第68話


 由月が正門バリケードを薙ぎ倒したお陰で、岩屋の車は傷一つ付かずに敷地内に突入。

炎上寸前のセミトラックの脇に停まると、日夏は僅かに開けた窓の隙間から銃口を突き出し、泣きながらライフルのトリガーを引く。集い出す死者達に乱射だ。


「来るなっ来るな! うわぁあぁあぁあぁあぁん!!」


 日夏が攻防する間に岩屋と仁美は窓を開け、セミトラックを怒鳴りつける。


「オイ! センセイ! 大川由月!! 生きてるか!? 生きてるなら返事しろ!!

「ねぇっ、大川サン、生きてるの!? 生きてるよね、大川サンってばぁ!」

「助けに来てやったんだぞ! 置いてくぞ! 大川由月ぃ!!」

「もぉヤダ怖い! 生きてるなら早く出て来て! 死ぬとかホントに嫌だからぁ!!」


 すると、割れた助手席側の窓から白い手がヌッ……と伸びる。

まるで白蛇が壺の中から出て来る様だ。

生きているのか、それとも死んで蘇えったのか、この段階では分からない。



 ――ダン!!



 白い手がドアを叩きつける。そして、ゆっくりと顔を出す。



「騒がしいわね、蘇えり損ねたわ……」


「「大川サン!!」」



 額から流血しているも、意識はハッキリしている。

セミトラックの窓から這い上がる由月を、岩屋は運転席から迎え入れる。


「アンタ、無茶苦茶だろ!」

「退避せず乗り込んで来たアナタ方には言われたくないわ」


 岩屋を跨ぎ、由月は助手席に腰を落とす。避難は完了。


「靖田君、行くぞ!!」

「は、はい!!」


 岩屋は再びアクセルを踏み、敷地内を走行。


「統也は何処にいる!?」

「平家サン! 僕のスマホから統也サンに電話して、場所を確認してください!」

「ゎ、分かった!」


 薬莢が車中に飛んで転がる中、仁美は腰を屈めながら日夏のボトムのポケットから携帯電話を引っこ抜く。



*



 統也と吉沢人は死者達の猛追を振り切り、息切れ切れに車庫へ逃げ込む。

入り口の鍵を施錠し、出庫用の大きなシャッターも閉まっている事を確認すると、吉沢は長息を吐きながら両膝を突く。


「……な、何とかなったわねっ、」

「は、はい、お陰様で……、」


 統也は息を整える間も惜しみ、田島の首筋に手を添える。


(良かった……)


 脈は弱々しくも田島の生存を伝えている。然し、安心してはいられない。

巨大な車庫は天井も高く、殴ろうが蹴ろうが そう簡単には取り崩せない強固さではあるが、死者達に囲まれた陸の孤島でもある。

【例外】の破壊力が明確でない以上、早々に次のプランを考えなくてはならない。

吉沢は左肩を抑え、背を屈める。


「ッッ……、」

「吉沢サン? ケガしたんですか!?」

「ぇ、ええ……でも、大丈夫。ちょっと齧られただけ、大した傷じゃ無いから……」


 笑って誤魔化すも、吉沢の肩は隊服を濡らす程にジットリと血が滲んでいる。

 いつの間の事か、田島を気にするばかりに吉沢の負傷に気づきもしない自分の浅慮さにはホトホト愛想が尽きる。


「すいません、俺、自分の事ばっかりで……あの、ここに救急箱の類はありませんかっ?」

「いつでも使えるようにって、確か、車の中に幾つか装備しといた筈だけど……」

「車ですね! 分かりました!」


 車庫の中にはジープとセダン車、戦車が1台ずつ残っている。

統也は車内を漁り、発見した救急箱の1つを持って戻る。

上着を脱ぎ、肩を出す吉沢の傷口に、統也はオキシドールを豪快に振りかける。


「ッッ、、怪我をしたのは拙かったわね……ソンビは血の臭いには敏感なんでしょ?」

「だ、大丈夫です、消毒液で血の臭いは誤魔化せますから、」

「それ本当?」

「半信半疑ですけど……でも、父サンがそう言って、俺の手当てをしてくれました」

「そう」


 統也の愁色を見れば、父親が今どうしているかは聞く迄も無い。

実際、オキシドールに血の臭いを消す効果があるか分からないが、今は気休めで充分だ。

ガーゼを重ね、吉沢の傷口に大きく広げると包帯で固定。

然し、こんな付け焼刃な手当てでは心許ない。一刻も早く適切な処置をする必要がある。


 統也は外の様子に耳を欹てる。死者の唸り声は車庫の中にも届き、収まる様子が無い。

焦燥に頭を抱える統也に目を側み、吉沢は気息奄々に呟く。


「私がいたら、アイツらがここに留まってしまう……」


 統也1人の身に、目覚めない田島と負傷の吉沢の命が圧しかかっている。

自分の怪我が八方塞がりの状況を招いている事に、吉沢が頽れてしまえば統也は頭を振る。


「何を言っているんですかッ、変な事 言わないでください!

 俺は吉沢サンと一緒に田島を連れて、生きてここを出る!

 吉沢サンがいてくれなきゃ、俺なんかアッと言う間にアイツらの餌食ですよっ、

 最後まで俺を見捨てないでください、」


 情けない言い草だが、それが今の吉沢には支えになる言葉でもある。


「そうゆう台詞、こんな事になる前に聞きたかったぁ、何てね」

「え??」

「フフフフ。本当に水原君はすごいわね。とても高校生とは思えない」

「俺なんてただ自棄っぱちってるだけで、お二人がいなかったら……」


 今は浜崎すらも失った事に肩を落とす。


「すみません……」

「やめて。浜崎サンが悲しむから」


 浜崎は2人が生き延びる事を、死の際にも願っていたのだ。

その勇姿に感謝する事でしか、冥福を祈る事は出来ない。


「今はこれからの事を考えましょう。陽も落ちて来たし、無暗に動くのは危険よ。

 長期戦には不向きだけど、ここは頑丈だし、少しなら非常食の備えもあった筈。

 今日はここで凌いで、脱出は明日にしましょう」

「でも、早く傷の手当てをしないとっ、」

「私は大丈夫。傷は浅いんだから。それに、少し休みたい」

「……解かりました。まだ外の気温も高いからヤツらも弱体化するでしょうし、

 上手くすれば数が減るかも知れません」

「ええ。あんな化け物にも弱点はあって寿命もある。私達には充分 望みがあるわ」


 太陽の陽射しに晒された死者達の肉体は損傷を速める。

今の内に腐敗死する事に期待しよう。

車庫の中も蒸し風呂の様に暑いが、それも日暮れと共に少しは軽減するだろう。

統也は田島の乗るストレッチャーを壁際に寄せると、車庫内の設備を確認して歩く。


「吉沢サン、ジープの荷台に小型の大砲みたいなのがあるんですが、これは何ですか?」

「ああ、個人携帯用の対戦車ロケット弾と追撃砲よ」

「これが脱出の時に使えたら、ヤツらを撹乱できませんか?」

「ええ、相当な威力があるから使えるわね」


 周囲には死者しかいないのだから、砲撃に遠慮は無用だ。

脱出時の心強い武器が手に入った事で、幾らか統也の気持は落ち着く。

その寸暇、ポケットの中の携帯電話がバイブする。



「日夏!?」



 待機している一同の身に何かあったのか、統也は慌てて受話ボタンを押す。


「もしもし、日夏か!? どうした!?」

「統也クン!? 良かった、やっと出たぁ!」


 受話器から聞こえるのは仁美の声と、自棄に騒がしい外の音。

そこには日夏の泣き声も混ざっている様に聞こえるが、向こうはどうなってしまっているのか、統也は表情を強張らせる。

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