第72話 苦慮に顰笑。

「私から見るアナタは誠実で自信に満ち溢れているけど、内面はまた別なのかも知れない。

 でも、私はアナタがいてくれて安心してる。きっと、皆そうよ」

「……」


 吉沢の手当ては完了。由月は立ち上がる。


「定期的に意識の確認に窺います。それまで、どうか休んでいてください」

「助かるわ。もし私が死んでいたら、容赦しないでね?」


 吉沢は腰を挙げ、貧血でクラクラする頭を抱えながら寝床の車へ。

その背を見送る由月は力無く目を伏せる。


 明日の脱出準備に動き回る仁美は、工具セットを両手に抱えて統也に言う。


「ねぇ、これからはさ、私に出来そうな事はさ、言ってくれるかな?」

「え?」


 唐突に何を言い出すのか、掻き集めた銃器を手に統也が首を傾げると、仁美は顔を背ける。


「だから! やれるコトがあるなら手伝うからって話!」

「今も手伝って貰えて感謝してますよ?」

「そうじゃナイっつーの! だからさ、私は頭も良くないし、車も動かせないし……

 戦えない分、他で動こうと思ってるんだってっ、

 でも、実際に何やったらイイのか分かんないから、声かけて欲しいって言ってんの!」


 岩屋に指摘される迄も無く、自分がそこにいるだけの存在であると仁美は気づいている。

いつでも肩身が狭いのだ。だからと言って、率先して動ける程の行動力も度量も無い。

だが、頼まれでもすれば、どうにかしようと試行錯誤は出来る。

僅かであっても仲間として尽力したいでいる仁美の思いに、統也は一笑する。


「ありがとうございます。

 それじゃ、これからは平家サンに甘えさせて貰いますね」

「え!?」

「え?」

「ぁ……ああ! そっちね、ハイハイ! お言葉に甘えてって事、ハイハイ!」

「あ!! あぁ……すいません、俺、日本語下手で、」

「別に! 通じてるから大丈夫!」


 仁美は顔を赤らめ、岩屋の車に走る。

入れ違いに現れる日夏は、2人の奇妙な空気に首を傾げる。


「統也サン、どうしたんですか?」

「ぃ、いや、何でも無いよ。日夏は岩屋サンに怒られてないか?」

「はい、大丈夫です! 岩屋サン、イビキかいて寝てますよ」

「そっか。良かった。明日も岩屋サンには頑張って貰わなきゃならないからな」


 明朝にはこの車庫を脱出する。随分な強行突破になるに違いない。

不安は尽きないが、今は成功のビジョンだけを思い描こう。

日夏は休むでもなく田島の看病をする由月へ目を向ける。


「由月サンは、大丈夫でしょうか……」

「大川サンがどうかしたのか?」

「本当は体中痛いんじゃないかって……トラックで正門に突っ込んだから……」

「えぇ!?」


 そう言えば、吉沢と共に車庫を目指す最中に、正門方面で激しい衝突音を耳にした気がする。

そのお陰で死者の多くが方向転換し、車庫に避難する時間を得られたのだが、あれが由月の仕業だったと知るなり、統也は手に抱えていた銃器を日夏に押しつける。


「悪い、日夏、これで最後だからっ、運び込んだらお前も休んで良いからっ、平家サンも、」

「えっ? と、統也サンは?」

「俺は田島の様子を聞いて、暫く見張りをする」

「それなら僕もっ、」

「後で起こすから交代してくれ。良いか?」

「は、はい! 分かりました! 頑張ります!」


 日夏のこの『頑張ります』が、統也は好きだ。

ポンポンと日夏の肩を叩くと、統也は由月と田島の元へと走る。


「大川サン、田島は俺が見ていますから、少し休んでくださいっ、」

「アナタこそ休んだら? 見張りなら私が兼任しますので」

「日夏から聞きました、セミトラで正門に突っ込んだって……どうしてそんな危険な事をっ、」


 良く見れば、由月の額には血が流れた痕跡。

出血は止まっている様だが、衝撃のダメージは体に負っている筈だ。

統也が案ずるも、由月の目は田島に注がれるばかりで鮸膠にべも無く言い返す。


「最善の方を取ったまで」


 集い出した死者達の目が、いつ岩屋の車に向けられるか分からない。

そうで無くとも、統也達が追い詰められるのは時間の問題だっただろう。

死者の意識を反らす為にも、由月は派手な演出をする必要があったのだ。

あの儘セミトラックが炎上でもすれば、多くの死者を巻き添えに出来たのだが、そこには至らなかった事が心残りであるだけだ。


「お願いですから、そうゆう事はやめてくださいっ……前にも言いましたよね?

 皆が生き残るにはアナタの力が必要なんです、何かあったら皆が困るんですっ」

「私は、アナタがいなくなる方が困る」

「! ぁ。あぁ、はい、ありがとうございます……、」


 誤解は禁物。

深読みをしては、また自分にとって都合の良い解釈をしてしまいそうだ。

統也は素直に頷くに留まる。


「じゃ、じゃぁ、お互い気をつけよう、と言う事で……」

「フフフ! アナタ、本当に面白い人」


 由月が笑えば、統也はホッと肩を撫で下ろす。


「大川サンが笑うと、何か、安心します」

「―― そう、」


 由月は顔を背け、田島の痩せこけた頬に手を添える。

何度も何度も指先で顔を撫で、皮膚の感触を確かめる様だ。


「田島の容態は……」

「田島君は、どんな人だったのかしら?」

「え?」

「アナタが ここまでして守る理由を聞きたいと思っていたの」


 統也は黒目を上に小首を傾げる。

改まって聞かれると、これと言った理由が思い浮かばない。


「友達だって事くらいかな」

「友達……」

「強いて言えば、1番仲が良い友達。

 高校入って3年間同じクラスで、成績も同じくらいで。

 でも、俺と違って屈託が無いって言うか、いつもバカやって俺を笑わせてくれて、

 コイツがいたから学校も楽しかった」

「だから、守るの?」

「どうかな……でも、約束したんです。置いていかないって。起こしてやるって」


 統也の事だ、相手が田島で無くとも友達と思える相手ならば必死に守り通すだろう。

年齢にしては実に洒脱した考えだ。それでいて人情がある。


「そう。それなら私も、友達にして貰いたかったわ」


 統也がそこまで評価する田島と友達になれれば、さぞ楽しい日々が送れるだろう。

然し、過去形。

そんな由月の言葉に統也は視線を泳がせ、深刻さを誤魔化す様に苦笑する。


「た、田島も目が覚めて、大川サンを見たら驚くと思いますよ。すごくキレイだって。

 あぁ、でも、何かヤケちゃうな……どうせなら俺も友達にしてくださいよ、

 勉強も教えて貰いたいし、そしたら俺達の成績、すごく伸びると思うんですよね、

 田島は数学が苦手だからっ、」


「田島君に触れてみて」


 由月は焦心を聞かせる統也の言葉を制し、目を側む。


「ぇ……?」

「皮膚に、触れてみて」


 静かに迫る由月の言葉。統也は恐る恐る田島の頬に手を伸ばす。


「!!」


(硬い!? まるで、岩の表面みたいだ……どうして、こんな……)

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