隣の席の来澄君。
天崎 剣
1
「まっし、お前、何悩んでんの」
机の上のランドセルを見つめ項垂れる私に、彼は言った。
チャイムの音にかき消されそうな言葉に、私は目を丸くする。
「な、何って。別に何でもないけど。
隣の席のその男子は、私の顔を睨むように見て、それから続けて「嘘だ」と言った。
「最近のまっし、おかしいよ。俺が気付いてないとでも思ってた?」
腕を掴み、真剣に顔を覗き込んでくる彼と、私は目を合わせられなかった。
「悩み事があるなら言えよな。俺じゃ何もできないかもしれないけど、隣でそういう風に暗い顔ばっかりされても困る」
来澄君はつっけんどんに言い放ち、そのままランドセルを背負って教室から出て行った。
優しいんだか、なんなんだか。
張り詰めていた糸が、それでも少しだけ緩んだような気がした。
小学生の頃の話。
両親の仲が急激に悪化して、私は家の中で孤立し始めていた。
同じ山形出身だった両親は、私には仲睦まじく見えた。どこで何が狂い始めたのか、今でもわからないし、私も聞かない。急に二人は喧嘩をするようになり、私は毎日怒号に怯える日々を送っていた。
当然、みんなには内緒。友達にも、先生にも言えない。誰にも相談できない。そんな中での彼の一言に、私の心臓は張り裂けそうだった。
来澄君とは、小学校三年生から五年生まで一緒のクラスで過ごした。
彼は唯一まともに話しかけてくれる男子だった。他の男子は本当に幼稚で、くだらなくて。けど、来澄君は違った。私は彼に何度も助けられた。
机に、“
鉛筆で黒く太い字で書いた上に、更にマジックでなぞっていた。登校してきた私は皆に白い目で見られた。
理由はわかっている。
私の両親は山形の出で、私もそれに釣られ、イントネーションが少しおかしかったからだ。微妙に時代遅れの親戚のお下がりを着ていたし、二つに結った長い髪に丸眼鏡。お世辞にも、可愛いとは言えない風体だった。
女の子の友達も少ししか居なくて、良く教室で本を読んでいた、そんな子どもだったのを覚えている。
「誰だよ、こんなことしたの!」
一番に声を上げてくれたのも、来澄君だった。
教室はざわつき、『知らない』の輪唱。皆目が笑ってる。
来澄君だけが目をつり上げて、
「人間として最低だな! お前らの親は、誰一人田舎出身じゃねぇのかよ! 皆父ちゃんも母ちゃんも東京生まれの東京育ちか!」と怒鳴り散らした。
それさえ周囲は笑っていて、まるで来澄君が私の代わりに笑われているようで、とても胸が痛かった。
何も言えない私に、来澄君は言った。
「まっし、怒れよ」
「なんで? 怒ったらさぁ……」
「ダメなものはダメだ。そんなんじゃアイツら、まともな人間になれない」
「でもさ。そんな風にしてたら来澄君が」
「俺のことはどうでも良いんだよ、別に。どうせ皆に嫌われてる。そんなことより、俺以外の人がどうでもいいことで傷つけられてんの、見たくない」
そう言って、来澄君は私から目を逸らす。
その、怒ったような寂しそうな顔がとても印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます