第74話

 田島と残り終局を見届けるか、田島を殺すか、選択肢は明確だ。

重い決断になるが、1つだけ胸の痞えが取れた事は事実。

統也の足は岩屋のワンボックスカーに向かう。


(大川サンに父サンと母サンの事を打ち明けてしまった……どうしてそんな事が出来たのか、)



『俺の所為で、俺と死ぬって事ですよ、それ……』

『別に良いじゃないの』



(誤解をしたとか、思い上がったとか、そんなんじゃ無く、拍子抜けしてしまったんだ)



『私は、アナタに生き延びて欲しいわ』



(死ぬ時は1人だと思ってた……

 けど、俺と一緒に死ぬ事を考えてくれて、俺が生きる事を望んでくれて、

 この人になら……この人にこそ、聞いて貰いたいと思ったんだ)


 由月が父親と母親の あれこれ聞くでも無かったのは、その必要が無かったからだ。

統也が下した決断に間違いは無く、否めなかった事と、由月が信じて疑う事は無い。


「日夏」


 ワンボックスカーの後部座席で仮眠中だった日夏は 目を擦りながら、それでも素早く体を起こす。


「は、はい、交代ですねっ、頑張ります!」

「少し早いんだけど、ごめんな? 考えたい事があって」

「はい、任せてください! 僕、頑張りますから!」

「ああ」


 岩屋は背凭れを倒した運転席で、鼻を鳴らしながら熟睡中。

日夏はスッカリ持ち慣れたライフルを手に車を降りると、思い立って統也を振り返る。


「あ。そうだ、統也サン、さっき寝る前に由月サンのホームページを覗いたんです。

 そうしたら、更新されてました! 由月サンって、本当にスゴイですよね!

 今回は発狂者について書かれてたんですよ!」


 いつの間に更新したのか、

そう言えばS県の診療所で、統也は『発狂者についての観察はどう行っているのか?』を由月に問うたが、結局それは別の話に摩り替わっていた事を思い出す。


「分かった。俺も見ておくよ」

「それから、生存者は他にいないか、ネットを探してみたんです。

 そしたらコレ、見てください!」


 日夏は携帯電話の画面を統也に見せる。表示されるのはネット掲示板だ。

統也と日夏の遣り取りの後に たった一行だけ、何者かが書き込んでいる。



《更新されないけど、死んだのか? 名無し》



 統也は顔を上げ、日夏を見やる。


「これ……」

「日付は昨日です。

 レスした方が良いのか分からなくて、発狂者だったらって……」


 生存者がいたからと言って両手放しで喜べないのが残念だが、地上には未だ命が残っているのは確かだ。それが希望に繋がる以上、諦めてはならない。


「日夏、相手がどんなヤツか探れないか?」


 日夏には優れたハッキング技能がある。

掲示板に書き込んだ端末から個人情報にアクセス出来れば、相手の位置が確認できる筈だ。

日夏は気難しげに眉を顰めるも、深く頷く。


「今の環境で出来るか分からないけど……やってみます!」

「頼むよ。もし分かるようなら、ここを出た後、向かってみたらどうだろう?」

「ああ、そっか、そうですよね! どうせ行く場所なんて無いんだから!」


 車庫を脱出する事ばかりで、その後の事は何一つ決まっていない。

日夏は自宅から持参したノートパソコンを車から持ち出し、灯りのある由月の元へと走る。

その背を見送り、統也はポツリと零すのだ。



「何だ、俺……答え、出てるじゃないか」



 日夏と明日の話をして、自分が今後をどう考えているのか気づけた気がする。

それが清々しくも感じるから、この結論に間違いは無いのだろう。


 統也は後部座席に腰かけると、ドアは閉めずに携帯電話を取り出す。


(それにしても、大川サンはどうやって発狂者について調べてるんだろう?

 更新したら更新したと言ってくれれば良いのに)


 雖も、由月は自ら発言する事の無い研究者だ。求められなければ口を開かない。

今の内に確認て理解を深めておこう。統也は由月のホームページを開く。



《発狂者についての経過観察。―― 発狂者は2つに分けられる。

 1つは、自殺衝動に駆られる者。1つは、解放感を求めて暴挙を働く者。

 ここでは後者についてを【発狂者】と定義づけて説明する。

 蘇えりの者と違い、発狂者とは意思疎通・会話が可能だ。

 然し、発狂者は発狂の時点で譲歩や加減と言った意識を持たない。

 常に欲望の赴く儘と言う点については蘇えりの者と類似する》


《又、発狂者に行動パターンは無い。

 日常的に感じていたストレスや欲求に作用され、表現も異なる。

 知能は高く、正常を偽る技術を持っている事を忘れてはならない》



 これが、生存者と発狂者を見分けられない理由。

内に秘められた凶暴性に気づけなければ、死者に喰われる前に殺されてしまう。



《地球の乱れた心音が齎す影響として、

 発狂者に見られる人格破綻は、前頭葉に於ける高次機能の損傷、

 もしくは異常が見られる事が挙げられる。

 然し、幸いにも発狂者には理性が残されているケースが高い。

 この事から前頭葉の組織が完全に破壊されていない無い事が分かる。

 前頭葉は全ての司令塔とも言われ、脳組織の中で最も人間らしい部分でもある。

 欲求を押さえ込む事さえ出来れば、正常を維持する事は可能だと断言できる》



「断言……」



《最も、精神力に頼らざる終えないのが現実だ。

 個人差はあるが、現状に於いては安定剤などの投薬による制御が有効だと思われる》



(精神力か……父サンも必死に感情を押さえ込もうとしていた。

 雅之は自分の変化を恐れていた。これは理性が残されていたから感じられた事だ。

 あんな状態、そう長く保てるとは思えないけど、

 発狂の心理を薬で押さえ込めるなら、救う事も出来るかも知れない)


「大川サンの難しい話にも、頭が慣れて来たかな」


 初めは頭がフリーズするばかりだったが、由月と会話する事で知識の幅が広がった様だ。

雖も、元々 統也は察しの良い性分であるから、由月の詳細さに疑問も抱く。


(でも、大学で発狂者の情報も集められたにしろ、

 こうして言い切って書くのは初めてじゃないだろうか?

 仮説じゃ無い。まるで見てきたかのような……)


 統也が考えを巡らせようと言う所で、ミシリ……と金属が軋む音がする。


「?」

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