第69話

「平家サン、どうしました!? そっちにもアイツらが!?」

「何なのよ! どうなってんのよ、こん中はぁ! ゾンビだらけじゃん!

 ってか、今何処いんの!?」

「俺、ですか? 車庫です。ヤツらが多すぎて敷地から出られそうになくて」

「あっそ! 分かった! 今から向かうから!」

「え!?」


 まるで駐屯地内に突入したかの様な言い草。

そして、通話口に由月の声。


「統也君?」

「ぉ、大川サン!」

「今、車庫の目測の位置に着いたわ」

「え!?」

「これから、車で車庫に突っ込む予定よ。

 でも、激突したい訳では無いの。タイミング良くシャッターを開けて頂ける?」


 車庫内に窓はあっても、梯子で上る高い位置。外の様子を窺い知る事は出来ない。

突っ込んで来る車に合わせてシャッターを開けるのは難しい。


「む、無理を言わないでください! そんな危険な事、出来ませんよ!」

「テンカウント。ゼロでシャッターに突入する事にしましょう。

 準備は良い? こちらは余り待ってはいられないわ」

「ッッ、ちょっと待っ、」

「始めます。10……」

「うわぁ、」


 統也は耳から携帯電話を離さず、吉沢に言う。


「すみません、吉沢サン! ロケット、ロケット弾をセットしてくれませんか!?」

「えぇ!?」


 負傷の吉沢を扱き使う様で申し訳ないが、今は急を要して人手が欲しい。

吉沢は肩を押さえながらジープの荷台に走ると、横たわるロケット砲に弾を装填し、統也に担がせる。


「私は肩を負傷しているから、撃つなら水原君がやって! 大丈夫、操作は単純だから!」

「ぁ、脚は、」

「そんな物なくても素手で撃てるわ!」

「えぇ!?」

「それでシャッターを破るんじゃないでしょ!? 後はどうしたら良いの!?」


 耳には由月が『4』のカウントを取る声。


「シャッター、シャッターを開けて、壁に寄ってください!!」


(クソッ、こうなりゃ何だってやってやる!!)


 カウントは『2』。

シャッターがゆっくり上がり始めれば、足下から差し込むオレンジ色の陽射し。

そこに浮かぶ、死者達のシルエット。



「1――」



 吉沢はライフルを構え、車庫内に侵入しようとする死者達を狙撃。

統也は近づいて来る車のエンジン音を耳に、ロケット弾の角度を設定、両足を踏ん張って発射。

ビュゥ……と、発射煙を上げてロケット弾は大蛇行だ。

その派手な演出は死者達を無遠慮に弾き飛ばし、注意すらも引きつける。



「ゼロ」



 上がりきらないシャッターに車体の天井を僅かに削りながら車庫に突入。急ブレーキ。

ワンボックスカーがシャッターを潜ったと同時、吉沢はクローズボタンを押す。



 ドオォオォオォン!!



 ロケット弾は地面に突き刺さって爆発。

強烈な爆風に、閉まったばかりのシャッターがガタガタと揺れる。

ロケット弾発射の勢いに吹っ飛ばされ、ゴロゴロと床を転がされた統也は、強打した頭や背中・腰を押さえて悶絶。


「いッ、てて……ッッ、」


 思いつきの作戦ではあるが、吉沢の健闘もあって死者の侵入は全て食い止め、車庫内の安全は保たれる。

岩屋は運転席を飛び降りると、腰をついた統也に怒鳴る。


「お前なぁ! 俺達も一緒に殺す気かぁ!?」

「まさか。これ以上アイツらを増やしてどうするんですか。

 岩屋サンの車がストレートに入って来れるようにって道を作ろうと思ったんですけど、

 もうちょっと余裕があった方が良かったですね」

「ハァ、お前の発想とんでもねぇ……」


 何にせよ、無事に車庫に辿り着く事が出来た。

岩屋は統也に手を貸し、立ち上がらせる。


「所で岩屋サン、もしかして……俺達を助けに来てくれたんですか?」

「そりゃそうだろ! 他に何しに来んだ、んなトコ!」


 岩屋と言えば安全主義者。

それが随分と思い切った事をするから驚きを隠せない。

然し、車から降りて来る仲間達の顔を見てしまうと、嫌でも緊張が解けてしまう。


「ハ、ハハハハ! 何だ、皆の方が余っ程ヒーローじゃないか、」


 滲む涙をゴシゴシと袖で擦って誤魔化す。

一同が揃って統也に駆けつける中、由月は座り込む吉沢に手を差し伸べる。


「ありがとうございます」

「ぇ?」

「彼等を守ってくれて」

「!」


 負傷の吉沢には これ以上ない褒賞だ。

ギュッと下唇を噛んで頷く。



*



 空は夜を招き、闇の色が車庫内にも染み入る。

整備棚の蛍光灯を1つばかり点け、僅かな明かりの中で一同は円陣を組んで腰を下ろす。

眠り続ける田島と負傷の吉沢の事を考えれば、ここに長く籠城する事は出来ない。

今の内に明日の段取りを立てるとしよう。


「成程なぁ。このバズーカ砲みたいなのをブッ放しながら脱出か。いけそうだな」

「はい。さっき演習で使わせて貰ったので、次はもっと上手く扱えると思います」

「初撃ち演習かよ……マジで怖い事しやがったな、オメェは……」


 照準が狂えば岩屋の車に命中していただろう、統也の無謀さには毎度 驚愕させられる。


「ぁ、あのっ、変な声が聞こえてきましたっ、

 それから化け物が沢山現れたんですけど、あれは一体なんだったんですかっ?」


 ライフルを乱射し続けた今日の日夏はお手柄だが、どれだけ泣き腫らしたのか、今でも鼻の頭を赤くして問えば、統也は眉を顰める。


「松尾将補だ。アイツが叫んで、そうしたらこうなった」

「えぇ!? オイオイ、勘弁してくれよッ、雄叫びでゾンビを呼び寄せたってのか!?

 何だよ、そのポテンシャルの高さは!?」


 死者に視覚や聴覚・嗅覚がある事は分っているが、意思疎通を図って結託する実例は、これ迄に確認されていない。

それも又、【例外】とする死者に与えられた特別な能力なのか、岩屋の目が由月に向けられる。

由月はストレッチャーに横たわる田島を見下した儘、考え耽った様子で答える。


「――ただ、叫んだ。それだけなのかも知れない」

「あぁ? どうしたよ、センセぇらしくもねぇ。説明になって無いぞ」


 いつもの由月なら小難しい理論を並べ立てて仮説を導き出すだろうに、今回は随分と適当な言い回しだから、岩屋で無くとも怪訝する。


 由月は田島の頬に触れ、呟く。



「I did it my way.  結果的にそうなった」



 一同は更に首を捻る。


「全ての現象に原因と結果の因果関係はあっても、必ずしも理由があるとは限りません」

「センセ、言ってる意味、全っ然解かんねぇぞぉ」

「何故、【例外】は叫んだのかしら?」

「私が撃ち続けたのよ。そうしたら立ち止まって、突然 叫んだ」

「まさか、痛くて叫んだワケじゃないよね?」


 吉沢の返答に仁美が揶揄する様に疑問符を重ねれば、由月は頷く。


「彼等に痛覚は存在しない。あったなら動く事は出来ない。

 ただ、あれだけ大きな声ですから、強く空気を振動させた事でしょう。

 つまり、呼び寄せたのでは無く、つまり……太陽フレアのような認識で宜しいかと思います」


 【太陽フレア】とは、太陽の表面で起こる爆発現象の事だ。

そして、その太陽活動のシステムは、現段階で明確な論拠も予想も成立していない。

理由が付けられないにしろ、太陽フレアが起これば地上への影響に停電や通信障害が引き起こされてしまう。

要はそれくらいのレベルで【例外】である松尾の雄叫びと死者召集の因果関係を理論的に結びつける事は出来ないと言いたい。

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