君の住んでいる地域の間にその境界線があるのを知ってからだった。

 来澄君と同じ中学には行けないことがわかると、益々私の中で来澄君の存在は大きくなっていった。彼は相変わらず無愛想で、口下手で。自分のことを簡単に話すような人じゃなかった。

 どうすれば来澄君ともっと話せるんだろう。隣の席にいながらも、彼は私のことをあまり見てくれない。誰かと目を合わせるのを、極端に怖がっているようにも見えた。

 発端は作文の時間。

 将来の自分というお題。

 彼は堂々と、自分の作文を発表した。

「ほくは将来、人を守る仕事につきたいと思います。警察官や自衛隊、消防士など、体を張って誰かを助けたり、守ったりしたいです。誰かのために働くと言うことは、とても勇気のいることだと思います。自分の正義を貫く、誰かを救いたいという素直な気持ちを絶対に忘れないようにしたいです」

 けれど、来澄君らしい夢だと思ったのは、どうやら私だけ。

 作文の時間が終わると直ぐに、クラスの男子が来澄君のところにやって来た。

「嘘つきりょうが警察官? すんげぇな」

 ヘラヘラと笑いながら、数人で来澄君に迫っている。

「警察官じゃなくて、捕まる方になるんじゃなかったっけ?」

「そうだよ。凌は誰かを助けるようなガラじゃないもんな。キレやすいし、乱暴だし。先生の前では正義の味方ぶってるけど、皆お前のこと、知ってんだぜ?」

 机の周りを囲って酷い言葉を投げかけてくる男子たちに対して、来澄君は決して動じなかった。目を逸らして、口をへの字にして膝の上で拳を握り、じっと堪えていた。

「別に人の夢を否定するつもりはないんだけどさ。来澄凌君が警察官になったらこの世の終わりだと思いますぅ。逆に逮捕されるの目に見えてるしぃ」

 散々な言われ方。

 私は気分が悪くなって席から立ち上がり、数歩、後退ってしまった。

 それがまた火に油を注いだ。

「ホラ、まっしも凌のこと気持ち悪いって!」

「ち、ちが……」


 鈍い音が聞こえた。


 来澄君が、目の前の男子を殴り倒していた。

 机をひっくり返し、椅子もなぎ倒し、一人、二人、三人と次々に殴っていた。


 頭が真っ白になった。

 温厚な来澄君が、まるで人が変わってしまったように人を殴っている。


「止めろ、凌!」

「先生呼んでくる!」

「女子、離れて! 凌が暴れた!」

 何が起きているのか、私にはよく分からなかった。

 来澄君は目に涙を浮かべていて、目をギンギンに見開いて、何かを叫んでいた。

 そんなに大柄じゃない来澄君が、クラスで一番デカい男子に体当たりしている。殴り返されても動じず、何度も殴り返している。

 何が彼をこんな風に。



 嘘つきって何。



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