第73話

「田島……?」

「変化し始めている。

 彼はまだ生きているけれど、目を覚ませば彼等と同質の存在になる」


 由月の言葉に、統也は一瞬視界を眩ませ、後ずさる。



「な、に……それは、どうゆう……」


「今は眠っているだけ。死を待たず、既に蘇えっている」



 生きながら死者となった。由月はそう言っている。

だが、統也にその言葉を受け入れる事は出来ない。


「ぅ、嘘だ……死んでないなら、蘇えったりしない……」

「眠りの最終的な形は、死なずの蘇えりなのかも知れない」


 これまで事例が無かったのは、眠ってしまえば須らく死者の餌食になっていたからだ。

ここまで無事に眠り続けたのは田島くらいだろう。


「そしたら、だって……眠ったって、助からない……」

「ええ。影響には打ち勝てない」


 もはや手遅れ。

自殺や発狂・蘇えりの影響から逃れる為に人体が図った眠りの現象も、地球が奏でる不協和音を防ぐには至らない。


「アナタが決めなさい。

 彼が目覚めるまで守り続けるか、その前に眠らせてあげるか」

「そんな、事……」


 先に引導を突きつけられたのは統也の方だ。

頭を抱え、その場にしゃがみ込む。


(田島を殺す? 俺が?

 ――いや、いざとなれば仕方が無い……確かにそんな覚悟はあった。

 でも、田島は生きている……これまでとは違う……死んでない……死んでないんだ!!)


 田島は命を繋ぎながら、ただ眠り続けただけの事。

それが、結局は死者と変わりない存在になる為の経過でしかなかったとは思いたくない。



「出来ない……そんな事、出来ないッ、」



 何の為に守り続けたのか、統也の気持ちは解かる。

だが、感情論で片付けるのは危険だ。


「この状態で生きているのが嘘のよう。

 でも、このままだと何れ、銃でも歯が立たなくなるかも知れない」

「!」

「皮膚が鋼鉄化すれば、脳を破壊する事は難しくなる」

「ぃ、意思が、あるかも知れないっ……死んでないなら……」

「アナタが望むなら、目覚めるのを待っても良い」

「ぇ? ……でも、意思が、無かったら……」

「私達が餌食になるだけ」

「!!」


 統也は立ち上がり、由月に掴みかかる。


「分かりませんか!? 何とか分かりませんか!? 今、田島に意思があるのか無いのか!」

「無理よ」

「そんな事言わないでっ、頼むから、お願いですっ、大川サンなら判るでしょ!?」

「何の機材も無いのよ、判らないわ」


 統也は勢いに任せて由月を木箱の上に押し倒し、抱き縋る様に懇願する。


「そんなの、そんな判断、俺にさせる何て……そんなの冷酷すぎるッ、

 そんなの俺が決められるわけ無い……田島は友達だって言ってるのにッ、」


 由月は泣き出す統也の頭に手を添え、抱き寄せる。


「そうね。冷酷ね」


 由月の腕の中は細く、体重をかけては押し潰してしまいそうな程の脆さ。

それでも、温かな体温に顔を埋めずにはいられない。

統也は由月の白衣をギュッと掴む。


「それじゃ、ここで彼の目覚めを2人で待つのはどう?

 意思があるのかを確認して、もしあったなら、以前と同じ。

 楽しく暮らすのよ。私はアナタ達に勉強を教えるわ。

 その代わり、アナタ達は私の友達になって笑わせてちょうだい」

「大川サン……」

「でも、無いと判断できたら、その時点で彼を殺す。

 殺せなかったら2人で彼の餌食になりましょう。蘇えったら3人で一緒に彷徨うのよ」


 余りにも単純に美しく纏められた物語。

由月の言葉で紡がれれば、残忍さが微塵も感じられないのが不思議だ。

どちらに転んでも夢が残る。


「本気で、言ってますか……?」

「ええ」

「俺の所為で、俺と死ぬって事ですよ、それ……」

「別に良いじゃないの」


 間近に見える由月の顔に嘘は見られない。

ただ、いつも通りの落ち着いた美しい表情。


(させられない、そんな事……)


「残るなら、俺、1人で残ります……アナタを死なせたくない、」

「私は、アナタに生き延びて欲しいわ」

「俺は……そんな事言って貰える人間じゃ無いんだ……」

「私の気持ちは私が決める事よ」

「違う……大川サンは俺を知らない。俺は……」


 母親の最後の狂気が視界に蘇える。

そして、力任せに殴りつけた手の感触も同様に。



(吐き出してしまいたい……全部、全部!)



「殺して、置き去りにしたんだ……母サンを……」



(怖かった、死にたくなかった……)



「そうして俺は、父サンすら裏切った……」



(言えなかった、傷つきたくなかった……)



「生きていたのに……」



 由月は思い出す。

『厳密に言えば』と説明をした時、統也が激しい動揺を見せていた事を。

それは、この心の傷が原因であったと初めて知る。


「私がアナタを追い詰めていたのね……」

「違う、そうじゃ無いっ、」

「ごめんなさい」

「違うんだっ、」

「謝るついでに、お願いがあるのよ。聞いて貰えるかしら?」

「……?」

「もし私が何かに変化したら、その時はアナタに救って貰いたいの」

「救う……?」

「ええ。何の罪悪も持たず、殺して欲しい」

「殺、す……」

「信じるに値するアナタにだから、頼める事」

「……」


(救って欲しいと言いながら、俺に殺せと言う……

 こんな矛盾、どうやったら俺に解けるって言うんだ……)


 統也が考えあぐねていると、由月は小さく笑う。


「このままこうして眠る?」

「!?」


 我に返れば、由月を押し倒した格好だから、統也は狼狽える。

然し、この温もりを手放すのが惜しい。

統也は体を退けるよりも前に項垂れてしまう。


「こうしてたいけど、日夏に見つかったら悲惨だ、」


 ショックの余り、泣きながら銃を乱射する日夏の画が目に浮かぶ。

統也は渋々と体を起こし、由月に手を差し出す。


「すみません。俺、無理な事を……」

「良いのよ。

 科学と言うのは、不可能を可能にしたい人の心が生んだ魔法なのだから。

 田島君の状態がどうであるのか、もう少し診させて貰うわ」

「ぁ、ありがとうございますっ、宜しくお願いします!」

「でも、納得するだけの結論が出るとは思わないで。

 どうするかは、考えておいてちょうだい」


 由月がどれだけ優れていようと、もともとが無理難題。

決断の覚悟を胸に、統也は頷く。


(これ以上、皆を危険な目に遭わせる事は出来ない。田島をどうするのか……

 状態がハッキリ分からないまま田島を連れて行く事は出来ないんだ。

 人に期待を押しつけるんじゃ無く、明日の朝、ここを出る前に決める)

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